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2014-05-09

イエローのトップス





https://voi.0101.co.jp/voi/webcatalog/showGoodsDetails.do?mcd=WW629&cpg=220&pno=43&ino=01&svid=5&wrt=5

通販でイエローのトップスを探してイング(INGNI)の裾2段シフォントップスを結局買っちゃいました☆

写真は一枚目が正面で二枚目がバックです。

可愛くないですか(^_^)?

109で見つけたノースリーブブラウスとはだいぶ違うんですけどね~。

でもこっちの方が可愛いかも、と思っています。

バストサイズが心配だったのですが(管理人は無駄に胸があります。Fカップです)、伸びる素材なので大丈夫でした。

丈が短くておへそがちょっと出ちゃうのが不満かな

今月末地元の友達とランチするので、そのときに着て行きます。

楽しみ~♪
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2014-05-04

オフ会とか

5月3日(土)、また東京にくりだしてきましたよー\(^o^)/

この前と同じく朝四時ごろに目が覚めまして。
支度が早く済んで暇すぎたので、予定の9時台に着く新幹線よりも1、2本速い電車に乗っちゃいました(笑)。
確か8時45分頃に上野に着きました。

で、まずは目白の美術館へ。
目白駅に着いて、時間があるので散歩がてらにぎやかな方へぷらっと歩いてみたのですが、目印すら見つけられず。
あーこりゃ反対方向だったか、と踵を返したところちょうど椿山荘行きのバスがあり、急いでそれに乗りました。
けっこう美術館まで距離がありました。
美術館に行かれる方、大人しくバスに乗りましょう!

永青文庫。
「洋人奏楽図屏風と大航海時代MOMOYAMA」展をやっていたのですが、正直期待外れでした。
この内容で800円というのは高すぎます。
とにかく出展数が少ない。
建物自体は雰囲気があって素晴らしいのですけれどね。
1枚目の写真は入口です。
石が敷き詰められているので、ヒールはやめた方がいいかも。

ハガキは菱田春草の六歌仙と長谷雄草子です。
歴クラとしては買わずにいられませんでした(笑)。
1枚100円なり。

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次に講談社野間記念館の「横山大観と大正・昭和の画家たち」を観に行きました。
こちらは500円と手頃。
スタンプもついてきます。
藤原良房の娘の明子の肖像画がありました。
あれっ、光明子かも。
詞書には良房のこととかがのっていたのですが。
ここでも絵葉書を。
私美術館に行くと記念にたいてい買っちゃうんですよねー。
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写真上手く挿入できなくて、見づらくてすみません(^_^;)

目白の美術館が本当に早く終わってしまったので、急いで池袋のジュンク堂に。
探していた本があることを確認してから行ったので、あるはずなのですが、時間がなかったのでちょっと焦りました。
その本以外でも奥州藤原氏関連の本だけで2冊見つかり……。
ああ、読むべき資料が増えたと、喜ばしいことのはずなのにちょっとゲンナリ。
国会図書館が空いてる日に行って籠もるしかなさそうです。
とても値段が高くて買えません。
内容も調べたい内容と微妙にズレてる感じでしたし。

他にも最近平安初期にハマっているせいで山川リブレットの「藤原良房」や人物叢書の「平城天皇」が欲しくなったり……。
キリがなさそうなので買いませんでしたが。
「日本後紀」は迷ったなあ。
講談社学術文庫。
どんな感じなのか調べてから購入したいと思って立ち読みしたのですが、予想以上に難しかったです。
「続日本紀」と「続日本後紀」と「日本後紀」の違いがよくわからなくて、調べたかったんだけど「日本後紀」しか見つけられず。
ま、まあお金に余裕が出来たら「日本後紀」買うよ。←そんな日来るのかよ


で、12時に大学時代の友達と渋谷で待ち合わせてご飯食べました―。
楽しかった(*´∀`*)。
深い話しも出来たし。
そのあとお茶して渋谷のジュンク堂にちょっと寄って、迷いに迷ってもらったクオカードで保立先生の本を一冊買いました。
そしてオフ会の集合場所まで案内してもらいました。

オフ会の場所は多分自力では辿りつけなかったと思います。
オフ会は約3時間歌ったり、歓談したりでとても楽しかったですv
その後は幹事さんが居酒屋を予約して下さっていたのですが(さすがです!)、私は帰りの新幹線の時間が中途半端だったので1次会でお別れしました(/_;)。
次の日早番だったもんで。


