FC2ブログ
2019-10-21

内緒の進講会

高橋悠さんにささぐ

「それで中宮さま、お話というのは……?」
中宮さまから直々にお話があるというので参上したのに、中宮さまはなにも仰らない。
他の女房たちは、全員遠ざけられている。
一体何ごとだろう。
私はまだ少女の面影のある年若い中宮、藤原彰子を見つめた。

中宮さまは頬をぱっと赤らめてこう仰る。
「その……。紫式部、お前に頼みごとがあるの」
「頼みごと、でございますか」
女房に対して主(あるじ)が命令ではなく、頼みごと、とは。
ますます何ごとであろう。
「私に、漢詩を教えて欲しいの」
「漢詩ですか? 中宮さまも、今流行している漢詩遊びが気になるのですね。かしこまりました。どの漢詩にいたしましょうか。華やかで文化的な漢詩がよろしいですよね、それなら……」
「そうじゃないわ」
そこで中宮さまに言を遮られた。
「そうじゃない、と仰いますと?」
私は少し戸惑って聞き返した。
中宮さまは、普段はこのようにはっきりとはものを仰せにならない。
なにか燗に障ることを言ってしまっただろうか。
「私が教えて欲しいのは、そういう華やかな漢詩ではなくて、その……」
中宮さまは何やら恥ずかしがっていらっしゃる。
ここは女房である私が上手く察しなくは。
考えを巡らすものの、答えにはたどり着けない。
「中宮さまは、なぜ漢詩を学びたいと思われたのですか?」
順を追って聞いていこう。
「先日、主上が源氏物語を見てこう言ったでしょう。『この作者は日本の正史を読んでいるね。実に漢文の素養がありそうだ』って」
「はい、それがどうかされましたか?」
「その……。主上は漢詩がお好きでいらっしゃるわ。でも、私は漢詩を読むことが出来ない。読めるようになったとしても、私には内容が難しくて、理解は出来ないものだと思っていたわ。けれど源氏物語なら私も読める。だから……」
そうか、そういうことか。
私は合点(がてん)した。
「中宮さまは、主上に近づきたいのですね」
私は柔らかく微笑んでみせた。
中宮さまは少し不思議そうな顔をなさっている。
「私の書いた源氏物語には、たしかに漢文の影響があると思います。主上は漢文がお得意でいらっしゃいますから、それに気づかれたのでしょう。漢文は難しいものだと思われていた中宮さまも、普段自分の読んでいる物語にその素地があるのなら自分にも理解できるのではないか、と、そう思われたのですね」
「そ、そうね」
中宮さまは恥ずかしげにうつむいていらっしゃる。
上等な衣裳をまとい、何十人という女房にかしづかれている、ここ後宮の女主(おんなあるじ)。
その女主は、まだ幼さの残る年若い女性だ。
私は中宮さまをお可愛らしい、と思った。
こんな言い方は不遜だけれど、私はこの女性をみると庇護欲をそそられる。
守ってあげたいと、そう思うのだ。
「でしたら新楽符にしましょう。この作品は長恨歌で有名な白楽天の作品ですが、内容は文学とはほど遠い政治的なものとなっています。ついてこれますか? 私、学問にかけては厳しいですよ?」
冗談めかして尋ねる。
中宮さまが「はい」と頷かれる。
本当に真剣な表情だ。
私は中宮さまが愛しくさえ感じられた。
なんて純粋で、健気なのだろう。
幸せになって欲しい、と思う。
それは主人に対すると真心というよりは、娘に対して抱く愛情のようなものだ。
「では教材を準備しておきますね。都合がつくようでしたら、明日から始めましょう」
「紫式部。このことは主上や、お父さまには言わないで欲しいの」
「お父さまにも?」
「ええ、このことを知ったら、きっと父のことだから大仰にするわ。主上にもお伝えになるかもしれない」
「わかりました。内密にお教えしましょう」
私はにっこりと微笑んだ。

「進講会」はそれから二年あまりも続いた。
そのうちにそれは中宮さまのお父上や主上の耳にも入った。
お父上の道長さまは、「これで主上の気がひける」とでも思ったのだろうか、中宮さまの思っていたとおりそのことを触れ回った。
豪華な写本を作って、中宮さまに献上したりもしていた。
私はそれを知って、殿方というのはなんて無神経なことをするのだろう、と思った。
中宮さまは表面上はお喜びになっていたけれど、内心では心外なこととお思いになっていたはずだ。
私は、せめて主上には中宮さまの想いが正しく伝わって欲しいと思った。
中宮さまのひたむきな求道心の、原動力となっているもの。
その透明で純粋な真水(まみず)のような想いが、媚びや自分の気をひくためのものではないと、主上には理解してほしいと思った。


   参考文献
朧谷寿 2018 「藤原彰子ー天下第一の母ー」 ミネルヴァ書房
山本淳子 2007 「源氏物語の時代ー一条天皇と后たちの物語ー」 朝日新聞出版

スポンサーサイト



2019-06-04

氷の調べ7

 基明が、茅子を優しく押し倒す。茅子が怪我をしないように、茅子の腰を支えながら。茅子はぎこちないながらも、それに応えようとする。
 基明の唇が、茅子の肌をくすぐる。茅子は初めての共寝で緊張していたが、基明の優しい愛撫に、緊張は次第にほどけていった。
 基明は茅子の手を握り、口寄せた。
「美しい手だ」
「そんな……。傷だらけのこんな指、見ないで下さい」
「いいや、美しいよ。習練を重ねたものは、見目がどうであれ、どんなものでも美しい」
 基明の言葉に、茅子は照れて赤面してしまう。
 二人の視線が合わさった。茅子の身体に、基明が覆い被さる。
「怖がらないで。大丈夫だから」
 きつく目を閉じた茅子に、基明がささやく。その声の調子が本当に優しかったので、茅子は安心して身体を楽にすることができた。
 一連の行為を、茅子は波のようだと思った。最初はほんのさざ波だったものが、次第にとてつもなく大きな、激しい荒波となって自身の身体を打ち付ける。その波が激しくなればなるほど、基明を感じることが出来る。基明の優しさ、敬意、そして愛情を、身体の深いところで。
 波がおさまってしばらくした頃、茅子が口を開いた。
「伴奏して下さったときに使っていた楽器は鬼黒だとは思えませんでした。だから私、琵琶の弾き手が基明さまだとは気づかなくて」
「鬼黒は左大臣家に伝わる楽器だから。主に観賞用で、私は父上に言われたときにしか使わないんだ。見てくれはいいけれど、楽器の音はたいしたことがないだろう?」
「ええ、そう、ですね」
 茅子が遠慮がちに言う。
「そういえば、名前を聞いていなかったね。名は何というんだい?」
「女房名は『ひさめ』です」
「ひさめ。氷の雨と書く氷雨かい?」
「はい」
 茅子がおずおずと言うと、基明は少し笑ってこう言った。
「あなたらしい名前だ。初めてあなたの演奏を聴いたとき、なんて冷たい、厳しい演奏だ、と思ったものさ」
「そんな……」
 茅子は目を伏せる。
「あれは確か、私が熊野詣から帰った日のことだったと気がする。この邸にこんな琵琶の名手がいただろうかと、不思議でしょうがなかったよ」
「そうでしたの……」
「そういえば、聴いたことのない曲をあなたは弾いていたね。あれは秘曲?」
「そうです。『氷泉』といいます」
「氷泉。氷の泉。確かにあの演奏は湖に張っている氷のように冷たくて、鋭い調べだったね」
「はい……。でも、私はきっともう弾けません」
「なぜ?」
 基明が心底不思議そうに尋ねる。
「人の温かみを、知ってしまったから。だからあの凍てついた、氷柱(ひようちゆう)のように鋭い調べを奏でることは、きっともう出来ないのです。

 茅子が基明の目を見る。
 基明が、愛おしそうに茅子の髪をなでる。幸福なまどろみの中に、二人はいた。
「女房名ではない、あなたの本当の名は?」
「茅子、と申します」
「茅子。秋らしい名だ。秋は私の一番好きな季節だ」
「そうですか。私も季節の中では、秋が一番好きです」
「そう。なんだかうれしいな」
 基明が笑う。少年のような顔をして。
「直に秋がやって来る。秋が来て、冬が来る前には、私はあなたを妻として迎えたい」
「基明さま、そんな。こんなものの数にも入らないような女を、妻に、などと……」
「私はあなたと、あなたの音楽と共に生きたいんだ」
 基明の、真剣な目。茅子は直視することが出来ずに、目をそらしてしまった。
「周りが何というか」
「説得してみせるよ。それに、きっと穏子も応援してくれる」
「穏子さまが?」
(そういえば、穏子さまは一体どういうつもりで私と基明さまを引き合わせたのだろう)
「あの子は后がねとして、両親から厳しく育てられていてね。辛いことがあると、よく私に泣きつきにきていた。そのためか、今も兄離れが出来ていないんだな。さっきもこう言われたよ。『お兄さまの幸せが、私の幸せです。どうか幸せに、なって下さい』ってね。全く、大げさだよな」
 基明が快活に笑う。
「今夜の交代劇は、穏子さまが提案されたのですか?」
「? そうだよ。だって私は琵琶の使い手の正体があなただとは知らなかったんだから」
「そう、ですか」
 茅子はそれっきりなにも言わなかった。ただずっと基明の肩に寄り添っていた。
 しばらくしてから、基明が言葉を発した。
「あれ、もう眠ってしまったのかな。大人びているけれども、まだ子どもなんだな」
 そう言って、基明は大きな手で茅子の頭をなでた。満足げな笑みと共に。

 翌朝、基明が目覚めると、そこに茅子の姿はなかった。
 基明が茅子の名を呼ぶ。だが、呼びかけの声は局内に空しく響き渡るばかり。基明は途方に暮れた。
 邸の者総出で探したが、茅子は見つからなかった。
 
 茅子は琵琶だけを持って左大臣家を出、そのまま消息を絶った。
 右大臣家にも戻らなかったという。

参考文献
岸辺成雄・池田弥三郎・郡司正勝(監)1990 日本の伝統音楽Ⅰ総論篇 筑摩書房
角田文衛(監)2012 平安時代史事典(上)(下) 角川学芸出版

参考サイト
雅楽 GAGAKU|文化デジタルライブラリー
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc22/index.html6

*****

ちなみにウェブコバルトには今回の賞の選評なども載っていました。
その中に
「『はじめての夜というより“最後の夜”じゃないか?』と思えるものがあったり」
という一文があり、この作品がそうかも、とも思いました(^_^;

選評のページ→http://cobalt.shueisha.co.jp/contents/first_night_result
2019-06-04

氷の調べ6

明くる日、穏子は基明の元を訪れていた。
「それで、昨日の犯人は見つかりましたの?」
「犯人?」
「昨日の夜、血相を変えて琵琶の弾き手を探していたではありませんか。私はてっきり、琵琶の主の粗相をお兄さまが怒っていらっしゃるものだとばかり」
「おかしなことを言うやつだな。あれは琵琶の弾き手が心配になって、それで大きな声を出してしまったんだよ」
「心配に? それは、どういうことですの」
「弦が濡れるような音がしたんだ。もしかして、弾き手が泣いているのではないかと、そう思ったのさ」
「……まるでお兄さまは、琵琶の弾き手に恋をしていらっしゃるようね。顔も知らない相手のことが心配、だなんて」
「恋? まあ、もしかしたらそうかもしれないな。あの琵琶に、私はどうしようもなく惹かれている。こんな気持ちは生まれて初めてだ。あの琵琶の主が私の妻だったら、こんなに幸せなことはないだろうなあ」
「……そんなことって」
 穏子が小声で言う。
「何か言ったか?」
「いいえ、何も」
 穏子はこわばった笑顔で基明に笑いかけ、
「失礼いたします」
 と言ってその場を去った。

 同じ日の夜、茅子が荷造りを終える頃に、穏子が局にやって来た。
「先生、今よろしいでしょうか」
「どうぞ」
 穏子が局に入ってくる。すぐに片付けられた局内に気づいたようだ。
「本当に行ってしまわれるのですね」
 か細い声で穏子が呟く。
「はい」
 茅子は頷く。茅子の決心は鈍らなさそうだ。それを見て取った穏子は、気を取り直すかのように、明るくこう提案した。
「最後に、先生の琵琶をお聴かせ願えませんか?」
 少し間があった後で、茅子は返事をした。
「はい。わかりました」
 茅子は琵琶を奏でた。この邸でのことを思い出しながら。
「本当に、素晴らしい音色」
 穏子がうっとりとした声を出す。何曲か弾いた後、穏子は
「お手水(ちようず)に行って参ります」
 と言って局を下がった。
(なんだか手が震えていたような気がするのだけれど、気のせいかしら……?)
 しばらくしてから、戸を開ける音がした。茅子が顔を上げると、そこに立っていたのは穏子ではなく、基明だった。
(えっ、どういうこと)
 茅子は混乱した。
「あなただったのですね」
 基明が、喜びを隠しきれない、といったようすで茅子に尋ねる。
「いいえ、人違いです」
 つかつかと基明は茅子の元へと行き、その場に座り込む。
 茅子が呆気にとられていると、茅子の手をとって自分の手とこすり合わせた。
「この指のすり減り方。激しい撥捌きをしている、何よりの証拠だ。私の想い人はあなたで間違いない」
「想い人、ですか」
 茅子はまだ状況を飲み込めないでいた。
「穏子に言われて気づいた。私はあなたの演奏に、恋をしていた」
「それはあくまでも、演奏に、でしょう」
「いいや、違う。あなたの音楽は、あなたそのものだ。だからあなたの演奏への恋は、あなた自身への恋でもあるんだ」
「仰っていることがよくわかりません」
 茅子は顔を背ける。基明の言葉に喜んでしまったことを、悟られないために。
「いいや、わかるはずだよ。私たちは、音楽を通してあんなにたくさんの時間を共有したじゃないか」
「それは……」
 茅子が言葉に詰まる。基明が、じっと茅子の目を見る。茅子は目がそらせない。
(全てを見透かされているかのような、透明な瞳。そうね、きっと私の方もずっと恋をしていたんだわ)
 茅子は握られていた手に、もう一方の手を重ねた。
 基明の手が茅子の頬をさする。
「愛しい人。ここは私に、全て任せて」
 基明は耳元でそうささやいて、茅子に口づけをした。
 燈台の灯りが消される。
2019-06-04

