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2014-03-30

宵の君、暁の公

ゆきぞさんに捧ぐ


昌泰二年(902年)三月。
「あなた様はいつも、宵どきにいらっしゃる。邸では『宵の君』と、秘かにお呼びいたしておりますのよ」
妻の一人、源昭子が言う。
昭子は忠平よりも一回り若かった。
さっきまで共寝をしていたので、髪は乱れ、額には汗がにじんでいる。
女の盛りにはまだ早いように思われたが、艶を含んだ物言いといい、意味ありげな視線といい、実年齢より大分年上にみえた。
どこか翌日には枯れてしまいそうな、大輪の花を思わせるものがある。

「それは光栄だ。春の宵より、素晴らしいものはない」
忠平が言葉を返す。

「春宵一刻、値千金」
昭子が歌うように口ずさむ。

すると、
「花有清香月有陰
(花に清香(せいこう)有り月に陰有り)

歌管楼台声細細
歌管(かかん)楼台(ろうだい)声細細(さいさい)

鞦韆院落夜沈沈
鞦韆(しゅうせん)院落(いんらく)夜沈沈(ちんちん)」


と忠平が昭子の言に続いて漢詩の続きを口にした。
そして
「さすがは有能殿の娘だね。蘇軾を知っているとは。おみそれしたよ」
と笑いかけた。

「幼少の頃に父に叩き込まれましたの。私の娘ならばこのくらい出来て当然だ、と言わんばかりに。私はもっと、花などを愛でて過ごしたかったのですけれど。父は学者と親しくしているだけあって少し変わっているのですわ」
くすくす笑いながら昭子が言う。
育てられ方を、嘆いている様子はない。
枯れる寸前の匂いやかな花を思わせる色気の持ち主ではあるが、芯にはからりとした明るさがあり、それが等身大の魅力となって輝いているような女である。

「今夜も泊っていってはくれませんの?」
昭子が聞く。
声は平常を保ってはいたが、少し寂しそうであった。
それが‘強がり,に映って、忠平は女を抱きしめたくなる。
だが、行動には移さない。
「公卿たちとの話し合いがあるのでね」
「嘘だわ。父はそんなこと言ってなかった」
「……」
忠平は観念し、
「私は女の家には留まらないようにしているのです」
とだけ言った。
なるったけ、感情を込めずに。
「そう、ですか……」
昭子はそれっきり何も言わなかったが、少し間があったあと、呟くようにこう言った。
「それは、『菅原の君』に対しても同じなのですか」
その問いに、忠平は答えられなかった。

忠平は是とも、否ともいえなかった。
「違う」と言えば、昭子を傷つける。
「そうだ」と言えば、嘘をつくことになる。

押し黙っている忠平に、昭子が目を合わせる。
そして絞り出すように、
「優しい人。でもその優しさが、人を傷つけるのだわ。」
と言ってふっと笑った。
そのか細い様子に心を突き動かされ、忠平は昭子を抱きしめようとする。
それをかわして、昭子は
「出過ぎた真似をしました。申し訳ございません」
と頭を下げた。
自分の立場を弁えているのだ。
「いや、すまなかった」
「お謝りにならないで。私がみじめになるだけですもの」
昭子は髪を梳いて整えると、女童を呼んだ。
「『宵の君』がお帰りになります。身支度を」
忠平はその言葉に従うしかなかった。


源昭子は右大臣源有能の娘で、忠平の姉を母に持つ。
いわば母方の姪だ。
その縁もあって妻の一人に迎えた。
だが忠平には正妻たる北の方が別にいた。

光孝天皇の皇女で亭子院の養女となった女性だ。
菅原道真殿の姪にあたることから、「菅原の君」と呼ばれている。

亮子院から「臣籍降嫁」に近い形で下賜された、忠平より5歳年下の27歳。
名を源順子。
つい昨年男の子を産んだばかりである。

だが、順子も住む自邸から足が遠のいていたのはそれが理由ではなかった。

一年前、順子の母方の叔父菅原道真殿が配流されるという事件があった。
我が兄時平との対立、そして学者の身でありながら右大臣にまで上ったことによる周囲の嫉み、そして道真殿自身の頑固さが、事件の背後にはあった。

私は何も出来なかった。
道真殿と交流してはいたが、兄と対立してまで親しくしようとはしなかった。
結果として道真殿は宮中で孤立し、謀反人の汚名まで着せられて京を去った。