そして皆さんとお別れした後、数年ぶりに渋谷109に行ってみました(笑)。
大人向けの洋服ならまだ着れそうです。
セシルマクビーのイエローのノースリーブブラウス、買っておけばよかったかな~。
せっかく東京まで来たんだしな~。
とちょっと後悔してたりします(笑)。


帰り道常磐線でちょっとした事故があったらしく、日暮里駅で足止めをくらいましたので、早めに行動しておいて正解でした。
上野駅って新幹線乗り場までめちゃめちゃ歩きますしね。

お付き合いいただいた方、本当にありがとうございましたー。

とっても楽しい1日でしたm(_ _)m
2014-05-03

「風鏡」参考文献

川尻秋生 2011 平安京遷都 岩波書店
角田文衛(監修)1997 平安時代史事典 角川出版
保立道久 1996 平安王朝 岩波書店
保立道久 1999 平安時代 岩波書店
米田雄介 2002 藤原摂関家の誕生ー平安時代史の扉― 吉川弘文館
他 


日本後紀も水鏡も読まずにショートショートを書いてしまいました。
すみません。
個人宛のショートショートなので、「これは知ってるだろうな」と説明を省いたというのもあります。
一次史料(水鏡は違うかな?)を読んだ後では設定とかまたがらりと変わるかもしれません。
一応今回の設定としては、薬子が東宮時代の安殿(平城天皇)と関係を持っていたというのは誤解であった。
だが、帝となったときに関係を持ってしまった、というものです。


平安初期には疎かったのですが、今回執筆にあたってちょっとだけ詳しくなれた気がします。
購入しておいてほとんど未読だった「平安京遷都」を読むことも出来ました。
閑さんに感謝。エヘ。
この著書で個人的にツボだったのは「藤原北家のプリンス良房」という表現でした(笑)。

平城天皇と薬子はまた改めて書いてみたいなーとも思います。
今作ではマザコンの上にファザコンというどうにも救いがない感じの平城天皇ですが、ホロスコープを出した感じではとっても個性的で素晴らしい人だったので、もっと詳しく書いてみたいです♪
コトバンクの平城上皇の項目https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=3&cad=rja&uact=8&ved=0CEEQFjAC&url=http%3A%2F%2Fkotobank.jp%2Fword%2F%25E5%25B9%25B3%25E5%259F%258E%25E5%25A4%25A9%25E7%259A%2587&ei=jaFUU5GFDdfl8AXLjoCwDA&usg=AFQjCNFvihWaKDsUklG8iD0KgedeGs_edA&sig2=fe7DRTUuH7QbsY6mQ0_94Q&bvm=bv.65058239,d.dGcでは平城上皇は薬子が死んだあとは女性に心を開かず、という記述があって、やっぱり愛はあったんだよねぇ、操られてるとかじゃなくて、と感じ入ってしまいました。
まぁこの辺はコトバンクが呈示している参考文献読んでないので確信は持てないのですが。
人物叢書の「平城天皇」すら読んでないとか。←ホントどうなのよ、これ、って感じです(呆)。
薬子も好みが別れるだろうけど、私は好きです。

今作を書くにあたってすっかり脳が平安初期脳になってしまい、頭を現在執筆中の投稿用作品に切り替えるのが中々大変でした。
いや、楽しかったからいいんですけどね。
やるからには本気で、が私のモットーです。
なんか悪い方にいってる気もしますが(苦笑)。
凝り性すぎるというか。
う~む。

それと、「平安王朝」と「平安京遷都」を読み比べて研究は進んでいるのだなあと的外れなことを考えたりもしました。
十五年もあれば学説は変わって当たり前なんですが。

「平安京遷都」を飛ばし読みして一番驚いたのは、惟仁(後の清和)に対抗出来たのは、嵯峨天皇の皇女で淳和天皇の后であった正子内親王であろう、という記述でした。
実際に践祚する可能性は低かったようなのですが。
それは面白いな、と素人である私は単純に思いました。
仁明→文徳→清和はてっきり規定ラインだと思っていたので。
川尻先生いわく幼帝にはあまり関心が払われていないらしいのですが、もっと研究が盛んになるといいなぁと思いました。
まあ詳しいことは本書を読んでみて下さい。
興味深い記述が多々あります。
女帝が近世まで出て来なかったのは幼帝の出現が関係していたと思われる、とか。