氷の調べ5

 だが、平穏な日々はそう長くは続かなかった。
 その日は、珍しく琵琶の使い手の方から曲を弾いてきた。茅子がそれに合わせて演奏をする。
(悪くないものね。相手に合わせるというのも)
 茅子はそう思いながら琵琶を弾いた。三曲目の曲目は、「胡蝶」だった。
(これは……。父の好きだった曲だわ。父の琵琶に合わせて、私は童(わらわ)舞(まい)を踊っていた。今考えればとても下手くそだったと思うけれど、父は「上手だ、上手だ」と言ってくれて。それが嬉しくて私は飛び跳ねるように踊って……。なんて懐かしい)
 茅子は述懐する。すると、涙がしたたって弦の上にこぼれた。濁った音が出る。
(いけない、いけない)
 撥を打つ手を止めて、茅子は涙を拭く。
 そのとき、邸の対の屋の灯りが点った。
 何事、と茅子が思っていると、基明の声が聞こえた。
「琵琶の弾き手は、誰だ」
 (うそ、基明さまだったの)
 茅子は驚き、咄嗟に琵琶を隠した。
「何ごとですか」
 基明付きの女房が尋ねる。
「さっきまで、琵琶を弾いていた者を探している」
「はあ」
 女房は気のない返事をする。夜中にたたき起こされて、少し不満なのだろう。
「探すのは明日でも」
「いや、今知りたいのだ」
 基明は自分で灯りを持ち、廊下を歩きはじめた。
(こっちに、来ちゃう)
 茅子はどうすることも出来ずに、あたふたと局内を歩き始めた。
 すると、声が聞こえた。
「先生、開けてください」
 茅子はわけがわからないながらも、ええいままよ、と戸を開けた。立っていたのは、穏子だった。
「穏子さま、どうして」
「とにかく、私の局に来て下さい。ねっ」
 穏子が茅子の手を引っ張る。いつになく強い調子だった。
 穏子の局に入ると、穏子は開口一番こう言った。
「私といたことにしましょう」
「えっ?」
「お兄さまが来たら、私がそう言います。だから先生もそれに合わせて話をして下さい」
「それは、どういう」
「お兄さまに咎められたくはないでしょう?」
「そ、それはまあ」
「わかったなら私の言うとおりにして下さい。お兄さまは自分がこうと決めたら譲らないところがあって。今夜もきっと、犯人が見つかるまでずっと探すおつもりですわ」
「は、はあ」
 茅子は状況がよく飲み込めないながらも、穏子に従った。
 やがて基明が穏子の局にやって来た。
「琵琶を弾いていた者を知らないか?」
 基明が穏子に尋ねる。
「知りませんわ」
 穏子が首を振る。
「そういえば、お前に琵琶を教えている先生がいたな。その先生の局はどこだ?」
「先生なら、さっきまで私とおしゃべりをしていました。ねっ」
 穏子が茅子の方を見る。少し頬を引きつらせて。
 基明はこのときになってやっと茅子の存在に気づいたようである。
「これは失礼しました。このような無礼を働いてしまい、申し訳ありません」
 基明が茅子に対して頭を下げる。
「いいえ、そんな」
 頭を上げて下さい、と言おうとしたのを、穏子が遮った。
「本当に無礼ですわ。楽器の先生ともあろう方に対して。わかったなら早く出て行って下さい」
「あ、ああ」
 穏子が基明を追い出そうとして手を引っ張る。二人の手が触れるのを見て、なぜだか茅子の胸は痛んだ。
 基明が局を出てしばらくしてから、穏子が口を開いた。
「危ないところでしたわね」
「ありがとうございました」
 茅子が手を床について頭を下げる。
「でも、どうして?」
 顔をあげた茅子が尋ねる。聞きたいことはたくさんあったが、今はそれしか言葉が出てこない。
「私、先生とお兄さまが毎夜のごとく合奏をしているのに、気づいていたの」
「そう、でしたか」
 茅子は力なく言葉を洩らした。
「初めは気が気でなかったのよ。音楽に対してはなみなみならないこだわりを持つお兄さまに、合いの手のような合奏をさせるだなんて、って」
 穏子は少し笑っている。だが、それは決してせせら笑いの類いではない。本当にお育ちがいいのだな、と茅子はこんな場面だというのに感じいってしまった。
「でも、二人の合奏を聴いていたら本当に楽しそうで。ずっと聞いていたくなってしまって。それでお兄さまにも、先生にも相手の正体を告げずにいてしまったの。ごめんなさい」
 穏子が身体を丸めて謝る。
「穏子さま、そんな」
 茅子が慌ててそれを押しとどめる。
「先ほどは助けていただき、ありがとうございました」
 茅子は穏子の目をしっかりと見て、お礼を言った。
「知らなかったとはいえ、左大臣家のご嫡男さまに伴奏をさせるなど。とんだ無礼を働いてしまいました。申し訳ありません」
 茅子が頭を下げる。
「私はその責を負って、この邸を去ろうと思います」
 自分でもびっくりするくらい、すらすらと言葉が口をついて出てきた。
(そうだ、私はこの邸を去ろう。そしてどこか、私を知らないところへ行こう。右大臣家にも戻らない。この姫さまは、幸せにならなくてはいけない)
「先生、そんな」
 穏子が視線を落とす。
「ただ、私が琵琶の弾き手だったことは誰にも告げないでいただけないでしょうか? 私はこのまま黙って邸を去りたいのです。我が儘を言っていることはわかっています。でも、どうか」
 穏子は沈黙していたが、やがて口を開いた。
「わかりました。そのようにいたします」
「ありがとうございます」
 茅子は軽く頭を下げた。
 穏子の元を離れて自身の局に戻り、茅子は荷造りをし始めた。
2019-06-04

氷の調べ4

その日の深更、茅子は久しぶりに琵琶を奏でた。荒々しい弾き方だ。 気が立っているのかもしれない。
(穏子さまの実の兄への恋慕は、穏子さまの欠点ということになろう。お伝えすれば、右大臣さまはお喜びになるに違いない。でも……)
 茅子は迷っていた。
(穏子さまの、あの痛々しい表情。今まで自分に見せていた、曇り気の全くない笑顔とは対照的な……。そうあんな笑顔、私は向けられたことがなかった。笑顔だけじゃない。右大臣家の人々からは優しくしてもらったことさえ、なかった。両親以外の人に、こんなに良くしてもらったのは初めてだわ。それなのに、私はその穏子さまを裏切るの? そんなことをして、許されるの?)
 自問自答を繰り返しながら、茅子は琵琶を奏でる。すると、どこからか琵琶の音がした。茅子の音色に折り重なるように、その琵琶は音を奏でる。きらきらしい音色。それでいてどっしりとした、全てを受け止めてくれるような、重々しい音調。
(この音は、以前私に合わせて弾いてくれた、あの琵琶だわ)
 その琵琶は優しく、いたわるように茅子の音との距離を詰める。茅子の荒い弾き方を諭すかのように。
(暖かいなにかで、包み込まれているような心地。どこか懐かしいような……)
 茅子は演奏を続けた。演奏が終わる頃には、茅子の荒んだ気持ちはだいぶ和らいでいた。
(ありがとう。お礼を言うのは、これで二度目ね)
 茅子は琵琶の主に小さく礼をして、琵琶を引っ込めた。

 茅子はそれからも、深更になってから琵琶を弾いた。するとあのときの琵琶が、茅子に合わせて音を奏でてくれた。茅子にはそれがうれしかった。
(この邸の人間という他は、名前もなにもわからない琵琶の使い手。でも、この琵琶の使い手だけには、私は全てを委ねられる気がする。それはなんと、幸せなことだろう)
 茅子が弦を小さく弾く。琵琶の使い手が些細な失敗をしたので、それを咎めたのだ。琵琶の使い手は、それに反応して、少し大きな音を出す。失敗を、ごまかすかのように。それがおかしくて、茅子は少し笑ってしまった。
 合奏をしている間は、茅子は右大臣のことも、穏子のことも忘れることが出来た。
 茅子は右大臣にまだ穏子のことを報告していなかった。あたりさわりのない文を送って、のらりくらりと追求をかわしていたのだ。
2019-06-04

氷の調べ3

 左大臣家で働きだして一か月が経とうという頃。
 穏子の兄基明が熊野詣から帰ってきた。
 相部屋で一人琵琶をかき鳴らした次の日に、茅子は基明を見る機会があった。渡り廊下を歩くところを遠目で目にしたのだ。
(あれが基明さま。穏子さまとはあまり似ていないのね。美男ってほどではないかも)
 茅子は女房たちがなぜあれほど騒ぐのか、理解できなかった。
(なにか取柄でもあるのかしら。まあ、私には関係のないことだわ)
 それっきり、基明のことを考えもしなかった。

 ところが、である。
 基明のことを、いやでも意識させられる一件があった。
 左大臣が邸内で演奏会を開くといって、基明と数名の女房で合奏をさせたのだ。
 基明は琵琶を担当していた。使っていたのは先日貸してもらった、黒い煌びやかな琵琶だ。楽器名を鬼黒というらしい。
 基明の演奏に、茅子は衝撃を受けた。
 基明の琵琶の音色が、軽やかに、自由に音曲内を闊歩(かつぽ)する。それでいて決して独善的ではない。その証拠に、力強い撥さばきに呼応するかのように合奏そのものが盛り上がっていった。
 茅子は、幼い日に父から言われたことを思い出していた。
茅子の父親は、まだ十歳にもならない茅子に楽器を教えた。自分に猛特訓を強いる父親に反発し、茅子は「これが何の役に立つのか。音楽に習熟したからといって何を得られるというのか」というようなことを言った。すると父は困ったような苦笑いを浮かべてこう言ったのだ。
「音楽には、人と人とを結びつける力があるんだよ」
 そのときには、さっぱり意味がわからなかった。
(でも、今なら少し分かる気がするわ。この演奏の仕上がりを聴けば)
 公式の演奏にも劣らないくらいの、素晴らしい演奏だった。
(それに、音楽には人を惹きつける力もあるのね。邸の女房たちのうっとりとした顔。基明さまの人気の秘密は、これだったのね)
 
 その夜、茅子は興奮して寝付けなかった。
(あんなに素晴らしい音色、自分以外では今まで聞いたことがなかった。どうしよう。なんだか、くやしい)
 茅子は寝床からむくりと起き上がった。しまっていた琵琶を持ち出し、物音を立てないように注意しながら窓辺に座る。
(もっと、練習しないと)
 茅子は曲をかき鳴らし始めた。
 するとしばらくしてから、茅子の音に合わせて琵琶を弾く音がした。茅子が手を止める。
(誰かしら。この音は鬼黒ではないから基明さまではないだろうし……。きっと楽器好きの女房が合わせて弾いてくれているのね)
 茅子はそれ以上深くは考えず、また琵琶を弾き始めた。さっきの琵琶が、茅子の音色を追う。二つの琵琶の旋律が折り重なり、美しい調べとなる。
(誰だかわからないけれど、ありがとう。素敵な体験をさせてもらったわ)
 茅子は心の中でお礼を言い、琵琶を下げた。

 明くる日、女房頭のききょうから、茅子は「局が空いたので個室に移ってください」と告げられた。茅子はこれで思うさまに琵琶が弾ける、と喜んだ。
 茅子は相も変わらず、穏子に琵琶を教えるだけの生活を送っていた。穏子の欠点を、見つけられずにいたのだ。
(右大臣さまからは、催促の手紙がたくさんくるけれど、見つけられないものはどうしようもない)
 茅子はため息をつく。
(それに、数ヶ月も教えているとなんだか情が湧いてきてしまって。こんなに優しくて素直なお嬢さんなんだもの。できたら幸せになってほしい、と思ってしまう)
 茅子はそれでも気を取り直し、穏子を呼びに局へと向かった。練習の時間になったのだ。だが、穏子を呼んでも返事がない。
「穏子さま? もしかして、ご気分でも悪いのですか。入りますよ」
 茅子は慌てて穏子の局に入った。すると、穏子は狩衣を抱きかかえて涙ぐんでいた。ただ事ではない雰囲気だった。その場に立ちすくんでいる茅子に気づき、穏子は青ざめた。「穏子さま。その狩衣は……」
 狩衣に、見覚えがあった。基明がいつだったか着ていた狩衣だ。
「誰にも言わないで!」
 穏子が血相を変えて言う。今まで見たことのなかった表情だ。
「穏子さまは、基明さまに恋をしていらっしゃるのですか」
 茅子の声は静かだった。
 穏子はあきらめたようにこくんと頷いた。
「基明さまと穏子さまは、異母兄弟なのですか」
「いいえ。同母よ。子どもの頃から一緒だった。年頃になってから引き離されたけれど」(高貴な人の家では、きょうだいといえど男女が一緒にいるのは良くないと、離れて暮らさせるという。この家もそうなのか)
 茅子はなんと言葉をかけたら良いのかわからなかった。すると穏子が話し始めた。
「わかっているわ。許されない恋だって。でも、どうしようもないの。お兄さまが好きなの」
 穏子が頬に涙をたらす。顔が少し赤い。
「ずっと、隠してきたのに。こんな形で見つかってしまうだなんて」
 穏子はしゃっくりをあげ始めている。茅子は穏子が不憫になり、言葉をかけた。
「私は誰にもいいませんから」
「本当に?」
「本当です」
 一瞬、右大臣の顔が頭をよぎった。だが茅子は表情を変えずにさらにこう言った。
「私は穏子さまの味方です」
 茅子がぎこちない笑みを浮かべる。
「ありがとう」
 穏子に笑顔が戻った。茅子の胸は痛んだ。
2019-06-04

氷の調べ2

それからしばらくして、茅子は左大臣家に音楽の教育係として入った。
もちろん右大臣家からやって来たということは伏せてある。宮中にも出入りする、由緒の正しい楽の家から、左大臣の娘のために直々に派遣された、ということにした。
女房(にようぼう)頭(がしら)だというききょうから、邸を案内された。
「とても広いお邸でしょう。造りにも、趣向が凝らしてありますの。左大臣さまは、何事にも造詣が深くていらっしゃって。そうお思いになりませんか? ええっと、なんとお呼びすればよろしいのかしら」
「……。何とでもお好きなように」
「そうはいきませんわ」
「そうですか……。では『ひさめ』とでも」
「『ひさめ』さま。涼しげな、良い女房名ですね」
 ききょうは笑顔を絶やさない。女房頭にしては重々しさに欠けると感じたが、茅子は明るくて人が良さそうな女房だ、と思った。
「申し訳ないのですが、ひさめさまにはしばらくのあいだ大部屋に寝泊まりしていただきます。ちょうどいい局の空きがなくて。すみません」
「わかりました」
「次に姫さまに会っていただきます」
 そう言ってききょうは邸の奥へと進んでいった。見るからに高価そうな調度品の置いてある局の前で、ききょうが声をかける。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
 澄んだ声の持ち主である。話し方も柔らかくて優しい。
 ききょうが一礼して局に入っていく。茅子もそれに倣う。
「左大臣さまの正妻腹の姫、穏子(やすこ)さまです」
 ききょうが恭しい態度でその場にひざまずく。それを見た茅子が、慌てて自分も跪こうとする。すると、穏子がそれを遮った。
「私にご教示くださる先生に、そんな真似はさせられません。どうか普通になさって?」
 穏子はそういってにっこりと笑った。
 茅子は育ちの良さとは、こういうことをいうのか、と思った。
「ひさめさま、よければここで一曲弾いていただけませんか? 教育係になるほどの人の腕前を、みせていただきたいのです」
 ききょうが請う。悪気はなさそうだ。
「わかりました。琵琶をとって参ります」
「琵琶ならこの局にもありますよ」
 穏子が局の一角に視線を送る。ききょうがそこから琵琶を持ってくる。煌びやかな装飾の黒い琵琶だ。
「調弦しますので、少しお待ちいただけますか」
 茅子が撥で弦を手繰る。
(音高はそう狂っていないけれど、見た目のわりには平凡な音色ね)
 調弦をし終えると、茅子は「桃李(とうり)花(か)」という曲を弾き始めた。
「まあ」
「素敵」
 ききょうと穏子がため息交じりの声を漏らす。
弾き終えると、茅子は額の汗を拭った。
「すごい! 聞き入ってしまったわ。この曲はなんという曲なの?」
 弾んだ声で穏子が茅子に聞いてきた。
(有名な曲なのに、こちらの姫さまはご存じないのね。雅楽の知識も教えなければいけないようだわ。これは少し骨が折れそう)
「桃李花といいます」
「華やかな曲ね」
「曲水(きよくすい)の宴で演奏される舞楽ですから」
「そうなのね」
 穏子は頬を上気させている。まだ演奏の余韻に浸っているようだ。 
しばらくしてから、穏子が尋ねる。
「先生は、どちらで琵琶を学ばれましたの?」
「私は両親に琵琶を習いました。二人とも、琵琶をよく弾く人でしたので」
「そう。子どもにこんなに素晴らしいものを与えられるなんて、素敵な御両親ね」
「……はい」
 茅子は亡くなった両親のことを思い出し、目を少し伏せた。
 それに気づいたのかはわからないが、この話はそこで沙汰止みになった。
 ききょうが話題を変える。他愛のない世間話だ。茅子にはそれがありがたかった。
 小一時間ほど三人で談笑した後、茅子は穏子の局から下がった。

 その次の日から、茅子は穏子につきっきりで琵琶を教えた。穏子は思いの外上達が早く、これには茅子も精が出た。
「先生、この部分は、どのように弾けばよいのですか?」
「その部分は、徐々に音量を下げていってください。終盤に差し掛かるころですから。曲の終盤を盛り上げるのには、そうした演出も必要なのです」
「わかりました」
額に汗を浮かべながら、穏子は熱心に琵琶を弾いている。
「穏子さま、少し休憩をしましょうか」
「そうですね」
穏子が顔を上げて微笑む。
淡色の花のつぼみを連想させる、可憐で清楚な微笑だった。
(この姫さまには、果たして欠点があるのかしら。絶世の美女、というほどではないけれど顔は美しい部類に入るし、性格も素直で品が良い。右大臣さまの望みは、叶えられそうにないかも……)
「先生、どうしましたの?」
「えっ?」
「なにか考え込んでいたようでしたので」
「なんでもありませんよ」
茅子は努めて冷静を装う。
「そうですか。ならいいのですけれど。てっきり私の琵琶が下手なばっかりに、具合を悪くしてしまったのかと思いまして」
穏子が屈託なく茅子に笑いかける。茅子は胸が痛んだ。
2019-06-04

氷の調べ1

集英社コバルト文庫の投稿企画「初めての夜小説賞」で「あと一息の作品」だった小説を掲載します。


 人里離れた山奥に、小さな泉がある。夜が明けると、その泉に朝日が差し込む。暗くて目立たない泉だが、光で水面が反射すると、その部分だけが美しく輝きだす。
 朝日だけではない。この泉には、夜空に瞬く星々も映る。冬になれば氷も張る。星の瞬く夜と、光が差し込む朝、そして薄氷の見られる冬。泉にしてみれば、これらはかけがえのない時間なのかもしれない。それがたとえ、一瞬で消え去ってしまう類いのものでも。

