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2014-07-13

源氏物語深夜の真剣創作60分一本勝負「葵上」

「若紫」「葵」巻より。

源氏は若紫を迎え入れる準備で忙しかったため、自然と左大臣邸に足を運ぶ機会は減っていた。

ある晩のことである。
その日は月が煌々と輝いていて、室内は明るかった。
源氏は自分が帰ったことを側近くにいた女房に伝えた。
女房は急いで邸の奥の局にいる葵上に知らせに行ったようだった。
源氏は待っている間、廊下の調度品などに目をやっていた。
玉のうてなと見まがうほど、それらは磨きがかかっていた。
それが長いことこの邸を訪れなかった自分に対する当てつけのようで、源氏は居心地の悪い思いをした。

時間が経っても、葵上は出迎えに来る気配はない。
源氏は仕方なく自ら葵上の元に赴くことにした。

葵上は命令されてそこにいるかのようにして座っていた。
姿勢は美しく、身なりは艶やかで、絵物語に出てくる女君そのものだった。
それが源氏には些か窮屈であった。

「戻りました」
源氏が言う。
「はい」
葵上はちらり、と源氏の方に目をやった。
源氏の方は立っているので、一瞬だけ上目遣いになる。
睫毛が瞬きと共に揺れ、葵上の美しさが鮮明になる。

「どこに行っていたかも尋ねないのですね」
源氏は少し嫌味っぽく葵上に聞いてみる。
「聞いたところで、それが何になりましょうか」
葵上は至って冷静だ。
それがますます癇に障って、源氏は苛立つ。
不実をおかしているのは自分の方なのに。
「今日はもう、下がります。いつ帰るともしれない私を待っていて、あなたもお疲れでしょう」
「いいえ、とりたててそういったことは。これも妻の務めですから」
妻の務め。
結局はただの義務感からかと、源氏はひどく残念な気持ちになる。
もっとも、正妻というのはこういうものなのか。
左大臣家の姫君とあって教育は行き届いているようだが、どうにも可愛げがない。
それとも四つも齢下の、臣下に過ぎない私との婚姻は不本意だということだろうか。
そう思いたくはないが、しかし……。
束の間思いふけっている間に身支度を整える女房たちがやってき、源氏は葵上の局を後にした。


それでもしばらくすると、葵上の妊娠が明らかになった。
お腹の大きくなり始めた頃だっただろうか。
葵上は物の怪に悩まされるようになった。
源氏や左大臣はあらゆる祈祷師に頼み込み、物の怪を調伏しようとした。
最期を覚悟しなければならないかもしれないと言われた時、源氏は葵上の局の中へと駆け込んだ。

葵上は白い産着を纏っていた。
白い衣装に、唇の朱色だけが鮮やかで、何ともいえず可憐だった。
いつもまっすぐに自分を見据えていた目が、今日は所在なさげに宙を漂っている。
その姿はいかにも頼りなく、儚げであった。
源氏はいたたまれなくなり、すぐさま葵上の手をとり、
「ああ、こんなに衰弱して。穢れなど恐れずにもっと早く来ればよかった。どうか不甲斐ない私を許して下さい」
葵上が目で訴えかける。
首を少し揺らしたようでもあった。
源氏は握っていた手に力を込めた。
「なんて冷たい……。どうか、気をしっかり持って」
葵上がかすかに頷く。
すがるような視線が何ともいえず愛らしかった。
「うっ、く、苦しい……」
憑子(よりまし)にとりついた物の怪が口やかましく何かを言っている。
「どうか、こらえてください。耀子(てるこ)、耀子ーー」
源氏は葵上の諱を呼ぶ。
「あなた……」
葵上が満足気に目に涙を浮かべる。
すると、急に葵上は産気づいた。
産婆がやって来て、源氏は局から追い出された。

一刻ほど後に生まれたのは男の子だった。
源氏は安心しながらも、葵上の容体が気になった。
せっかく夫婦らしい情愛が交わせるようになったのに。
葵上は大分衰弱していた。
これでもし葵上が儚くなってしまったなら、こんなに悔やまれることはない。

源氏の予感は、悲しいことに的中してしまった。
葵上は、若宮を産んでから三日後に亡くなってしまったのだった。


 参考文献と追記

今泉忠義 2000 新装版源氏物語(一) 講談社

葵上の諱は耀子の他に曄子や燿子などの候補がありました。
煌びやかで、でもそれだけではない静けさのようなものを含んでいる漢字を探しました(^-^)
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