平安京遷都〈シリーズ 日本古代史 5〉 (岩波新書)平安京遷都〈シリーズ 日本古代史 5〉 (岩波新書)
(2011/06/22)
川尻 秋生

商品詳細を見る

値段もわりと手頃です。

歴史は奥が深くて楽しいですね(^^ゞ
2014-05-03

風鏡ー孤城の后―

「正子、お前が母親の胎内にいた頃、こんな不思議なことがあったのだよ」
夢の中の父はまだ若かった。
正子は幼女の姿をしていた。
「不思議なこと? それはなあに?」
「風の精霊が、朕の元に舞い降りたんだ」
「風の……、精霊? そんなものがこの世にいるの?」
「いるんだよ。もっとも、朕もその時まで信じていなかったのだけれどね。その精霊は朕に選択を迫ったんだ。その時は選択肢さえもよくわからなかった。精霊ははっきりとは言ってくれなかったから。でも今になって思うに、あれは上皇である実の兄か、生まれてくる我が子たちのどちらかを選べということだったのではないかな。冬嗣がやって来て嘉智子の妊娠を告げたのは、その直後だったから。
嘉智子というのは正子の母親だ。
「ふうん。その精霊は意地悪なのね」
「意地悪?」
正子の父は笑って聞き返した。
「だってそうじゃない。兄か子どもかを選べだなんて、意地が悪いわ」
「まあそう言うな。精霊や神様の類は、人に試練を与えるのが仕事なのだから」
「でも、それにしたって……」
「あの精霊が現れてくれたことを、朕は感謝しているよ。でなければ朕は兄と戦うことを決心出来なかった。お前たちが今平穏な暮らしが出来るのも、あの精霊のおかげだと思うよ。お前はあの精霊に、感謝しなければいけない」
「ふーん。でも私は会ったこともないような人に感謝はしないわ」
「これこれ」
そう言って正子の父は娘の頭を撫でた。
正子は幼いながらも聡明で、この子が男皇子(おとこみこ)だったらとつい考えてしまうほどだった。
だが、皇女だからといって嘆くことはない。
女であっても幸せになれる方法はいくらでもある。
そうだ、帝の后にすればいい。
正子の父である帝は弟を皇太弟にしていた。
年は離れ過ぎているが、帝の后になること、女としてこれ以上の幸せはないだろう。
「正子、おまえは誰よりも幸せになるのだよ」
そう言って帝は正子の小さな身体を抱きしめた。
正子は不思議そうにそんな父の様子を見ていた。


もう、何十年前の話しかしら。
目が覚めると、正子は女官に水を持って来させた。
水を口にする。
ぬるい。
「冷たいものに取り換えなさい」
気(け)だるげな声で、正子が女官に指示を出す。
女官が慌てて替えの水を持ってきた。
水を口に含みながら、正子は父の言葉を思い出していた。
「誰よりも幸せに、ね」
思えばそれなりに幸せだった時期もあった。
父は皇太弟である淳和天皇の皇后に私を立てた。
淳和帝は親子ほども年の離れた私を娘のように慈しんでくれた。
やがて私たちの間には恒貞という皇子が生まれ、この子がそう遠くない将来帝となることは、疑いがないように思えた。
歯車が狂ってしまったのは、やはり恒貞の即位前に夫と父が相次いで亡くなったときだろうか。
夫は死の床に付くまで息子の将来を心配していた。
だが、まさかその心配が現実になろうとは。
私の心に、貴い血筋のこの子なら大丈夫だという、過信があったのは事実だ。
でも、恒貞が廃太子にされるなんて。
貴い血筋であるがゆえに、有力な後ろ盾を持つことが出来なかった。
それも一因だったのかもしれない。

けれど一番の起因は……。
正子はそこで考えるのをやめた。
誰を責めても、仕方のないことだ。
母には母の思いがあったのだろう。

恒貞を廃太子にした事件、承和の変のあらましはこういうものだ。
正子の父である嵯峨天皇の死後間もない頃、政情に不安を感じた恒貞の春宮坊(とうぐうぼう)の下級役人伴健岑(とものこわみね)が、平城天皇の皇子である阿保親王に書状を送った。
その書状には、「反乱を起こすなら今です。東宮恒貞親王を推戴して東国に入ろうではありませんか」と書かれていたという。
その書状の内容を、阿保親王はこともあろうに嵯峨天皇の后で、正子と当時帝であった正子の兄正良親王の母である嘉智子に伝えて相談した。
密告のつもりだったのかは、今となってはわからない。
だが結果として恒貞は皇太子の位を剥奪された。
母はきっと、政治的な理由からこの事件を治めようとしたのだろう。
そうと考えなければ、やりきれなかった。
母は娘である私ではなく、兄をとったのだと、そう思われないこともなかったから。