順子に合わせる顔がなかった。
あれは叔父を尊敬していた。
私が嫉妬を覚えるぐらいに。


それでもその日は順子も住んでいる自邸に帰った。
時はただ過ぎるばかりで何も解決はしてくれない、そう腹をくくったのだ。
自邸に帰ると、妻に言われた。
「もう明けの明星が見え始めていますよ」
妻の声は穏やかだった。
たおやかで、物静かな妻・順子。
夜枯れを責める風でもない。
それが、辛かった。
「どこかでもう眠ったのですか? 休めないと、お身体に触りますよ」
別の女のところに行っていたのではないか。
暗にそう聞かれているともとれるが、順子の声に非難の色は感じ取れなかった。
「付き合いで飲んでいたから、まだ眠れていなくて。そろそろうつらうつらしてきたよ」
忠平はその場に横になった。
順子にそう言われたらなんだか本当に眠くなってきたのだ。

一刻ほどして、目が覚めた。
「もっとぐっすりお眠りにならないと……」
「ついうとうととしてしまった。これ以上寝たら熟睡してしまいそうだ。公務があるから起きるよ」
「『春暁』ですか」
そう言って順子が微笑む。
春暁というのはこういう漢詩だ。

春眠不覚暁
(春眠暁を覚えず)

処処聞啼鳥
(処処啼鳥を聞く)

夜来風雨声
(夜来風雨の声)

花落知多少
(花落つること知る多少)


学者筋の娘というのは、皆こうなのか。
一晩で二度も漢詩について話すことになるとは思いもよらなかった。
それとも今日が春にふさわしい陽気だからだろうか。
「春暁ですか。女にとって、春は何か特別なものがあるのですかな?」
「春は、良いものですわ。草の息吹や春風、そして豊穣の大地が私たちを包み込んで下さいます。叔父の邸では桜が本当に綺麗で……」
そこまで言って順子は言葉を発するのをやめた。
気まずそうに、忠平を見る。
そして、
「私ったら、余計なことを……」
と蒼ざめた。
「いいんだよ。私に気を遣わなくていい。道真殿の邸の庭は確かに素晴らしかったね。こじんまりとした邸なのに、風情があって」
「いえ、このお話しはやめましょう。あなた様を辛くさせるだけですわ」
「私を辛くさせる? そんなことはないよ」
「いいえ。お辛いのでしょう? だから私の顔を見ないよう、この邸にも立ち寄らずに」
「いや、邸に立ち寄らなかったのは……」
順子に合わせる顔がないと思っていたからだった。
私は道真殿を救うことが出来なかった。
そう言おうとして、忠平はやめた。
何を言っても同じことだ。
少なくとも、順子にとっては。

「もうやめましょう。この話は」
順子が話を打ち切る。
「終わったことです。私もあなた様も、過去を振り返るのはやめにしましょう」
いつになく強い調子だった。
「そうだな。私たちには未来がある。子供も生まれたことだし、これからはもっと早く帰るよ」
「ありがとうございます。でも、無理はなさらないで」
順子は穏やかに微笑んだ。
「あなたは優しいね。そして、強い人だ」
「それは、あなた様の方ですわ」
その場に座っていた忠平の首に、順子は抱きついた。
「私、本当はいつだって不安なのですの」
「不安? 何が?」
「あなたがどこか遠いところに行ってしまうのではないかという不安。そう、私たちを見捨てて」
順子は腕を離し、忠平の目を見る。
縋るような瞳。
順子のこんな表情を見るのは初めてだった。
「私はどこへも行かないよ。あなたたちを見捨てたりはしない」
「あなたは優しいから……。でも、その優しさがあなた様を縛っているのではないかと思うと、私はいたたまれない気持ちになるのです」
つい先刻、同じことを言われた。
昭子の言葉を思い出しながら、忠平は
「私は優しくなんてないよ。弱いだけだ」
と囁く。
「ご自分のことを弱いと言える方は、真の強さをお持ちだと、私は思いますわ」
「私はそうは思わない。自分を曲げない人間こそが、本当に強い人間だと思っているから」
「それは叔父のことですか、それとも左大臣(時平)様のことですか」
「両方、かな」
「それでも、私はあなたはだれよりも強い人だと思います」
「そうかね」
一瞬の静寂。
「そろそろ内裏へ行くよ。身支度を」
忠平の言葉に、
「はい」
と頷いて順子は女房たちに指図を始めた。


   文中の漢詩
蘇軾より「春夜」
孟浩然より「春暁」


〈終わり〉


漢詩については
楽しいことわざ教室の「格言・故事成語」講座
http://www2.odn.ne.jp/kotowaza/BBS/KANSI/kansi-yuraino-kojiseigo/kansi-yurai-kojiseigo-matome.htm
というサイト様のを特に参考にしました。
現代語訳も載っているので、是非こちらのホ-ムページにとんでご覧下さい
と、気がつけばまた他サイトの宣伝をしている私


