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2014-10-25

「宇治の橋姫」

文藝賞に送った作品の中に登場する「宇治の橋姫」という児童書です。
結構気に入っているので公開します。

昔々のことでございます。
あるところに、一人の美しい公卿の娘がおりました。
この娘には恋人がいました。
将来を誓い合った仲でした。
ところがある日、娘は突然恋人から別れを切り出されてしまいました。
娘は落胆し、食事ものどを通らないありさまでした。
突然の別れ話から一月後、娘は恋人だった男の家の前を通った女童から、こんなことを聞かされました。
 「姫さま、どうやらあの男は、裕福な受領(ずりょう)に婿とられるようですよ」
それを聞いた娘は前後不覚に陥り、寝込んでしまいました。
気を持ちなおした娘は起き上がると嫉妬のあまり髪をかきむしり、地団駄を踏みました。
娘の胸には恋人だった男への愛しさ、男の妻になる女への妬ましさ、そして自分の家があまり裕福でないことのやるせなさ、などの様々な思いが去来しました。
 
ですがいつまでもそうしてばかりいるわけにもいきません。
信心深いこの娘は、貴船神社を詣でることにしました。
神社の神様に助けを請うたのです。
奥に祭壇の眠っている扉の前で、娘は目を閉じ、静かに神様に向かって問います。
(貴船の神様。私は一体どうしたらよいのでしょう。恋人だった男を諦めることは出来そうにありません。だって将来を誓い合った仲だったのですから)
娘は来る日も来る日も貴船神社にお参りに行きました。

「今日も参詣しに来ていましたね」
神社の氏神である高龗神(たかおかみのかみ)が言います。
「そうですわね」
これはもう一柱の氏神、磐長媛の発言です。
磐長媛は社殿の奥の帳(とばり)に身を隠しています。
ふわりとした衣裳を見に纏い、顔を伏せています。
神様の世界でも、女性が姿を見せないというのは一緒なのです。
「磐長媛、私はあの娘の願いを叶えてやりたいと思います」
「願い、ですか。私にはあの娘が何かを祈願していたようには見えませんでしたが……」
「表面には出ない願いを叶えさせるのも、私たちの仕事なのではないでしょうか」
どこか楽しげに高龗神は言います。
「高龗神、あなたは何を考えているのです?」
 磐長媛は訝しげです。
「まあ見ていらっしゃい」
 そう言うと高龗神は扉を開け、娘の前に姿を現しました。
 蒼い龍の姿をした高龗神を見た娘は、驚きのあまり声もあげられない様子でした。
「娘よ、そなたは何を願っておる?」
高龗神は厳かに尋ねます。
「願い、でございますか」
「そうだ。そなたは目的があって毎日のようにここにきているのだろう?」
「私はただ、貴船の神様に私はどうしたいいのかを教えていただきたくて……」
「教えてやることなど何もない。自分で考えよ」
「……はい」
 娘は小声でそう言うと俯きました。
大分間があったかと思うと、娘は高龗神をまっすぐ見据えてこう言いました。
「貴船の神様、私はこの杜に七日間籠もります。そして七日間籠もった暁には、私を生きながら鬼に変えてください。妬ましい女を取り殺したいのです」
これに驚いたのが磐長媛です。
社殿の奥で二人のやり取りを聞いていた磐長媛は、思わず声をあげてしまいました。
「殺す、ですって!?」
「何か声がしたような」
「気のせいだ」
高龗神が涼しい顔をして娘に答えます。
「それよりも……。お前の願い、叶えてやろう」
高龗神は不敵に笑うと、娘に説明をしだしました。
「籠る日はそうだな、月の出ていない晩がいい。お前は恋人を失ったばかりなのだから、行方をくらましたとしても誰も不思議には思わないだろう」
「はい」
 娘はしっかりとした調子で頷き、去って行きました。

「高龗神、あなたは一体何を考えているのです!」
磐長姫がまくしたてます。
「何って、神様らしいことをしただけです」
「神様らしいこと? 人を殺すという願いを叶えさせることが!?」
「そう娘が願っているのだから仕方がないでしょう。あの娘は幼い頃からこの神社に詣でていた。私はその信心に報いたいと思ったまでです」
「心にもないことを。面白半分で気紛れに人間の願いを叶えさせるのは、あなたの悪い癖ですわ」
「これは心外だ」
高龗神が大仰にのけぞって見せます。
「とにかく、私は娘と約束をしました。もう覆すことは出来ない。私の名にかけて、ね。ですからあなたもそのつもりでいて下さいよ。くれぐれも邪魔をしないように」
「……わかりました。ですが説得はさせてもらいます。どうせあの娘はこの社殿の中に七日間籠もるのでしょう。その間に私が娘の気持ちを変えてみせます」
「ほう。あなたにそんなことが出来るのですかね。恋沙汰とは縁のなかったあなたが」
高龗神はからかうように磐長媛を見ました。
磐長媛は高龗神をキッと睨みつけ、
「私のことは関係ないでしょう」
 と言いました。

二日後の晩、娘はやって来ました。
白装束でした。
「よく来たな」
高龗神が姿を現します。
「本当に、願いを叶えてくれるのですね?」
「神は嘘はつかない。もちろんだ」
「ここに入ればよいのですか?」
「そうだ」
高龗神が答えます。
「声が聞こえるかもしれぬが、それに惑わされぬよう」
うっすら笑ってこう続けました。