承和の変の後、正子は淳和帝の住んでいた淳和院に一人で住んでいた。
訪れる人もろくにいない、静かな孤城だ。
だがそれが正子にとっては居心地がよかった。
私はここで静かな余生を送ろう。
正子は身支度を整え、窓の近くに立った。


天安二年(858年)のことである。
正子が仏道修行をしていると、一人の精霊が眼前に現れた。
それが何者なのかが、正子にはなぜだか自然にわかった。
「そなたの、名は?」
精霊に向かって声を掛ける。
「時流という名の風」
そう言うとすぐに精霊は姿を消した。
正子は辺りに風を感じた。

突然、正子に仕える官人がやって来た。
「正子さま、主上が崩御されました。東宮惟仁親王は齢九才。政務を執れる年齢ではございません。この上は正子さまに女帝となっていただきたいと、そう申す者がおります。この上はお目通りを」
官人は興奮した様子である。
そんな官人をしり目に、正子は冷ややかな声を出した。
「通さないで」
「はっ?」
「謁見は許しません。そのような者は取り次がないでちょうだい」
「ですが……」
「問答無用よ」
ぴしゃりといって正子は後ろを向いた。
官人はそれっきり何も言えなくなってしまったようであった。

「力からは、何も生まれない。力に出来ることは、強弱をつけること、人間に優劣をつけることだけなの。私が女帝になったところで、私が死んだらどうなるの? 東宮や恒貞、誰かを選らばなければいけない日が、いつか来るじゃないの。そんな選択をするのはまっぴら。私は誰からも恨まれたくない」
と呟いた。
そして
「私は母とは違うのよ」
と続けた。

精霊は見えなかったが、風が一瞬吹いた気がした。


〈風鏡・完〉
2014-05-03

風鏡ー東宮と忠臣ー

閑さんに捧ぐ。

「帝は再び尚侍(秘書官のようなもの)薬子様を召しだしたようですね。
先帝が亡くなられてから一月も経っていないというのに」
東宮の側近、藤原北家の二男冬嗣の声は冷ややかだ。
「まあそう目くじらを立てるな。兄には兄の考えがあるのだろう」
「考えですか? 私にはただ女色に溺れているようにしか見えませんが」
「これ、冬嗣、口を慎まないか。どこでだれが聞いているかわかったものではないのだぞ」
「申し訳ございません、東宮」
冬嗣はそう言って一礼をした。
だが冬嗣の帝に対する不信は拭えなかった。
あの何をするにも大仰で、人の注目を集めることにしか関心がないような、帝。
先帝が崩御した際、自力で歩くことすらままならなかった蒲柳の質の帝に、この都が納められるのだろうか。
遷都してから二十年と経っていない、この都を。

冬嗣が歯がゆいのは、自分の仕える東宮神野親王が、同母兄である帝に愛着を持ち、彼を崇敬していることだ。
「兄には華がある。この人の言葉を、もっと聞いていたいと思わせる何かを、生まれた時から持っている。私にはとても真似できない」
「真似をする必要などございません。東宮は東宮のままでよいのです。あなた様は、東宮学士をして百年に一人の逸材と言わしめた、才ある皇子(みこ)ではありませんか」
「学問がいくら出来たとて、それが何になろう。大事なのは人の上に立っていかに振る舞えるかどうかだ」
「東宮はお優しくあられます。それは臣下にも、民草にも伝わるでしょう」
「私は柔弱なだけだよ」
「何を仰いますか。あなた様は……」
「もうよい。そなたは下がれ。この話はもうしたくない」
「東宮!」
「下がれと言っておる」
そう言って東宮は冬嗣を睨んだ。
冬嗣は
「かしこまりました」
と言ってすごすごと下がるしかなかった。

尚侍薬子は、帝の妃の母親であった。
にもかかわらず、薬子は帝と通じていた。
その関係を知った帝の父である先帝は激怒し、薬子を宮廷から締め出した。
ところが先帝が亡くなると、帝は薬子を後宮に呼び戻した。
君臣たちは眉を顰めた。
だが、あの帝は気にも留めず、注進する君臣たちを次々と追放した。
その様は、蘇妲己に誑(たぶら)かされた殷の紂王を想起させた。
それでも東宮時代を長きにわたって過ごした帝は、矢継ぎ早に政策を打ち出し、君臣たちを納得させた。
虚勢のように感じられないまでもなかったが、帝が熱心に政務に励んでいる以上、誰も何も言えなかった。