 蔀(しとみ)を開けると、生暖かい、ふわっとした風が入ってきた。
「もう、夏なのね」
 茅子(かやこ)は局の中で一人、呟く。この大部屋の局は本体、八人ほどで使っているのだが、今は茅子しかいない。なんでも、この邸の嫡男が今日熊野詣から戻るのだという。相部屋の女房たちは、それを見に行っているらしい。
「この間までは美形だという中納言の話で持ちきりだったのに、皆げんきんなこと」
 茅子はそう呟きながら、撥(ばち)に手を伸ばした。
「琵琶はいいわ。自分からは何も語らないから」
 茅子は琵琶をたぐり寄せ、調弦をし始めた。撥で琵琶の弦を一本一本弾く。
 調弦が終わったところで、茅子は琵琶の持ち方を変えた。柳(りゆう)花(か)苑(えん)という曲の一節を弾き始める。
「仙人が、花を手折って詩を詠んだときに生まれたというこの曲。一人で演奏するのも、そう悪くないわね。もちろん合奏したときの優美さ、柔らかさは、琵琶だけでまかなえるものではないけれど」
 やがて茅子は琵琶を弾くことにすっかり熱中してしまい、今度は氷(ひよう)泉(せん)という秘曲を弾き始めた。茅子の生家にしか伝わらない、門外不出の秘曲だ。
 氷泉を弾き終わる頃には相部屋の女房たちが局に戻ってきた。
 茅子は女房たちに気づかれないように、琵琶を籠の中に隠した。

 
 茅子は音楽を生業とする、下級貴族の家に生まれた。両親は茅子が幼い頃に亡くなり、それ以後は父の奉公先の右大臣家に引き取られた。茅子の両親の父母もすでに亡くなっており、頼れる親族もいなかったためだ。
 右大臣家で、茅子は下女同然に扱われた。おいてやるだけありがたいと思え、と言わんばかりの態度の右大臣家の人々に、茅子が腹を立てることはなかった。その頃にはすでに分別がついていたからだ。ここを飛び出したら、路頭にさまよって乞食のような生活をするしかないということも、茅子にはわかっていた。
 それでもどうしようもなく辛いときはある。そんなときに茅子を慰めてくれたのが、音楽だった。皆が寝静まったころに、隠れて思うさまに琵琶をかき鳴らす。茅子はそれだけを楽しみに、生きてきた。
 年端もいかない頃から両親に琵琶をたたき込まれ、その後も精進を怠らなかった茅子の腕前は、今では名人の域に達するほどだった。
 そこを見込まれたのだろうか。先日、右大臣から直々に話があった。
「左大臣家には、正妻腹の娘が一人いる。帝の后にふさわしいと、もっぱらの評判だ。お前に、左大臣家に偵察に行ってほしい。その正妻腹の娘の、音楽の教育係として」
「何を探れば良いのですか?」
「その正妻腹の娘に何か欠点がないかを探ってほしい」
 茅子は右大臣を顔をしげしげと見つめた。その目からは焦りが感じられた。
右大臣の正妻腹の子供は男子ばかり。娘もいないわけではないが劣り腹、という話だ。自分の側には入内させるのにふさわしい娘がおらず、焦燥感が募るのだろう。右大臣と左大臣は、長年にわたって宮中での地位を競い合ってきた、政敵同士だ。左大臣家の正妻腹の娘に欠点があれば、それを噂で流すなりして、入内を阻もう、という腹なのだろう。姑息だ、と茅子は思ったが、そのようなことを言えるわけもない。主の命令は絶対だ。
「承知いたしました。仰せのままに」
 茅子はそう言って深々と礼をした。
2019-04-19

花のかんむり

抹茶白玉さんにささぐ

ときどき、脳裏に浮かぶ光景がある。

あれはきっと、お姉さまの入内の日の前日のことだ。
帝への輿入れの準備で、邸内は大わらわだった。
まだ六歳だった私がいなくなったことに、誰も気づかなかったくらい。
私がいなくなったことに気づいた邸の女房たちは大慌てで私を探していたらしい。
そんなことになっているとはつゆ知らず、夕暮れどきになって私は自邸に戻った。
お姉さまの姿を見つけて、一心不乱に駆け出す。
一番上の姉である定子お姉さまは、湯浴みを済ませ、翌日に着る衣裳に身を包んでいた。
予行練習のようなものをしていたのだろう。
「お姉さま!」
「四の君、どうしたの、そんなに泥だらけになって」
私は近くの山林で、花を摘んでいた。
お姉さまに花で作ったかんむりを渡したくて。
私の手の中にある花かんむりを見たお姉さまは、こう言った。
「私のために作ってくれたの?」
少し小首を傾げて。
そのさまは本当に可憐で、ため息が出るくらい美しかった。
「うん。だってお姉さまは、帝のお后になるのでしょう?」
そのようすを聞いていた父が、豪快に笑う。
「そうだとも。お前のお姉さんは、帝のお后になるんだ。だからお前は、帝の義理の妹にもなるんだよ」
私は目を輝かせた。
「あなた、そんな気の早い……」
母は少し困ったような顔をして父をたしなめる。
それをかわして、父は私にこう言った。
「そうと決まったら、お前にはお仕置きをしないとな。帝の義妹が、そんなにお転婆ではいけない。黙って邸を抜け出すなんて、もってのほかだ」
父が私のお尻を撲とうとする。
それを母と姉が慌てて止める。
「あなた!」
「お父さま」
気を取り直すかのように、姉は私に向かってこう言った。
「その花かんむり、私にかぶせてくれる?」
お姉さまが身体を少しかがませる。
「一の君様、髪が汚れてしまいます!」
古参の女房が大きな声を出す。
「いいのよ」
私はお姉さまの言葉がうれしくて、自分の作った花かんむりを、お姉さまの頭にかぶせた。
お姉さまは満足げな表情をした後で、私ににっこりと微笑みかけた。
そして花かんむりを外して、私の頭にかぶせた。
「私よりも、あなたの方がこのかんむりは似合うわ」
私は不思議な顔をしていた、と思う。
「あなたがもっと大きくなったら、いつでも後宮にいらっしゃい。一緒に花遊びをしましょう」
私は首を縦に振ってこくこくと頷いた。
「こうきゅう」がどんなところかもわからないのに。

次の日のお姉さまは、この上なく美しくて、この世のものだとも思われなかった。


あれから、何年、何十年という月日が流れただろう。
お姉さまは帝に愛され、兄弟たちもまた引き立てられた。
全てが一転したのは、父の死だった。
飲水病で、お姉さまが皇子を産むのを見届ける前に逝ってしまった。
残された兄たちは、長徳の変を起こして貴族社会の秩序を乱した。
検非違使から逃げ回り、あろうことかお姉さまの御所に匿ってもらったという。
お姉さまは必死で兄たちを守ろうとしたけれど、その甲斐なく検非違使たちはお姉さまの御所に突入した。
そのどさくさの中で、お姉さまは自ら髪を切ったのだという。
兄たちを守るためだったのか、衝動に駆られてのことだったのか、今となってはわからない。
お姉さまは、身ごもっていたというのに。
私は今も兄たちの浅慮が許せないでいる。
たとえお姉さまが許すとしても。

父という後見を失い、兄弟が不始末を起こした結果、お姉さまは帝の愛だけに縋って生きなければならなくなった。
帝はお姉さまのことをこの上なく慈しんでくれたけれど、帝であるがゆえにままならないことも多くあった。
政治のことなどまるでわからない私は、正直にいって歯がゆくて仕方なかった。

やがてお姉さまは三人目の子を産んだ後に、この世から儚く去ってしまった。
当時私はお姉さま付きの女官だった。
それもあって、お姉さまの子どもたちのことを託された。
お姉さまからそう言われなくても、私はもちろん面倒を見るつもりだった。

今でも思い出す。
お姉さまが私にかけてくれた言葉を。
「道子。あなたには本当に苦労をかけてしまってごめんなさい。世が世なら、あなただって高貴な人の妻となっていたでしょうに」
「そんなことを仰らないでください。お姉さまのお傍にいることが、私の幸せなのですから」
お姉さまが涙ぐむ。
妹を不憫に思って、だろうか。

別に私は自分のことを不幸だとは思っていなかった。
ただ、お姉さまが不幸になっていくのを見るのだけは辛かった。

子どもたちの世話をしているうちに、私は帝の目にとまったようだった。
帝はきっと、私にお姉さまの姿を重ねておられるのだろう。
誰が見ても、そうだと思う。

帝の愛を拒むことは、許されない。
それがこの世の理(ことわり)だ。
けれど私は、お姉さまのことを思うと帝の愛を受け入れる気にはなれなかった。
だから、言葉を尽くして帝の求愛を拒もうとした。
けれど悲痛な面持ちで、懇願するように私の手を取る帝を、突き放すことはどうしても出来なかった。
これは愛ではない、同情だ。
帝のためではない、お姉さまのためだ。
だってお姉さまの愛した人を、これ以上悲しませるわけにはいかないから。
そう自分自身に言い訳をして、私は帝の愛を受け入れた。
やがて私は身ごもり、守り刀に、と剣をいただいた。
そのとき、胸の内にほんの少しだけ暖かいものが灯った。
横になりながら、いただいた剣をじっと見つめる。

あの世にいるお姉さまは、今の私をどんな風に見ているのだろう。
愛する人の心を慰めてくれたと、喜んでくれているだろうか。
それとも、愛を誓った人の心変わりを悲しんでいるだろうか。

お姉さまのことはさておき、私自身はどうなのだろう。
兄たちは、私が皇子を産むことを期待して、帝の寵愛を喜ばしいものと受け止めているようだけれど。

帝の温かな手。
優しいまなざし。
でもそれはきっと、私に向けられたものではない。
そう思うと、なんだか悔しいような、切ないような気持ちになってしまう。
少しばかりではあっても、私自身もまた帝を愛しんでいると言うことなのだろうか。
わからない。

そのうちに私は、病がちになった。
帝からはしきりにお手紙が届けられた。
「気をしっかり持って」
「身体を大事に」
急いで書いたと思われる、走り書きの文字。
形式ばっていないその文(ふみ)が、私にはうれしかった。
これが、人を愛しく思う気持ちなのだろうか。
やはりわからない。
もしかしたら、わかろうとすることを拒んでいるのかもしれない。

病が重くなり、これが最期というとき、私の頬に涙がひとしずく流れた。


お姉さま、ごめんなさい。
あなたの愛する人を、わたしはきっとまた哀しませてしまう。

非力な妹を、どうか許して。



藤原道子。
世間でいうところの御匣殿は、子を産まぬまま息絶えた。
帝や伊周・隆家たち兄弟の悲嘆はすさまじかった。


*****

御匣殿の名前は不明なのですが、小説にする上で「道子」という名前をつけました。

*****

   参考文献
倉本一宏 藤原行成「権記」(中) 講談社 2012
山中裕・秋山虔・池田尚隆・福長進(校注・訳) 栄花物語 小学館  1998
山本淳子 源氏物語の時代ー一条天皇と后たちの物語ー 朝日新聞出版 2007
2019-03-17

昔と、今と

Ryuさんにささぐ

寛弘二年(1005年)十一月十三日。

今上の第一皇子敦康親王の読書始が行われた。
場所は中宮彰子の御在所である飛香舎(ひぎょうしゃ)だ。

侍読の式部権大夫大江匡衝が「御注孝経(ぎょちゅうこうきょう)」を読み、尚復(しょうふく、助手のようなもの)がそれを復唱する。
敦康親王は、背筋を伸ばしてじっと聞き入っていた。
そのようすは六歳とは思えないほど立派であった。
今上の子供時代を彷彿とさせると、行成は感じた。
儀式が始まってしばらくした頃、どこからか音が聞こえた。
左大臣(道長)以下、集まっていた殿上人たちが皆一斉にその方向を見る。
なんと、今上が几帳の端からこの儀式をご覧になっていたのだ。
音は几帳が少し動いた音だったらしい。
見つかった今上はばつの悪そうな顔をしていた。
そして何かをごまかすかのように、コホンと咳払いをした。
「いや、その……。うまくやれているか気になってしまってね」
今上はこう弁明する。
「父子の道は自然にして来たるところであり、その関わりは君臣の義に同じ。孔子もこう言っていただろう。だから親が子を心配するのはどうしようもないことなのだ」
するとそれを聞いていた敦康親王が、こう言った。
「孝子の親に事(つか)えるや、父母居らばこれを敬し、父母を養えばその心に叶い、父母病めばこれを憂い、父母死さばこれを哀しみ、父母を祭祀せば厳にして安んず。 故にこの五者を備えてはじめて、その親に事えるという。これも孝経の一説です。私はこのような気持ちで父に報いたいと思います」
そのさまは溌剌としていて、実に堂々たるものだった。
並み居る殿上人たちは、皆感心していた。
「なんて末頼もしい」
「さすが今上の皇子」
皆が口々にささやく。
今上はその言葉に満足し、几帳を取り払わさせた。

その後、詩の献上や管弦の興があった。
人々は口々に敦康親王を褒め称えた。
左大臣だけが、少し複雑そうな顔をしていた。


寛弘七年(1010年)七月十七日。
この日は敦康親王の元服の議が行われる日だった。
親王は十一歳。
顔はまだあどけないが、背がだいぶ高い。
やはり今上の若い頃に似ている、と行成は再認識した。
儀式のようすは、本当に立派なものだった。
数年前の読書始を思い起こさせるが、あの時と今とで、大きく変わったことがある。
中宮に皇子が生まれたのだ。
それも男皇子が二人。
そのためか、あのころに比べると殿上人たちの熱心さが違う、と感じられる。
私の気のせいかもしれないし、そうであってもほしいのだが。
儀式が終わると、敦康親王は真っ先に中宮のもとへと向かったらしい。
他の殿上人の思惑がどうであれ、二人の関係は変わらなさそうだ。
行成はほっと胸をなでおろす。
そのとき、今上に声をかけられた。
「左大弁」
行成は突然声をかけられてびっくりする。
「驚かせて悪かったね」
今上が笑う。
親子なだけあって敦康親王とそっくりだ、と行成は思った。
「昔と今とで、変わらないのはそなたと中宮だけだな」
「……」
今上ははっきりとは言わなかったが、行成にはすぐにわかった。
敦康親王に対する態度、だ。
「とはいえ、無事儀式が終えられてよかった」
「そうですね。中宮さまにおかれましては、本当にご立派なことです。生さぬ仲の子供を、ここまで慈しむことが出来るだなんて」
「これ、誰が聞いているかもわからないのだぞ」
今上が辺りを見回す。
だが、行成はさらに続けてこう言った。
「中宮さまに、先ほどおっしゃったことを直に伝えられてはいかがですか」
「ふむ」
今上は考え込む表情をした。
「出過ぎたことを言いました。申し訳ありません」
「いや、そうだな。ありがとう。中宮には感謝しないとな」
今上はそう言って行成から離れ、中宮の御在所に向かった。

「中宮と敦康はいるか」
今上が御在所の御簾を上げる。
「今上! そんな先払いもなしに」
女房たちは慌てふためく。
「気にしなくてよい。少し二人の顔を見たくなっただけだ。すぐに行くよ」
見れば、彰子が敦康に何やら贈り物をしている。
「それはなんだね?」
「野太刀と、横笛ですわ」
彰子が答える。
今上の表情は満足そうだ。
「立派な帝になってほしいという気持ちを込めて贈りましたの。あなたさまのような、立派な帝に」
「そうかね」
今上の表情が少し曇る。
それが実現できるかは、まだ不透明だからだ。
敦康は、儀式の疲れが出たのか、少し眠そうにしていた。
「疲れたの? 休んで来たら」
彰子が敦康に声をかける。
「はい、そうします」
敦康は彰子には心を許しているらしい。
素直に応じた。
どこからみても、そのようすは親子だった。
敦康が出て行くと、今上は開口一番こういった。
「中宮。ありがとう」
「なんですか? 突然」
彰子が笑う。
「敦康を実の息子のように慈しんでくれて。私は果報者だ」
「そんなの、当り前ですわ」
「当たり前?」
「だって敦康は、私にとっても息子ですもの」
彰子は一呼吸置き、今上の目を見る。
「あなたが私を見てくれなかったとき、支えてくれたのが敦康でした。あの子の無垢な愛情が、私をここにとどまらせてくれたのです」
「とどまらせた?」
「私は最高権力者である父の娘であり、あなたさまの中宮です。でも、それでも私は心細かった。自分がここにいてもいいのか、ずっと不安だった。それを慰めてくれたのが、幼い敦康だったのです」
「それは申し訳なかった。だが私は……」
今上の言葉を、彰子は遮る。
「いいんです。今は違いますから」
彰子が微笑む。
一点の曇りもない笑顔だ。
「あなたには、かなわないね」
今上がそういうと、彰子はふふっと笑った。

行成はその日の翌日に今上から御礼と、昨日の出来事を伝えられたのであった。

 
参考文献
倉本一宏 藤原行成「権記」(上)(中)(下) 講談社 2011~2012
倉本一宏 藤原道長「御堂関白記」(上)(中)(下) 講談社 2009
倉本一宏 現代語訳「小右記」1~7 吉川弘文館 2015~2018
角田文衛(監)平安時代史事典(上)(下) 角川学芸出版 2012
保坂弘司  「大鏡」全現代語訳 講談社 1981
山中裕・秋山虔・池田尚隆・福長進(校注・訳) 栄花物語 小学館  1998
山本淳子 源氏物語の時代ー一条天皇と后たちの物語ー 朝日新聞出版 2007