「ここが、社殿の中。思いのほか普通なのね」
娘は独り言をいいました。
すると身体を透明にしていた磐長媛が娘に語りかけました。
「本当に、恋人だった男の妻になる女を殺すつもりなの?」
「誰!? 誰なの!?」
娘は突然の声に驚き、喚き出しました。
「私の名は磐長媛。この神社のもう一柱の氏神よ。姿は見せられないけれど、神様であることには変わりないわ」
「イワナガヒメ……様?」
「そう」
「ヒメと名のつく女神さまなら私の気持ちがわかるでしょう。私はどうしてもあの人を他の女に取られたくはないの」
「私にはわからないわ。愛したことも、愛されたこともないから」
磐長媛は寂しげにこう答えます。
「それは、あなた様が神様だから?」
「いいえ。神同士でも結婚したり、子供を産んだりはするわ。ただ私はそういうのとは縁がなかった。父から嫁すように言われて、ある人間の男の元に赴いたの。でもその男は私を拒否して……。私が醜い顔をしていたから、びっくりしたのね」
「そんな人間の分際で……」
「父もそう言ったわ。でも人間だからこそ、自分の気持ちに正直なのよ。私はそこで初めて自分のことがわかったわ。今まで、美醜について考えたことはなかったから」
「そんなもの?」
「そうよ。父からは姉妹分け隔てなく可愛がられていたから。その人間は美しい妹の方は気にいって妻に迎えて。妹を妬んだこともあったわ。でも、その妹は夫であるその人間との行き違いが元で出産で亡くなって。私は自分の嫉妬心をどこに持っていけばいいのか分からなくなったの」
「そんなことが……」
「だけどこれだけはいえるわ。他者を妬んだって何もいいことはないのよ。かえって後から自分がみじめになるだけなの。だからあなたも、どうか」
「いいえ、私はみじめになんてならないわ」
娘は磐長媛の言を遮ってこう言い放ちました。
「たとえみじめになったとしても、いいの。私にはこの気持ちを抑えることなんて出来ないの。ごうごうと閃く火のような、この嫉妬心をどこかに持って行けるなら、それでもう満足なの」
磐長姫は唖然としてしまいました。
なんという想いの強さか、と。
そして同時に娘を憐れみもしました。
その後も七日間の間、磐長媛は説得を試みましたが、何の甲斐もありませんでした。

「娘の気持ちは変えられましたか?」
七日後に高龗神が頬に笑みをたたえて磐長媛に聞きます。
「いいえ」
磐長媛は下を向いてそう答えました。
「でしょうな」
高龗神はどこか得意げです。
そうこうしているうちに娘が社殿から出てきました。
二神は社殿の外に出ていたのでした。
磐長媛は透明なままです。
娘はげっそりと痩せていました。
その娘に、高龗神はこう尋ねます。
「決心は変わらないか?」
娘はどすのきいた低い声で、
「はい、もちろんです」
と答えました。
すると高龗神は
「本当に鬼になりたいのなら、姿を改めて宇治川に二十一日間浸かれ」
と告げました。
「これだけでは鬼にしてもらえないのですか?」
「この七日間はお前の決心を確かめるためだけに設けたものだ。本当の儀式はこれからだ」
「……はい」
娘は小さく呟くと、小走りに駆けだして行きました。

娘は人気のない古びた家屋に浸入しました。
そこで長い髪を五つに分けて五つの「角」を作りました。
顔には紅をさし、身体には黒い丹を塗りました。
鉄輪を逆さにして頭に載せ、三つの脚に火を燈しました。
また、松明を口に銜えて両端に火を点けもしました。

娘はその姿のまま都の大路に出ました。
その姿はさながら鬼のようでした。
頭から五つの火が燃え上がり、眉は太く、顔も体も赤い。
その姿を見た者は魂を喰われたようになって気を失い、やがて死ぬという有様でした。

貴船神社に願をかけて生きながら鬼となった女、これが宇治の橋姫です。

橋姫はまず恋人だった男の妻になる女を殺しました。
女を騙して路地に呼び、牙で一息に息の根を止めたのです。
女がこと切れる寸前、橋姫は姿を人間だった頃に一瞬戻しました。 
女は
「あっ、あなたは……」
と言ったのを最期に亡くなりました。
男の恋人だった娘に、見覚えがあったのでしょうか。
今となってはわかりません。

橋姫は願を叶えました。
ですが、橋姫の心にはまだ憎い、妬ましいといった黒い感情が残っています。
橋姫はその感情をかき消すように、次々と他の人間を殺して行きました。

女の縁者、恋人だった男の縁者。
身分の上下を問わず、男女も別たず、次々と、です。
橋姫は男を殺す時は女の姿になり、女を殺す時には男の姿になりました。
その者が愛しいと思うものに化けることで、その者にこの上ない苦痛を味あわせようというのです。

京中の身分の高い者、身分の賤しい者が、申の刻以降になると門を固く閉じ、家に人を入れることも、また外に人を出すこともしなくなりました。


その頃、摂津国の源頼光の元に綱・金時・貞道・末武という武士の四天王がいました。
その中でも随一の武士が綱でした。
武蔵国の美田というところで生まれたため、美田源氏と呼ばれていました。
一条大宮に頼光が用事があり、綱に使者の供をさせようとしました。
夜陰に及んでいたため、綱には髭切という刀を佩かせ、馬に乗せて使者に遣わせました。
綱が使者を送ったその帰り道、一条堀川の戻橋を渡るときに、東の端に女がいました。
年頃は二十余り、肌は雪のように白く、紅梅柄の打衣を着ています。
手には経本を持っているようでした。
南の方角に向かっています。
綱は端の西端を過ぎるときにすれ違い、女に向かって
「一体どこへ行く人でしょうか。私たちは五条渡りに行くところです。夜も更けて怖いでしょう。お送りしましょう」
と馴れ馴れしげに言いました。
助平心でも芽生えたのでしょうか。
綱は壮齢でしたが、中々の偉丈夫でした。
綱は言葉をかけ終えるとすぐさま馬から飛び降り、
「お乗り下さい」
と言いました。
女が
「よろしいのですか?」
と言い終わらぬ間に綱は近くに寄って女をかき抱いて馬に乗せました。
二人は無言でしたが、何やらよい雰囲気でした。
ですがそう思っていたのは綱の方だけだったようです。

