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2013-11-10

遠雷

くたにさんに捧ぐ。
朱雀帝(院)×朧月夜尚侍です。


晩夏。
空は淀み、風が音を立てて強く吹いていた。
雨脚は早い。
山嵐だろうか。

「院、院」
尚侍は必死で院にすがりつく。
院は数日前から病を患い、死の床にいた。
局には高僧をはじめ、大勢の女官たちが侍っている。
「尚侍か」
「はい、尚侍にございます」
尚侍は院の手を自身の両手に挟み込み、頬に当てた。
「暖かい……。あなたは、生きているんだね」
院の目は少し虚ろだ。
死の境をさ迷っているのかもしれない。
「何を仰っておられるのです。あなた様も生きておられます。現にこんなに、こんなに……」
尚侍は溢れる涙を押さえることが出来ない。
「無理をすることはない。私はもう長くないだろう。」
「そんなこと……」
ない、と言おうとして気が咎めた。
医師(くすし)から最期を覚悟しなさいと言われているのだ。
「私が、私がお側におります」
だから、と言いかけて尚侍はやめた。
物の数にも入らない私が、こんなことを言って何になろう。
まして院を裏切ったこともある身のこの私が……!

数十年前、私は当時帝だった院の后にと望まれていながら、院の異母弟である光る君と関係を持った。
一度だけならば、それは過ちですんだだろう。
だが私は継続して光る君と関係を結んでいた。
ときには私から誘うことすらあった。
あの頃の私は自信に溢れていた。
二人の高貴な男性からいい寄られるーー。
そんな状況に身を置いて、自分に酔っていたのかもしれない。
今にして思えば、それはとんでもないうぬぼれなのに。


若かった私は気付かなかった。
院がどれほど私を想ってくれていたかを。

ーー数十年前。
内裏、清涼殿。
遠くで雷が鳴っている。

「きゃっ、怖い」
尚侍は思わず帝に抱きついた。
「ははっ、あなたは意外と怖がりやさんなんだね。大丈夫だよ。まだ遠いから」
「まだ遠い?それはこれから近づいてくるということですの?」
尚侍ははっきりとそう口にする。
そういう性分なのだ。
帝は少したじろいだ様子で、
「まぁそういうことになるね」
と返し、
「だが安心なさい。雷はここ内裏に落ちることはない。天子たるこの私がいる限り、ね」
と続けた。
尚侍は納得がいかないようだったが、
「……はい」
とだけ口にした。

尚侍は思う。
こんなときに、側にいるのが光る君だったら、と。
光る君だったらこんなとき、気の利いた古歌の一つ、二つでも詠んで、私を宥めてくれるだろう。
そしてその後に私を思う存分甘えさせてくれるのだ。
腕枕をし、肩をかき抱いて、その後は……。

だが今その光る君はいない。
遠く須磨に遣られてしまった。
他でもない私のせいで。

尚侍という身分を与えられ、帝の側妃も同然の扱いを受けていたのに、私は光る君と再び関係を持った。
優しいだけの帝に物足りなさを覚えて、光る君との逢瀬を望んだのだ。

罪悪感ならある。
でも、私の仕出かしたことはそんなにも大それたことなのだろうか。
私は中宮でも、御息所でもない。
ただの一女官だ。
大姉さまも、なにもこんな大掛かりなことをしなくてもいいのに。


ーーあの時、帝は微かに震えていなかったか。
お目が不自由になって間もない頃だったのに。
耳だけに響く雷鳴は、どれだけこの方のお心を揺さぶっただろう。
つくづく私の浅慮が悔やまれる。