転機が起きたのは、帝が病に倒れたときだ。
感情の浮き沈みが激しく、気の弱いところのある帝は、あっさり帝位を手放した。
側近の薬子や、薬子の兄仲成が止めるのも聞かず。
次に帝となったのは、冬嗣が仕える東宮神野親王だった。

神野親王が即位してからは、しばらくの間は平穏な日々が続いた。
おかしくなったのは、先の帝の上皇が、健康を回復させたときだ。
上皇は突然側近たちを連れ、旧都平城宮に移った。
そして翌年には上皇側は平城京への遷都を発令した。
二所朝廷の冊立である。

帝は実兄との対立を避けたいと思っていた。
ある日執務室に籠って出て来ようとしない帝の元に、見たことのない衣裳を身に纏った精霊が舞い降りた。
帝は風を感じた。
見れば精霊の周りには風が渦巻いている。
「帝よ、決断を。聡(さと)いあなたなら、業突く張りのあの上皇とは同じ過ちを犯すまい」
「あなた様は一体……?」
「直にわかる」
そう言って風の精霊は姿を消した。
すぐに執務室を叩く音がした。
どん、どん、と激しい音がする。
何事かと思って帝が戸を開けると、そこにいたのは冬嗣だった。
「主上、嘉智子さまがご懐妊です。この上は一刻も早くご決断を!」
「そうか。嘉智子が……。懐妊……」
帝はそう呟くと、意を決したように言葉を発した。
「仲成を討て。上皇の身柄も、取り押さえよ」
帝がそう言うと、冬嗣は安堵の表情を浮かべてそれを実行した。
2014-05-03

風鏡ー帝と女官ー

18禁。

――太古の昔、日本には風を映す鏡があった。
風鏡。
その鏡は雲上とも称される内裏の奥深くにあるとも、山人すら寄りつかない山麓に納められているとも伝わっている――。


ある日のことである。
その日、帝と人臣の間で諍いがあった。
「朕は、もう駄目だ」
執務室に戻った帝は、その場に崩れ落ちて膝をついた。
「帝、私がおります。私が、ついております」
尚侍である薬子は跪(ひざまづ)いて帝の手を握った。
「薬子……。そうか、そなたは朕の側にいてくれるか」
そう言って帝は握られた手で薬子の手を握り直した。

気がついたとき、薬子は衣裳をはぎとられていた。
ーそんなつもりで言ったわけじゃなかったのにー。
裸になった自分に気付いた薬子は羞恥心で胸が張り裂けそうだったが、なんとか自分を落ち着かせた。
これも、女官としての務めの一つだと、いつもの帝の気まぐれだと、そう自分に言い聞かせたのである。
薬子は誰よりも誇り高い女だった。

まだ昼間だというのに、執務室の中で二人は、睦みあった。
どこからか、鳥の鳴く声が聞こえた。

情事のあと、帝は上半身を起こし、薬子の陰部をまさぐりながら、
「柔らかい。しとやかで、熱っぽくて、朕を優しく包み込んでくれる」
と言った。
「恥ずかしいですわ。明るいところでそんなにじろじろ見ないで」
「そなたのそんな顔を見るのは初めてのような気がするよ」
匂いやかな若さを放つ帝は、そう言ってさわやかに笑った。
「私の、顔?」
「そうさ、そなたときたらいつも冷静で、取り澄ましていて。美しいけれど可愛げがないと、いつも思っていたんだ」
帝の言葉に機嫌を損ねたのか、薬子は少し口を尖らせた。
それをとりなすように、帝は
「そなたは枯れる寸前の桜のような人だね」
と言った。
「私は姥桜ですか」
「そうかもしれないね」
帝の言葉に、薬子は落胆の表情を浮かべる。
そんな薬子の乳房を弄びながら、帝は
「花も、果物も、腐る寸前がいい」
と言ってくすくす笑った。
「そのようなことを、他の妃に言っては駄目ですよ」
帝の髪をいじりながら、薬子はため息交じりに呟いた。
「わかっているよ。これは朕とそなただけの秘密だ。それと、二人でいるときは敬語を使わないでおくれ。さみしくなるから」
「さみしい? あなた様が?」
「そうだよ。朕はいつだってさみしんでいるんだ」
帝が甘えるように薬子の乳房に顔をうずめてくる。
「これだけ多くの廷臣に囲まれて、女を侍らせて、まださみしいというの!」
驚いた様子で薬子が言う。
すると帝は薬子の胸から顔を離してこう言った。
「だってこの世には父も母もいないもの」
薬子は帝の父である先帝が崩御したときのことを思い出していた。
あのとき、帝は一人では立てないほど狼狽していたのだ。