堀川の東の端を南の方に行くと、正親町へ一、二段ほど行ったところで女は振り向きました。
「本当は五条渡りにさしたる用はなく、私の住所は都の外なのです。そこまで送ってはいただけないでしょうか」
と言った。綱は
「承りました。どこへでも行きましょう」
と答えました。
すると女は厳しい鬼の姿になりました。
そう、この女こそが宇治の橋姫だったのです。
「さあ我らが行くところは愛宕山ぞ」
そう言って、橋姫は綱の髻を掴んで北西へと飛び立ちました。
綱は至って冷静でした。
いくら鼻の下を伸ばしていたとしても、武士は武士、といったところでしょうか。
綱は髭切をさっと抜き、鬼の手を立ち切りました。
綱は北野の上にどうと落ち、鬼は手を切られながらも愛宕山へと飛びました。
髻についた鬼の手を見ると、雪のように白かったはずの手は真っ黒で、銀の針を立てたように白い毛がびっしりと生えていました。
「鬼め、逃がしはせぬぞ」
綱は一人呟きました。

ですがひとまずはしなければいけないことがあります。
綱は鬼に触れられたという穢れにあってしまったのです。
まず綱は主君である頼光のところに馳せ参じました。
「今し方、鬼に遭遇しました。どうすればよいでしょうか」
頼光は驚きつつも、
「鬼、とな。これは奇怪な。そなたの浮ついた心に付け入った狐狸の類ではないのか。もしくは淫魔か」
と言って笑いました。
「茶化さないでくださいよーー」
綱はおちゃらけて言います。
とてもついさっきまで鬼と遭遇していたとは思えません。
綱は次に鬼の手を頼光に見せました。
「どうですか、これでも信じてはもらえませんか」
「うむ、紛う事なき鬼の手だな」
と言って何やら思案顔です。
「よし、清明を召そう」
そう言って播磨の安倍清明を呼び、事の顛末を話しました。
「どうしたらよいか」
頼光は清明に尋ねました。
清明は鬼の手を一瞥すると、少しも顔色を変えずにこう言いました。
「綱には七日の暇を与えて、その間謹慎させてください。鬼の腕は私が仁王経を読んで封じます」
「分かったその通りにしよう」
頼光は畏まった様子でそう言い、全てを清明に任せました。
清明は有名な腕利きの陰陽師で、その手で解決できない問題はないといわれるほどでした。
「それにしても……」
「なんだ?」
頼光が清明に聞き返します。
「話しを聞いた限りでは、おそらく鬼は都中が恐れ上がっている『宇治の橋姫』に相違ないと思われます。私の聞いた話によれば、宇治の橋姫は元は人間で、貴船神社に願をかけて自ら生きながらに鬼となったのだとか。にしては、この鬼の手からは人間だった頃の名残が感じられないのです」
「どういうことだ?」
「おそらく、橋姫自身が人間だった頃のことを忘れてしまっているのでしょう。人間だ
った頃の記憶を忘れ、無差別に人を殺しているのです。人間だった頃の記憶が少しでも
残っているのなら、私の術で人間に戻すことも出来るかもしれないと思ったのですが」
「ならば、退治するしかあるまい」
そこで綱が口を挟みました。
「お前は口を出すでない」
頼光は取り合いません。
「いえ、綱殿の言うことはもっともだと、私は思います。橋姫に殺された人間は数え切
れないほどいます。鬼の中には人間に害を為す者、為さない者と様々です。また、土地
神が退化したものも多く、そういった鬼は退治するべきではありません。元は神様なの
ですから。ですが橋姫はもはや害でしかありません。しかも元は人間です。退治するし
かないでしょう」
清明が言います。
「ふむ、そうか」
頼光はなおも考えています。
「私たちにお任せ下さい」
綱の他の、頼光の部下三人です。
「お前ら……」
と言うのは綱。
「いつから聞いていたのだ」
「最初からです」
これは末武。
「早く命令を出して下さい」
金時が続けます。
「我らに勝てる相手はいません」
貞道が自信に満ちた様子で言います。
「お前たちがそこまで言うのならば。私はこういう一銭の得にもならないようなことはしたくないのだが……」
「鬼を退治したのならば、我らの名声も高まりましょう」
綱が言います。
「それもそうか……」
「ならば一刻も早く」
末武・金時・貞道の三人が言い連ねます。
「待て、俺は七日間籠もらねばならないのだぞ。俺を置いていくな」
綱が慌ててそれを止めます。
「それもそうだったな」
頼光と綱を除いた頼光の四天王はどっと笑いました。
清明も少しだけ笑いました。
綱はむくれています。
こうして頼光たちの鬼退治が始まりました。

橋姫は愛宕山の山小屋の一角で、暖をとっていました。
「人間め……。よくも我の手を斬ってくれたな。今に報いを返してくれるぞ」
そこに現れたのが、磐長媛です。
といっても姿は透明なままでしたが。
「娘よ。いや、今はもう橋姫と呼んだ方がよいか。もうやめなさい。これ以上無暗な殺生をするのは」
「ふん、いつもの『声』だな。我に指図をするとは、何様ぞ」
橋姫の態度は横柄なものでした。
「神に向かってその口の利き方。そなたはやはりもう、人間ではなくなったのですね」
磐長媛が悲しげに言います。
「我はとっくの昔に人間ではない。数多の人間の魂を喰った今では、正真正銘の鬼ぞ」
橋姫は得意げにいってのけます。
「そうですか……。ほんの少しでも期待をしていた私が愚かでした」
「何を期待していたというのだ」
橋姫が見えざる声に問いかけます。
「……」
磐長媛は言葉を発することはありませんでした。
が、その後おもむろに口を開き、
「私はもう、諦めます。もうそなたに語りかけることもしません。そなたは自分の思う
道を進みなさい」
と言いました。
「言われるまでもない」
橋姫はぴしゃりとそう言いました。
磐長姫は無言で山小屋を去りました。
あたりを静寂が漂います。
綱たちが愛宕山を目指して京を立ったのは、それから八日後のことでした。

