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2014-10-16

「師長と公継3」

「ときどき不思議に感じることがあります」
つかの間、公継の表情があどけないものになる。
「なんのことかね?」
「お師匠様は私や孝定さん夫婦にはとても優しいのに、他の者にはそっけないことです」
「そっけない? そうかね。そんなつもりはなかったのだけれどな」
「それに、楽器に対してもとても優しいのに」
「まあ、楽器は私を裏切らないからね」
そう言って師長はくすりと笑った。
そうだ。楽器は裏切らない。
人間はすぐ裏切る。
二度の配流で、私はそれを痛感した。
だから決めたのだ。
自分のことだけを考えることが許されるようになった今は、心許せる者だけを傍近くに置こうと。
「私語はここまでだ。さあ、特訓を開始するよ」
「はい」
公継はまた真剣な表情になった。


明けて建久一年(1190年)、十月二十六日。
とうとうこの日がやって来た。
公継が初めて京官除目の執筆を勤める日である。
公継は数え年で十六歳。
三か月前に参議になったばかりであった。

除目の執筆は見事なものであった。
礼儀に叶い、動作もきびきびとしていてそつがない。
字もきれいだ。
九条兼実殿でさえも、感心したように低く唸っている。

除目執筆が終わると、実定は泣いていた。
その様子を見て、
「私も跡を伝えるべき在俗の息子を持てていたらよかったよ」
師長が呟く。
「少なくとも、私がおります。私が伝えます」
公継の目も、言葉も、大変力強いものだった。
「少なくとも、か……」
公継は、あやどのの生んだ赤子の父親が私かもしれないことに気づいているのかもしれない。
聡しい子供だから。
師長はあえて問いただそうとはせず、
「そうだな」
と言うにとどめた。


あやどのの生んだ赤子は幼名を「なま」、元服後の名前を孝時と言い、琵琶西流家を継いだ。

また、孝時の姉・讃岐の局の孫はかの有名な西園寺実兼。
娘を次々と皇家に嫁がせた人物である。
讃岐の局の父親がどちらだったかも、また疑わしい。
仮に師長が父親だったとすれば、師長の血は今も皇家に流れていることになる。

なんにせよ、師長の儀式次第は公継の家系徳大寺家に、楽道は孝時の琵琶西流家に、それぞれ受け継がれていったのである。



*****
自分の妾を下げ渡し(当時的には名誉なことだったのですが)、下げ渡してからも関係を続ける男。
最低ですね(笑)。
いや、関係を続けていたというのはただの私の小説的設定なのですが。
ただ、孝時を師長が溺愛していたのは事実でして、行道の間も抱き歩き、衣をおしっこでぬらされて慌てふためいた、という逸話が文机談に残っています。

文机談全注釈文机談全注釈
(2007/11)
岩佐 美代子

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可愛いv(←50近いおじいさんのことを可愛いというのはいかがなものか。でも私、師長好きなんですよ~)
文机談には師長の黒い側面も載っており(若い時分の話ですが)、一筋縄ではいかない人物だったようなのですが、またそれもよい。
というかそういう人物でなければあの混乱の時代を生き抜けませんって(^_^;)。

師長の息子たちが清盛の起こしたクーデターの際に皆出家したというのは元木泰雄先生の「保元・平治の乱」の127頁に書かれているのですが、どの日記のどこに書かれているかは不明です。
詳細を知りたいんだけどな。

保元・平治の乱 平清盛 勝利への道 (角川ソフィア文庫)保元・平治の乱 平清盛 勝利への道 (角川ソフィア文庫)
(2014/02/20)
元木 泰雄

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子供の数は少なくないのですが、子孫が続いているかは不明な人物でしてね。
辿っていくと途中でぷつりと消えてしまうという。
娘にしても、その娘が子供を産んでいるかまではわからなくて。
師長、引いては頼長の血脈が、後世に残っていないというのが残念なのですよ。
それで落胤説をとってしまったというのもあります。
単にその方が面白いからというのもありますが。
まあ妙音院師長は「家」は残せなかったけれど、「血」自体は庶民の誰かに受け継がれている気がしてます。
配所で子供作ってるかもしれないしね(笑)。

師長のことはこのブログでもちょこちょこ書いてます。
気になった方はホームで検索していただければ。
また、師長と孝時については以前小説を書きました。
よければこちらもご覧ください♪
http://shionnoidashiginu.blog.fc2.com/blog-entry-35.html
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2014-10-16

「師長と公継2」

「後を継がせる息子もいない、か」
実定が帰った後、師長はそうごちて馨(けい)を片付け始めた。
息子がいないわけではない。
だが、息子たちは私が配流されたときにともに出家していた。
「お前たちは思いとどまれ」
私にはそう言うことが出来なかった。
一度目の配流、保元の乱の折りに私は祖父に「世の中何が起こるのかわからないのだから」と言われて兄弟たちと出家するのを思いとどまったのに。