   参考サイト
古記録データベース
https://t.co/ZPo9g9DG0G

孝経については「ぷらっとさんぽ」さまのを引用しました。

古記録データベースがとても役に立ちました。
ただ、「敦康」で検索すると、思ったより記事が少なくてびっくりしました。
式部卿などでも検索したのですが、それでも少なく感じられました。
何か別の呼び方があるんでしょうかね?
私はとても使いこなせませんが、使いこなせる人ならいろんなやり方、遊び方、があると思います。
この時代の創作をしている人なら、使わないのは損ですよ!
2018-12-28

破戒僧の悔恨

葉つきみかんさんにささぐ

先にこちらをお読みくださいませ。
「破戒僧と一輪の菫」
http://shionnoidashiginu.blog.fc2.com/blog-entry-267.html


木漏れ日が降り注ぐ、春の日。
澄憲は邸の裏手で、菫が咲いているのを見つけた。
菫はあの女性を思い起こさせる。
澄憲は一本一本丁寧に菫を摘んだ。

「菫が満開でした。どうです? 綺麗でしょう」
澄憲が高松女院に菫の花束を差し出す。
「可憐なあなたさまに、ぴったりの花だと思いましてね」
澄憲が少年のような顔をして、屈託なく笑う。
「まあ、そんな小さい花を持ってきて。花といえば桜か牡丹でしょうに」
側近の女房である丹波が口を挟む。
「おやめなさい」
女院がとがめる。
「私のためにとってきてくれたのですね。うれしい」
目に涙をためて女院は呟く。
澄憲は満面で笑みを浮かべた。
(こんな花で喜ぶのか。随分とちょろいものだなあ)
内心ではこう思っていたのだが。
女院を落とすからには、螺鈿細工の筥や、金銀の扇が必要にもなるかもしれないと覚悟していたが、どうもそうではないらしい。
澄憲は拍子抜けしていた。
それでも気を取り直して、こんなことを言う。
「菫の根の方には甘い蜜が隠れているのですよ。なめてみてください」
「こうですか?」
女院が菫の根を吸い始める。
「そうです、そうです」
澄憲も女院と同じように花の蜜を吸い始める。
「甘いですね」
澄憲が熱っぽい目で女院を見つめる。
「まるであなたのようだ」
「まあ、そんな」
女院は視線を斜めに落とした。
照れているようだ。
澄憲が女院の頬に手をやる。
唇をなぞった後で指を口の中に差し入れる。
女院は指を甘噛みして、ささやかな抵抗をする。
二人は見つめ合い、やがて女院は前方に崩れ落ちた。
澄憲がその身をかき抱く。
丹波は澄憲の大胆さに呆れながらも、他の女房たちに下がるように指示した。
(女院さまが幸せならば、私は何も言えない)
丹波の胸中は複雑だった。
僧でありながら妻妾のたくさんいる澄憲が、女院に本気だとはとても思えなかったのだ。
(でも、偽りの心であってもそれで女院さまが幸せを感じることが出来るのなら、それでいいのかもしれない
今までが不幸すぎたのだもの)

高松女院は帝の中宮でありながら、夫である二条天皇にほとんど顧みられることのなかった女性であった。
二条天皇にしてみれば、敵意を抱いていた二代前の帝・近衛天皇の妹である高松女院には、どうしても愛情が向かなかったのかもしれない。
だが、だからといって前の天皇の后を再入内までさせて自分のそばに置くというのは、酷であろう。
しかもその天皇が他でもない近衛天皇、ともなれば、女院が煩悶するのも無理はない。
丹波は女院の側にありながら、何も出来ない自分が歯がゆかった。
そこに現れたのが女院の護持僧である澄憲だった。
いけ好かない男ではあるが、説法には目を見張るものがある。
女の扱いにも。
丹波は二人のことを黙認していたが、澄憲と女院の逢引きを止めるべきだったのでは、と後悔することもあった。
(露見することがないといいのだけれど。いいえ、私が露見させないわ)
丹波は一人気を引き締めるのだった。

二人の間は露見することはなかった。
いや、事実を言えば、露見する前に終わった。
二人の関係が絶えたのではない。
高松女院が亡くなったのだ。

女院は澄憲との間の二人目の子を身ごもっていたが、病をえて床についていた。
澄憲は女院の死に立ち会った。
しどろもどろしている澄憲を丹波が叱責し、立ち会わせた。
女院の死に様は、澄憲の魂を揺すぶった。
澄憲は女を「個」としてみない男だった。
女を等しく愛するが、その実誰も愛していないような、女の目に映った自分を愛するような、そんな男だった。
それを、女院が変えた。
自らの死と引き換えにして。

澄憲は女院との約束を守り、女院との間に生まれた子を寺で拾ったと偽って自分のそばに置いた。
海恵と名付けたその子供が物心つく頃に、隠し通すのが辛くなり、自分は本当の父親だ、と打ち明けた。
海恵は屈託のない顔で、「そうだと思っていました」と澄憲に笑いかけた。
口元に、高松女院の面影があった。
澄憲は涙した。
その日以来、二人きりのときだけは澄憲と海恵は親子でいることが出来た。

「父上。私の母上は、どんな人だったのですか?」
海恵が尋ねる。
「可憐で、愛らしくて、とても純粋なひとだった」
「じゅんすい?」
「お前にはまだ難しいか。そうだな、菫の花に感動できるひと、のことかな」
澄憲は菫の花束を持って行ったことを思いだしていた。
(僧侶であった私より、あの御方の方がよっぽど真摯に生きていた。あのひとは、真水のような純粋な魂の持ち主だった。私のような濁り水が合わさってしまって誠に申し訳が立たない)
澄憲の頬に、水が一滴流れた。
それを海恵が小さな手で拭おうとする。
それが愛らしくて、澄憲はまた涙を流す。
(いつか償えるだろうか。邪な気持ちであの御方に接してしまったことを。
いつか許せるだろうか。あの御方を救った気持ちになっていた、浅はかな自分を)
「父上?」
海恵が心配そうに澄憲を見ていた。
「ごめんよ。なんでもないんだ」
(それでも、今はこの小さな存在を守り、慈しみ育てることが、私の役目なのだ。償いや謝罪は、後回しだ。たとえそれに何年、何十年かかろうとも、私はあきらめない)

日が陰ろうという頃、粗末な寺の裏手に二つの小さな影があった。
その影は寄り添うように重なって一つになり、やがて消えた。
夜は全てを隠してくれる。
男の思い出も、涙も、子の苦しみも。
2018-11-16

本元(ほんもと)長谷雄草子

ツイッターの紀長谷雄さんにささぐ

平安時代初期。
ある日の朱雀門の一角。

「長谷雄ー」
大江千里は紀長谷雄の姿をみとめると、手をぶんぶん振り回す動作をした。
ここにいるぞ、ということであろう。
「そんなに大仰にしなくてもわかるよ。恥ずかしいな」
長谷雄は困り顔だ。
「そんなこと言ったって、君は本を読みながら歩くから、私に気づかないことも多いじゃないか」
「今日は読んでないだろ」
「それもそうか。ついいつものくせで」
千里は頭をかいた。
「やれやれ」
長谷雄は小さくため息をつく。
「しっ」
千里が口元で人差し指を立てて囁く。
「なんだ?」
「また来てるぞ」
千里の視線の先には、門の柱の下で佇む女の姿があった。
「誰かを待っているのかな」
千里が小声で話す。
「こんな早朝にいつもいるなんて、幽霊なんじゃないのか」
長谷雄の返事はつれない。
「そうかな。確かに幽霊みたいに肌は白いけれど。綺麗な人だよな」
「そうか?」
長谷雄がそっと目を凝らすと、女はかすかにほほ笑んだ、かのように見えた。
「あれ、私に微笑みかけてくれたのかな」
千里の声は弾んでいる。
「気のせいだろ?」
長谷雄は動揺を隠しながら、努めて冷静に言う。
「いや、あれは絶対私に微笑みかけてくれたんだって」
「いやいや、お前の勘違いだよ」
「なにをーー? はっ、さては君もあの女の人のことが気になるんだな」
「そっ、そそんなことないよ」
「狼狽してるーー」
千里がにやつく。
「よし、なら勝負をしないか。勝負に勝った方があの女性をものにする権利が与えられる」
「勝負?」
千里の思わぬ発言に、長谷雄が聞き返す。
「あの女性に話しかけるのを、何日我慢できるか、だ」
「そんなことしたら、二人していつまでも話しかけられないじゃないか」
「上限を設定するんだよ。そうだな、百日間にしよう。百日二人とも我慢出来たら、そのときは今度の試験の結果で勝敗を決めるんだ」
「なるほど。それはいいかもしれないな」
長谷雄がうなずく。
「さて、もうこんな時間だ。朝日が昇ろうとしてしまっている。走るよ」
「お、おう」
二人は駆け始めた。

長谷雄と千里は文章生である。
家が近いこともあり、毎朝一緒に大学寮に通っていた。
朱雀門は、その途中にある門であった。

長谷雄はその日、朝の女のことをずっと考えていた。
(あれは絶対に私に微笑みかけてくれたんだ。
きっとあの女性は私に気があるんだ。
艶やかな黒髪の、美しい女性だった。
なぜ、あんなところに毎日立っているんだろう)
長谷尾は悶々とした。
それは一か月、二か月が過ぎても変わらなかった。
そしてとうとう二か月半ほど、八十日が過ぎて長谷雄は女に話しかけた。
我慢が出来なくなったのだ。
「どうして、こんなところに佇んでいるのですか?」
「人を、探しているのです」
「人を? どんな人です?」
「優しくて、頼りがいがありそうで、上背(うわぜい)の高い、そうあなたさまのような」
そう言って女は上目遣いで長谷雄を見た。
そしてそのままにっこりと微笑んだ。
まだ若い長谷雄は気恥ずかしくなってしまい、顔をそむける。
「そんな人は、どこにでもいます」
「そうかもしれません。でも私に話しかけてくれたのは、あなただけです」
一瞬千里の顔が頭をよぎった。
今日は早くに行くから、と昨日伝えておいた。
「ここではなんですから、私の家へ行きませんか?」
「えっ……」
「おいしい唐菓子があるのです。ねっ?」
長谷雄は大学寮のことも忘れて女についていった。

女に案内されて着いたのは、あばら家だった。
家は傾いていて、庭は荒れ放題である。
あばら家の中に入ると、長谷雄は女を抱き寄せ、押し倒した。
「あら、私そんなつもりじゃ……」
女はそう言いかけたが、長谷雄の耳には入ってこなかった。
長谷雄は夢のようだ、と思った。

長谷雄はしばらくのあいだ女のもとに足しげく通っていたが、次第に足が遠のき始めた。
女体に溺れていたのが冷めてきた、というのもあるが、女が結婚の話を持ち出すようにもなってきたのだ。
「私は文章生の身。結婚なんてとても」
と言っても女は聞かない。
はじめはそれとなくだったが、この頃でははっきりと口に出して言うようになってきた。
長谷雄は次第にうっとうしくなってしまい、女のもとに通うのをやめた。

しばらくしてから、長谷雄は千里に怒られた。
どこからか、女と長谷雄のことを聞いたらしい。
「悪かったよ」
「勝負に負けたのに、褒美だけもらうような真似をして。ずるいにもほどがあるぞ」
千里は眉をつり上げている。
「悪かったって。しかしあれだな。抱く前はこんなに尊い女はいない、と思えたのに、抱いてしまったらそんな思いは徐々に薄れていってしまった。生身の女ってのは、そんなもんなのかな。なんだか空しいよ」
「百日間我慢すれば、また違ったんじゃないか? 神聖な気持ちをずっと保つことが出来たかもしれんよ」
「そこまで計算していたのか?」
「まさか! 区切りの良い数字だから百日と言っただけだよ」
「そうだよな」
長谷雄が笑った。


数年後。
長谷雄は同年ながら素晴らしい才を持つ菅原道真の門下に入り、学問を究めていた。
和歌に精を出すようになった千里とは、次第に疎遠になった。

ある日、長谷雄は師匠の道真にこの一件を話した。
「それは良い体験をしましたね」
「良い体験?」
「そうです。人生経験に勝る学問の材料はありません」
「そうですか。そういう考え方もありますね」
「朱雀門の下に佇んでいた女性は、きっとお金に困っていたのでしょう。自分を養ってくれる人間を探していた」
「それならもっとお金のありそうな人間を探せばよいのに」
「お金のある人間というのは、たいてい用心深いですからね。それなら世間知らずの君のような文章生の方が都合が良いと考えたのでしょう」
「そうだったのですか」
「今まで気づかなかったのですか?」
道真は少し笑って言う。
「はい、恥ずかしながら」
「あなたはまだまだですね」
そのとき、勝手口の方から声がした。
「あなた、お話はそれぐらいにして手伝って下さい」
道真の北の方の宣来子だ。
「はいはい」
道真が立ち上がり始める。
「あれは私の師の娘でね、それもあってどうにも頭が上がらないのですよ。でも意外と楽ですよ。女の尻に敷かれるというのも。あなたも枯れそうな大輪の花よりも、力強く咲く野花を。非日常よりもありふれた毎日を提供してくれる、堅実な妻を娶りなさい。それがきっと、あなたの学問の援け(たすけ)ともなる」
「はい、わかりました」
長谷雄は道真の邸を後にした。

数か月後、長谷雄は正妻を娶った。

また長谷雄は後年、この若い頃の体験から長谷雄草子のもととなる物語を作成したという。


*****

長谷雄草子の内容は、ご自分で調べてくださいませ♪
面白いお話ですよ(^_^)

長谷雄の相方?役は大江千里さんでなくてもよかったのですが、この時代の人の名前が上手くつけられなくて名前をお借りしました。千里さんの生没年が不詳なのをいいことに(^^;)
2018-09-14

「背越しの君」

やっちさんにささぐ

蝉の鳴く音が絶え、夏が終わろういう頃。
飛鳥の都の一角で、こんな会話が聞かれた。

「私は筑紫太宰に下る」
自邸に帰って来た美努王(みぬおう)は、唐突に宣言した。
「あなた、本気なのですの?」
妻の三千代(みちよ)が心配そうに尋ねる。
「当たり前だ。私は今の朝廷のやり方にはついていけない。筑紫太宰に下れというのも、ようは左遷であろう」
「そうは言っても……」
「なに、心配することはない。そなたは後から子供たちを連れて私のもとに来てくれればいい。それまでの間、私は十分な仕送りをする」
「……はい」
(十分な仕送り、ね。邸の出納帳すら見ようとしないこの人に、その費用がはたして賄えるのかしら。今だって私が何とか切り盛りして家計をまわしているというのに。周囲の人たちからは『皇親政治の雄』などと祭りあげられているけれど、なんだか危なっかしいわ。私には、この人の門地の高さと人の良さに人々が付け入っているように思えてならない)
「どうしたんだ。黙り込んで」
「いいえ、なんでもありませんわ」
三千代は首をふって偽りの笑みを浮かべた。
「寂しい思いをさせるね」
美努王が三千代を抱き寄せる。
(本当に優しい人だけれど、それだけ、という気もしているわ)
三千代は呆れたような、疲れたような表情をしているが、美努王からは見えない。

美努王は敏達天皇の後裔で、皇族が中心となって政治を執り行うべきだ、という皇親派の中心人物であった。
そのため、律令を定めて君臣一体となって朝政を取り仕切ろうという考えには反対していた。
後宮で働く三千代には、それが時代遅れの考えに思えてならない。
(皇族である鵜野皇后(持統天皇)その人が律令を定めて君臣合体の政治を目指しているというのに。もどかしいったらありゃしない)
三千代は豪族の出身で、少女の頃に朝廷に出仕し、そこで美努王に見初められた。
皇族の妻が出仕するなどもってのほか、という美努王をなだめすかして、結婚後も朝廷に仕えている。
(高貴な人の妻、というのが私には性に合わないのかもしれない)
三千代はそんな思いを抱きつつも、どうすることも出来ずにいた。