「確かに橋姫は愛宕山へ行くと言ったのだな?」
頼光が綱に確認します。
「はい、確かにそう言いました」
神妙な顔つきで綱が答えます。
「ならば愛宕山へ参ろう。すぐに出立だ」
頼光のこの言葉に、配下の四人は声を揃えて応酬しましました。

「おい、迷ったんじゃないのか」
末武が貞道に尋ねます。
「そんなはずは。確かこの道だったはず」
貞道は愛宕山のことなら俺に任せろ、と案内役を買って出ていたのでした。
「お前が愛宕山の近くの知人を訪ねたのって何年前の話しだ?」
「二十年前になるかなあ」
「そんなに前か! お前の頭で覚えられるはずがないだろう」
「そう怒鳴るなよ。お前の頭で、とは失礼だなあ」
貞道はぶつぶつと独り言を言っています。
「やれやれ、先が思いやられるな」
綱がそう言うと、
「まだ始まったばかりじゃないか」
と金時が宥めました。

一行は愛宕山の山端に辿り着きました。
「ほら俺の言ったとおりだろう」
貞道が得意げにいます。
「まぐれだろう」
末武は呆れています。
「何だとーー?」
「やるか?」
二人は好戦的です。
「お前たち、何を遊んでおる」
頼光の一喝。
二人は押し黙りました。
見れば辺りはもう真っ暗でした。
灯篭の明かりもありません。
山端ということで、家は全くないようでした。
木が無作法に生い茂っており、かすかに菊の花の匂いがしました。
「しかし、来てはみたものの橋姫は本当にここにいるのだろうか」
金時が言いました。
「とりあえず辺りを歩いてみましょう」
と、貞道。
「この暗がりの中をか?」
末武が言います。
この男は四人の中でもひときわ現実的な考えをする男でした。
「やってみなければわからないだろう」
能天気、もとい楽天的な綱が言います。
「では二手に分かれよう。私と綱とお頭は右回り、貞道と末武は左回りにひとまず山端を一周することにしないか?」
四人のまとめ役の金時が言います。
「そうだな、いい案だ」
末武が答えました。

「なあ金時、橋姫が鬼になった理由って、なんだったのかなあ」
「さあ、別にどうでもいいんじゃないか。そんなことは」
金時はいつだって冷静です。
綱は、時々それが癇に障ることがありました。
「鬼になった理由も知らずに橋姫を殺すってのは、少し気が引けるっていうか……。ちょっと可哀想だとは思わないか」
「お前は相変わらず甘っちょろいな。殺されかけた相手だというのに」
「あーーあーー、どうせ俺はお前にみたいにいつも冷静沈着ではいられないよ。甘っち
ょろくて悪かったな」
綱はたちまち不機嫌になりました。
すると金時はぷっと笑い、
「まあそう目くじらを立てるな。そこがお前のいいところでもあるんだから」
「本当にそう思ってるのかねえ」
綱は不服そうにいましたが、満更でもなさそうでした。

二手に分かれてから、二刻ばかりが過ぎていました。
どこからともなく、声が聞こえてきました。
「……人間のにおいがする」
とても低い、唸るような声です。
二人はぱっと身構えました。
腰には刀をさしています。
「お前、私の腕を斬った男だな。見覚えがあるぞ」
「いかにも。我らはお主を退治しに参った。ゆくぞ」
そう言うが否や、綱は橋姫に飛びかかって行きました。
その身のこなしは軽やかでいて力強く、どんな相手でも敵わない、と思わせられるものでした。
しかし、今回は相手が悪うございました。
橋姫は綱の剣さばきなどには目もくれず、力でもって綱を叩きのめしました。
「綱!」
金時が叫びました。
「何てざまだ。さすがは鬼、ということか」
「おのれ、覚悟しろ」
鉞(まさかり)を担いでいた金時が橋姫に襲いかかります。
「ふん、こんなものが私に効くか」
そう言うが否や、橋姫は金時の鉞を親指と人差し指の間でつまみ、止めて見せました。
「くっ」
金時は力を入れて鉞を振ろうとしましたが、及ばず、そのうちに態勢を崩して転んでしまいました。
もはやこれまで。
そう思っていた矢先でした。
向こう側から光が見えたのです。
頼光と末武、貞道でした。
綱と金時の二人は助かった、と思いました。
「何をしておる。二人がかりでこのざまとはみっともない」
「辛辣だなーー」
綱がおどけた様子で言います。
それどころではないでしょうに。
状況を察した末武と貞道の二人は、早速橋姫に対する攻撃を開始しました。
末武は弓の使い手です。
剛腕で、三本の矢を一斉に放ちます。
一本当たりましたが、たいした傷にはならなかったようで、橋姫はすぐに指し抜いてしまいました。
貞道は二刀流の刀で橋姫に立ち向かいました。
橋姫の胸元を掠りはしましたが、これも深手にはならなかったようでした。
血が少し滴るばかりです。
四人が固唾を呑んで状況を冷静に分析しようとしているとき、天上から声がしました。
「橋姫よ、この姿を見ても、そなたはまだ戦えるか」
声の主は磐長媛でした。
頼光が持っていた白い紙の形代(かたしろ)――清明からお守り代わりに持たされていたものですーーが頼光の胸元から飛び出て、人間の姿になりました。
その姿を見た橋姫の動きが、一瞬だけ止まりました。
今だ、と四人は思いました。
四人は橋姫に向かって一斉に攻撃を開始しました。
橋姫は反撃しませんでした。
虚を付かれた様子で放心していました。
形代が映し出した人間は、橋姫がまだ人間だった頃のかつての恋人だったのです。
「ぐわっ」
断末魔の叫び声と共に、橋姫は消滅していきました。
身体がどんどん透明になり、やがて跡形もなく消えてしまいました。
四人と頼光はほっとしましたが、形代が映し出した人間、あれは一体何だったのだろうと、不思議でなりませんでした。