確かに世の中何が起こるかわからない。
謀反人の息子でありながら私は太政大臣にまで進んだし、一時は摂関就任も夢ではなかった。
だが、あの平相国のせいで私は二度目の配流に処せられた。
我が国において、二度も罪人として配流された者があろうか。
私は自分の運の拙さを呪った。
こんなことになるのなら、あの時、保元の乱の折りに出家しておけばよかったのだ。
だから、ともに出家すると言い出した息子たちを止める気になれなかった。
だが平相国の栄華はあっという間に散り、私は二年後には再び都に召し帰された。
私自身はなんてことはなかったが、息子たちを出家させたことは悔やまれた。
私の跡を継ぐものが、いなくなってしまう。
しかし、それも仕方がないのかもしれない。
なんだかんだいっても、私は謀反人の子供に相違ないのだから。
もっとも、私自身は父が謀反を起こしたとは思っていないが。
しかし、世間の人が父を朝敵としたのだ。
人々の認識をひっくり返すのは難しかろう。

それに、私には楽道がある。
管弦の道によって名を残し、それを後世に伝えていけばいいのだ。
そのとき、
「殿、夕餉の支度が整いました」
と声をかけられた。
「今行く」
師長はそう言ってその場から離れた。


「それで、徳大寺の左大臣様は何用でお越しになられたのですか」
あやどのが言う。
あやどのはかつて師長が寵愛していた女性で、今は師長の弟子孝道の妻となっていた。
「儀式の次第を教えてほしいと、そう頼まれた」
「儀式の次第、ですか」
孝道が言う。
「安心しろ。管弦のことは教えない」
「私は何も言ってませんよ」
「そう顔に書いてあるよ」
師長は孝道の顔を見て笑った。
孝道の顔が赤くなる。
楽道を生業にしている者は、秘曲や秘伝の伝授に敏感である。
秘曲や秘伝が簡単に伝授されてしまったらたまらない。
なにしろ楽道を生業にしている者はそれで飯を食べているのだから。
「はじめは断ろうと思ったのだが、実定殿とは付き合いも長いし、無下にも出来なくてね。それに私には儀式次第を継がせるような子供もいないし」
「そうですか」
そこで孝道は目をそらしたが、師長は気づかなかった。
「良い弟子になるといいですね」
そう言って孝道は師長に笑いかけた。
「ああ」
師長が微笑を返す。



二年後の文治五年(1189年)。
「ここで笏(しゃく)を返しなさい」
と師長。
「はい」
公継は真剣な調子で儀式の作法を習っている。
公継は14歳になっていた。
「少し休憩しよう」
「はい」
「あやどのー。白湯(さゆ)を」
師長が対の屋に向かって声をかける。
「はーい、ただいま」
あやどのの少し、鼻にかかった声音が返ってくる。

少ししてから、白湯と少量の蜜を盆に載せてあやどのが二人のもとにやって来た。
「蜜か」
「ええ、先日手に入りましたの。疲れているときには甘い物がよいのではないかと。出過ぎたことでしたらすみません」
そう言ってあやどのは頭を下げた。
「いや、ありがとう。美味しそうだ」
師長があやどのの方を向いて目を細める。
そして今度は公継の方に向き直り、
「遠慮せず食べなさい」
と笑いかけた。
「お二人はまるで恋人同士のようですね」
何気ない公継の発言に、師長はぎくりとする。
「そうかね?」
「と、失礼なことを言ってしまいました。申し訳ありません」
「いや、いいんだよ」
勘の鋭い子だ、と師長は思った。
あやどのは公継の発言に、少し青くなっていた。
「赤子の世話があるだろう。お前は早くお戻り」
師長が声をかけるとあやどのは
「はい」
と短く言ってその場から立ち去った。

つい数か月前、あやどのに子供が生まれた。
師長はまるで自分のことのように嬉しく、赤子をしょっちゅう抱きに行った。
先日は
「殿、いくらなんでも度が過ぎます!」
と孝道に怒られた。
師長はしょんぼりして数日間対の屋を行くのをやめたが、我慢しきれなくなって再び訪うようになった。
孝道は苦笑いしながらも、
「まあ、仕方がないですな」
と言って師長が頻繁に対の屋を行き来するのを許してくれた。

ーーあの時、孝道は起きていなかったか。
師長は一年ほど前のことを思い出す。
あやどのは師長の愛妾だった。
孝道に与えてからも、師長はあやどのをときどき召すことがあった。
あやどのは優しくたおやかな女ではあったが、誘われると拒めない性格をしていた。
あの日もちょうど、
「あやどの。ちょっと来なさい」
そっとそう言って師長はあやどのを召し出したのだった。
こうした逢瀬は頻繁なわけではないが、赤子が生まれた時から数えると、ちょうど十月十日ほど前になる。
もしかしたら、この子は……。
赤子を抱きながら、師長はそんな疑念とも、希望ともいえないものを感じるようになっていた。
プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
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2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
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