「尚侍、私が死んだならどうする?」
帝が戯れに声をかける。
「主上はまだお若くいらっしゃいます。そんな想像など出来ません」
「そうだね。私はまだ若い。でも例えばの話だよ。私が死んだら……。その時は今度こそ、源氏の君の元に行くといい」
尚侍が青ざめる。
「何を仰います。そんなこと、出来ません……!」
「そうかい? 頼りないあなたのことだ。きっと私がいなくなったら寄る辺ない身となってしまうだろう。その点源氏の君なら安心だ。あの人はああ見えて情に篤いから、不幸な女人を見捨てることはしないよ」
「私は不幸になんかなりません。だから源氏の君の世話にもなりません。あなた様が死んだ暁には、私も後を追って死にとうございます」
「おや、嬉しいことを言ってくれるね。でも私はあなたより先には死なないよ。今、そう決めた」
「まあ。神様みたいなことを仰って」
「私は神も同然の身だよ。あなたにとってはただの男に過ぎないだろうがね」
そういって帝はうっすらと尚侍に笑いかけた。
尚侍は子供のようなことを言う帝に内心興ざめしていたが、顔には出さなかった。

「主上、雷が、去っていくようでございます」
「そうか。あなたはやはり頭のいい人だね。私の言ったことをすぐに理解したようだ」
「どういう意味でございますか?」
「いや、なんでもないんだ」
そう言って帝は尚侍の髪をすいた。
漆のように光り輝く、優れた黒髪。
この髪を、あの異母弟(おとうと)も触ったのだろうか。
帝はそんなことを考えたが、決して口には出さなかった。
口には出さない、表だって尚侍を責めたりはしない。
それが帝たる自分の矜持だった。
内心では、こんなにも嫉妬の炎に苛まれているというのにーー。


ああ、帝、院。
老いさらばえた今なら、あなた様の気持ちがこんなにもわかるのに。
共に遠雷を清涼殿で聴いていたあのとき、この方が何を思ってあんなことを言ったのか。

この方は私のことを寄る辺のない身になるといった。
あのとき、それは負け惜しみのようにしか聞こえなかった。
負け惜しみ?
この方が、誰に負けたというの。
光る君、いいえ、私?
考え違いも甚だしい。
この方は一度も負けたことなどなかった。
いいえ勝ったこともなかった。
なぜなら、勝負などしていないから。
そういったものとは関係なく、ただただ私を慈しんでくれた。
心の底から。
それに優劣などつけられるはずがない。

そして私はこの方の仰ったとおりになった。
父右大臣も、大后であった大姉様も、この世にはいない。
私はただこの方の温情のみにすがって生きている。
あれは予言だったのだろうか。
いいえ、違う。

この方には見えていたのだ。
私の行く末が。
きっと周囲の人も同じだったに違いない。
本当に、私はなんて浅はかだったのだろう。

「尚侍、清涼殿で聴いた雷を覚えているかい?」
「ええ、ええ。覚えていますとも」
尚侍が院の手を握る。
「私はあの時、私亡きあとは六条院の元に行きなさいといったね」
院が尚侍の目を見る。
弱々しい視線。
「それは撤回するよ。あなたをあの男には遣りたくない」
「もちろんにございます。私は六条院でかの人の訪れを待つだけの女になり下がりたくはありませんわ」
尚侍の言葉を聞くと、院はくすっと笑った。
「あなたはやっぱりあなただ。相変わらず気がお強いことだね」
「院……」
「私は一度だってあなたを責めなかったけれど、愚痴を言ったことは一度だけあったね」
「そうだったでしょうか。忘れてしまいましたわ」
「やっぱりあなたは強い。その様子なら心おきなく死出の門路へ向かうことが出来そうだ」
「院、そんな……。約束を違えるのですか?」
「約束……?」
「ええ、院はあの雷の日、私より先には死なないと、そう仰いました」
「はは、あんなものは約束ではない。戯言だよ」
「約束は約束です」
尚侍はむきになってそういい募る。
「困った人だね……。そういうところが私は好きだったのだけれどね……」
院は小さくため息をつくと、尚侍をしっかり見、こう言った。
「尚侍、私の後を追うようなことだけはよしなさい。あなた一人が食うに困らないだけの財産を、私はしっかり残しているんだからね」
「院……。本当に、どこまでもお優しい……」
尚侍は泣き崩れた。
「尚侍……。私は一足先に浄土に行くよ。元気で、ね」
それを最期に、院は息をしなくなった。
「院……、院……!」
尚侍は亡骸にすがりついたが、院の魂はもうこの世にはなかった。