橋姫がいなくなったことで、京は再び安全な都になりました。
夜に出歩く人も多くなり、往来には人が絶えませんでした。
頼光とその四天王の名声はさらに高まったとも伝えられます。
 
高龗神と磐長媛はやはり貴船神社にいました。
「どうして橋姫を亡きものにする手伝いをしたんです?」
高龗神が聞きます。
「責任を感じていたからです。あの娘を止められなかったことに対しての、ね」
「あなたが責任を感じることは何もないと思いますよ。けしかけたのは私ですし」
高龗神は顔を歪めていました。
後悔しているのかもしれません。
「あのまま橋姫の暴走を止めずにいたら、京の都は大変なことになっていた。そう思って、私はあのような行動に出たのです」
「そうですか……。私はただ、あなたは確かめたかっただけのように思えるのですがね」
「確かめる? 何をです?」
「あの娘の愛が本物だったかどうかですよ」
「本物の愛、ですか。そんなことはだれにも計ることは出来ないでしょう」
「そうでしょうか。少なくとも私には、あの娘の男を想う気持ちだけは本物だった、と思われるのですがね」
「そうですか。あなたがそう思うのならば、そう思っていればよいでしょう」
磐長媛は表情を作らずにこう言いました。
「ああ、あともう一つ、あなたには話していないことがありました。橋姫――あの娘は、
恋人だった男だけは殺さなかったそうですよ。これが一つの答えなのではないでしょうか」
「どうぞご勝手に。私にはもう、興味のないことですので」
そう言って磐長媛は横を向きました。
姿を透明にはしていませんでしたが、高龗神の方からはその横顔を見ることは出来ませんでした。
磐長媛は、どんな表情をしていたのでしょうか。
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2014-10-16

「師長と公継3」

「ときどき不思議に感じることがあります」
つかの間、公継の表情があどけないものになる。
「なんのことかね?」
「お師匠様は私や孝定さん夫婦にはとても優しいのに、他の者にはそっけないことです」
「そっけない? そうかね。そんなつもりはなかったのだけれどな」
「それに、楽器に対してもとても優しいのに」
「まあ、楽器は私を裏切らないからね」
そう言って師長はくすりと笑った。
そうだ。楽器は裏切らない。
人間はすぐ裏切る。
二度の配流で、私はそれを痛感した。
だから決めたのだ。
自分のことだけを考えることが許されるようになった今は、心許せる者だけを傍近くに置こうと。
「私語はここまでだ。さあ、特訓を開始するよ」
「はい」
公継はまた真剣な表情になった。


明けて建久一年(1190年)、十月二十六日。
とうとうこの日がやって来た。
公継が初めて京官除目の執筆を勤める日である。
公継は数え年で十六歳。
三か月前に参議になったばかりであった。

除目の執筆は見事なものであった。
礼儀に叶い、動作もきびきびとしていてそつがない。
字もきれいだ。
九条兼実殿でさえも、感心したように低く唸っている。

除目執筆が終わると、実定は泣いていた。
その様子を見て、
「私も跡を伝えるべき在俗の息子を持てていたらよかったよ」
師長が呟く。
「少なくとも、私がおります。私が伝えます」
公継の目も、言葉も、大変力強いものだった。
「少なくとも、か……」
公継は、あやどのの生んだ赤子の父親が私かもしれないことに気づいているのかもしれない。
聡しい子供だから。
師長はあえて問いただそうとはせず、
「そうだな」
と言うにとどめた。


あやどのの生んだ赤子は幼名を「なま」、元服後の名前を孝時と言い、琵琶西流家を継いだ。

また、孝時の姉・讃岐の局の孫はかの有名な西園寺実兼。
娘を次々と皇家に嫁がせた人物である。
讃岐の局の父親がどちらだったかも、また疑わしい。
仮に師長が父親だったとすれば、師長の血は今も皇家に流れていることになる。

なんにせよ、師長の儀式次第は公継の家系徳大寺家に、楽道は孝時の琵琶西流家に、それぞれ受け継がれていったのである。



*****
自分の妾を下げ渡し(当時的には名誉なことだったのですが)、下げ渡してからも関係を続ける男。
最低ですね(笑)。
いや、関係を続けていたというのはただの私の小説的設定なのですが。
ただ、孝時を師長が溺愛していたのは事実でして、行道の間も抱き歩き、衣をおしっこでぬらされて慌てふためいた、という逸話が文机談に残っています。

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(2007/11)
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可愛いv(←50近いおじいさんのことを可愛いというのはいかがなものか。でも私、師長好きなんですよ~)
文机談には師長の黒い側面も載っており(若い時分の話ですが)、一筋縄ではいかない人物だったようなのですが、またそれもよい。
というかそういう人物でなければあの混乱の時代を生き抜けませんって(^_^;)。

師長の息子たちが清盛の起こしたクーデターの際に皆出家したというのは元木泰雄先生の「保元・平治の乱」の127頁に書かれているのですが、どの日記のどこに書かれているかは不明です。
詳細を知りたいんだけどな。

保元・平治の乱 平清盛 勝利への道 (角川ソフィア文庫)保元・平治の乱 平清盛 勝利への道 (角川ソフィア文庫)
(2014/02/20)
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子供の数は少なくないのですが、子孫が続いているかは不明な人物でしてね。
辿っていくと途中でぷつりと消えてしまうという。
娘にしても、その娘が子供を産んでいるかまではわからなくて。
師長、引いては頼長の血脈が、後世に残っていないというのが残念なのですよ。
それで落胤説をとってしまったというのもあります。
単にその方が面白いからというのもありますが。
まあ妙音院師長は「家」は残せなかったけれど、「血」自体は庶民の誰かに受け継がれている気がしてます。
配所で子供作ってるかもしれないしね(笑)。