「あなたは、まだ子どもね」
そう言って薬子はふっと笑った。
「そうさ、子どもさ。だが他の者の前では一人前のように振る舞わなくてはならない。朕にはそなただけだよ。薬子。弱音を吐けるのはそなたの前だけだ」
薬子は答える代りに帝の頭を撫でた。

なんて愛おしい……。
この一時(ひととき)だけは、薬子は妻でもなく、母親でもなく、そして女官でもなかった。
自分がただの一人の女であることに気付いた薬子は、それを気付かせてくれたこの帝のためなら何でもしよう、と思った。
そうだ、なんでもする。
私にはもう怖いものなんてないのだから、と。
薬子は帝の上に覆いかぶさり、自ら口づけをした。
帝がそれに応える。
二人はまた一つになった。

夢うつつの中、帝の夢枕に一人の男が立った。
男は言った。
「帝よ。あなたとその女、二人の間には禍(まが)つ火しか生まれない。選択を。人の頂きに立つ資格か、この女か、どちらかを選べ」
「愚問だな」
男の表情が和らいだ。
だが、それはほんの束の間だった。
次の瞬間、帝が
「朕は全てを手に入れる」
と言ったのだ。
帝の言葉に、男は怒りを露わにした。
「帝よ、いつかあなたは後悔するだろう。私の忠告に耳を貸さなかった自分を責め苛むだろう。だがもう遅い。時は決した」
「何をごちゃごちゃ言っている。朕は帝ぞ」
「あなたのその高慢さが、全てを焼け野が原にしてしまうのだ」
「うるさい、黙れ」
帝がぞんざいな口調で言う。
「う……ん……?」
寝ていた薬子が起きたようだ。
「ああ、なんでもないんだよ」
帝が薬子を見たあと、もう一度男の方を見るとそこには誰もいなかった。
帝は不思議に思ったが、夢だと思って気にしなかった。
2014-05-01

思いつきホロスコープ診断2

2008/07/31 21:07 参照数1003

後白河院のホロスコープを診てみます。

占星術的アプローチからも歴史学的アプローチからもおよそ意味不明な行為ですが、いいんです、楽しいから(笑)
でも前回の思いつきホロスコープ診断、かなり参照数が多いんですよね。どんな検索ワードで引っ掛かるんだろ?


大治二年 九月十一日 戌の刻 京都生まれ
西暦にするとユリウス暦1127年10月18日 19時~21時頃 (ホロスコープは午後8時で設定)


2014年5月1日、グレゴリウス歴ではなくユリウス暦で作り直したものを再褐することにしました。
ステリウムで検索して来られる方があまりにも多いので(^_^;)。
これはヤバいなと。

ステリウムに関しては
「思いつきホロスコープ診断21」http://shionnoidashiginu.blog.fc2.com/blog-entry-348.html
「四天体のステリウムと芸能人、松本莉緒さんのホロスコープから」http://shionnoidashiginu.blog.fc2.com/blog-entry-355.html
をご覧ください。


〈改訂後〉

蠍座の第一旬の太陽。
強い精神力と胆力を持ち、人の畏怖することを恐れません。
精神的にも世俗的にも最高の地位を極めようとする願望を持ち、最後まで戦い抜き、執念復讐心とも激烈です。
鋭敏で物事を見抜く並外れた性格の持ち主ですが、意志力によって自分をよくコントロールします。
第一旬の太陽。絶大な精力と活動力を持つ人で、不眠不休で働く奮闘力は他の人に真似が出来ません。
勇敢で野心的で征服欲も旺盛です。
しかし、否定的な部分が現れると、万事にやりすぎの傾向を持ちます。
力が尽きると精神と情緒の均衡が破れて破壊的となり、周囲に恐ろしい不安を作りだします。