二人のやり取りをこの目で見て、涙を流さない者は一人もいなかったという。


光る君=源氏の君=六条院→光源氏です
朧月夜尚侍のことをもう「尚侍」とは呼ばないだろうと思いつつ適当な呼称がなかったので使用してしまいました。
朧月夜尚侍の名前のイメージは綏子です。兼家の娘で東宮時代の三条帝に侍り、源頼定と密通した女性の名前。
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2013-11-05

真澄の雫2

数日後。
夫が血相を変えて私の局にやって来た。
先払いも出さずに。
「姫、ややが出来たというのは本当ですか!?」
「殿、無礼ですわ。前触れもなしに勝手に入ってきたりして……」
「無礼もなにも! 私はあなたの夫でしょう。なぜ邸の主である私だけが、妻の妊娠を知らないのです」
「それはその……、なかなか言い出せなくて……」
「まぁいいです。よかった、本当によかった」
夫は喜びを隠そうともしない。
その様子を見ていたら、涙がすーっと頬を滴った。
「こんなに嬉しいことはない。ねぇ姫?」
嬉し涙と勘違いした夫が、同意を求めてくる。
私は泣き顔を見られたくなくて顔を背ける。
そこでようやく異変に気付いたのか、夫は
「姫……?」
と伺うように尋ねた。
頬に手が伸びる。
「何でも、ないわ!」
私はその手を振り払う。
「あなたは嬉しく、ないのですか?」
私は応えない。
「そう、ですか」
夫の顔が見れない。
見るのが、怖い。
夫は何か言いかけたがやめ、局を去ろうとした。

そのとき、衝動に突き動かされて私は夫に後ろから抱きついた。
その背が離れたかと思うと、私は夫に前から抱きしめられていた。
「姫……」
「やっと素直になってくれましたね」
「?」
小さく小首を傾げる。
「綺麗な色だ」
夫は私の頬を伝う涙を拭い、そう呟いた。
「これ以上なく澄んだーー、真澄の雫ですね。」
「見るのは二度めです」
「私はあなたの前で泣くのはこれが初めてだわ」
少し怒気を含ませて言う。
なんだか悔しくて。
「いいえ、二度目です。一度目は初夜のおり。あなたは痛みに堪えかねて涙を一滴流していましたよ」
夫が微笑する。
「それは……、だって……!」
私は恥ずかしくなって必死の抗議をした。
それにかまわず、夫は続ける。
「あなたの初めての男になれたという身に余る光栄に、私は身震いしたものです。そして誓いました。生涯あなただけを愛すると」
「でも、でもあなたの手付きは物慣れていたわ。私以外の女性を、あなたは知っているのでしょう」
「そんなことで焼きもちを焼いていたのですか?可愛い人ですね、あなたは。知っていますけれどね」
そう言って夫は笑いかける。
「そんなこと言ったって」
「まぁ、婚姻前のことは許して下さいよ。あなたに不快な思いをさせたくなくて、手近な女房に教示を願ったのです」
悪びれもせず、夫は言う。
「私、そうとは知らなくて、婚姻前にあなたにはいい人がいるのかもしれないって、そう考えて」
「そうだったのですね。でも、もう何も心配することはないのですよ。あなたがどれだけ私のことが好きか、私は知っていますからね」
「私は別にそんなんじゃ……」
夫が優しく私を見つめる。
その視線に、ばつが悪くなった私は目をそらした。
「毎日私が邸に帰るのを見届けてから就寝しているでしょう?」
「……」
「初めは嫌われているものだとばかり思っていました。出迎えもしてくださらないのですから」
「でもあるとき、私が帰る頃になるといつもあなたの局のあたりが明るいということに気付いて。気付いた時には、胸に小さな明かりが燈されるような、あたたかな羹(あつもの)をゆっくりと飲んでいるような、そんな気持ちになれました」
夫は雄弁に語る。
「それに、いつも自ら私が次の日に着ていく衣装を選んで下さっている」
「そんなこと……」
していない、と続けようとして良房が言を遮る。
「隠したって無駄ですよ。あやめから聞いていますから」
「あの娘(こ)ったら……!」
私は少し口を尖らせる。
「あやめを怒らないでやって下さいな。あの子なりに私たち夫婦のことを心配してくれているのですから。主人思いの女房を持てて、あなたは幸せですよ?」
そして
「この邸の主人は私だというのに、皆があなたを慕って。全く悔しいくらいですよ」
と続ける。
「もう、もうわかったわ。だからこの腕を離して」
私は耐え切れなくなってこう言った。
夫の言う‘真実(まこと)’に。
「わかりました。では私から一つ注文が」
「なんです?」
「毎晩寝たふりをするのは大変なので、今夜からは先に寝てください」
「なっ……!」
悔しい。
恥ずかしい。
気付かれていただなんて。
腕をほどいた夫を私は軽く睨む。
すると夫は私に軽く口づけをした。