師長のことはこのブログでもちょこちょこ書いてます。
気になった方はホームで検索していただければ。
また、師長と孝時については以前小説を書きました。
よければこちらもご覧ください♪
http://shionnoidashiginu.blog.fc2.com/blog-entry-35.html
2014-10-16

「師長と公継2」

「後を継がせる息子もいない、か」
実定が帰った後、師長はそうごちて馨(けい)を片付け始めた。
息子がいないわけではない。
だが、息子たちは私が配流されたときにともに出家していた。
「お前たちは思いとどまれ」
私にはそう言うことが出来なかった。
一度目の配流、保元の乱の折りに私は祖父に「世の中何が起こるのかわからないのだから」と言われて兄弟たちと出家するのを思いとどまったのに。

確かに世の中何が起こるかわからない。
謀反人の息子でありながら私は太政大臣にまで進んだし、一時は摂関就任も夢ではなかった。
だが、あの平相国のせいで私は二度目の配流に処せられた。
我が国において、二度も罪人として配流された者があろうか。
私は自分の運の拙さを呪った。
こんなことになるのなら、あの時、保元の乱の折りに出家しておけばよかったのだ。
だから、ともに出家すると言い出した息子たちを止める気になれなかった。
だが平相国の栄華はあっという間に散り、私は二年後には再び都に召し帰された。
私自身はなんてことはなかったが、息子たちを出家させたことは悔やまれた。
私の跡を継ぐものが、いなくなってしまう。
しかし、それも仕方がないのかもしれない。
なんだかんだいっても、私は謀反人の子供に相違ないのだから。
もっとも、私自身は父が謀反を起こしたとは思っていないが。
しかし、世間の人が父を朝敵としたのだ。
人々の認識をひっくり返すのは難しかろう。

それに、私には楽道がある。
管弦の道によって名を残し、それを後世に伝えていけばいいのだ。
そのとき、
「殿、夕餉の支度が整いました」
と声をかけられた。
「今行く」
師長はそう言ってその場から離れた。


「それで、徳大寺の左大臣様は何用でお越しになられたのですか」
あやどのが言う。
あやどのはかつて師長が寵愛していた女性で、今は師長の弟子孝道の妻となっていた。
「儀式の次第を教えてほしいと、そう頼まれた」
「儀式の次第、ですか」
孝道が言う。
「安心しろ。管弦のことは教えない」
「私は何も言ってませんよ」
「そう顔に書いてあるよ」
師長は孝道の顔を見て笑った。
孝道の顔が赤くなる。
楽道を生業にしている者は、秘曲や秘伝の伝授に敏感である。
秘曲や秘伝が簡単に伝授されてしまったらたまらない。
なにしろ楽道を生業にしている者はそれで飯を食べているのだから。
「はじめは断ろうと思ったのだが、実定殿とは付き合いも長いし、無下にも出来なくてね。それに私には儀式次第を継がせるような子供もいないし」
「そうですか」
そこで孝道は目をそらしたが、師長は気づかなかった。
「良い弟子になるといいですね」
そう言って孝道は師長に笑いかけた。
「ああ」
師長が微笑を返す。



二年後の文治五年(1189年)。
「ここで笏(しゃく)を返しなさい」
と師長。
「はい」
公継は真剣な調子で儀式の作法を習っている。
公継は14歳になっていた。
「少し休憩しよう」
「はい」
「あやどのー。白湯(さゆ)を」
師長が対の屋に向かって声をかける。
「はーい、ただいま」
あやどのの少し、鼻にかかった声音が返ってくる。

少ししてから、白湯と少量の蜜を盆に載せてあやどのが二人のもとにやって来た。
「蜜か」
「ええ、先日手に入りましたの。疲れているときには甘い物がよいのではないかと。出過ぎたことでしたらすみません」
そう言ってあやどのは頭を下げた。
「いや、ありがとう。美味しそうだ」
師長があやどのの方を向いて目を細める。
そして今度は公継の方に向き直り、
「遠慮せず食べなさい」
と笑いかけた。
「お二人はまるで恋人同士のようですね」
何気ない公継の発言に、師長はぎくりとする。
「そうかね?」
「と、失礼なことを言ってしまいました。申し訳ありません」
「いや、いいんだよ」
勘の鋭い子だ、と師長は思った。
あやどのは公継の発言に、少し青くなっていた。
「赤子の世話があるだろう。お前は早くお戻り」
師長が声をかけるとあやどのは
「はい」
と短く言ってその場から立ち去った。

つい数か月前、あやどのに子供が生まれた。
師長はまるで自分のことのように嬉しく、赤子をしょっちゅう抱きに行った。
先日は
「殿、いくらなんでも度が過ぎます!」
と孝道に怒られた。
師長はしょんぼりして数日間対の屋を行くのをやめたが、我慢しきれなくなって再び訪うようになった。
孝道は苦笑いしながらも、
「まあ、仕方がないですな」
と言って師長が頻繁に対の屋を行き来するのを許してくれた。

ーーあの時、孝道は起きていなかったか。
師長は一年ほど前のことを思い出す。
あやどのは師長の愛妾だった。
孝道に与えてからも、師長はあやどのをときどき召すことがあった。
あやどのは優しくたおやかな女ではあったが、誘われると拒めない性格をしていた。
あの日もちょうど、
「あやどの。ちょっと来なさい」
そっとそう言って師長はあやどのを召し出したのだった。
こうした逢瀬は頻繁なわけではないが、赤子が生まれた時から数えると、ちょうど十月十日ほど前になる。
もしかしたら、この子は……。
赤子を抱きながら、師長はそんな疑念とも、希望ともいえないものを感じるようになっていた。
2014-10-15