美努王の、「こちらへ来てほしい」という催促の手紙を月に何度も受け取っていた頃、三千代にはある出会いがあった。
「ほう、あなたが三千代殿ですか」
偉丈夫の男は意味ありげな視線を三千代に送る。
「それが、なにか?」
(変な人。官人は私をだいたい『美努王の細君』とでも呼ぶのに。でも、そう呼ばれるのはいやじゃないわ。誰かの妻という肩書ではなく、私自身を見てもらっている気がするからかしら)
「いえ、噂で想像していたよりも、ずっと美しい人だと思いましてね」
そう言って男は少し照れたような表情をする。
三千代の方もまんざらでもない。
「噂、とは?」
「阿閉皇女(元明天皇)に仕えている美努王の妻は、なかなかのやり手だと。我が物顔で後宮を取り仕切っている、どうも可愛げがない、というものですよ」
「あら、失礼な方ね」
「失礼なのは噂の主ですよ」
「それをそのまま本人に伝えるのもどうかと思うわ」
「これは失礼。あなたにどうしても私の味方になってほしいと思ったものですから」
「味方? あなたは何を企んでいるの?」
「企みとは、また失礼な」
「それはお互い様だわ」
男の手が三千代の肩にまわる。
三千代もまたほんの少しだけ男に近づく。
二人は言葉を交わすうちにどんどん近づいて行った。
「ねえ、あなたの企みを聞かせて」
「いいでしょう。あなたが、私を受け入れてくれるなら」
そう言って男は三千代を抱き寄せた。
「いいわ」
三千代が男の頭をなでる。
どちらからというでもなく、二人はくちづけを交わした。
「名前を、教えていませんでしたね」
顔を離した男が、三千代の耳元で囁く。
「私の名は……」
男を制して三千代が口を開く。
「藤原不比等さま、でしょう」
「そうです」
不比等は涼しい顔をしていた。
「なぜ私だと?」
「ここ後宮でこんな不埒な真似の出来る方を、私は他に知りません」
「また失礼な」
三千代はくすくす笑いながら、再度不比等の背に腕を回す。
「ねえ、あなたの野望を聞かせて?」
「いいでしょう。でも、ここではとても、ね」
不比等は辺りを見回した。
二人のようすにくぎ付けになっていた官女たちは、慌てて目をそらした。
三千代と不比等は、そろって笑い声をあげた。

不比等と三千代の関係は、一気に広まった。
その声は、三千代からの離縁してほしいという便りより早く美努王に届いたという。


*****
リクエストは藤原不比等でしたが、他者から見た「不比等」が書きたくて三千代目線になりました~。
奈良時代、難しかったですー(>_<)
2018-09-07

左大臣家のお家事情

薑さんに捧ぐ

「源氏物語」より


その日左大臣は正妻腹の子供たちと邸で談笑していた。
そこに左大臣の北の方がやってくる。
「あなた、少しお話が」
「なんだい? 上。話ならここでも」
「いえ、ここではちょっと……」
北の方は子供たちの方に目をやる。
「わかった。そちらへ行こう」
二人は邸の一角の局に入った。
「それで、話というのは?」
「兄のことなのですの」
「兄。桐壺帝がどうかしたのか?」
北の方は今上帝の妹で、左大臣に臣籍降嫁した内親王だった。
「兄が先年一介の更衣になみなみならぬ愛情を注いでいたのは、あなたも覚えているでしょう」
「もちろん。周囲の人間が頭を悩ませていたからね。あなたも含めて」
「そうなのですの。その兄が、今あることで頭を抱えているのですの」
「あること、とは?」
「その更衣の生んだ皇子、光君の添い臥(そいぶし)の姫のことですわ」
「添い臥? 光君に添い臥の姫をやりたいと考えている者なら、いくらでもいそうじゃないか。帝に取り入る絶好の機会なのだから」
「それが……。兄は添い臥の姫を差し出してくれた公卿に、光君の後見も頼みたいと、そういう心づもりなのですの」
「帝がそう言ったのかい?」
「いえ、直接言われたわけではなくて。なんというか、遠回しに」
「あの御方は少し面倒くさいところがあるからなあ。と、これは口が滑った」
「いいのですよ。ここには私とあなたしかおりませんし」
「そうは言っても、私とあなたの間には葵しか娘はいないからなあ。葵は将来の帝の后に、と考えているから、私には他の者を推挙するぐらいしか出来そうもない」
「あなた、そんなこと仰らずに。葵には私からも言って聞かせますから」
「ううむ、そうは言っても……」
「お願いします」
北の方が床に指をつき始めた。
「あなたが、そこまで言うのなら」
左大臣は宮家から娶った北の方には弱いところがあった。

後日、娘の葵にこのことを伝えた。
「そなたを、今上帝の第二皇子の光君にやろうと思う」
言われた葵の上は、きょとんとした顔をしている。
(無理もない。この子には、物心ついたころから、そなたを帝の后にするのが私の夢だ、と語っていたのだから)
左大臣は少し気まずい思いをしながらも、一気にまくしたてる。
「光君は帝の秘蔵っ子でね。とても父宮に可愛がられているんだ。容姿端麗で、頭もよく、管絃の道にも優れているときている。夫君としては申し分のない御方だ。宮中は光君の噂で持ち切りだ」
「でも、その方が天皇になる望みは薄いのでしょう?」
「うぐ。いや、そうとも言い切れない。何かが起これば……」
「何かなんて、起こってほしくないわ。お父様が巻き込まれないはずがないもの」
(我が娘ながら、頭のいい子だ)
「ねえ、どうして東宮のもとではだめなの? 私は帝の后になるのではなかったの?」
「それが、今上帝のたっての頼みなのだ。ここで恩を売っておけば、我が家の繁栄は間違いなしだ」
半分やけになって左大臣は言ってのけた。
「お父様は私が妃になって皇子を生むより、お兄様が出世する方に賭けたのね」
「いや、それはその……」
左大臣はたじろぐ。
「それはそうよね。皇子を生めるかもわからない女の身の私より、自身の才覚で道を切り開ける男の身のお兄さまに賭けるほうが、ずっと安心よね。わかりました。私は光君の妻になります。でも、それならそれで私にも考えがありますので」
そう言って葵は目の前の簾を下ろした。
(我が子ながら、なんて気が強いんだ。こんなようすではこの先が心配だ)
その後、葵の母親でである北の方が宥めすかしても、葵の機嫌は治らなかった。


また数日後。
左大臣は今上帝に、正妻腹の娘を光君に差し上げたいと内々に申し上げた。
桐壺の帝が返事をする。
「お前にその気があるのなら、考えないこともないよ」
(立派な帝ではあるけれど、こういうところは本当に面倒くさいなあ。こっちは娘に何とか云って聞かせて、ようやっと手はずを整えたのに。やれやれ)
帝は左大臣の胸の内を読み取ろうとはせず、ただただ喜んでいた。

この左大臣の「願い出」は、左大臣家に途方もない繁栄をもたらすのだが、それはまだ先のはなし。


*****
リクエストは「源氏物語の左大臣家とか光源氏と葵の上とかその辺をお願いしたいです!」とのことでした。

ちょっと現代ナイズさせすぎちゃいました。葵上。
でも、要はそう言うことなのかなあともいます。
左大臣の思惑。
娘の葵上に完全に読まれてましたね(^^;)

続きっぽい終わり方にしましたが、特に続きません(笑)!
2018-07-26

「行成と敦康」

咲耶子さんに捧ぐ

寛仁元年(1017年)八月――。

「敦明親王が、東宮を辞退するらしいな」
「もう、お耳に入られていましたか」
「当たり前だろう」
式部卿宮(しきぶきょうのみや)敦康親王の声は朗々としていて、澱みがない。
けれどそこに浮かれた調子は一切なかった。
いついかなるときも冷静さを失わない、宮さまらしい。
行成の思案を、敦康親王は見透かしていたようである。
「私が浮かれているとでも思ったか?」
そこには戯言、のような響きがあった。
決して「詰問」ではなかった。
それが行成には堪える。
「いえ、そんなことは。全くもって、ありません」
冷や汗をかきながらも、行成は返答する。
「邸の人間は、気もそぞろだ。私が次の東宮になるのではないか、と浮かれている者も多い。そんなこと、あるはずがないのにな」
(宮さまは、わかっておられる。何もかも。居てもたってもいられず、駆けつけてしまったが、私はいったい何をしに来たのだろう)
「そなたがここに来た理由はわかっている。私がおかしな真似をしないか、偵察しに来たのだろう」
「いえ、そんなつもりでこちらに参上したわけではありません」
「そうか?」
「わたしはただ、宮さまのことが心配で……」
「心配、か。それは果たして『私の』心配なのかな。中納言殿」
朝廷の、いや道長の犬だということを強調したいのだろうか。
敦康親王は言(こと)の葉(は)の最後に「中納言殿」をつけた。
敦康親王が行成の目をじっと見つめる。
行成は、目を逸らさない。
自分の誠意を示すために。
その思いが通じたのだろうか。
「家司殿。意地悪を言って悪かった。少し気が立っていたのだ」
敦康親王の表情が和らいだものになる。
行成はほっとする。
「気が立ってしまわれるのも無理はありません。口さがない輩もたくさんいることですし」
「本当にそうなのだ。あることないこと触れまわる者ばかりで、な」
敦康親王が衣装の首元をゆるめてくつろぎ始める。
「家司殿は、よくやってくれているよ。いつも感謝している」
「御言葉勿体(もったい)のうございます」
行成は深々と礼をする。
「つい、甘えてしまうんだな。私の悪い癖だ」
「そんな……。悪い癖だなんて。私は嬉しいですよ。宮さまのような立派な方に頼りにされて」
「いやいや、そんなことはない。私は周囲の人間に甘えてばかり。家司殿にも、養母上にも。それに……」
敦康親王は何かを言いかけてやめた。
行成は「道長殿」と言いかけたのだろう、と思った。
「世の中にはもっと甘えておられる方がたくさんいます。そう、例えば……」
「敦明親王、か」
行成は言葉に詰まった。
敦康親王の表情は真顔に戻っている。
「あの御方は、どうしていつもああなのだろうな。せっかく父帝(三条天皇)が帝位への道すじを用意したというのに、それをご自分で放棄されて。周囲の人間の配慮も、気にも留めない。ご自由なことで、全く羨ましいよ」
「はい……」
「家司殿」
「なんでしょうか?」
「そなたはいつか言っていたな。敦明親王の御顔を拝謁したとき、そこに竜顔はなかった、と」
「そんなこと、申しましたでしょうか……」
行成の声がか細いものになる。
「そなたに聞きたい。私の顔には、竜顔が見えるか?」
行成は言葉に詰まった。
なんと声をかけてよいのかわからない。
行成は沈黙するばかりだった。
「私には、人相を見る力はありませんので」
絞り出すようにそう言って、行成はこの場を去ろうとした。
「そうか……。困らせるようなことを言って悪かった」
(あなたさまは父天皇に似て、竜顔の相をお持ちです。それが帝位につけないのは、周囲の人間の不徳の致すところ。
そう言えたなら、どんなにいいだろう。
だがそれを言って、なんになる。
その場しのぎのなぐさめの言葉をかけて、同情をして、それで宮さまは何を得るというのだ)
行成は狡さを持ち合わせてはいなかった。
それは敦康親王も同じだった。
そんな二人だからここまでやってこれたこともあるし、やってこれなかったこともあった。

このやりとりから約二年後、敦康親王はこの世を去った。
世人は才にあふれ、人徳があり、その上謙虚でもあったこの不遇の皇子の死を悼んだ。


行成の胸には、この日のことが去来したかもしれない。


*****
リクエストは四納言だったのですが、学術文庫の「権記」のあとがきを読んでいたらこのお話が書きたくなって書きました。
「敦明の皇太子辞退に際して、行成は何度も敦康の許を訪れているが、これは何を相談するために行ったのであろうか」という一文です。
ちょっと急ごしらえで作ったので、書き込み不足ですね。
説明不足でわかりにくいかもしれません。
すみません。
歴史を知っている人向け、かな。
2018-07-15

今鏡マンスリー「藤原師長」

年下の兄は、出来た人だった。

ーーなぜ兄なのに年下なのか。
それは兄が、嫡子だったためだ。
兄兼長は、父の第二の妻とでもいうべき女(ひと)の腹から生まれた。
父親の身分も権中納言だ。
だからであろう。
父は兄を正妻に預けて、私のことは祖父の養子にした。
私の母は受領の娘だった。
父は私と兄と、兄と同腹の弟を競い合わせて後継者を決めようとしていたようだった。
だが周囲の人間は、どう見ても兄を嫡男として扱っていた。

年下といっても三ヶ月私の方が早く生まれただけだから、厳密に言えば年は変わらない。
だが、いくら三ヶ月といえど先に生まれたのは私の方。
そのことにずっとこだわっていた時期もあった。
私のその子供じみたこだわりを異母兄がどこまでわかっていたのかは、今となっては知るすべはない。
あの兄のことだから、きっとわかっていたのだろう。
全てとはいかないまでも。
曖昧でも、おぼろげではあっても、気づいていた、ような気がする。

*****

もうずいぶんと昔。
「父上、聴いてください。新しい曲を習得したのです」
幼い師長、いや二千君が父親である頼長のもとに進み出る。
頼長の足元にいる綾麻呂(のちの兼長)の方を睨みながら。
どうです、すごいでしょう、とでも言わんばかりに、二千君はその曲を立派に弾いてみせた。
「わあ、すごいなあ。僕なんて弦の種類も覚えていないのに」
綾麻呂が感嘆する。
「こら、そんなことではだめだぞ。詩歌管絃に励むことも、公卿のつとめの一つだ」
「はい、すみません」
頼長が綾麻呂を軽く叱ると、綾麻呂は少しはにかんで謝った。
「今度僕に教えてよ」
屈託なく笑顔を向けてくる綾麻呂に、二千君は戸惑ってしまう。
(誰が、お前なんかに!)
そう言うわけにもいかない。
「あにうえには、立派な師がついているそうですから、私などは、とても」
「そう?」
綾麻呂はきょとんとした顔をしている。
(アホっぽいツラだな。こんなのが父のあととりなのか)
二千君は、跡取りの意味の理解もあやふやだった。
だが、それが「せいぎ」なのだと感じてはいた。
正義。
これ以上なく、正しいこと、真っ当なこと、曲げられないこと。
わたしはそれにあらがわなければならない。
だが、この異腹の兄にとってはそうではない。
二千君にはそれがどうしても許せなかった。

二千君はことあるごとに綾麻呂と自分との違いをひけらかした。
人一倍努力もした。
頼長の邸の人間は、可愛げがない、生意気だ、と陰口をたたいていた。
二千君はそれに気づいていながら、いや気づいていたから余計に、綾麻呂を見下す態度をとった。
頼長はそんな息子の態度に戸惑った。

ある日、綾麻呂が二千君を呼び出した。
「君が僕より優れているというのはわかった。だが、あまりそうひけらかすのは良くないと思うよ」
「……別に私はひけらかしてなんか、」
綾麻呂が二千君の言葉を遮る。
「なんていうのかな。父も、祖父も、困惑してしまっているんだ」
「……」
「それに、君自身のためにも良くないと思うんだ」
(おまえに、私の何がわかる)
「能ある鷹は爪を隠す、っていうだろ? あと、なんていうか男のたしなみ、というか」
「うるさい」
小声で二千君が呟く。
「えっ? なんだって」
「うるさいうるさい。なんだ年下のくせに兄貴ぶって。私の方が生まれたのは早いのに!」
思わず手が出る。
気が付くと、二人は殴り合いのけんかをしていた。
けんかが終わった後で、二人は大人たちに叱られた。
「で、誰が先に手を出したんだ?」
「わ」
二千君が、私です、と口に出そうとしたのを、綾麻呂が遮った。
「私が先に口を出しました」
二千君は驚いた。
「私が先に手を出しました」
二千君が綾麻呂に習って言葉を発する。
その口調はきょうだいだからか、とてもよく似ていた。
「そうか。なら、今日は喧嘩両成敗ということにしておこうか」
頼長がコホンと咳払いをする。
頼長が出て行ったあとで、綾麻呂が二千君の方をちらり、と見た。
そこにはいつものあどけない、二千君の思うところのアホっぽい顔ではなく、年相応の少年の表情があった。
(ああそうか、この異母兄もまた、どこか無理をしていたのかもしれない)
「お互い、苦労するね」
顔も見ずにそう言って、綾麻呂は二千君から離れた。
その日から、二千君は過剰に綾麻呂を意識した態度をとるのをやめた。

かといって、二人は親しくなったわけでもない。
そこはやはり同腹のきょうだいや、ただの友達というわけにはいかないのだ。

*****

父に問い詰められたとき、「自分が先に手を出した」と言われていたら、私は反発していただろう。
あの当時幼かった兄がどこまで理解していたかはわかりかねるが。
あの日、兄の本当の顔を見ることが出来なかったら。
私は大人になるのが、きっともっと遅かっただろう。

私たちはそれぞれ大人になり、兄は気遣いの人として生き、私は才の人として生きた。
「棲み分け」のようなものがあった気もする。
面と向かって言うことはなかったが。
そもそも私たちは、本音をぶつけあうことさえついぞなかった。


やがて保元の乱がおこり、私たちは、きょうだいたちは離れ離れになった。
それぞれ遠地に配流され、いつ亡くなったのかさえわからない。

だから私は配流された日を、きょうだいたちと生き別れた日ということで皆の命日にした。
今年もまた、あの日が来る。
弔うことしかできないが、どうか成仏してほしい。
墓石を前にして、私は静かに手を合わせた。
2018-07-15

今鏡マンスリー「藤原兼長」

続・花の1138年組

「花の1138年組」→http://shionnoidashiginu.blog.fc2.com/blog-entry-50.html

兼長 「私も1138年生まれなんだけどなあ」
唐菓子をボリボリ食べながら。

一同 「……」

兼長 「どうして選ばれなかったのだろう」

成親 「それはお前がデ」

実定 「わーわーわー」

兼長 「何か言ったかい?」

重盛 「なにも、なにも」
不器用な重盛は、上手く言い繕うことが出来ない。

見かねた師長が、口を挟む。
師長 「今のアイドルの流行りはスレンダーなんだ。だからその、卿のようなふくよかなタイプはちょっとお呼びでないんだ。だから、そうだな、、別のグループを結成してみては?」

兼長 「ははは、私はいいよ。君たちが楽しそうだからちょっと羨ましかっただけで、自分でグループを結成しようとまでは思わない」

成親 「ならはじめから言うなよ」

重盛 「こら」
重盛が成親をたしなめる。

成親と重盛と実定が席を外したとき、兼長は師長に声をかけた。

兼長 「悪かったね。気を遣わせてしまって」
そう言いつつも特に悪びれたようすはない。晴れやかな表情で、余裕が感じられる。

師長 「いやいや、私は何も」

兼長 「私はぽっちゃり体型だからね。アイドルなんてがらじゃないのに、駄々をこねたような形になってしまって。すまなかった」
兼長はぺこりと頭を下げる。

師長 「……」

兼長 「どうかしたか?」

師長 「いえ、なにも」
(この年下の兄にはやはりかなわないなあ。でも、ぽっちゃり、ってレベルじゃないんだけどなあ。なんていうか、関取レベル?)