私はきっと、幸せなのだろう。

2013-11-05

真澄の雫1

かさねさんとくたちさんに捧ぐ


夫は、身体を重ねているときだけ私のことを
「潔子」
と呼ぶ。
普段は敬語なのに。
名前で呼ばれるのが面映ゆくて、私はつい顔を背けてしまう。
すると
「潔子」
ともう一度呼ばれる。
私の腕を掴んだ手に、力がこもる。

私はくぐもった声を出して、いるのだと思う。
自分ではよくわからない。

房事のあと、夫は決まっていつも寝てしまう。
私はその寝顔を見るのが楽しみだった。

つり上がり気味の目に、小さな唇。
激務のせいだろうか、少し面やつれした頬。


ーー幸せ、なはずなのにーー
どうしてこんなに不安なの?

つい最近、この人の子供を身籠ったことがわかった。
夫婦の儀を交わしてから5年。
それは慶ばしい吉報、のはずだった。
なのに、私は言いようもなく不安だった。
子供が生まれたら、この人は私の元を去ってしまうかもしれない。
元々この婚姻は父に命じられて成立したものだった。
でも今その父はいない。
この方を縛るものは何もないのだ。
跡取りである男子、もしくは后がねたる女子が生まれたなら、私は用済みなのかもしれない。
こんな風に考えてしまう自分が嫌だった。

この人は優しい。
優しすぎるくらい。

お帰りを出迎えることもしない私に、文句一つ言わない。
いや、言えないかもしれない。
私が隆嫁したとはいえ、帝の娘だから、だから畏れ多くて言えないのかも。

5年前、父である嵯峨天皇と正后である嘉智子様のお気に入りだったこの人は、2人に命じられて私を娶った。
日頃の忠勤に報いると、そう言い含められて。

けれど……。
それはこの人にとって‘褒美’だったのだろうか。

初夜が思い出される。
この方の手付きは物慣れていた。
ぎこちないところが少しもなかった。

考えてみれば当たり前のこと。
19歳の青年が女を知らないわけがない。

けれどその事実は、私の中で澱のように重たく沈んだ。
この方は私以外の女性を知っている……。
その女性は、わたしよりも綺麗で、素直で、女らしい人かもしれない。
こんな風に考えてしまう自分が本当に嫌だ。

でも、もし私がこの人にとって‘枷’になっているとしたら。
もしもそのときは、儚くなりたい。
私から別れたなど切り出せないから、だから……。


「今宵は下がります」
小さくそう言って、私は寝所を後にした。


「あやめ、この衣は色が濃すぎるかしら」
「そんなことはないと思います。きっとお似合いになりますわ」
あやめは私の乳母子である。
明るくて物怖じしないところが気に入っている。
この家に嫁いだとき、ついてきてもらった。
一人では不安だったから。