「師長と公継1」

元ネタ、もとい典拠は
『玉葉』建久1年10月26日条、『宮槐記』建暦2年1月7日条です
(水府處士さま提供)。

文治三年(1187年)ーー。

広くはないが、よく設えられた趣のある邸だな。
実定は師長の住む妙音堂を見まわしながら、主を探した。
先の太政大臣の住むところにしては、少し質素な気もしたが、住み心地はよさそうだ。
しかし、侍女がいないというのはいかがなものか。
「おーい、理覚殿―」
馨(けい)でも叩いているのだろうか、かんかんと音がする。
その音を頼りに、実定は御堂の奥へと進んだ。
すると坊主頭の後ろ姿が見えてきた。
「ここでしたか」
「なんですかな。徳大寺の左大臣殿」
馨を叩いて仏道修行をしていた師長は、撥を持ったまま実定の方を振り向いた。
「なかなか良い暮らしぶりをしているようですが、侍女を一人も置かないというのはいかがなものかと思われますよ」
「私の世話は弟子夫婦がしてくれていますから。侍女など必要ないのです。私は老後は気の置けない者たちだけに囲まれて過ごしたいのです」
「そうですか……」
なんとなく意味深長な言葉に思われて、実定は下を向いた。
「で、なんでしょうか。貴殿が自ら足を運ぶとは、いったい何事です?」
「今日はお願いがあって参りました」
するとその場に立っていた実定は突然平伏しだした。
「どうしたのですか?」
師長は驚いて実定の肩を持ち上げようとする。
だが、実定は一向に頭を上げようとしない。
「実は私の息子のことなのです」
「あなたの、息子……。ああ、あの三郎君のことですか」

師長は実定のもとに娘を嫁がせていた。
その娘は男子次郎君公守を生んでいたが、その公守は昨年亡くなった。
三郎君というのは上西門院の女房が生んだ実定の息子で、公守の13歳年下の弟だ。
「私ももう四十八歳。近頃は病がちで、出仕することもままならないい状態です。この上は後を継がせる息子のことだけが気がかりで」
「そうですか……。ですがそのことと私に一体何の関係が?」
そこで実定は頭を上げ、師長と視線を合わせた。
真剣な目だ、と師長は感じた。
「貴殿にどうか、儀式の作法を教えていただきたい」
「その年でですか?」
「いえ、私ではなく、息子にです」
実定は驚いた様子で手を振った。
「ですが私はあなたの息子さんとは何の関係も……」
師長は実定のずうずうしい「お願い」に少し呆れてしまった。
それを感じたのか、実定はこう続ける。
「お願いします。どうか公守の『代わり』だと思って」
師長の口角が下がる。
実定の言が、師長にはなんとなく不快だった。

師長の娘が生んだ公守に教えを、というのならわかる。
正真正銘の師長の外孫なのだから。
だが三郎君にというなら話は別だ。
何の血のつながりもない赤の他人に、なぜ私が儀式の作法を教えねばならぬのか。
確かに実定の父公能の娘は私の妻の一人だ。
実定は義兄にあたる。
父も徳大寺家の婿だったから家同士のつながりも密接だし、実定とは子供のころから親しんでいる。
だがそれとこれとは別だ。
大事な儀式次第を、簡単に教えるわけにはいかない。
「理覚殿、どうか」
「帰って下さい。私は仏道修行で忙しいのです」
「お願いします」
実定がまた頭を下げ始めた。
「あなたにはあなたの家の儀式次第があるでしょう」
「それではだめなのです。私はどうしても九条殿(兼実)の鼻を明かしたいのです。そのためには、同じ摂関家、しかも元嫡流のあなたの持っている儀式の知識が必要なのです」
「元嫡流、ときましたか」
師長は皮肉な笑みを浮かべた。

師長の父は保元の乱で戦死し、謀反の咎で処罰させられた人物である。
名を頼長。
だが、生前はいったんは確かに頼長こそが「嫡流」であり、摂関家に伝わる儀式次第も頼長が継承した。
兼実は頼長の異母兄忠通の息子だが、老年になって生まれた子ということもあり、儀式を正確には伝授されることができなかったらしい。
そのために、兼実は何かと師長を意識しているようなところがあった。
師長が行う儀式作法をくまなく確認し、その場に書き留める。
それも人から見えないようにこっそりと、である。
年が離れているせいもあり、敵対するとまではいかなかったが、お互いを牽制しあうようなところはあった。
だが、兼実も相手が格下の閑院流徳大寺家の実定となれば話は別なのだろう。
実定はきっと兼実に見下されたのだ。

「お願いです、どうか」
「帰って下さい」
「せめて、息子に一目会ってからにでも……」
「連れてきているのですか!」
「はい」
そう言うと実定は
「公継ー」
と大きな声を出した。
すると10歳ぐらいの男の子が二人のもとに駆け寄ってきた。
「お呼びですか、父上」
「この法師は理覚殿。先の太政大臣師長殿だ。挨拶なさい」
「公継と申します」
少年は深々と頭を下げた。
なかなか聡明そうな少年だと師長は思った。
「先日元服を済ませましてな。十二歳になります」
「きみつぐ。字はどう書くのですか?」
「通字である『公』に、継続の継で『継(つぐ)』と」
途中からばつが悪くなったのか実定は小声になっていった。
「なるほど、あなたの絶対にこの子に後を継がせるという意思が伝わってくるようですな」
「……」
実定は下を向いていた。
「わかりました。承知しましょう」
「本当ですか? しかしなんでまた」
「儀式次第を伝える者がいないというのもつまらないでしょう。私の息子たちは皆出家してしまいましたし」
そう言って師長はふっと笑った。
「有難うございます、有難うございます。実は父共々除目執筆を勤めたことがないと先日九条殿に馬鹿にされたのです。これで恨みが晴らせます」
「それは除目執筆が成功してからいう言葉でしょう」
師長が実定を窘(たしな)める。
「いやあ、よかった。本当によかった」
実定は大げさに喜んでいる。
息子の公継の方は真っ直ぐに立っていた。
真摯な目。
父親の不甲斐なさに、自分だけでも立派でいようと思ったのか。
それとも幼すぎてわかっていないのか。
師長は判断がつきかねたが、どうでもよいことだと思って流すことにした。
2014-10-09

