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2016-02-20

今鏡ワンドロ「苡子」

帝と女御。
二人の初夜は、月の美しい夜のことだった。
澄み透った空気が、夜空を輝かせていた。
少し不吉なほどに。

入内の儀式を一通り済ませた後、苡子は帝の待つ清涼殿へと向かった。
帝の父である上皇の手配した女房を、たくさん引き連れて。

煌びやかな衣装を脱ぎ、白い小袖一枚になった苡子は、一段と小さく、か細く見えた。
しとやかな肌は透き通るように白く、それは上等な絹の生衣にも負けないように思われた。

「私のようなものが御前に仕る(つかまつる)など、恐れ多うございます」
苡子はそっと目を伏せ、袖を口元にかき寄せる。
「主上には、中宮さまがいらっしゃいますのに……」
帝はそれにこう返す。
「女御、二人の時は中宮の名を出すのはやめよう。互いに辛くなるだけだ」
「申し訳ございません」
「謝ることはないよ」
帝はそう言って苡子に笑いかけた。
苡子はなんて優しいひとなのだろう、このような主君(きみ)に仕えることが出来る自分は、なんて果報者なのだろう、と一人感じ入った。


苡子が後宮に送り込まれた理由は、たった一つだけだった。
皇子を、生み奉ること。

帝にはすでに中宮が他にいた。
一九歳年上の、篤子内親王である。

数年前、上皇は異母弟に譲位することを拒んで実子である帝を位につけた。
異母弟たちの血縁者である上皇の祖母、禎子内親王は、条件付きでこれを認めた。
養女篤子内親王の帝への入内である。
帝は母ほども年上の篤子内親王を慕い、篤子内親王もそれに応えたが、年齢からして子供を望むことは難しかった。
父上皇は摂関家の子女を入内させようとしたが、該当する者はいなかった。
困った上皇は自分の従兄妹にあたる苡子を入内させた。
苡子の父実季はすでに亡くなっていたため、入内の世話は専ら上皇が自ら執り行った。
摂関家の子女の入内にも劣らぬ、立派な儀礼であった。


「愛が敬慕に変わることは容易いことだと思われるのに、敬慕を愛へと昇華させることが難しいのは、なぜなんだろう……」
帝が一人呟くのを、苡子は不思議そうに聞いていた。
「何のことでしょうか……?」
「いや、なんでもないんだよ。おいで、僕の愛しい人」
そう言って帝は苡子をかき寄せる。
その日も帝は苡子を召していた。

やがて苡子は、身ごもった。
宮中は歓喜に包まれた。
なかでも上皇の喜びようはすさまじかった。

だが、苡子は流産した。
「申し訳、ございません」
顔を真っ青にし、小刻みに震える苡子を、帝はそっと腕に包む。
「あなたのせいじゃない」
誰よりも気落ちしていたのは、帝だったというのに。
「今は体を養生して」
腕を解き、そっと苡子から離れる。
ーーまた、子供を産めるようにーー
内心ではそう思いながら。

上皇や、苡子の兄公実らの祈祷が実ったのか、苡子はまた身ごもった。
苡子は、皇子を生んだ。
輝くばかりの、男御子だった。

上皇らは狂喜乱舞した。
これで、自分の血が残せる。
自分の血を、子孫に伝えられる、と。

だが十日してのち、苡子は亡くなった。
産後の肥立ちが悪かったのだ。
帝は悲嘆にくれた。

篤子内親王の局を訪い、こう漏らす。
「あれは平凡な女でした。だがその平凡さに、私は心を慰められていたのです」
篤子内親王は、黙って聞いている。
「幼き日、私はあなたさえいれば他の女はいらないと思っていました。だが、それは違った。私はあなたを慕いこそすれ……」
「愛しんでは、いなかった。こう、おっしゃりたいの?」
帝は驚いた様子で篤子内親王の顔を見る。
「あなたが生まれたときから、ずっとあなたを見てきた私ですもの。あなたの気持ちはわかるつもりですよ。手に取るようにね」
篤子内親王の表情は、慈愛に満ちている。
「あなたは思いやりの心が深すぎるのですわ。女御と逢っているときは私に義理立て、女御を愛さないよう努めていた。だけど失って自分が本当は女御を愛しんでいたことに気づいた。罪の意識をどうすることも出来なくて、それをよりにもよって当の私にぶつけている。そうではなくて?」
「そう、です……」
途切れそうな声で、帝が呟く。
「私はあなたのもとに入内した時から、ずっと覚悟していましたわ。きっとこの方の子を産むのは、私ではないと。正直に言えば、それを悲しく思った日もありました。でも、今は違います」
篤子内親王は微笑する。
「あなたの子供がこの世に生まれてきてくれて、本当に嬉しいと、心の底から思えるのです」
「あなたは、強い人ですね」
「好きで強くなったんじゃありませんわ」
篤子内親王は少し拗ねたような言い方をする。
「あなたが気まぐれに手を付ける女房や女官たちと違って、正式な女御の入内にはいくらか心を揺り動かされましたけれどね。でも、私はこれでよかったと思っていますよ」
帝は不思議そうな顔をしている。
「もちろん女御が亡くなったことをよかった、だなんて思いません。女御の入内、それと皇子誕生を喜ばしいこと、と言っているのです」
「それは、わかっていますが……」
「今日だけは、女御のことを話すことを許して差し上げます。でも、明日からはおよしになってくださいね。私はあなたの母ではなく、后なのですから」
「……はい」
篤子内親王は帝の肩を抱いた。
子供をあやすように。

帝の女御語りは朝まで続いた。
だが次の日から、帝は「帝」の顔をしていたという。
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ゆきめ

Author:ゆきめ
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2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

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