宮中で育った私は、外の世界を知らなかった。
‘外の人間’も。
けれど初めて体面させられた‘外の人間’は優しげで、凛々しくて、そして頼もしそうだった。

宮中の局で、私はあの方を紹介された。
「潔姫、挨拶なさい。お前の婿になる男だよ」
と。
あの方は緊張した様子で礼をとった。
それを父が止める。
「自分の妻になる女にそのように接するものではないよ。全く先が思いやられるな」
「しかし……」
たじろいだようにちらり、と私を見たその目に、親近感を覚えた。
思えばあの時から、私はあの方を慕っていたのかもしれない。

「姫様……?」
不安げにあやめが私を見つめる。
「なんでもないのよ。お前はもうお休み」
「承知致しました」
深く礼をして、あやめが局を去る。
一人になった私は、一息ついた。
今日も、言い出せなかった、と。
2013-11-02

歴史小説「末代の賢王2」

この苛立ちはどこから来るのだろう。

私を支えているもの。
それは亡き鳥羽院の遺志を継ぐ、朝家の正当なる跡継ぎという矜持だ。
私は一度は皇統を離れた待賢門院腹の第四皇子の子息である。
だが、現在は近衛の帝の後継者であり、その母である美福門院の後見を全面的に受けている。
私はかの女院の養子であった。
実母が産後まもなく死去したために、祖父の后である美福門院のもとに預けられたのだ。
養母とはいえ、年頃になってからは几帳越しにしか話したことがないから、どんな顔だったかも覚えていない。
だが私は権勢欲の強い御方、だと踏んだ。
この手の人間は、自尊心を傷つけぬよう、丁重に接するに限る。
今の私があるのは女院のおかげなのだから、なおさらだ。

問題は実の父だ。
今様にばかり耽り、即位してからは政務もろくろくとらず、全ては少納言信西まかせ。
あまつさえ信頼がごとき男寵を高位につけ、平時の乱を巻き起こした人物。
そんな男が私の実の父親なのだ。
全く、恥ずかしいったらない。

こんなこともあった。
父である上皇から造営した蓮華王院への御幸を望まれた。
だが、私は行かなかった。
今はそのような上皇のお遊びに付き合っている暇などない。
私は直接出向くこともせず、使いの者をやって断った。

するとしばらくしてから噂が立った。
上皇が私を恨めしく思っているというのだ。
はっ、何を馬鹿な。
大方蓮華王院に帝が御幸したという‘箔,をつけたいのだろう。
暗愚なくせに、そうした欲には忠実ならしい。

噂が立ってしばらくした後、また使者がやって来た。
「上皇はあなた様の父親ではありませぬか。どうしても赴かれないというのなら、それは不孝にあたります」
上皇の近臣が言う。
生意気だ。
「天子に父母なし」
私はそう言ってやった。
上皇の近臣は青ざめてすごすごと帰って行った。
そしてまた、噂が立った。
あの帝は不孝者だと。

だがそれが、何だというのだ。
不孝者と罵られようとも、思いやりのかけらもない男だと陰で言われようとも、私は私のやり方を押し通す。
世を是正するのも、この世を戴いているのも、天下に私一人。
邪魔する者は、たとえ父親とて許さない。


一身に政務に励む帝の姿を、廷臣たちは「末代の賢王」と呼び、賛嘆したという。
2013-11-01

歴史小説「末代の賢王1」

手に入れさえすれば、この苛立ちも紛れると思ったーー。

数刻ほど前、太皇太后多子と寝所を共にしていた。
相変わらず、笑みひとつかけてもらえなかった。

先々代の帝、近衛。
彼女はその近衛の后に当たる。
それを私が強引に我が物とした。
廷臣たちが反対するのも聞かず。

言葉を尽くしても、甲斐甲斐しく贈り物を贈っても、かの女人は私を見てはくれない。
いや、本当はわかっている。
私に真心が足りぬのだ。
もっとへりくだった態度がとれるなら、状況は変わるのかもしれない。
だが、自尊心が邪魔する。
容易くは手折れない、蕾ほどにも固い態度のかの人の前では、私はつい意地を張ってしまうのだ。

愛しい、とも違う。
憧れ、の人なのに。

時間さえかければ、かの人の態度も変わると思った。
もう再入内してから一年になるのに。

そんなに、近衛がいいのか……。


私は9歳の時に寺に入れられた。
父は后腹の皇子といえど四男で、私も皇位継承の望みは薄かったためだ。
私は今でもあの者たちの目線を思い出すことが出来る……!