兼長 「さて、家に帰って相撲でも見ようかな」

師長 「……! えっ、まさか、本気で横綱になるおつもりですか?」

兼長 「いや、別に。というか、失礼だな、オイ」


二人のあいだに不穏な空気が流れたとか、流れなかったとか。


おしまい♪
2018-06-16

「月なるものを弄する」

ツイッターのハッシュタグに反応いただきました。

#フォロワさんが5秒で考えたタイトルからあらすじをつくる
https://twitter.com/yukime0128/status/1007598024795742209

「月なるものを弄する」
良ければお願いします!
https://twitter.com/wakamiyako/status/1007823856885616641

あらすじということでしたが、素敵なタイトルをみたら書きたくなったので書きました(*^_^*)
稚都さん、ありがとうございます。

さめざめとした空気の船上。
夜空の星たちは自己の存在感を示したいのか、きらきらと瞬いている。
月が、その星々を圧倒するかのように、天頂において燦然(さんぜん)と輝いていた。
ひやりとした冷気が、二人の身体をかすめる。
頼長と成親は、そろって身体を震わせた。
「初夏だというのに、この寒さはなんだ」
頼長は口を尖らせる。
「時間が時間ですから」
成親が笑いながら答える。
頼長の機嫌を損ねぬよう、細心の注意を払いながら。
少しの間、間があった。
「何ヶ月ぶりですかな。貴殿とこうして会うのは」
頼長は成親と目を合わせる。
「ずいぶんと待たされた気がいたします」
成親が答える。
微笑を浮かべながら。
「待った? そなたが? いまやどの殿方からも引く手あまただというのに」
どの殿方からも。
そこに少しの侮蔑の色を感じながらも、成親はなおも微笑を崩さない。
「それでも、左大臣様は私にとって特別ですから」
「ほう」
頼長が、持っていた扇で成親のあごを持ち上げる。
「そなたは美しい。その唇も、唇からもれ出(いず)る言葉の数々も。だが、私にはそれがまがいものの輝きのように感ぜられることがある」
「まがいもの、ですか」
頼長の失礼な物言いに、成親の眉がほんの少しだけだけ動く。
「なるほど。私の言葉も、私自身も、確かにまがいものかもしれません。ですが、完全にまがいものでないものなど、この世にそうそうありますか? 純粋なもの、例えば聖なる場所から湧き出る真水のようなものが、必ずしも良いものだとも限らないでしょう」
「そうかもしれぬ。そのような場所でとれた真水は、飲めるものでもないしな。だがまがいもの、贋物(にせもの)は、所詮贋物でしかない。そのようなものは今夜の月の白い光に照らされて、瞬く間に正体を現すであろうよ」
しばらく会えなかったことを責めておられるのか、あるいは忠告の類いか。
頼長は単純な男だが、鋭いところもある。
どちらともはかりかねた成親は、話題を変えることにした。
「月もまた、まがいものの一種かもしれませんよ」
成親は酒を入れた椀(わん)を少し揺らした。
椀に映った月が、歪んでいびつな形になった。
「あの白々と輝き、すべてを白日のもとにさらすような月。その月さえも、こうして私ごとき者の手の中で歪められてしまう。遠くにある真実は、近寄せることによってまた違うものになる。そんなものだとはおもいませんか?」
「ふむ。月なるものを弄する、といったところか」
頼長は口に手を当てて、考え込むような仕草をした。
「面白い。そなたもいろいろと考えているのだな」
相変わらず失礼な男だ。
成親はそう感じつつも、顔には出さない。
「杯に映った月。その月をどうするかはその人の自由です。風流物として眺めるか、詩歌の題材にするか、はたまた……」
成親は言葉を続けない。
「はたまた?」
頼長が先を促す。
「いいえ、なんでもありません」
「おかしなやつだ」
成親はさらりと頼長の言をかわす。
「風がいよいよ冷たくなってきた。中へ入ろう」
頼長が成親の手を取る。
その手を見つめながら、成親は考える。
杯に映った月を弄ぶ(もてあそぶ)がごとく、世も思うさまに操れると過信する。
そんな未来が、この左大臣には待っているのかもしれない。
そのときに、私はどう立ち回ることにしようか。
何にせよ、世の趨勢を見極めねば。

すべてを白日のものにさらす月。
その月の光を避けるようにしながら、成親は今夜も頼長に組み敷かれるのだった。
2018-05-28

東大寺大仏開眼の一場面

RIQ.Sさんにささぐ

文治元年(1185年)、八月。
東大寺において、大仏開眼供養が行われようとしていた。
未だ源平合戦後の混乱の残るなかで。

平家は西海において泡と消え、京は活気を取り戻した。
だが、それも束の間に、都は大地震に見舞われた。
それが先月七月のことである。

公卿たちの中には、なぜこんなときに、と口にする者も多かった。
いや、公卿たちの大勢(たいぜい)は、内心では多かれ少なかれそう思っていた。
それでも大きな声で反対意見を述べることは憚られた。
この大仏開眼供養に並々ならぬ熱意を燃やしていた人物が、他ならぬ治天の君、法皇だったからである。


法皇とその異母妹、八条院はそろって南都に赴いた。
二人が登場する頃には、東大寺の周辺はすでに人で埋めつくされていた。
老若男女、貴賤の者、果ては乞食に至るまで、都中の京雀(きょうすずめ)が集まったかのようだった。
法皇は御簾の中で、そのようすを嬉々として見物している。
「金毘羅丸ではないか!」
京雀たちの中に、見知った顔を見つけたとみえる。
「もう幼名で呼ばないでください!」
法皇に声をかけられた教成は、不機嫌そうな顔をした。
「おお、そうであったな。悪かった、悪かった」
そう言いつつも法皇は悪びれた様子もない。
「またこんなに御簾の隙間を広げて。聴衆から見えてしまうではありませんか」
教成が小言をいう。
教成はまだ八歳。
元服を済ませたとはいえ、幼名で呼ぶなという方が無理があるだろう。
「今日はどうした? 丹後は?」
法皇は教成の小言をさらりと流す。
「お忍びで供養を見に行きたいというので、私もついて来ました。見つかったりしたら危ないですから」 
「そうか。いやあお前も母を守るいっぱしの男になったのだなあ」
感慨深げに法皇は言う。
「ですから、もう子供扱いはしないでください」
「うんうん」
教成の言っていることをわかっているのかいないのか、法皇はただしみじみとしている。
そのとき、周りの雑踏に紛れて、こんな声が聞かれた。
「いやあ、こうして都に平和が戻ったのも、東の大将軍源頼朝さまのおかげだよなあ」
話しているのは屈強そうな身体をした男と、その恋人らしき女のようである。
「そうねえ。平家を都から追い出してくれたし、狼藉者の義仲もやっつけてくれたし、ほんと頼朝様さまさまよね」
「それにひきかえ朝廷ときたら。令旨を出したと思ったらひっこめたり、全く節操ってもんがない。だいたい、おれら庶民のことはどうでも良いと思ってるんじゃないか? あーー、頼朝さまがいっそのこと都も取り仕切ってくんねえかなあ」
「そうねえ。それもいいかもね」
女は男に向かって笑いかけた。

教成はおろおろした。
聞こえていないはずがない、これはまずい、と。
教成は法皇の方をちらりと見た。
その顔からは表情が読み取れなかった。
「金毘羅丸」
「は、はい」
「筆と墨汁を用意させよ」
「かしこまりました」
(一体何に使うのだろう。和歌でも読むのだろうか)
教成が筆と墨汁の用意が出来た頃には、儀式は始まっていた。
「金毘羅丸、遅いぞ」
「申し訳ありません」
法皇に言われて教成は頭を下げる。
「そうかしこまるな。私はお前の義父ではないか」
「そんな、滅相もございません」
「ちちうえと呼んでくれても構わぬのだぞ。幼いころのように」
「いえ、そういうわけには……」
「まあ、今はこんなことをしている場合ではない。お前もそこで見ておれ」
そういうと、法皇は大仏に自ら目を入れた。
意気揚々とした表情で。
教成の隣にいた丹後局は、両手で目を覆った。
指の隙間から、しっかり法皇の様子を見てはいたが。
「母上……。はしたないですよ」
教成がたしなめると、丹後局は舌を出して肩をすくめた。

法皇の振る舞いを見ていた者はしばらくあっけにとられていた。
だが儀式を取り仕切っていた僧侶が法皇の行為をほめたたえ、事なきを得た。
「大仏を再建したでも素晴らしいですのに、自ずから目を入れられるとは。法皇自身にも、現世にも、これ以上ない幸福が訪れることでしょう」
それを聞いた群衆は興奮しだした。
祭りのときのような熱狂だった。


それから七年後の建久三年(1192年)。
法皇は病床にいた。
「金毘羅丸か」
教成は、病み衰えた義父を前にして、立ちすくんでいた。
「怒らぬのか?」
「よ、幼名で呼ばないで下さいと、いつも言っているではありませんか」
それを言う声はふるえていた。
「金毘羅丸。お前は母親と違って、実直さだけが取り柄の男だ。これからも、それを貫きなさい。実直なのが一番だ」
「法皇さまに言われても、説得力がありません」
「それもそうだな」
法皇は笑った。
病人とは思えないような、快活な笑いだった。
「お前の母親には、世話になった。あれは抜け目のない、したたかな女でな、」
教成が言を遮る。
「息子に聞かせるような話ですか」
「まあそういうな。私はあれのそういうところが気に入っていたのだ。私は昔から、世話を焼いてくれる女が好みでのう。手のひらの上で転がされるのが心地よくて、楽だった」
「そう、ですか」
「お前のことは帝にちゃんと頼んであるよ。宣陽門院のことも含めて、な」
「そんな、逆です。私こそが帝をお支えしたいのに」
「そうはいってもな、お前はまだ非力だ。庇護者が必要なのだ。だからこそ、実教の養子にしたりもした。上手くやれ。そして、いもうとをよくたすけてやってくれ」
「はい、心得ております」
宣陽門院は、法皇と丹後局の間に生まれた娘である。
教成にとっては異父妹にあたる。
「ああ、それにしてもよく生きたなあ」
「そうですね。法皇さまほど自由に、勝手気ままに生きた人を、私は他に知りません」
「制限はあったがな」
「その制限を、打ち破ろうとする強さが、法皇さまにはありました」
「打ち破れなかったことの方が多いがな」
「それでも、よくやっておられたと思います」
「なんだ、偉そうだな」
「も、申し訳ございません」
「冗談だ。本気にするな」
法皇は教成に向かって笑いかけた。
「私は、自分の閃き(ひらめき)に従って生きてきただけなんだよ」
「閃き、ですか」
「あの大仏開眼のときは、『何とかして民衆の心をつかまねば』という思いが働いた。ほんの思い付きで考えたことだったが、筆を見たとき、気が付いたら身体が動いていた」
「そうなのですか」
「後の世の人は訝しがるであろうな。まあ、それも良い」
法皇は満足そうな表情である。
「しゃべりすぎて少し疲れてしまった。今日はもう下がってくれ」
「はい」


数日後、法皇は崩御した。
諡号は「後白河」と定められた。

教成は権中納言にまで昇った。
母から所領も多く譲られた。
装束・衣紋等の有職故実を家業とした山科家の祖となったと聞く。


   参考文献
角田文衛(監修)1997 平安時代史事典 角川出版 
美川圭 2015 後白河天皇ー日本第一の大天狗ー ミネルヴァ書房

リクエストは「後白河天皇と周りの人で誰か読みたいです」とのことでした。
大仏開眼のあたりを小説にしたくてミネルヴァさんの「後白河天皇」をパラ見したら、「教成」という人物に興味が湧きました。
この人は丹後局と前夫平業房との間の子供なのですが、後白河の近習の一人なんですね。
後白河との関係はどんな感じだったのかなあと。
後白河と丹後局は年も離れていますし、その子供も孫みたいで可愛かったってことなのかなって思ったり。
けっこうお互い年も年だからいろいろあるよね、みたいにさばけてたのかなって庶民的な妄想をしたり。
しかし、いかんせんこの「教成」なる人物の資料が少なくて困りました。
平安時代史事典に載っていて助かりましたよ。
あの藤原家成の六男、藤原実教の養子になった人物です。
最初は後白河with兼実&通親にする予定でしたが、この作品はこの作品でよかったと思っています。  

ミネルヴァ書房さんの「後白河天皇」は伝記や評伝として考えるとまとまりにかけるのですが、ネタの宝庫ではあります。
再読したら新しい発見もあって楽しめました。
良かったです♪
2018-04-30

今鏡マンスリー「九条兼実」

廣田さんにささぐ

その日、故藤原忠実の邸を訪れていた藤原兼実は、優雅な琵琶の音色に惹かれて足を止めた。
琵琶の音は上品でありながら哀切で、人々の心に訴えかけるものがあった。
邸中の人間が聞き入っているようにも感じられた。

ーーこんな時間に、一体誰が。新入りの女房だろうかーー
兼実は不思議に思った。
この日は兼実の祖父忠実の月命日だった。
ーー祖父の死を悼んでくれているのだろうか。だとしたら、ありがたいことだーー
忠実は兼実が物心ついた頃から知足院に幽閉されていて、死の折になってようやく幽閉を解かれたという人物であった。
たいした祖父孝行の出来なかった兼実には、女房の心遣いがありがたかった。
その日は夜も遅かったので何もせずに帰ったが、後日何かを差し入れさせようと兼実は考えた。

何日か後にまた邸を訪れると、琵琶の音色が聞こえた。
先日の琵琶と同じ弾き手だろう。
伸びやかでいながらきめ細やかな撥(ばき)捌き。
甘さを抑えた切ない音色。
辛酸を嘗めでもしたのだろうか、実に説得力のある音の奏で方。
兼実はまたも聴き入ってしまった。

兼実は邸の下男に尋ねた。
「最近、邸で何か変わったことはないか?」
「前(さき)の左大臣藤原頼長様の子息、師長様が帰京されました。内大臣(兼実)さまにはいとこにあたられます」
「師長殿が。ほう」
兼実はそうは口にしたものの、師長のことはよく知らなかった。
こちらも兼実が物心がついたときには、保元の乱に連座して配流されていたからである。
ーーあの琵琶の音は、師長殿の女房の一人か。いや、もしかしたら妻の一人かもしれぬ。あの高貴な琵琶の音色からすればーー
「あの美しい琵琶の弾き手に、何かを贈りたいものだ。何が良いかな」
兼実はぶつぶつと独り言を言い始めた。
「何が良いか、私が聞いておきましょうか?」
下男が気をまわして言う。
「いや、いい。私が考えて、直接贈りたい」
「そうですか」
忠実の代から邸に仕えている下男は、顔をほころばせた。

次の日、下男は師長の元に行った。
「本人からは口止めされているのですが、兼実様は師長様に贈り物がしたいと考えているそうですよ」
「贈り物? 私に? なんでまた」
師長が不思議そうな顔をする。
「琵琶の音色に惹きつけられたとのことでした。孫同士が仲良くされますと、亡き殿下(忠実)もあの世で喜ばれることでしょうなあ」
師長は思案する。
ーーははあ。兼実殿は、琵琶の音の弾き手を私の妻か何かと勘違いしているな。ここは一つ、からかってやろうーー
「ちょっと頼まれてくれないか?」
「はい、なんでしょうか」
「兼実殿には内密でお願いしたのだが……」
師長が下男にそっと耳打ちする。