ちなみにこの漢詩の作者は二人とも900年代以後に生まれています。
(上記サイト管理人の棚平晃様からご指摘を受けました。
蘇軾は1036年~1101年が生没年の人なのですが、孟浩然の生没年は689年~740年で、後者は902年以前の人でした。
申し訳ございませんm(__)m)
でも素敵な漢詩だったので、使用しました。

宵も暁も好き。
タイトルが浮かんで、それに合わせて話を練った感じです(*´∀`*)

ちなみに昭子は後年、藤原師輔、藤原師氏、藤原師尹を産んでいます。
順子が産んだのは実頼。

キャラ設定迷ったのですが、子供の性質から母親の性格を想像しました。



   参考文献
川尻秋生 2011 平安京遷都 岩波書店 
角田文衛(監修)1997 平安時代史事典 角川出版 
西原和夫・塚越和夫・加藤実・渡部泰明・池田匠(編) 1994 新総合図説国語 東京書籍印刷株式会社
保坂弘司 2007 大鏡 講談社
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2014-03-27

千代のかげ

なぱさんに捧ぐ


寛和元年(985年)、元服を済ませたばかりの藤原道頼ーー幼名を大千代君ーーは二条大路に面する邸に向かっていた。
儀式を執り行ってくれた礼をするために。

道頼はたった今まで祖父であり、養父でもある藤原兼家の住む東三条院で、元服の式を行っていたのであった。
道頼は従三位右近衛中将兼東宮権大夫道隆の長男である。
長男とはいえ母が正妻ではなかったために、道頼は嫡子としては扱われなかった。

今日の元服式は異母弟の三歳年下の嫡子・伊周と一緒であった。
伊周の母親は高階貴子。
宮中に出仕し、女がてらに漢詩をよくする、才色兼備の女性であった。
道頼の母親と身分の差はそれほどなかったが、貴子は后がねたる女子を始め多くの子供を産んでいた。
心情的にも若い時分に両親にあてがわれた‘妻,よりも、後年になって自分の選んだ‘恋人,の方に寵が移るのも、自然なことだったのかもしれない。
道隆には自由を好む性質があった。


道頼が向かっていたのはその父のところであった。
たった今まで式に参加していたというのに、なぜまたも会いに赴かねばならないのか。
それが礼儀だと、わかってはいるのだが。
あそこには異母きょうだい達がたくさんいる。
父の‘正妻,も。
正直に言えば、道頼は気が重たかった。

先払いの使いを出して待っている間、庭の垣根に目がいった。
何やら棒のようなものを持ち出しているのがわかる。
木は、柿の木か。
どうやら邸の童たちが柿を取ろうとしているらしい。
よく見ると、身なりのいい童が一人だけいた。
その童に道頼は尋ねる。
「お前はここのうちの子供か?」
「うん!」
屈託のない、元気のいい声。
「柿をとりたいのか?」
「うん、とってお兄ちゃんやお姉ちゃんに食べてもらうんだ」
そうか、きょうだいたちに……。
そのとき、道頼に小さな意地悪心が芽生えた。
「私がとってやろう」
そう言って柿の実に手を伸ばす。
柿はすっかり熟していた。
「この実はまだ熟していないから、熟しきるまで待ちなさい。そうだな、十日間ぐらいだな。それまでは隠していなさい」
「えーー、十日も待つの?」
童が口を尖らせる。
「おいしいものを食べさせたいのだろう? 我慢しなさい」
「わかった」
童は渋々納得したようだった。

十日も経ったらこの柿は腐ってしまうだろう。
そしたらこの童は叱られるに違いない。
我ながら子供じみているとは思ったが、幸せそうなこの子を見ていたら、なんだかたまらない気持ちになったのだ。

「ありがとう、おにいちゃん」
「なに、礼を言われるほどではないよ」
そう言って道頼はその場を去ったが、少しだけ良心が痛んだ。
だがそれもすぐに忘れてしまっていた。