皇族といえど、それから逃れることは出来なかった。
あのぶしつけな、値踏みするような目線。
好色そうな坊主ども。
それに耐えられなくて、私はひたすら修業に明け暮れた。
我が身を守るために、必死で。

するとそれが評判になった。
この御子は知恵が深くていらっしゃると。

そしてある時、当時の関白忠通が私のもとにやって来た。

「この御子が、ほう」
坊主の目線とは違う値踏みするような目つき。
私は忠通を睨んだ。
我は皇族ぞ、馬鹿にするな、と。
「いやあ、怖い怖い」
そう言って忠通は笑い、
「だがこれぐらいの気概があったほうがいいのかもしれない。あの帝は柔弱すぎる」
と言った。

「帝、だと?」
「直に宮中にお招きしますよ。もっとも、私の案が通るか通らないかはわからんがね」
男はそう言って去って行った。
私にはわけがわからなかった。

数日後、忠通はまたやって来た。
見せたいものがある。
そう言って私を仁和寺から連れ出した。

忠通は私に良い衣を着せ、宮中を案内した。
「誰ですか?この子は」
と聞かれると、
「私の隠し子」
などと言ってごまかしていた。

そして私はあいつを見とがめた。
絢爛豪華な衣装に身を包み、気弱そうに一人遊びをしていたあいつを。

ーー人は陰で私を傲慢、という。
だが本当に傲慢な人間というのは自分が恵まれていることに気付かない人間ではないのか。
先々帝の近衛がそうだったーー。

「主上、具合はいかがですか?」
「良くないよ。関白、その子は?」
年頃はあまり変わらないのに、子ども扱いされたのが気に障った。
「待賢門院様の第四皇子、雅仁親王の御子です」
「へえ。寺に入れられたと聞いていたけれど。で、なぜこの子がいるんだい?」
「実は、主上に折り入ってご相談があるのです」
「相談?」
「はい、実はーー、主上に、御位を退いていただきたいのです」
「……。それはまた、急だね」
主上と呼ばれる少年の表情はよく読み取れなかった。
「いいよ、別に。本々僕には荷が重かったんだ。位を退いたら、目も元に戻るのかもしれないしね。で、僕の次にはこの子を押すと、そういうことなのかい?」
「そうです」
涼やかに忠通が言う。
私は目を見開いた。
帝が、自分からこうもあっさりと位を手放すなんて、と。
この少年は自分がどれだけ幸福なのか分かっていないのだ。
私は坊主どもの好色げな視線に日夜耐えているというのに。
片や帝、片や寺に預けられた皇族の男子。
年の差は2、3歳なのに、なぜこうも違うのか。

自分がどれだけ幸福か分かってない。
それはまさしくそうだった。
後に近衛と謚号されたこの帝には、正式な后が二人もいた。
その上母后も健在だという。

私は思った。
この少年から、すべてを奪って見せよう、と。

このときはまだ太皇太后を、とは思っていなかった。
ただ声望を、君臣たちの篤信を、すべてこの手におさめよう、そう決心した。

そういえば姝子は近衛の妹だった。
姝子にも同寝を拒否されてから久しい。
私は別にかまわないが。
プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
よろしければおつきあいくださいませ☆

2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
note、「小説家になろう」サイトにも投稿しています。

このブログ内の文章の無断転載等はおやめ下さい。

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お手数おかけしますm(_ _)m

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