魚座の月。
害のない平和で純真な人柄です。
情に流されやすく、恋ばかりでなく人の弱さや受難に対しても愛の犠牲心を動かし、自己を捨てようとします。
人を信じやすいため、人生にやり直しが多くなりやすいでしょう。

水星、木星、土星、海王星の4天体が天秤座でマジョリティ(惑星の集合体)。
この方の人生の目的は‘社交,と‘美しいものを愛すること,にあります。バランス感覚と協調性に優れていますが、天秤座の影響が強く出過ぎると耽美的・享楽的になりやすいでしょう。
中でも木星・土星・海王星が合。
幸運・試練・ロマンが合わさり、その力は甚大なものに。
ただ、これは大惑星のアスペクトなので、個人というよりは世代的な特徴として表われます。
また、木星と土星の合は特別に大合(グレートコンジャクション)と呼ばれており、重責を完遂する能力と偉大な業務執行力を与えるとされます。
ただ、試練に負けてしまうとせっかくの幸運や好機も逃してしまうでしょう。

これに火星が調和(60度)。
火星と木星の吉座相。
積極的な人生観を持ち、寛大で勇士熱烈な性格です。
男性的エネルギーが強く、偉大で強力な創造力を持ちます。
集団を指導統率する能力と共に、規律に対する忠誠心があり、冒険的行為から名誉を得ます。
火星と土星の吉座相。
並々ならぬ忍耐と不撓不屈の精神を与えます。
質実剛健、用意周到な性格です。
地道であるほど底力が発揮されやすく、老いて盛んなバイタリティを持ちます。
同情を退け冷酷な見せかけをするのが優位つの欠点ですが、権威ある地位を維持し得る素質があり、長期の努力によって野心を達成します。
火星と海王星の吉座相。
力強く熱狂的な性質です。
主観が鋭く、理想を熱心に推進します。
創造的なイマジネーションを持つ半面、芸術への興味は移ろいやすい。
霊的・精神的大望のために感情と情熱をコントロールする気分が強く、寛大な性質が名声をもたらします。

太陽と冥王星の不調和(180度)。
自己顕示欲が強く、自己の能力を過大評価する傾向があります。
狂信的な大望を持ちやすく、支配的地位を渇望します。
運命的には社会的背景や後ろ立てとなる人を失いやすい。
人生の重大事に信念を失う危険も生じます。

月と天王星が不調和(180度)
自意識過剰気味。頑固でけんか腰になりやすく、他人を見下す傾向もあるようです。非常識な行動をとりがちで、共同生活には向きません。友人の離反による精神的ショックもしばしばですが、原因はたいてい自分が作ります。

月と金星の調和(120度)。
情愛深く優しい性格で、律儀で正しい見通しと調和のとれた価値観の持ち主です。
良い人的環境に恵まれやすく、本人ものびのびとした感性と洗練された社交感覚で周囲を魅了します。
交際上の人気を博しやすく、広く愛好者を持つでしょう。

火星と冥王星の不調和(90度)
暴力的な素質を持ち、自ら危険に急接近しがちです。
異常な精力を持つ反面、性的には倒錯傾向を持つとされます。
他人への無慈悲な行為によって目的を達成しようとするため、非情な敵を作ります。


天秤座のマジョリティと、火星と冥王星が効いていると思います。
蠍座の守護星は冥王星ですし。
「絶大な精力と活動力を持つ人で、不眠不休で働く奮闘力は他の人に真似が出来ません。」
今様への執着とかすごいですよね(^_^;)。
「しかし、否定的な部分が現れると、万事にやりすぎの傾向を持ちます。
力が尽きると精神と情緒の均衡が破れて破壊的となり、周囲に恐ろしい不安を作りだします。」
恐ろしい不安……。確かに。白河院とは違った怖さがありますねえ。


〈改討前〉
水星、木星、土星、海王星の4天体が第4室で合。

天体が3つ以上で合を形成することを、ステリウムといいます。
ステリウムはそれの在するサインとハウスの特性を非常に強調し、拡大させる力を持ちます。複数の天体の特徴が引き合わさって一方向へと向かうために、ステリウムを持つ人は頑固で偏った性格になりやすいとされます。特にこの方は大惑星が交わっていますので、そのパワーには甚大なものがあります。