長徳元年(995年)。
「あのあと私は腐った柿をずっと持っていたことが露見して、母にこっぴどく怒られました。その日邸を訪れた少年にそう教えられたと言ったのに、全く聞き入れられませんでした。あの道頼殿に限ってそんなことをするはずがない、と言い切られて。それぐらい、貴方の猫被りは完ぺきでしたよ」
「心外だな。私がいつ猫を被った?」
道頼は隆円に向かって笑いかける。
病で頬がそげているのが、痛々しかった。
「貴方はいつだって完璧でした。そつがなくて優しくて。そう、誰に対しても優しい。ーー私はそれは本当の優しさではないと思われますがねーーで。世間の人が同情するのもわかりますよ。異母弟に官位を越されて。後継ぎにもなれなくて」
「別に私はそれを気に病んだことはないよ」
「嘘ですね。少なくとも元服したあの日、貴方は私に悪意を向けた。まだ何も知らない、無垢な子供に対してね」
「まあな。私はもうすぐ死ぬから白状してしまうが、意地悪をしたのは事実だ。だがそれをお前がずっと恨みに思っているとはな。なんて執念深いんだ。全くあきれたよ」
異腹(ことはら)とはいえ、旧知の仲だからか、道頼の言は気安い。
「ずっと、ずうっと不思議だったのですよ。当たり障りのない、何事にも如才のない山井(やまのい)大納言様。だがその真意はどこにあるのか、と」
「真意か。そんなものを知ってどうするんだ?」
「どうもしませんよ。ただ心の中にしまっておくだけです。貴方を忘れないために」
「そうか……。ならば話すよ」
そこで道頼は視線を宙に向け、一呼吸置いた。
「私には、信念があった。私を後継ぎにしなかったこと、それをずっと父に残念がらせてやる、というね。世間の人々の声などは耳に入らなかったよ。私が意識していたのは父だけだった」
「そうですか……」
「だがその父にも亡くなられてしまって……。本当のところを言うと、もう生きる甲斐もないんだ。苦しい、とっとと死んでしまいたい、と病を経てからはそう思うことしきりだ」
「病が治るようにと祈祷をしている坊主の前で、その発言はないでしょう」
隆円は笑ってはいたが、声の調子は真剣であった。
「そうだな」
道頼が幽か(かすか)に微笑む。
悲しいことに、その姿は神々しいまでに美しかった。
「また邸を訪れます。それまでは元気でいて下さいよ」
「ああ」
局を出て行こうとするとき、隆円は道頼が和歌を口ずさむのをかすかに聞いた。

「またこむと誰にもえこそ言いをかねこころにかなふいのちならねば」
(もう一度来て下さいと、誰に対してもいい残すことが出来ない。思いのままになる命ではないから)

隆円は涙を流したが、道頼に気付かれたくなくてそれを拭うこともしなかった。

道頼が亡くなったのはその三日後だった。

葬式が一通り済んだ後、御坊で一人になった隆円は和歌を口ずさんだ。
「たち別れ天にも茂る松なればこひしかるべき千代のかげかな」
(旅立ち別れてはるかに行くのは、天の松原ですか。これからは、松にあやかって千歳(ちとせ)を生きるお姿を恋しく思うに違いありません)

天上にも、柿の木は生えているのでしょうかね。
子供のような空想にふけりながら、隆円はまた涙をこぼした。


*****
文中の和歌は詞花和歌集に載っている
180番玄範法師の和歌と、
185番権僧正永縁の和歌です。

玄範法師の和歌はそのままです(訳はちょっと変えてます)が、権僧正永縁の和歌は少し言葉をかえています。
元の和歌は
「たち別れはるかにいきの松なればこひしかるべき千代のかげかな」
(旅立ち別れて遥かに行くのは、筑紫の生の松原ですから、これからは、松にあやかって千歳を生きるお姿を恋しく思うに違いありません)
です。

   参考文献
川村晃生・柏木由夫・工藤重矩校注 1989 金葉和歌集詞花和歌集 岩波書店
2014-03-21

新人賞を選ぶ

と、いうことが出来てなかったのかなーと言うのが最近の反省点の一つです。

現在ブログに載せている「油火(院政期歌人伝―待賢門院堀河・兵衛姉妹、 藤原実能、藤原多子―)」という作品をライトノベルのレーベルである電撃文庫に応募したのですが、

そりゃ落ちるだろ

と我ながら思いました。一次予選に通った人の作品タイトルを見て。

同人誌じゃないんだから(^_^;)

何というか、根本的に間違っていましたね。


けっこう読んでいるブログ
「新人賞をとって作家になる!」様
http://shinjinsho.seesaa.net/
でも「あなたの作風にあう新人賞を選ぶこと」が大事だと書かれていますし。


あと、最近フォロワーの作家さんの本

ライトノベルは好きですか?― ようこそ! ラノベ研究会ライトノベルは好きですか?― ようこそ! ラノベ研究会
(2013/04/12)
大橋 崇行

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を読んで、そうか、ライトノベルとはこういうものであったのか、みたいなことを感じたり。

