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2014-10-15

「師長と公継1」

元ネタ、もとい典拠は
『玉葉』建久1年10月26日条、『宮槐記』建暦2年1月7日条です
(水府處士さま提供)。

文治三年(1187年)ーー。

広くはないが、よく設えられた趣のある邸だな。
実定は師長の住む妙音堂を見まわしながら、主を探した。
先の太政大臣の住むところにしては、少し質素な気もしたが、住み心地はよさそうだ。
しかし、侍女がいないというのはいかがなものか。
「おーい、理覚殿―」
馨(けい)でも叩いているのだろうか、かんかんと音がする。
その音を頼りに、実定は御堂の奥へと進んだ。
すると坊主頭の後ろ姿が見えてきた。
「ここでしたか」
「なんですかな。徳大寺の左大臣殿」
馨を叩いて仏道修行をしていた師長は、撥を持ったまま実定の方を振り向いた。
「なかなか良い暮らしぶりをしているようですが、侍女を一人も置かないというのはいかがなものかと思われますよ」
「私の世話は弟子夫婦がしてくれていますから。侍女など必要ないのです。私は老後は気の置けない者たちだけに囲まれて過ごしたいのです」
「そうですか……」
なんとなく意味深長な言葉に思われて、実定は下を向いた。
「で、なんでしょうか。貴殿が自ら足を運ぶとは、いったい何事です?」
「今日はお願いがあって参りました」
するとその場に立っていた実定は突然平伏しだした。
「どうしたのですか?」
師長は驚いて実定の肩を持ち上げようとする。
だが、実定は一向に頭を上げようとしない。
「実は私の息子のことなのです」
「あなたの、息子……。ああ、あの三郎君のことですか」

師長は実定のもとに娘を嫁がせていた。
その娘は男子次郎君公守を生んでいたが、その公守は昨年亡くなった。
三郎君というのは上西門院の女房が生んだ実定の息子で、公守の13歳年下の弟だ。
「私ももう四十八歳。近頃は病がちで、出仕することもままならないい状態です。この上は後を継がせる息子のことだけが気がかりで」
「そうですか……。ですがそのことと私に一体何の関係が?」
そこで実定は頭を上げ、師長と視線を合わせた。
真剣な目だ、と師長は感じた。
「貴殿にどうか、儀式の作法を教えていただきたい」
「その年でですか?」
「いえ、私ではなく、息子にです」
実定は驚いた様子で手を振った。
「ですが私はあなたの息子さんとは何の関係も……」
師長は実定のずうずうしい「お願い」に少し呆れてしまった。
それを感じたのか、実定はこう続ける。
「お願いします。どうか公守の『代わり』だと思って」
師長の口角が下がる。
実定の言が、師長にはなんとなく不快だった。

師長の娘が生んだ公守に教えを、というのならわかる。
正真正銘の師長の外孫なのだから。
だが三郎君にというなら話は別だ。
何の血のつながりもない赤の他人に、なぜ私が儀式の作法を教えねばならぬのか。
確かに実定の父公能の娘は私の妻の一人だ。
実定は義兄にあたる。
父も徳大寺家の婿だったから家同士のつながりも密接だし、実定とは子供のころから親しんでいる。
だがそれとこれとは別だ。
大事な儀式次第を、簡単に教えるわけにはいかない。
「理覚殿、どうか」
「帰って下さい。私は仏道修行で忙しいのです」
「お願いします」
実定がまた頭を下げ始めた。
「あなたにはあなたの家の儀式次第があるでしょう」
「それではだめなのです。私はどうしても九条殿(兼実)の鼻を明かしたいのです。そのためには、同じ摂関家、しかも元嫡流のあなたの持っている儀式の知識が必要なのです」
「元嫡流、ときましたか」
師長は皮肉な笑みを浮かべた。

師長の父は保元の乱で戦死し、謀反の咎で処罰させられた人物である。
名を頼長。
だが、生前はいったんは確かに頼長こそが「嫡流」であり、摂関家に伝わる儀式次第も頼長が継承した。
兼実は頼長の異母兄忠通の息子だが、老年になって生まれた子ということもあり、儀式を正確には伝授されることができなかったらしい。
そのために、兼実は何かと師長を意識しているようなところがあった。
師長が行う儀式作法をくまなく確認し、その場に書き留める。
それも人から見えないようにこっそりと、である。
年が離れているせいもあり、敵対するとまではいかなかったが、お互いを牽制しあうようなところはあった。
だが、兼実も相手が格下の閑院流徳大寺家の実定となれば話は別なのだろう。
実定はきっと兼実に見下されたのだ。

「お願いです、どうか」
「帰って下さい」
「せめて、息子に一目会ってからにでも……」
「連れてきているのですか!」
「はい」
そう言うと実定は
「公継ー」
と大きな声を出した。
すると10歳ぐらいの男の子が二人のもとに駆け寄ってきた。
「お呼びですか、父上」
「この法師は理覚殿。先の太政大臣師長殿だ。挨拶なさい」
「公継と申します」
少年は深々と頭を下げた。
なかなか聡明そうな少年だと師長は思った。
「先日元服を済ませましてな。十二歳になります」
「きみつぐ。字はどう書くのですか?」
「通字である『公』に、継続の継で『継(つぐ)』と」
途中からばつが悪くなったのか実定は小声になっていった。
「なるほど、あなたの絶対にこの子に後を継がせるという意思が伝わってくるようですな」
「……」
実定は下を向いていた。
「わかりました。承知しましょう」
「本当ですか? しかしなんでまた」
「儀式次第を伝える者がいないというのもつまらないでしょう。私の息子たちは皆出家してしまいましたし」
そう言って師長はふっと笑った。
「有難うございます、有難うございます。実は父共々除目執筆を勤めたことがないと先日九条殿に馬鹿にされたのです。これで恨みが晴らせます」
「それは除目執筆が成功してからいう言葉でしょう」
師長が実定を窘(たしな)める。
「いやあ、よかった。本当によかった」
実定は大げさに喜んでいる。
息子の公継の方は真っ直ぐに立っていた。
真摯な目。
父親の不甲斐なさに、自分だけでも立派でいようと思ったのか。
それとも幼すぎてわかっていないのか。
師長は判断がつきかねたが、どうでもよいことだと思って流すことにした。
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プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
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日々のこと、趣味について語りたいと思います。
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2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

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