数日後、師長は邸の蔀近くで琵琶を弾いていた。
几帳の横から女物の袴を見えるようにおいて。
琵琶の音に呼ばれるかのようにして、兼実がその場に姿を現した。
「美しい音色に、すっかり聴き入ってしまいました。亡き左大臣様の子息・師長殿の奥方とお見受けいたします。どうかこれを受け取ってはくれませんか。ほんの気持ちです」
兼実はそう言って、螺鈿の筥(はこ)を取り出した。
女物の袴の近くにそれを置く。
兼実は緊張した面持ちである。
師長が撥をそっと地面に置く。
几帳を師長が取り払う。
「内大臣殿も、すみにおけませんなあ。実は人妻がお好きでいらっしゃるんですか?」
兼実は青ざめた。
「いえ、これはその……。私はそういうつもりでこれを贈ったのではないのです。ただ、美しい琵琶の音色を聞かせていただいたお礼がしたいと。まさか夫君に見つかってしまうとは。いや、これは口が滑った。ほ、本当に誤解しないでください」
「鈍い方だなあ。琵琶の弾き手は私の奥方なんかじゃありません。琵琶を弾いていたのは、私ですよ。わ・た・し」
そういって女物の空の袴を指さした。
「えっ?」
兼実はしばらく混乱していたようすだったが、しばらくしてからようやく事態が飲み込めたらしい。
今度は顔を真っ赤にして、怒りをあらわにした。
「どうしてこんなことをしたんですか?」
「内大臣殿ともっと親密になりたいと思いまして。ねえ、いとこ殿?」
師長がからかうように言う。
ーーこ、こいつ。とんだ食わせ物じゃないかーー
内大臣といえどまだ十五才の兼実は、うまい返しも思いつかない。
「今日は失礼します!」
兼実が帰った後で、師長は思わずぷっと吹き出した。
ーーあんな子供が、内大臣か。乱世だなあーー
そんな師長を、下男ははらはらしながら見つめていた。
「兼実様は内大臣ですよ。こんな子供じみたいたずらをして。出世に響きますよ」
「私は子供のご機嫌を取るほど落ちぶれてはいないし、そんなにやわではないよ。なんとかしてのし上がってみせるさ」
「そうですか。私としては、御いとこ同士仲良くしていただきたいんですけどねえ。あの世にいらっしゃる大殿(忠実)もそれを望んでいると思いますし」
「お前の気持ちもわかるけれど、それは難しいと思うよ。いままでの経緯が経緯なだけにね」
「そうですか……」
「まあ、お前までだまして悪かったよ。お詫びに飯でもごちそうしよう」
「大変ありがたいのですが、私には妻の作るご飯が一番のごちそうですので。お気持ちだけ受け取っておきます」
下男は一礼して去って行った。
「つれないなあ」
師長が呟く。
「妻か。私も考えねばならんなあ」
師長はそう言うと、琵琶や袴を邸の女房に片付けさせた。

兼実は自邸に帰った後で、日記に師長の悪口を思うさまに書き付けた。
そして執念深く、根に持つ性格のこの男は、この後もことあるごとに師長を意識し、隙あらばこの日の仕返しをしようと考えを巡らせるのであった。
2018-03-06

歴史小説「君もろともに」

黒嵜さんにささぐ


鎌倉勢は奥州を制圧するために、彼の地へと向かっていた。
奥州には異母弟義経が匿われている。

冷徹な政治家として名高い頼朝とはいえ、血を分けた弟を討つのには些か抵抗があった。

名取川(今の宮城県を流れる川)に差しかかったとき、頼朝は和歌の上句を詠んだ。

「我独り今日の軍に名取川」

お世辞にも和歌に造詣が深いとはいえない鎌倉武士たちは、しきりに和歌の下の句を考えながら右往左往した。
その姿が頼朝には滑稽にうつり、ふっと笑みを洩らした。
ーー我ながら性格が悪いなーー

そんな中、頼朝の腹心梶原景時は、涼しい顔をして下の句を次いだ。
「君もろともにかちわたりせん」

「名取り」という川の名に「名を挙げる」の意味を掛けた頼朝に対し、景時は徒歩(かち)に「勝ち」を掛けたのだ。
祝言、と言って差し支えないであろう。
加えて「我独り」という頼朝に対し、景時は「君もろともに」という言葉で返した。
「貴方は一人ではありません。この景時、いえ鎌倉勢の皆がついています」と、暗に込めたのである。
和歌をはじめとする教養ということに関しては、景時は鎌倉勢の中では随一であった。

頼朝は景時の下の句を聞き、満足げに何度も頷いた。
荒んでいた心の波が、一瞬だけ凪いだ気がした。
そして、郎党に八つ当たりをしてしまった自分を恥じた。
それをごまかすように、頼朝は右手を挙げた。
「いざ、奥州へ」
郎等たちがそれに呼応する。
頼朝は、もう迷わなかった。
私はこの鎌倉の者たちのためにも、義経を討つ。
私には、守るべきものがたくさんあるのだ。
それは悲壮な決意ではなく、希望に満ちた決心であった。


   参考文献
山本幸司 1998 頼朝の精神史 講談社
滑川敦子 「和田義盛と梶原景時」治承~文治の内乱と鎌倉幕府の成立 所収 2014 清文堂出版
2018-02-24

「私本保元物語」完結!

やっと完成しました~\(^o^)/

最初に書いた「散りにし春の、名残をとどめて」から、数えてみたら九年八ヶ月という月日が経っていました。

長かった(T-T)

昔書いたお話とか、稚拙な上に文章表記もなってなくて、お恥ずかしいです。

思い入れのあるところとそうでないところの落差も激しいですね(苦笑)。

でもそれはそれで良しということにして、このお話はこれで終わりにしたいと思います。

私本平治物語の方も、できたら今月中に終わらせたいと思っていたのですが、難しそうなのでやめておきます。

今まで拍手やコメント、ありがとうございました。
2018-02-24

歴史小説「乱後処理2」

そのうちに為義が出頭し、忠正や家弘・光弘父子も捕まった。
信西の命により為義は息子義朝に、忠正と家弘・光弘は清盛に斬られた。
忠正は清盛にとっては叔父であった。
為義の子息もまた、為朝を除いてことごとく処刑された。
為朝は再起を図って逃亡していた。


七月二十二日、新院はの元に、朝廷の使いがやって来た。
「明日、讃岐にお移りいただきたい」
新院は日頃から「我が身はどうなるだろうか」と心配しながらも、「出家したからには、さして重罪というわけでもなかろう。都近くの山里などに押し籠められるぐらいだろうか」などと軽く考えていただけに、この勅使の言葉は重くのしかかった。

心細さに胸を震わせているうちに朝になった。
美野前司保成が車を出し、佐渡式部大夫重成がやって来て、新院をお乗せした。
お供として従うのは女房三人ばかりであった。
やがて「出発します」との声があって、車は発進した。
前駆は華やかな御随身ではなく、荒々しい武者たちである。
往事との違いが忍ばれ、新院の目からは自然と涙が出た。
どこを通っているともしれなかったが、途中で新院は思い立った。
「故鳥羽院のお墓に詣でて、最後のお別れをしたいのだが、かなわないだろうか」
重成もたいへん素晴らしいお考えだと思ったが、
「決められた時刻に遅れてしまいます。後々のお叱りが恐ろしいことです」
と許そうとしない。
「そうか、かなわないか……」
新院はそう口にすると、鳥羽院の御墓である安楽寿院の方に車を向けさせて、何かを語りかけた。
車の外からは、涙に咽ぶ声しか聞こえなかった。
付き従っていた兵たちはこの様子を見て、皆涙を流したという。
重成もこの様子をうかがっていてあまりに悲しく、讃岐までのお供との命令を受けていたがあれこれ言って辞退し、他の者に代わってもらって都に帰ることにした。
新院は重成を呼んで、
「ここ数日間、自分を親身に世話をしてくれたこと、いつまでも忘れまい。讃岐までの供と聞いていたので安心していたのに、都に留まるとは心細いことだ。ところで、光弘法師に早く参れと言うように」
などという。
光弘法師は去る十七日の夜に斬られたのもご存じなくて、それを命じられたのもまたあわれなことである。


七月二十五日、頼長が亡くなってから十日ほどして後。
頼長が本当に死んだのか、調査が行われた。
官使(かんし)一人、滝口の武士三人が遣わされた。
所は大和国添上郡川上村般若野の五三昧である。
大路から東へ入ること一町あまり、玄円律師・実済得業の墓のなお東、ゆがんだ松の下の新しいのがそれである。
そこを掘ったところ、わずかに死骸はつながり、背後の肉は残っていた。
だが誰の死骸か見分けがつかないほど姿が変わっていた。
滝口たちは埋め直すこともせず、そのままうち捨てて帰ったという。

人はいう。
この左大臣殿(頼長)は容貌がまことに麗しいと、評判が天下に知れ渡っていた。
それだけに、今日の有様は異様である。
たとえ誰のものか不信が残るとはいっても、摂籙の家のもとに生まれ、大臣という尊位にいる御方の墳墓を突然に掘り起こして、死骸を調査するなど、あまりもいたわしく、情けないこと、と人々は噂し合った。

二十六日になると、頼長の子息右大将兼長十九才、中納言中将師長十九才、左中将隆長十六才、の三人が心を一つにして祖父忠実のもとに参上した。
「昨日、勅使が遣わされて、大臣殿(頼長)の死骸を調査したとのことです。親がこのようになってしまって、その子として、たとえ死罪は免れたとしても、これまでと同じように振る舞うのはどうでしょうか。お許しを得て、出家遁世でもして、ひっそりと生き延びて父の菩提を弔いたく思います」
三人は泣く泣く、こう訴える。
忠実もまた泣きながらこう返す。
「左府(頼長)が亡くなってから後は、お前たちを深く頼りにしている。もし、本当にそのようなことを決意したのなら、これから後、頼る者のない老いた自分は一日片時たりとも生きてゆくことは出来ない。大臣はこれまでもずいぶん意地の強い者だったから、死んだ後もその思いは持ち続けているだろう。お前たちもこのままの生活をして、時変わって朝廷に仕え、摂政、関白にもなって、父祖の後を継ごうとは思わないのか。深い罪に沈み、遠国に配流された者でも、生きていれば父祖の後を継ぐことが出来た者は、異国、本朝でも多くある。春日大明神(藤原氏の氏神)がお見捨てにならない限り、どうしてかなわないことがあろう」
三人は顔を見合わせる。
ーー祖父の夢を壊すのも、罪深いことーー
「わかりました。出家は思いとどまります」
師長がそう言って、三人はその場を後にした。

二十八日になって、頼長の子息たちは配流された。
兼長は出羽国、師長は土佐国、隆長は伊豆国、幼くして僧侶となっていた範長禅師は安芸国に、ということだそうだ。

この他にも教長は常陸国、成雅は越後国、成隆は阿波国、盛憲は佐渡国、経憲は隠岐国にそれぞれ流されたと言うことである。

忠実の方では頼りにしていた左府は亡くなってしまうし、その形見として可愛がっている孫たちも皆、他国に散り散りに流されてしまったということで、もはやこの世に生きながらえる甲斐はないと、心細く思い詰めて嘆き沈んでいた。

また、内裏の名代として少納言入道信西から「禅定殿下(忠実)も流罪とするように」という仰せが、関白忠通のもとに使わされた。
「畏まりました。ただし、父を配所に送っておいて、その子が摂籙として政務を相変わって執るのは、忠臣の礼に背くことになります。ここは、私忠通の関白辞表をお受け取りいただきましょうか」
苦みを潰した顔で、忠通は言う。
それを聞いた信西は短く
「ほう」
と言ったということである。
忠実を流罪にし、忠通も関白職から退くとなると、摂関を執らせる人間がいなくなる。忠通の息子たちはまだ幼少だ。
そこまで考えて、信西は使いの者にこう伝えさせた。
「確かに理にかなっている。禅定殿の配流は取りやめにしよう」
こうして忠実の配流は沙汰止みになった。
忠実自身は富家の別荘に帰ることを希望したが、朝廷からはゆるしが出なかった。
忠実子飼いの悪僧のいる奈良ではもっとまずい、それでは知足院に移そう、と朝廷は決定を下した。
勅命によって、忠通のもとから迎えをやったが、
「前例がない」
と言って忠実は移ろうとしない。
忠実は書状を提出したが受け入れられず、結局知足院に幽閉された。

保元の乱で、院方で一人処罰されていなかった為朝もまた見つかり、処分された。
武士たちを悉く処刑、それも親族の手で、という残酷なやり方に、やり過ぎだという非難が出はじめたためか、あるいは強弓を惜しまれたためか、為朝は処刑されず近江に配流された。

こうして、院方に参戦した者すべての処遇が決まったのだった。
2018-02-22

歴史小説「乱後処理1」

七月十一日の夜には、勲功の賞が行われた。
義朝は右馬権頭に任命され、陸奥新判官義康は昇殿を許された。
清盛は播磨守になった。
この論功行賞に対し、義朝はこう訴えた。
「この官は、先祖満仲が初めて拝任した官、その後拝任した最高位は本右馬権助です。それが今また権頭に転任するとは、とうてい勲功の賞とも思われず、面目が立ちません」
義朝は目をぎらつかせていう。
戦の名残が、まだ身体を駈けめぐっているのだろう。
「義朝は親兄弟を捨てて味方に参り、父に向かって弓を引くこともしました。忠功のほどは比べものになりません。たとい、卿相の位に昇るといっても誰も文句など言えないというものです。朝敵を滅ぼす者は日本国の半ばいただいて、その功績は末々まで受け継がれると聞いています。それがこのようなことでは、今後、何を張り合いにして朝敵を討てということでしょうか」
血走った目の義朝を恐れ、朝廷は恩賞を与え直した。
「確かに言い分はある。源義朝。左馬頭に転任しよう」
それを聞いて、義朝は安堵の表情を浮かべた。


戦いが終わった直後、忠実の許には「新院は合戦に敗れていずこともなく逃亡した」という情報が入ってきていた。
忠実は頼長の子供たちを伴って奈良に向かい、興福寺の寺主信実をはじめとする悪僧たちを集めた。
朝廷に対し、謀反を起こそうとしたのである。
しかし、この企みはすぐさま朝廷側の知るところとなった。
朝廷は悪僧たちの職を解き、関白忠通を氏長者に再び就任させた。
この氏長者就任に対し、忠通は真っ向から反発した。
「氏長者は、代々摂関家の内々で取り決められていたもの。朝廷に指図される謂われはござらぬ」
「摂関家内での継承が上手くいかなかったことこそが、今回の戦につながったのではございませんか? なに、悪いようには致しませぬ。関白殿におかれましては、謹んでこの措置を受けいられますよう願いたいものですな」
信西はうっすら笑って言った。
その態度には、有無を言わさぬものがあった。
ーーお主は黙って私のいうことを聞いていれば良いーー
そんな信西の声が聞こえてくるようでもあった。
「くっ」
忠通は、信西に聞こえぬよう小さく舌打ちをするしかなかった。


十五日には、謀反人の事情聴取が行われた。
謀反人は、左京大夫教長、近江中将入道源成雅、四位少将成隆、能登守家長、式部大夫盛憲、蔵人大夫経憲らが、東三条殿で取り調べを受けた。
なかでも盛憲と経憲は左大臣の外戚なので事情に詳しく、近衛院と美福門院を呪詛したことにも関与しているだろうとされ、拷問を加えられた。
放免のものが衣装を剥ぎ取り、首に縄をかけた。
両人は手を合わせてこれは一体どういうことか、と悶えるのがまた嘆かわしい。
それを目の当たりにした官人たちは見るに忍びず、横を向いた。
二人は刑法の定めによって七十五度の拷問を受けた。
はじめは声を出して悲鳴を上げていたが、後になると声も出なくなった。
苦しんで、気を失ってしまったのは痛ましい。


また、朝廷は新院の皇子重仁親王を数日来探していたが、行方はわかっていなかった。
女房車に乗って朱雀門を通ったのを見つけた者がおり、その者は内裏へと報告した。
使いの者がやって来て、
「どこへいくのか」
と尋ねる。
「出家のために、仁和寺に行くところです」
それを聞いた使いの者がすぐさま返答をする。
「早く、宿願を遂げられるが良い」
重仁親王は伏し目がちなリながらも、
「案内を、お願いします」
と申し出た。
使いの者は直ちに花蔵院の僧正寛焼の元を訪れ、重仁親王を明け渡した。
「即刻髪を剃って差し上げるよう」
使いの者はそう言うが、僧正は再三に渡り辞退した。
しかし、重ねて宣旨が下り、やむなく髪をそり落とした。
常日ごろ、万人が「この君が皇位にふさわしい」と信じていたのに、このように出家なさるのは、全くもって嘆かわしいことである。

この親王は故刑部卿忠盛(清盛の父)が養い君にしていたので、清盛も見放しがたいことであった。
清盛は重仁親王の出家のことを伝え聞いて、ひそかに涙を流したということである。
2018-02-22