お知らせ2

文藝賞に送った「磐長媛(いわながひめ)の横顔」ですが、案の定予選落ちでした。

自分の作品とプロの作品とを比べますと、やっぱり未熟だなあと感じます。
薄いんですよね。
文章が。
読みやすくはあると思うのですが、小説としてはどうなのか。
そもそもこれは「小説」と言えるものなのか。

正直、SS(ショートショート)なら別にいいと思うのです。
今の感じでも
(一応投稿用の小説はもっと文章に厚みを持たせています)。
SSは短い文章でいかに読者を引き付けられるか、だと思うので。


作風や文章の紡ぎ方など、もっと大幅に変えていかなければいけない気がしています。
知識偏重気味で文章が薄いところなど。

資料本だけではなく、いい加減小説もどんどん読んでいけるようにならないと。
(以前にも書いたのですが、相変わらず読書スランプです……)


ともあれ、この作品はこの作品として終わらせて、次回作を執筆したいと思います。


またこの作品、前回と同様読みたいと思われる方がいらっしゃれば、メールアドレスさえ教えていただければファイルを添付してお送りします。

その際はお手数ですがツイッターのダイレクトメールかブログのメールフォームにてお名前(HNでかまいません)とアドレスだけ教えて下さい。
コメント欄でも可です。その場合はメールアドレス欄にメールアドレスを載せてください。

量は40行×40字で47枚、原稿用紙換算で137枚です。

あらすじは、

「日本文化学科に所属する瑞希には、美しい妹がいた。
瑞希は授業中に携帯を見ていた罰として、講師にレポートを書いてくるよう言い渡される。
神社オタクの岡崎も興味本位でそれに協力して……。

磐長媛の伝承と橋姫伝説。そこに大学生たちの日常が絡まる青春物語」

ってとこですかね。

実は落選したら「磐長姫の横顔・木花佐久耶媛(このはなさくやひめ)の素顔」と題して妹目線の話を継ぎ足し、少女小説のホワイトハートの公募に送ろうかとも考えていたのですが、やめました。
ここは気持ちを切り替えて次に行こう、って思い直して。
継ぎ足す時間があったら別の作品を書いた方がいいんじゃないかなと。


*感想を必ず下さいとは申しません。
いただければこれ以上の喜びはありませんが。


ではよろしくお願いします(^^♪
2014-10-01

役割相性占い

私は相性占いにはあまり興味がありません。
相性が悪くても上手くいくときはいくし、相性が良くても上手くいかないときはいかないと、そう考えるからです。
その人たちが上手くいくか、いかないかは、ようは双方の努力によるものではないでしょうか。

なので私は相性占いというものそのものを取り立てて信じてはいないのですが(特に数値化してるもの。相性○%など)、こうしたアプローチならわかりやすいかも、と以下の占術が今日ひらめきました。

自分のホロスコープと相手のホロスコープを照らし合わせ、タイトな角度を持っている天体を探します。

鏡リュウジさんの星のワークブック相性編という本がわかりやすいかと思います。

鏡リュウジ 星のワークブック 【相性編】鏡リュウジ 星のワークブック 【相性編】
(2013/06/12)
鏡 リュウジ

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そして惑星に「役割」を持たせます。
太陽→父親的な存在。
月→母親的な存在。
水星→知的な存在。先生のようなもの。
火星→男性的な恋人。
金星→女性的な恋人。
木星→結婚の非現実的な部分。
土星→結婚の現実的な部分。

例えば①彼女の太陽と彼の月がアスペクトを取っている場合。
彼女の父性的なものが彼の母性的な部分とつながっており、彼女が彼に対して少し権威的にふるまえばうまくいくでしょう。

②彼女の金星と彼の火星がアスペクトを取っている場合。
恋人としては最高の運勢です。思う存分「恋愛」が楽しめます。

③彼女の水星が彼の土星とアスペクトを取っている場合。
彼女の知性的な部分に彼は惹かれ、現実的な結婚を意識するでしょう。
彼女は他のアスペクトにもよりますが、彼に対して知性的な部分を求めることがあるかもしれません。

④彼女の土星と彼の木星がアスペクトを取っている場合。
彼女は現実的な結婚を彼とイメージします。どちらかといえばポジティブな結婚のイメージを彼は彼女に抱きやすく、彼女は彼に対してその反対のイメージを持ちます。結婚運は非常によく、お互いがお互いの足りないところを補い合うような関係でしょう。

と、こんな風に。
ソフトアスペクトとハードアスペクトはこの場合問題にしません。今のところ。
よりタイトなアスペクトを持つ天体同士から見ていきます。

トランスサタニアン(天王星・海王星・冥王星)については思案中です。

この占星術的アプローチ、既に他の誰かがやっているのかもしれませんけど(私は師匠についたことがないので、そういうのさっぱりわからないんです)、メモ代わりに書いておきます。


ようは対人間の「役割」を認識することでよりよい人間関係を築けないか、ということです。
プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
よろしければおつきあいくださいませ☆

2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
note、「小説家になろう」サイトにも投稿しています。

このブログ内の文章の無断転載等はおやめ下さい。

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お手数おかけしますm(_ _)m

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