第4室は「家庭の部屋」です。家族との関係や家督相続、世襲財産などを示します。この方は家庭や相続関係を人生において重要なものとする傾向があると思われます。第4室には他にも天王星(エキセントリックさ)が入室しています。
遺産としては幸運や恩恵(木星)を与えられると同時に、試練(土星)をも引き渡されます。知力(水星)・幸運(木星)・試練(土星)・夢想(海王星)といった4天体のどの部分が最も強く引き出されるかは、本人の生き方次第です。土星の格式が「興」で影響力が高まる位置にありますから、あるいは土星の部分(他にも困難・制限・堅実などの意味があります)が強く出るかもしれません。

ステリウムのあるサインは天秤座です。このサインには他にも太陽(基本的性格)が入っています。この方の人生の目的は‘社交,と‘美しいものを愛すること,にあります。バランス感覚と協調性に優れていますが、天秤座の影響が強く出過ぎると耽美的・享楽的になりやすいでしょう。

4惑星には火星が獅子座でセキスタイル(60度)。
自信家で支配欲が強いところもありますが、明確な目的意識の持ち主です。子孫に財産を相続させることや、社交関係に情熱を傾けることが出来、それらに積極的に取り組みます。困難や障害に遇っても挫けません。ただ横暴で横柄な主張をするのは欠点です。

また、4惑星に冥王星がインコンジャクト(150度)で不調和。
冥王星は権勢欲や破壊衝動、強制的変化を司ります。この方は自分の中の権勢欲や破壊衝動といったものを御することが苦手だったのではないかと思われます。
冥王星は影響が最高に現れるときは思いがけない時に意外な力量を発揮したり、人格や境遇が一変するような特異な発展を遂げることが可能になります。影響が悪く現れれば、不可抗的な事件によって得たものをすべて失うことになります。

冥王星と火星が不調和。
暴力的な素質を持ち、自ら危険に急接近しがちです。異常な精力を持つ反面、性的には倒錯傾向を持つとされます。他人への無慈悲な行為によって目的を達成しようとするため、非情な敵を作ります。

月と天王星が不調和
自意識過剰気味。頑固でけんか腰になりやすく、他人を見下す傾向もあるようです。非常識な行動をとりがちで、共同生活には向きません。友人の離反による精神的ショックもしばしばですが、原因はたいてい自分が作ります。


強運の持ち主であると同時に強烈な個性の持ち主。
試練の多い人生を歩むけれど、その試練を乗り越えたときに得るものは大きい。
特に木星と土星の合は特別に大合(グレートコンジャクション)と呼ばれており、重責を完遂する能力と偉大な業務執行力を与えるとされます。ただ、試練に負けてしまうとせっかくの幸運や好機も逃してしまうでしょう。


一言でいえばいろんな意味でスゴイホロスコープです。月並みな人生はまず送らなそうだ
たとえ帝位が廻ってこなかったとしても、絶対何か仕出かしたと思う。
いや、もちろん悪いこととは限りませんが。海王星の夢想性を昇華させて希代の芸術家となるとか、木星のパワーを宗教方面へと向けて斬新な宗派を立ち上げるとか。破天荒で無茶苦茶なんだけど、なぜか大衆を惹きつけるカリスマ性を持ってんの。庶民性も十分備わってるしね(笑)。袈裟姿で意気揚々と演説する後白河。正装して殿上でかしこまってるより、よっぽど似合ってる気がするんだが(笑)いかん、つい妄想モードにスイッチが
マイナス面で考えられることは、木星の浪費傾向が過ぎて親の遺産を食いつぶすとか、土星の頑固さが強く出過ぎて人の話を聞かなくなるとか。←これはうなずけるかも。

4惑星以外に目立つのは冥王星と火星。冥王星はより高位な火星とも言われているから、やっぱり偏っているのね。自分の中の‘内なる冥王星,をいかに克服するかが、この人の人生のテーマだったんじゃないかなぁ。

いろんな読み方が出来そうなホロスコープなので、勉強しておきます(^^)

   参考文献
岡本翔子 心理占星学入門 2000 扶桑社
石川源晃 1992 [演習]占星学入門 平河出版社
石川源晃 1991 [実習]占星学入門 平河出版社
流智明 1986 占星学教本 JICC出版局
ルル・ラブア 2005 占星学 実業之日本社
2014-05-01

思いつきホロスコープ診断工事中です

グレゴリウス歴で診断していたのをユリウス暦の方で診断し直しています。

とりあえず後白河院のだけ終わりました。

崇徳天皇と後醍醐天皇のは書き途中です~。
プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
よろしければおつきあいくださいませ☆

2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
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