一口にラノベと言っても様々で。
「僕の妹は漢字が読める」など、奥の深そうなラノベもあったりして。
私はラノベに対する見識が足りなかったようだな、と。

で、このライトノベル研究書を読んで私は少女小説なら何とかなりそうだけれど、ラノベは無理かもな、ということを思ったわけです。
ライトノベルはとにかく発想が第一、なんじゃないかなーと。
で、少女小説はいかに「読者に夢を与えられるか」が大事。
みたいな。
これはあくまでも私の所感で、間違っているかもしれないし、数年後には私自身考えを改めているかもしれないのですが。


あんまり自分自身を型にハメて考えちゃうのもマズイですが、ある程度の傾向と対策は大事だよなあ、とようやく気付いたわけです。
遅いですね(笑)。
まあそんなものをねじ伏せるぐらいの強力な小説を書けるのが一番なのですけれど。


話は変わりますが、今書いているのは「黄金の古里(おうごんのこり)-平泉姫宮奇譚ー」という作品です。

義経の登場―王権論の視座から (NHKブックス)義経の登場―王権論の視座から (NHKブックス)
(2004/12)
保立 道久

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という本から着想を得ました。
初め付けようとしていたタイトル「義経の妹!」を改めました。

この本の中に出てくる平泉姫宮という人物にはとても創作意欲が書きたてられます。
詳細なことは全く分かっていない人物なのですが。

賞に応募することが前提なのであらすじはのせられないのですが、今一生懸命書いてます。
けっこうな量になりそうです。
今度こそ完成させなきゃな。

あっ、「欠月」は書くのやめました。
設定に無理があるな、と思い直して。


「義経の登場ー王権論の視座からー」はタイトルで損をしているように思います。
私自身、義経本には食傷気味だったので、手に取ったのは発売されてからだいぶ後でした。
面白い本なのに(マニア向けですが)、ほとんど手に入らない状態というのが寂しいです。
もう絶版なんでしょうか……。
講談社学術文庫か角川ソフィア文庫あたりで再発刊してくれませんかね。


以上、近況パート②でした。
2014-03-21

近況とか

またホワイトハートに送ろうと思って小説を書いたのですが、既定の枚数以上を書くことが出来なかったので
(40行×40字で85枚以上ってけっこう量ありますよ……。「我が君は何処」は86枚・原稿用紙換算で260枚ぐらいだった)、
文藝賞に送ります。

元々少女小説というよりは一般向けの青春小説ではありましたし。

落ちたことがわかったら(←おいw)また希望される方にメールで原稿を送付いたします。

詳細は辺境のブログとはいえ書かない方がいいと思うので書けませんが、量は40行×40字で47枚、原稿用紙換算で137枚です。


こういうことを書くと「言い訳するな」みたいにまたお叱りを受けそうですが、ちょっといろいろ考えないといけないのかなーとは思っています。

私もお年頃なので(苦笑)、まあ、人生設計的なものを。


無邪気に夢だけを追っていられる時期はとうの昔に過ぎていて。

でもすっぱりあきらめることは難しくて。

しがみつきであっても、これだけはやめられない、っていう。


まあ小説書きなんて趣味でやればいいじゃんってハナシなのかもしれませんが(^_^;)、

私にとっては「生きる糧」みたいなものが必要なんですよ。目標というか。


ネット以外のリアル(現実生活)ではあまり言ってませんけれどね。「小説家になりたい」ってことは。

だからネット上でしか愚痴れないんですよ。リアルで言ったら「じゃあやめたら?」って言われるのがオチですから。


リアルの方でもそこそこ悩みはあります。持病があって5週間に1度大きな病院に通ってたりしますし。

ブログでは書かないようにしてるんですが。ブログは趣味について語る、と決めているので。

出来るだけ前向きに、を心掛けてはいますが、負の感情が漏れ出ちゃってるときはありますね……。

ブログ記事を読み返すと、けっこう恥ずかしいです。

昔書いた小説もスカスカじゃん、とか。


まあ元気です。

コメント欄でも書きましたが、人生長いので。これからも地道に小説は書いていきます。
プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
よろしければおつきあいくださいませ☆

2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
note、「小説家になろう」サイトにも投稿しています。

このブログ内の文章の無断転載等はおやめ下さい。

コメント本文にURLを記載したい場合は、URLかメールアドレスのところにでも張って、その旨をお書きください(スパムコメント防止のため)。
お手数おかけしますm(_ _)m

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