「私本保元物語」参考文献一覧

飯田悠紀子 1979 保元・平治の乱 教育社
石ノ森章太郎 1990 マンガ日本の歴史ー院政と武士と僧兵ー 中央公論社
岩佐美代子 2007 文机談全注釈 笠間書院
大石幹人 1999 「院政期貴族社会の男色意識に関する一考察ー藤原頼長に見る男色関係の性格ー」 福島県立博物館紀要第14号
大隈和雄 1999 愚管抄を読む 講談社
河津優司 1998 よくわかる古建築の見方 JTB
河内祥輔 2002 保元の乱・平治の乱 吉川弘文館
川端善明・荒木浩(校注) 2005 古事談・続古事談 岩波書店
神田龍身 1996 「男色家・藤原頼長の自己破綻」王朝の性と身体所収 森話社
朧谷寿 1991 王朝と貴族 集英社
五味文彦 1984 院政期社会の研究 山川出版社
下向井龍彦 2001 武士の成長と院政ー日本の歴史07- 講談社
白州正子 1996 西行 新潮社
高頭忠造 1899 史料大觀・台記 哲學書院
竹鼻績 1984 今鏡 講談社
武田昌憲(訳)・西沢正史(監修) 2005 現代語で読む歴史文学「保元物語」 勉誠出版
棚橋光男 2006 後白河法皇 講談社
東京書籍株式会社 1994 新総合図説国語 東京書籍印刷株式会社
東京大学史料編纂所 1939 大日本史料第三編之九 東京大学出版会
角田文衛 1985 待賢門院璋子の生涯ー椒庭秘抄ー 朝日新聞社
角田文衛 1977 王朝の明暗 東京堂出版
新間進一・外村南都子(校注・訳) 1988 梁塵秘抄 小学館
永積安明・島田勇雄(校注)1963 古今著聞集 岩波書店
日本古典文学大系 愚管抄 1967 岩波書店
野中哲照 「保元物語」における<鳥羽院聖代>の演出--美福門院の機能をめぐって 国文学研究所収 早稲田大学国文学会
橋本義彦 1996 平安の宮廷と貴族 吉川弘文館
橋本義彦 1976 平安貴族社会の研究 吉川弘文館
橋本義彦 1954 人物叢書藤原頼長 吉川弘文館
服部敏良 2006 王朝貴族の病状診断 吉川弘文館
濱島正士 1995 寺社建築の鑑賞基礎知識 至文堂
東野弘之 1979 「日記に見る藤原頼長の男色関係ー王朝のウィタ・セクスアリス」ヒストリア八四所収
樋口健太郎 2005年 藤原師長の政治史的位置-頼長流の復権と貴族社会- 古代文化
久松潜一・山崎敏男・後藤重郎(校注) 1958 新古今和歌集 岩波書店
日下力 2017 保元物語 KADOKAWA
保立道久 1999 平安時代 岩波書店
保立道久 1996 平安王朝 岩波書店
美川圭 2006 院政ーもう一つの天皇制ー
美川圭 2003 白河法皇 日本放送出版協会
元木泰雄 2000 藤原忠実 吉川弘文館
元木泰雄 2004 保元・平治の乱を読みなおす 日本放送出版協会
柳瀬喜代志・矢代和夫・松林晴明・信太周・犬井善壽 2002 将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語 小学館
山中裕・秋山虔・池田尚隆・福長進(校注・訳) 1998 栄花物語 小学館
山内益次郎 1989 二代の后多子ー『今鏡』人物伝の周辺 武蔵野女子大学紀要編集委員会
渡辺晴美 1993 藤原忠通研究ーその結婚をめぐってー 立正大学国語国文29所収
2018-02-22

歴史小説「頼長最期」

七月十二日。
頼長一行の方では、頼長が目だけは動かすので、「今一度禅定殿下(忠実)にお目にかかろう」ということになった。
昨日のように車に乗せ、人目を避けながら嵯峨を出た。
梅津まで小舟に乗せ、身体の上に柴を積んだ。
爪木舟(薪を運ぶ舟)を装って、どうにか下るうちに日も暮れたので木津に留まった。

翌十三日、杵(ははそ)の森のあたりから使いをやって忠実に報告させた。
忠実は頭を垂れ、うなずき、直ちに走り出して対面したい、と思った。
だが世間をはばかり、涙をこらえてこう言い捨てた。
「昔から、氏の長者たる者で合戦に臨んで矢に当たるなどする者がいるだろうか。さような不運な者に、対面できようか。自分に関わりのないところへ、落ちていけ」
使いの者は驚いてこの報告をした。
その由を聞くやいなや、頼長は舌の先を食い切って吐き出した。
奈良で玄覚律師(頼長の祖父師実の子)を尋ねたが不在だった。
そこで玄顕得業(頼長の母方の従兄弟で、経憲の弟)に知らせたところ、急いでやって来た。
頼長を輿に乗せて、奈良に運んだ。
自分の坊は寺の中で人目に触れるということで、近くの小屋に入れた。
あれこれ看病し、重湯など差し上げたが、少しも口にせず、ますます弱る一方であった。
玄顕は枕もとで、
「玄顕が参りました。得業が参りました。おわかりですか」
と呼びかけた。
頼長は少しばかりうなずいたが、言葉を発することはなく、間もなく息が絶えた。
父に見捨てられた頼長が、最後に何を思ったのか。
その心中を、誰も知ることは出来ない。
保元七月十四日午の刻に、左大臣頼長はこの世から儚く消え去った。
夜になって般若野の五三昧に運んだところで、付き従っていたものはみな散り散りになった。

蔵人大夫経憲は最後まで頼長に仕え、髻を切って禅定院という寺院にいた。
忠実の許に出向き、頼長のようすを報告する。
すると忠実は目を閉じ、ぽつぽつと語り始めた。
「頼長自身もこのような有様になってしまったが、それにつけても子供たちのことが気がかりだったのではないだろうか。今となっては甲斐のないことだが、摂政関白になって天下の治政を執るだろうと期待していただけに、老いた自分を残して先立つ事になろうとは、悲しいことだ。それにしても、まさか死ぬとは思わなかった。心を鬼にして対面しなかったが、頼長はどんなにか恨んでいたことだろう。こうなるのだったら、人目を恐れず、優しくもてなしてやれば良かったものを。せっかく機会がありながら、最後の対面をしなかったことが悔やまれる」
経憲は忠実の繰り言に反発を覚えながらも、黙って聞いていた。
「それにしても……」
忠実は目を開いて、少し奥を見た。
「今度の合戦で、源平武士たちの中でも主だった者は一人も討ち死にしていないのに、何者の射た矢なのだろうか。よりにもよって、流れ矢に当たって死ぬとは。頼長は不運だったとしか、いいようがない」
ーー不運だったから、仕方がない。禅定殿はそう言いたいのだろうかーー
経憲には、忠実の発する言葉の一つ一つが、自己弁護にしか聞こえなかった。
もちろん立場上、意見することなど出来ないのだが。
忠実は、なおも泣きくどく。
「子に先立たれる嘆きほど、つらいものはない」
経憲を除いた下々の者は、皆泣き悲しんだという。
自分たちとは関係のない第三者としての気楽さから、そんなふうに泣けるのだろう。
少なくとも経憲は、そう感じたのだった。
2018-02-21

歴史小説「新院出家2」

新院一行は山中に隠れていた。
だんだん日も暮れてきたので夜の闇に紛れて山を抜け出た。
家弘・光弘父子で、新院を交代で肩にかつぎながら。
法勝寺の北、東光寺のあたりで輿を探し求めて、新院をお乗せした。
「どちらへ参りましょうか」
光弘が尋ねる。
新院はしばらく無言でいたが、しばらくしてから消え入るような声で
「阿波の局の許へ」
と答えた。
二条大宮まで出かけて案内を乞うたが、門戸は閉じたままで戸をたたいても返事がない。
「……それでは、左京大夫の許へ」
合戦の際に逃げ出すまで一緒だった教長の邸を訪ねたのだが、そこでも
「今朝方、合戦の場からどこかへ姿を消したままで、帰ってきていません」
と言われるばかりで門を開けようとはしない。
新院の顔には諦観の色が浮かぶ。
それでも絞り出すような声で、言葉を発する。
「それでは、少輔の内侍の許へ」
だが、そこにもまた誰もいなかった。
新院は伏し目がちになっている。
気落ちしているようであった。

家弘・光弘父子は思いがけず御輿を自らかつぐことなり、すっかり疲れ果てていた。
合戦では戦い敗れ、武具は重く身に堪える。
その上あちこち出向いたにもかかわらず、何も得られなかったというのでは、くたびれるなと言う方が無理な話である。
何が何だかわからなくなり、こうなった上は自害でもしてしまいたいとすら考えるが、新院一人を取り残すわけにはいかない。
新院もまた、合戦に紛れて食事もとっていない状態だったので、身体が弱り、このまま死ぬのかと思い詰め始めている。
そうこうしているうちに知足院の傍らに、誰の者ともしれぬ僧房があったので新院をそこへお入れしたところ、そのまま倒れてしまった。
家弘が、かゆを作ったところ、新院は少し召し上がった。
その後、ひそかに僧を一人呼んで、髪を下ろした。
光弘も続いて髻を切った。
家弘も髻を切って出家しようとしたが、
「お前まで出家しては罪深いこと」
と新院が止めるので、思いとどまった。

しばらくして家弘が新院に尋ねる。
「さて、どちらへ参りましょうか」
新院は決心をしたようすで、
「こうなったら、仁和寺の五の宮(新院の同母弟)の許へ行こう。ただし、案内を乞うてはならない。無理にでも輿をかつぎ入れよ」
と言う。
急いでかつぎ入れ、家弘は北山へ逃げた。
五の宮は故鳥羽院の供養のために鳥羽殿に出かけていた。
そこへ仁和寺の者が新院が来たことを急いで告げに来た。
五の宮覚性法親王はたいへん驚き、
「仁和寺の御所へ入ることは絶対に許されない。寛遍法務の坊へお移しして後、内裏へ報告するよう」
と命じた。
覚性法親王はそうは言ったものの、同母の兄には何くれとなく世話になってきたので、心苦しいことこの上なかった。
だが、上皇方が天皇方に負けて敗軍となった以上、上皇の肩を持つわけにはいかない。
私には守らなければならないものが、たくさんあるのだ。
覚性法親王は、そう思い直して鳥羽殿の元の場所へと戻っていった。

新院は寛遍法務の坊に移らされたが、しかるべき人々がお仕えするわけでもなく、女房が二、三人いるだけであった。
涙が溢れるばかりで、御心の晴れることはなかったが、嘆きのあまり和歌が自然と口をついて出た。

思ひきや身を浮雲になしはてて嵐の風に任すべしとは
(これまで思ったことのない身の上。浮雲のごとくたよりなく、嵐の風に身をまかせ、ただようのみ)

憂き事のまどろむほどは忘られて醒むれば夢のここちこそすれ
(まどろむ間だけはこの憂さを忘れられるというもの。覚めて一瞬、よみがえりくるこの憂さ、夢であってほしい)

この和歌に、女房たちはもらい泣きしたという。
2018-02-21

歴史小説「新院出家1」

家弘は言う。
「敵に追いつかれてしまいます。早く逃げのびなければ」
「この期に及んで、私のことをかまわなくてもよい。皆、これほどに奉公してくれて……。無駄死になどさせては、可哀想だ」
新院は涙ぐむ。
周りの者たちもまた嗚咽をこらえ始める。
それでもある者は言う。
「一度、院に差し出した命ゆえ、後悔はありません。ここはともかく院の行く末を見届けてから、私どもも死ぬ覚悟です。お見捨て申し上げて、どうして、我々だけ退くことができましょう」
この声に、他の者も同調した。
「志はありがたいが……」
新院が声を落とす。
「私一人であれば、敵が襲ってくることはないと思う。私は曲がりなりにも太上天皇だから」
新院の表情に自嘲の色が浮かぶ。
「だがおまえたちと一緒にいると、戦意があると見なされて攻撃されてしまうのだ」
「そんな!」
「頼む。わかってくれ」
苦渋に満ちた声と目で、新院は語る。
それでも兵たちは、涙に咽びながら口々に言いつのる。
「なんとしてでも、お供を、したいのです」
「その申し出は、かなえるわけにはいかない」
わかってくれ、とでもいうように、新院は周りの者たちをぐるっと見渡した。
少し間があった後、兵たちは一人、また一人とその場を離れた。
涙を浮かべる者もいたし、しゃくり上げている者もいた。
新院はきつく目を閉じ、何も見ないようにしていた。

兵たちが去ってから、家弘は尋ねる。
「よろしかったのですか?」
「良いのだ。いたずらに命を落とさせては、不憫だ」
よどむことなく、新院は言う。
だが声の調子には寂寞とした響きがあった。

その日家弘・光弘父子は新院の御手を引いて、谷の方に下った。
身体の上に芝をおいてそのお姿を隠した。
二人は近くの木陰に隠れて、見張りをしたという。
2018-02-19

歴史小説「敗走2」

新院も、頼長も、北へ向かっていく。
敵が攻めかかったために、御供の武士が防ぎ矢を放って二人を先へ通す。
新院が先に行き、続いて頼長も、というときであった。
誰が射たとも分からないような矢が流れて来て、頼長の首に刺さった。

頼長を抱きかかえながら馬に乗っていた成隆が、矢を抜いて捨てる。
血の流れは竹の筒から流れる水のようであった。
白青の狩衣が、見る間に濃紅に染まった。
頼長は気を失っている。
手綱を握ることも出来ず、頼長は馬から落ちそうになった。
成隆はしばらくのあいだ抱きかかえていたが、馬が勇み立つのはどうすることもできない。
頼長は落馬し、成隆もそれに引きずられて崩れ落ちたが、頼長のことは抱えたままであった。
式部大夫成憲が馬から飛び下り、頼長の頭を膝にかき乗せ、顔を袖で覆って泣いていた。
頼長は目を見開いていたが、なにを言うこともない。
たった今まであれほど威厳にあふれていたようすも、無残な姿に変わり果てた。
なんとも嘆かわしい限りである。

先を駆けていた家弘がこれを見つけ、それより先に進んでいた家来を呼び戻してこのことを忠正に告げさせた。
忠正は言う。
「おいたわしいこと、もはやこれまで」
観念して急ぎ引き返し、頼長を馬にかつぎ乗せようとしたが、頼長はもはや乗れそうになかったので近くの家にかつぎこんだ。
傷口を温めてよくよく見たところ、矢は左の耳の付け根から喉の方へ、逆さまに刺さっていた。
ただ事ではない、神の矢だろうかと、皆不審がったということである。
内裏の官軍たちは忠正たちがここに隠れていることには気づかず、北白河円覚寺のほうに向かっていった。
その紛れに、蔵人大夫経憲(頼長の母方の従兄弟)の牛車を取り寄せて乗せ、嵯峨の方へと連れ出した。
経憲の父、顕憲の山荘の僧を訪ねたが不在だったので、近くの小屋に下ろした。
日も暮れているので、今夜はここに留まることにした。

その頃、新院は如意山に入山しようとしているところだった。
お供の者が駆けつけ、新院に向かってこう伝える。
「左大臣さまが、お討たれになりました」
「なんと!」
新院は声を上げるものの、二の句が継げないようであった。
しばらく経ってから聞き取れないぐらいの小さな声で、
「たいへんな世になってしまった」
と言った。
途方に暮れたようすで、呆然としていたということである。
2018-02-19

歴史小説「敗走1」

新院の味方の軍勢は、義朝軍の前に破れて四方に散り失せた。
口を真一文字に結び、何かに耐えているようだった新院は、静かに立ち上がった。
「新院!」
教長が声をかける。
そこへ左衛門大夫家広と、その子息光弘の二人が、馬に乗りながら御所の西門から馳せ入り、新院の御前に参上した。
「御所に火がかかったことで、お味方の兵たちは皆、散り失せてしまいました。敵がもう御所内に入って満ちあふれております。この御所にいては、攻撃にはとても耐えられません。この上は、いかに」
新院は途方に暮れた。
頼長もまた、どう判断して良いか分からず、途方に暮れたようすである。
それでも新院はしばし考えた後、四位少将藤原成隆を召して、御劔(みつるぎ)をお与えになった。
「私の命を、助けよ」
その姿は貴い太上天皇のそれに違いなく、そばにいる者はあまりの神々しさにむせび泣いた。
この御方の命だけはなんとしてでも助けなければ。
武士や下級役人の心は一つになった。
新院が馬に乗る。
その新院を抱きかかえるようにして、蔵人大夫源信実が馬の後ろに乗る。
同じように、頼長は藤原成隆に抱きかかえられて馬に乗る。
二人を逃がした後、武士たちは少しでも時間を稼ぐために敵を蹴散らした。
なんとか無事逃げおおせてくれればいい。
そう願いながら。
プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
よろしければおつきあいくださいませ☆

2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
note、「小説家になろう」サイトにも投稿しています。

このブログ内の文章の無断転載等はおやめ下さい。

コメント本文にURLを記載したい場合は、URLかメールアドレスのところにでも張って、その旨をお書きください(スパムコメント防止のため)。
お手数おかけしますm(_ _)m

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター