FC2ブログ
2016-05-25

在りし日の空5

広元が案内されたのは、古い御堂だった。御堂の中で頼朝と対面した広元は、息を整えたあと、一気にこう述べた。
「私の先祖はあなた様の先祖、八幡太郎義家殿に兵法を教えた。私も先祖に倣い、あなたに策を献じたいと思う」
 頼朝は虚を突かれたような表情をしていた。
「八幡太郎義家、だと? なぜその名を口にした」
「こんな話を伝え聞いているからです」
 広元は頼業から聞いた頼通の邸での義家と匡房の一件をかいつまんで話した。
「そなた、その話が真実(まこと)だと、信じているのか?」
「いかにも」
 広元は頼朝の目を見据えて言う。内心でははらはらしながら。
「馬鹿馬鹿しい。証拠がない」
「証拠なら、あります」
 広元は懐から例の文書を取り出した。
「ここにはこう書いてあります」
 広元は文書に書かれている文句を読み上げた。
――我が子孫、八幡太郎義家の子孫に会いまみえしとき、これを助けよ。さすれば両家は大いに繁栄するであろう――
 と。
「その書、本当に本物なのか? 見せてみよ」
頼朝は訝しげな視線を送りながら、広元のそばにより、文書を取り上げようとした。
「なっ」
 広元が慌てて文書を仕舞い込もうとする。すると、頼朝と広元の指が、ちょうど血の捺印のところに重なった。
 そのとき、文書が光ったかと思うと、見たこともない光景が辺りに広がった。


 見渡す限りの青い空の下に、だだっ広い高原が広がっている。そこに鎧姿の武者が一人と、烏帽子をかぶった官人らしき者が一人、佇んでいた。
「馬には乗れるようになったか」
 武者が朗らかにいう。
「当たり前だ」
 生意気な口調の官人。
「ならば乗ってみよ」
「お、おう」
 官人は馬に乗ろうとして足掛かりに足を乗せるが上手くいかず、馬にふり払われてしまった。
「下手くそじゃのう」
 武者がからからと笑う。
「うるせえ。この馬は気が強いんだ」
「この馬はおとなしいことで有名な馬じゃよ。人は選ぶがのう」
 そこで少し離れて二人を取り巻いていた従者たちがどっと笑った。官人は一人むくれていた。

 その光景を見ながら、頼朝が呟く。
「あの武者の身に付けている鎧には見覚えがある。源氏累代の鎧『九曜』だ」

「それで、陸奥での戦はどうだったんだ?」
 官人は話題を振った。武者は真顔になり、
こう言った。
「なかなか苦戦を強いられた。平定するのに三年もかかってしまったよ。だがお主から教
えられた兵法は役に立ったな」
「ほう」
 官人はしたり顔をした。
「進軍中に、一行の雁がにわかに列を乱して飛び散ったことがあった。私はそれを見て伏
兵がいるに違いないと思った。付近を探索したところ、まさしく伏兵がいた。私はこれ
を殲滅し、敵を破った」
「孫子の兵法、じゃな」
「うむ」
武者が頷く。
「『兵野に伏す時は雁列を破る』を実践したわけだな。さすがだな、お主は」
「なに、それほどのことではないよ」
 そう言いつつも武者はまんざらでもなさそうだった。
「ところで匡房殿。私から一つお願いがあるのじゃが」
「お願い? それはなんだ」
「私には子供が何人もいる。もしも私の子孫が窮地に立ったそのときは、今回の時のように私の子孫を助けてやってほしい」
 武者の目は真剣だった。
「その頃まで私は生きてはおらんよ」
 官人は笑った。
「そうではなくて、お主の子孫に、じゃ」
「私の後裔に? どうやってそれをさせるのだ?」
「二人で一筆書こう。それを子孫に伝えさせるのじゃ」
「面白そうだな。よしやってみよう」
「文面は、そうだな。二人仲良く手を組むがよい、などはどうじゃ」
「手を組む、という表現はなあ。それに二人とは限らんだろう」
「それもそうか。ならばこういうのはどうだ。『我が子孫、八幡太郎義家の子孫に会いまみえしとき、これを助けよ。さすれば両家は大いに繁栄するであろう 大江匡房』。これをそれぞれで作るのだ。名前を変えて、な」
「なるほど。それはいい。さっそく文書の作成に取り掛かろう」
「紙と筆なら、私はいつも持ち歩いている。今ここで書いてしまうか」
 そう言って官人は紙と筆を懐から取り出した。
「私の方の文書はこう書けばいいわけだな『我が子孫、大江匡房の子孫に会いまみえしとき、これを助けよ。さすれば両家は大いに繁栄するであろう 源義家』、と」
「そうだな。文末には血で捺印をしよう。その方が真実味がある」
 そう言って二人は文書をしたため、血の捺印を押した。
「しかし、お主がそんな将来のことまで考えていたとはな、正直意外だったよ」
「今回の戦では死ぬかと思うこともあってな。そうなると、私の血を後世に残したい、子
孫たちにも出来るだけ長生きしてほしい、という気持ちが強まるものだよ」
「そういうものか」
 官人は目をそらした。死線をくぐり抜けた武者の言葉の重みに、思いが及んだのであろ
う。
「よし、これで出来た、と」
 武者は官人に文書を見せた。
「下手くそな字だな」
 官人はそう言って笑った。
「うるさいな。読めればいいのじゃ」
 武者が笑う。官人の方は、空を見上げていた。
「しかし、今日はよく晴れたな。俺たちの後裔が見る空も、やはり今日と同じ空なのだろ
うか」
「そうだな。時を経ても変わらないもの。それは空だけかもしれない」
「珍しく、詩人のようなことを言うんだな」
「そりゃあ私はお主に学問を叩きこまれたからな。詩の一つや二つ、漢文の一つや二つ、
作れないことはないさ」
「そうか? ならば作ってみろ」
 官人はからかうように言う。
「ならばお主は馬に乗ってみよ」
「それとこれとは話が別だ」
「何が別なものか! 相変わらず、理屈っぽい奴じゃのう」
 そこで二人はどっと笑った。
「だが、本当に我らの後裔が出会えるといいな」
「そうじゃな」
 しみじみとした雰囲気になったところで青空は消え、元のお堂の光景に変わった。初め
に口を開いたのは、頼朝の方だった。
「どうやら同じ夢を見ていたようだな」
少しの沈黙の後、頼朝は
「私は我が先祖の言ったことを信じよう」
 と言った。
「私もです」
「おや、さっきまでは信じていなかったというような口ぶりだな」
すべてを見透かすような頼朝の目。広元はたじろぎながらも頷く。
「そなたは私に策を献じたい、と言ったな?」
「はい」
「具体的にはどういうことを指す?」
「私には戦のことはわかりません。ですが、あなた様が本気で平家打倒を考えているのなら、その後の国作りにも目を向けた方がよろしいかと」
「ほう」
 頼朝は黙って何かを考えているようだった。
「中原広元、といったな」
「はい」
「よし、平家打倒後の、新しい国作りの構想はそちに任せる。異存はないな?」
「はい、勿論でございます」
 広元は大きく頷いた。
 
 後に姓を大江に改姓した中原広元は、頼朝の右腕として、辣腕をふるう。守護・地頭の設置を考案したのはこの広元である。
頼朝と、広元。この二人は反目することもあったが、その関係はおおむね良好であった。関係が悪化しそうになるとき、広元がいつもこの日のことを持ち出したからである。
広元は、「私は私の先祖の名にかけて、あなたへの忠誠を誓います」とそう説いた。
頼朝と広元が作り上げた鎌倉幕府はやがて平家を倒し、時代をも動かしていった。
 源義家と、大江匡房。この二人の願いは百年の時を超え、ここに結実したのである。


追記:このときは締切もあって短編にしましたが、最後の部分を除いたこの小説を第一章として、第二章、第三章と続けて書くかもしれません。

広元の血のつながらない兄(創作上の設定です)中原親能と頼朝の娘三幡のお話なども書いてみたいです。

頼家、実朝の時代を広元目線で書くのもいいですね。

このシリーズ、「ー文官たちの鎌倉幕府ー」と題してまた書きたいなあ。需要はほとんどないと思うけど(^-^;
スポンサーサイト



2016-05-25

在りし日の空4

広元はまず行ったのは、資忠の言っていた比企の尼の元を訪れることだった。その日のうちに、広元は比企の尼を訪ねた。
「して、私に何用か」
 比企の尼は、快活な感じのする老女であった。仏道修行の合間に面会に応じてくれたらしく、手には馨を叩く撥を持っていた。
「頼朝のところに行きたいのです」
 広元は短刀直入にそう言った。すると比企の尼は持っていた撥で広元をぶった。
「な、何をする」
「源氏の御曹司を呼び捨てにするとは。頼朝殿は、いずれ武士たちの棟梁となる御方じゃ。その御方に敬称もつけず……。文字通りばちが当たるわい」
 物騒な婆だな、と広元は内心思ったが、顔には出さなかった。
「お義母さん、いくらなんでも初対面の相手に対してそのような振る舞いは……。それに近頃は平氏の目も厳しくなっていることですし……」
 比企の尼の嫁と思しき女性がとりなすように言う。女性は広元に対し、目で謝った。
「平氏がなんじゃ。あのような成り上がり者たち、直に頼朝殿が蹴散らしてくれるわ」
 そう言って比企の尼は笑った。
「お義母さんったら……」
 女性は諦めたようにその場を後にした。
「それで広元とやら」
「はい、なんでしょうか」
「頼朝殿と私のことを、どこで知った」
「右大臣殿(兼実)の邸で源資忠という者から聞きました」
「資忠? 聞かぬ名じゃな」
「ただの下人です。落ちぶれた武者の末裔、ということでした」
「まあいい。それで、お主は何をしに頼朝殿のところに行くのじゃ」
「私に何かできることはないか、と思いまして」
「ほう。見たところ下級役人のようだが、お主に一体何が出来る?」
「私は右大臣殿に長年仕えてきました。事務官としてそれなりのことは出来ると思います」
「右大臣殿に仕える者であったか。そのような男が仕えたいとは、さすがは頼朝殿。私が見込んだ男じゃ」
「はあ」
 思わず気のない声が出る。広元はこの上っ調子の比企の尼の相手をすることに疲れてきていた。急いできたから、食事もとっていない。空腹は苛立ちを呼ぶ。
「それで、頼朝、いえ失敬、頼朝殿のところには案内して下さるのでしょうか」
 少し怒った調子で広元が聞く。
「ああ、案内させるよ。私に任せておけ」
 比企の尼は胸を張った。本当に大丈夫なのか、呆けているわけではなかろうな、と内心では思いながら。
 何はともあれ、広元は頼朝への足掛かりを得た。これで出立できる。広元一家はしばらくの間、比企の尼の家の世話になった。元の主兼実には丁寧に手紙を書いて送った。出立の日、比企の尼からはこう言われた。
「頼朝殿は都育ちで気位の高い御方じゃから、いくら敬っても敬い過ぎるということはないよ。言葉遣いには、気を付けるんじゃな」
「はい」
 広元は静かに頷く。
「私は元気じゃとも伝えておくれ!」
「はい」
「それから……」
「お義母さん、もうその辺で……」
 比企の尼の嫁が間に入る。
「では、いってまいります」
 広元一家は京を後にした。

 何日にも及ぶ行程を経て、広元一家は鎌倉へと辿り着いた。比企の尼の縁者のもとに身を寄せ、一通りの歓待を受けた。次の日になったら頼朝殿の元へと案内しよう、そう言われて広元は眠りについた。
 翌朝、早くに目覚めた広元は、窓から美しい朝日を見た。なるほど、ここは景勝地というわけだな。山の階に太陽が身を寄せ、ゆっくりと、じわりじわりと天へ昇っていく。なんて幸先のいい。広元は一人悦に入った。
2016-05-25

在りし日の空3

治承三年(一一七九年)のことである。清盛は関白藤原基房らを配流し、上皇(死後の諡を後白河)を幽閉した。平氏打倒を企てたとされる鹿ケ谷の謀議と、清盛の子女の遺領の没収に、堪忍袋の緒が切れたらしい。そして清盛は氏長者兼内大臣に基房・兼実の甥の藤原基通をあてた。
 藤原基通は摂関家の子息でありながら、平氏を後ろ盾としていた。いや、平氏が基通を担いでいるといった方がいいかもしれない。基通は幼いころに父を無くしており、清盛の娘平盛子が養母となっていた。盛子は数年前に亡くなったが、基通は清盛の娘完子をすでに正室に迎えており、基通と平氏との協調関係はほとんど変わらなかったらしい。
 基通は有職故実に詳しいわけでも、政務執行力に長けているわけでもない、凡庸な人物だった。女と見紛うような美形で、男色好きの上皇に、食いものにされていた。平氏と上皇それぞれに近い存在でありながら、その緩衝材となることも出来ない。平氏に媚び、上皇に媚び、その二重の鬱憤を下々の者に当たり散らす、器量の小さい男でもあった。
 広元は兼実に仕えていたから、基通に対する評価にはなおのこと厳しいものがあった。広元の主藤原兼実は、右大臣でありながら、朝政からは遠いところにいた。広元はそんな兼実の苦悩を見知っていた。齢下の甥に見下され、氏族としては格下の平氏にはいいように使われる。なまじ有職故実に詳しいだけに、都合のいい時だけ「その知恵を貸せ」と引っ張り出されるのだ。お礼や感謝の言葉もないそれは、「知識の搾取」といってもよかった。
広元は僭越だ、と感じながらも兼実の思いに心を重ねる。広元は兼実がこう考えているような気がしていた。
自分も基通のように平氏と婚姻関係を結べば、廟堂の一の人となれるのではないか。基通に成り代わって。いや、そんなことを考えてはいけない。平氏は武力を盾に朝廷をのっ取っているようなものだ。私は往時の摂関家の威光を取り戻さなければならない。それこそが、亡き父の願いだったはずだ。今は、辛抱のときだ。
 だが広元はこうも考える。いつまで辛抱すればよいのか。もしかしたら、このままずっと平氏の時代が続くのではないか。清盛の娘徳子が生んだ皇子は、あと数か月もすれば即位して天皇となる。天皇の外戚となった清盛の地位は、盤石になることだろう。このままで、よいのか。
 そんな矢先、広元は妙な噂を聞いた。なんでも平家打倒を企てている者がいるという。首謀者まではわからなかったが、確かにそうした動きがある、と。広元はまさか、と思った。清盛は上皇を幽閉するとともに多くの公達を下官し、空いた官位を自分に近い者たちで埋めていた。知行国の半数は平家のもの、という有り様だった。そんな状態で、平家の打倒を企てる者などいるものか。人より冷めたところのある広元は、その噂を一笑にふした。
 だがその噂は真実のものであったらしい。翌治承四年四月に清盛の孫皇子(死後の諡を安徳)が即位すると、五月に上皇の皇子以仁王と源氏の武将源頼政が挙兵した。寺社勢力をも巻き込んだその挙兵はあっけなくも鎮圧されてしまったが、火種を生んだ。火種、と形容するのは間違っているかもしれない。その種は、新時代の幕開けに相応しい、生命力に富んだ瑞々しい種だったから。このとき蒔かれた種に、自らが肥料を与えることになろうとは。当時の広元は当然知る由もなかった。
 その年は各地で挙兵が相次いだ。源頼朝が八月に伊豆で挙兵、源義仲が九月に木曽で挙兵、といった具合である。平家に反発する者が後を絶たなかったわけだが、それはあくまでも地方の反乱であった。京にいる貴族たちは相変わらず平家の顔色を窺っていた。歯向かったらたちまち自分たちの生活が脅かされるのだから、当たり前といえば当たり前である。だがそんな生活に倦みはじめた人間がいるのも事実だった。
 広元とて例外ではなかった。表面上は平家の人々を立てながらも、裏ではひそひそと悪口を言う人たち。そんな人たちに嫌気がさしながらも、他に行くところの当てもない自分。広元は子供の頃に納屋で見つけた文書を眺めることが多くなっていた。源、義家。蜂起した者たちの大半は源氏の武者であるという。その中には義家の子孫も含まれているのかもしれないな。確かめる術はないが。広元はそんな風に考えもした。
 いや、待てよ。確かめることは可能なのではないか。殿の邸に、そういうことに詳しい下人がいたはずだ。広元は突然思い立って主の兼実の邸を訪れ、その下人がいないか尋ねた。
下人の名は、源資忠といった。落ちぶれた武者の子孫であるらしい。
「それで、聞きたいことというのは」
 下人のくせにふてぶてしい態度だと広元は思った。
「そこは『なんでございますか』、と続けて言うべきだろう」
 広元は注意する。
「はあ。すみません。ちょっと忙しくて」
「言い訳するな」
「はい、申し訳ありません」
 そこでようやく資忠は頭を下げた。
「それでよい」
 広元は満足げに頷く。
「実は各地で蜂起している源氏について聞きたいのだ」
「源氏の、何を聞きたいのですか」
「蜂起した者の中に、源義家の子孫はいないか、と思ってな」
「源義家……。ああ、あの八幡太郎義家のことですか。それをなんでまた?」
 資忠は首を傾げる。
「お前は聞かれたことだけ答えればよい」
 広元は叱咤する。
「いますよ。木曽で蜂起した源義仲は義家の子孫です。義家から数えて四代目ですね」
「ほう」 
「まあ、そうはいっても嫡流の子孫は伊豆で蜂起した頼朝でしょうね。これも義家から数えて四代目です。平治の乱のときに伊豆に配流されたという話でしたが、流人の身で蜂起するとは、なかなか見上げた器量です」
「流人の身で……」
「はい。平治の乱というのは今の上皇が位を退いた直後に起こった乱ですから、二十年以上前のことになりますね。流人生活を二十数年も送っていたら、普通はそのまま出家して法師にでもなってしまいますよ。その方が断然楽ですから。頼朝という人物はよほど執念深いのでしょうなあ」
「頼朝……。そうか。そのような人物がいるのか」
 資忠の語りに、広元は興味を惹かれた。そしてこれ以後、資忠をちょくちょく呼びつけては頼朝についての話を聞きだした。
 資忠によれば、頼朝には比企の尼という乳母がいるらしい。比企の尼が衣装や食べものを定期的に運んでいるので、頼朝は今まで食いっぱぐれることがなかったというのだ。なんという主思いの乳母か、と広元は感動した。
 また、こうも聞いた。頼朝の伊豆での流人暮らしは初めの方こそ厳しく監視されていたが、だんだんと役人も弛緩してきていた。頼朝は恋人を作るほどだったというから、相当緩い監視下に置かれていたのだろう。初めの流人の身で蜂起した胆の座った男、という印象は大分変ってしまったが、広元はそのふてぶてしさにある意味感心してしまった。
 広元は、自分が義家の子孫である源頼朝という男に惹かれつつあることに、このときはまだ気づいていなかった。遠い異国のことのように、他人事のように、ただ資忠の話を面白がって聞いていたのである。
 転機が訪れたのは、頼朝が先祖ゆかりの土地である鎌倉に御所を築き、本拠とすることにしたと聞いた時だ。広元は、心が躍動するのを感じた。ちょうど応援していた駒が勝つような、童心にかえらされるような、そんな感覚だった。頼朝は、本気なのだ。本気で平家の世をひっくり返そうとしているのだ。広元は影ながら応援したい気持ちになった。
 その頃、兼実の邸を検非違使が訪れていた。平家に反するものを捕えよ、という話であった。邸中のものが取り調べを受けた。そこで資忠がうっかりしゃべってしまったらしい。平氏に反する意思があるかはわからないが、頼朝に興味を持っている人間なら知っている、と。使いの者からそれを聞かされた広元は、ひとまず自宅に帰った。そして妻子を説き伏せ、鎌倉へ行くことを決めた。
2016-05-25

在りし日の空2

文書に綴られた言葉は、いったい何を意味するのか。曽祖父と八幡太郎義家という人物の間に、何が存在するのか。考えあぐねた広元は官吏としての業務の傍ら、八幡太郎義家なる人物について調べることにした。
 まず始めにあたったのは、妻の父、多田仁綱だった。広元は仁綱の邸に出向き、
「八幡太郎義家殿について教えてほしいのです」
 と乞うた。すると仁綱はあからさまに不機嫌になった。
「突然やってきて何かと思えば。八幡太郎義家? それがあなたと何の関係があるのです?」
「それは、その……」
 岳父の剣幕に、広元は気圧されてしまった。それでも気を取り直して広元は聞く。
「義父上と八幡太郎義家との間には何かあるのですか」
「何か、と言われればそうですね、義家殿も私も、満仲を先祖にもつ、同じ源氏の出。そうはいっても、義家殿と我々多田源氏とでは、その武功という点において、天と地ほどの差がありますけれどね」
 八幡太郎義家を敵視しているような岳父の口ぶりに、広元は聞く相手を間違えたと後悔したが、後の祭りだった。広元は結局、逃げるようにして岳父の邸を後にした。
 広元が次に頼ったのが、清原頼業だった。頼業は右大臣藤原兼実の側近で、広元の直接の上司であった。仕事の合間に、広元は頼業に対し、八幡太郎義家について調べていると伝えた。すると頼業はこう答えた。
「八幡太郎義家? 何故そのような人物について調べているのです?」
「それは……」
 不思議そうな頼業の顔。岳父のときのようになることを避けたいと思った広元は、正直に仔細を話した。邸の納屋で曽祖父の文書を見つけたこと。そこに曽祖父と八幡太郎義家の名前があったこと。二人の関係性について知りたいと思っていること。頼業は穏やかに、時折相づちを交えながら黙って聞いていた。
 広元の話が一段落した後、頼業は優しげな表情を浮かべながら、こう切り出した。
「そういえば、こんなことを聞いたことがあります」
 頼業は少し視線を上げ、遠い目をした。
「私の家は代々摂関家に仕えてきました。私の祖父の主人は藤原頼通殿でした。祖父は、ある日こんな場面に出くわしました」
 頼業はそこで一呼吸置いた。
「八幡太郎義家殿が、京の頼通殿の邸を訪れたのです。義家殿は九年にわたる陸奥での兵乱を治めていました。頼通殿を訪れたのは、その戦についての仔細を報告するため、と思われました。そしてそこには、ちょうどあなたの曽祖父、大江匡房殿も居合わせていたのです」
「私の曽祖父が。後三条天皇に仕えていたために、頼通殿とは疎遠だとばかり思っていました」
「匡房殿とて一官人です。乞われれば、誰にだって使えます。それに、その頃には匡房殿は東宮学士の任を降りていた。話が逸れましたね」
 広元はすみません、と軽く頭を下げた。頼業は手を振ってそれを制止する。
「好奇心旺盛なところのある匡房殿は、几帳越しに頼通殿と義家殿との会話を聞いていたそうですよ」
 頼業がくすりと笑った。広元は曽祖父の意外な一面を知り、興味深く思った。一族の誉れとしている人は、そんな人物であったのか、と。
「義家殿は天真爛漫な方で、子供が親に自分の出来たことを自慢するように、頼通殿にいろいろと語ったそうですよ。人の少ない陸奥という土地のわびしさ。だが自然そのものは素晴らしい。豊かな森。静寂をたたえた湖。そして、清らかな水……。頼通殿は歳をとって気難しくなられていましたが、義家殿の雄弁な語り口にはすっかり魅了されていました。
 頼通殿の顔色が変わったのは、話が戦の様子に変わったときでした。義家殿は、自分がどれだけ多くの人を殺したか、ということを語り始めました。貴族にとって、殺生はご法度です。頼通殿は眉を顰めました。それに気づかずに義家殿はなおも語ります。そしてこう言ったのです。自分には大軍は必要ない。背後を守る剛の者が一人いれば充分だ、と。そこでどこからか、くくっという笑う声がしました」
「笑い声……」
「義家殿の郎党がそれを聞いて、
『何者!』
と騒ぎ立てました。その場が一気に殺気立ちました。ですがその笑い声の主――まあ匡房殿だったのですが――は、続けてこう言ったのです。
『器量は確かに見上げた武将だが、合戦の本筋というものを理解していない。惜しいことだ』
と。それを聞いた郎党はいよいよ怒り出し、声の主を探し始めました」
 広元は青ざめていた。武士を相手に、なんて命知らずな、と。
「匡房殿はすぐに見つかり、郎党によって義家殿の前に引き渡されました。すると義家殿は頼通殿の前から退き、大きく一礼してその場を後にしました。局を去り、廊下に出ると、義家殿が匡房殿に対して声を掛けます。
『さっきの声はそなたか』
『いかにも』
 匡房殿は冷静に答えます。――実は手は震えていたという話ですが――。
『兵法を知らぬ、か。なるほど、一理あるのかもしれぬ』
『お頭!』
『お前たちは黙っておれ』
 義家殿は郎党たちを一喝します。
『そなた、兵法に詳しいのか』
『ああ』 
 匡房殿の傲岸不遜、ともとれる態度を気にもとめず、義家殿は目を輝かせました。
『ならば、私に教えてくれぬか』
『なっ』
 匡房殿は驚いた様子で義家殿の顔をまじまじと見つめます。そこに他意はなさそうでした。匡房殿はこういいました。
『よかろう。ならば俺の邸に来い。話はそれからだ』
『ああ行くとも』
 義家殿は顔をほころばせました。そしてその日から、義家殿は匡房殿の邸をたびたび訪うようになったそうです」
 話し終えると、頼業はにこやかな表情を浮かべて広元の顔を見た。
「以上が私の聞いた話です」
「とても信じられません。武家の棟梁が一介の学者に教えを乞うなど」
「私もです。まあその頃は義家殿の父は存命でしたから、正確には義家殿は棟梁息子、でしたが」
 頼業は言う。
「祖父は話好きな人でしたから、誇張している部分はあるでしょう。私も記憶違いをしているかもしれませんし。ですが、大筋は実際にあったことだと思われますよ。まあ信じるか信じないかはあなた次第ですが」
 広元は思案した。とても信じられる話ではない。だが頼業殿の祖父が嘘をつくとは思えないし、それに自分の手元には例の文書もある。そんな広元をよそに、話をしたことで満足したのか、頼業は
「仕事に戻りましょう」
 と言って筆をとった。広元もそれに倣ったが、心は晴れなかった。
 
 とはいえ、八幡太郎義家なる人物のことはわかった。曽祖父と何があったのかも、いつかわかる日が来るだろう。広元は文書のことはひとたび忘れ、仕事に没頭することにした。

 広元は、このことを二十年近く胸にしまい込んでいた。その二十年間は、平氏の世だった。保元・平治の乱の最終的な勝者となった清盛は、武力と財力、そして巧みな政治手腕で、朝廷に重きをなしていた。また正妻腹の娘徳子を帝(死後の諡を高倉)に入内させ、皇子の誕生を見てもいた。
2016-05-25

在りし日の空1

以前公募に送った作品をブログで公開します。
コピーしただけで改行などしていないので、読みにくいかもしれませんが、ご勘弁を。
「新潮新人賞審査結果」
http://shionnoidashiginu.blog.fc2.com/blog-entry-402.html

 世の中には、めぐりあわせ、というものが存在する。奇縁ともいうべき不思議な縁で、人と人とがつながるのだ。このお話は、そんな奇妙なめぐりあわせに遭遇した者たちの物語である。

 広元は、夕暮れ時が嫌いだった。
「広元、酒買ってこい」
 養父中原広季が、晩酌を始める時間帯なのである。
「養父上、もうその辺にしておきませんと、明日の公務に差支えが……」
「うるさい! お前は黙って言うことを聞いておれ」
「はい……」
 広元の母親も、邸の使用人も、黙って見て見ぬふり。広元は恥辱に耐えるしかなかった。
 中原広季は、広元の母の再婚相手である。学問に優れ、明経博士をも務めた人物ではあるが、酒癖が悪いという欠点があった。酒の入っていないときは広元のことを実子も同然に可愛がるのだが、ひとたび酒が入ると、広元に日頃の鬱憤を当たり散らすのであった。先妻との間に出来た実子よりも、継子の広元の方が出来がいいことも、広季にとって面白くないことの一つなのかもしれない。それでも広季は、なさぬ仲の広元に学問を叩きこみ、自身の後継者にしようとしていた。
 
 元服を迎えたばかりの少年広元にとっての唯一の楽しみは、納屋に収められている書物を読むことであった。広季は大変な本の収集家で、納屋の大部分を書庫にしてしまうほどであった。
 広元は整然と並べられた本を、左から右にかけて、順々に読むのが好きだった。読破した本の面積が増えるのを見て、ひとり達成感に浸るのだ。
 その日、広元はいつものように棚に挟まっている書物を手に取ろうとした。すると、中から紙が一枚出てきた。随分と古そうな紙だ。
そこに書かれていた文面は、こういうものだった。
「我が子孫、八幡太郎義家の子孫に会いまみえしとき、これを助けよ。さすれば両家は大いに繁栄するであろう。 大江匡房」
 そして文末にはどす黒くなった血の捺印が二つ、押してあった。
大江匡房、というのは広元の実の曽祖父の名である。後三条天皇に仕えた名士で、一族の誉れだ。だが、八幡太郎義家の名は初めて見る。曽祖父の縁戚か何かなのだろうか。広元はその場で首を傾げた。そして少し迷った後、広元はその紙を自室に持ち帰った。紙に書かれている、
「大いに繁栄するであろう」
という一文が、広元のすさみがちな心を束の間癒してくれる気がしたのだ。広元は、二面性のある養父への対応に疲れ切っていた。
広元は、その紙を大事にとっておき、辛いことがあるときは、それを眺めて自身を励ました。


八幡太郎義家の名を広元が知ったのは、二十歳ごろ、妻に子供が生まれた時のことだった。妻朋子が、子供をあやすときに、こう口ずさんだのだ。
「鷲の住む深山には概ての鳥は住むものか 
同じき源氏と申せども八幡太郎は恐ろしや」
「上、その唄は何だね?」
「都ではやっている今様ですわ」
「今様。そんな唄にとられるほど有名なのかい? その八幡太郎という人物は」
 すると朋子はくすくすと笑って、
「おかしな殿。この都で、八幡太郎義家殿を知らぬ者はおりませんよ」
 と言った。
「八幡太郎義家というのは、何者なのだ。八幡神社に縁のある者のようだが」
「八幡太郎義家殿というのは、天下第一と称えられた武勇の士です。なんでも百年ほど前に、陸奥の兵乱を平定したんだとか」
「陸奥の兵乱? お前がなぜそんなことを知っているんだ」
「私は父からそうした戦があったことを教わっただけです。私の父は源満仲の後裔を自称していますから」
「それは知っているが……。しかし、なぜその唄を今歌った」
 気色ばむ広元を訝りつつも、朋子はなおも笑って
「この唄は、鶴松に勇ましい子供に育ってほしいと思って歌っていただけですわ」
 と返した。
「うむ、そうか……」
 広元は一人唸った。そしてこんな身内の口から八幡太郎義家の名を聞くとは、と驚愕していた。と同時に、なぜ自分は今まで知らなかったのだろう、と不思議がった。今様を所詮は俗謡、と蔑んでいたことを残念にも感じた。漢詩や和歌に出典があったなら、自分も知る機会があっただろうに。広元は知識人ではあったが、都の流行などには疎い人間であったのだ。
2016-05-13

梔子の思い出4-頼経と竹御所ー

遺品を整理するために、御台所の局に入ったときのことだった。
鞠子に近しく仕えていた、小萩という女房が
「あっ」
と声を出した。
「なんだ? なにかあるのか」
頼経は詰問するような口調で言う。
「その、その絵は御台所様の宝物で……」
「絵?」
視線の先には、布をかけられた絵があった。
布をめくると、竹林に佇む虎の絵があった。
「宝物がこんな勇ましい絵だとは、さすがは将軍の娘、というところか」
と頼経は嗤う。
「いえ、そうではありません。御台さまは、常々こう洩らしておいででした。これは私と三寅の絵だ」
と。
「私と御台の絵?」
頼経が訝し気に小萩を見る。
小萩は視線を落として言う。
「御台さまは、この絵を眺めながら『私は竹御所。御所さまの幼名は三寅だったわ。だから、これは私と三寅の絵なの』そう言って微笑しておいででした。時には、寂しげに」
「御台が、そんなことを。あの鬼のような女だった御台が……」
「御台所様は心根のお優しい御方でした。ただ、自分の責務を誰よりも理解しておいでだっただけです」
「御台の、責務?」
「将軍家を盛り立て、鎌倉幕府を守る、という責務です」
「ああ、尼将軍になりたいという、例の夢か」
「いえ、それよりももっと大事なことです。御台さまは、御所さまをお守りしたい、と考えておいででした」
「私を守る、だと?」
頼経は小萩をじろり、とみる。
小萩はそれにひるまない。
「そうです。御台さまは、御所さまの立場の危うさを理解しておいででした」
「危うさ、とな」
「将軍の地位にあるとはいえ、御所さまは頼朝公の血を引いてはおられません。いつ首を挿げ替えられてもおかしくはないのです」
小萩の言にはよどみがない。
「だから、御所さまが失敗しないように、御家人たちから反感を持たれないように、御台さまは細心の注意を払っておいででした」
頼経は、足元がぐらつくような感覚に陥った。
「まさか……。すべては、私のため、だったのか?」
「そうです」
小萩は静かに言い放つ。
「御台さまは、以前こう仰っていました。『婚礼の日に、少年が嬉しそうに私のことを梔子の君と呼んだとき、私の心は揺らいだの。幕府のために生きるって決めていたのに、一瞬だけ喜んでしまった。私は女であることを忘れていなかったのね』と」
頼経はうなだれていた。
「御所さまは、考えたことがありますか? 御台さまがなぜこうも自分に対して厳しいのか。その言葉の意味を、裏を、想像したことはありますか?御台さまは、いつだって……」
小萩は泣きじゃくっていて、最後の方は何を言っているのかわからなかった。
だが、頼経の胸に響くのには十分だった。

(御台。いや、鞠子……)
頼経は咽び泣いた。
梔子の君は、私の想像していた通りの人だった。
なのに、どうして私は。
思い返すと、確かにその通りだった。
鞠子はいつだって正しかった。
私はずっとあれに甘えていたのだ。
その上そんな自分に気づかず、あまつさえ鞠子に失望さえして。
年を遡れるのなら、もう一度やり直したい。
鞠子を、思いっきり抱きしめてやりたい。
だがそれはもう、叶わないのだ。

頼経は、処罰しようとしていた海暁の行方を探させるのをやめた。
罰を受けるべきは私だ。
あの術者は、私を試したのだ。
あのとき、私はこういうべきだった。
「子供なら今でなくてもいずれは授かる。御台の命を救ってくれ」と。
私はなんて、愚かだったのだろう。


頼経は、竹御所の墓前を梔子の花でいっぱいにした。
そして自分は将軍位にしがみついた。
竹御所を、故・将軍御台所でいさせるために。
竹御所の記憶を、風化させないために。


追記:「続きを読む」をクリックしてね♪書くか書かないか未定の続編というか、裏設定についてだよ

続きを読む

2016-05-13

梔子の思い出3-頼経と竹御所ー

それでも二人は夫婦の「務め」を怠ることはなかった。
天福2年(1134年)になって、鞠子は懐妊した。
将軍家の正当な跡取りを望む御家人たちは歓喜した。

頼経は、どうしても手放しでは喜べなかった。
皆、将軍である私ではなく、鞠子と、鞠子の生む子を尊重している。
私とて頼朝を生んだ河内源氏の血縁者なのに。
頼経は、なんとなく疎外された様な気分であった。

鞠子は子を産むために将軍御所を離れ、家臣の邸に移った。
しばらくして産み月になり、鞠子が難産で苦しんでいるという報が頼経の耳に入った。
薬師や祈祷の者を呼んだが、一向に子供が生まれる気配はないらしい。
頼経は家臣の勧めで、とある術者を呼んだ。
名を海暁といった。
「私にお任せください」
海暁が胸を張って言う。
「して、御所さまに、一つお尋ねしたいことがございます」
「なんだ?」
つっけんどんに頼経が言う。
「御台所さまと生まれてくる男児、どちらか一人しか助けられぬ場合、どちらを選びますかな?」
「何を、無礼な」
そばにいる役人が気色ばむ。
海暁の表情は窺いしれなかった。
「生まれてくるのが男児とは限らぬではないか」
頼経は一笑にふす。
「いいえ、私にはわかります。御台所さまの腹の中にいるのは、男児です」
頼経の表情が変わる。
しばしの沈黙のあと、頼経は口を開いた。
「然らば、赤子の命を助けよ」
「御意」
海暁はうっすらと笑った。

数刻後、頼経のもとに報が入った。
「御台所、難産により死去。赤子は死産」と。
頼経はそれを他人事のように聞いていた。


鎌倉は、悲しみに包まれた。
2016-05-13

梔子の思い出2-頼経と竹御所ー

数年後、三寅は元服し、名を「頼経」と改めた。
嘉禄2年(1226年)、将軍宣下によって将軍となり、同じ年の暮れに御台所を迎えた。

新しく設えられた将軍御所で、頼経は御台所との婚儀を行った。
婚礼の儀式を終え、寝所で御台所と顔を合わせる。
頼経は御台所の顔に、見覚えがあった。
「もしや、梔子の君、か?」
「梔子?」
御台所はきょとんとした顔をしている。
頼経よりも年齢は15歳年上だったが、童顔で、年よりも若く見えた。
「いつか、私の邸の庭で梔子を探しに来たことがあっただろう。そうだ、そのときあなたは『竹御所』と呼ばれていた。今の今まで忘れていた。どうして気づかなかったのだろう」
頼経が早口で言う。
御台所、竹御所は、一瞬だけ嬉しそうな表情を見せたが、その後すぐに顔を曇らせた。
なにか思案しているようであった。
「私はもう竹御所ではありません。あなたの御台所です」
「ああ、悪かった。そうだったな、御台」
そう言って、頼経は御台所の肩に手を掛ける。
「二人の時は、鞠子、と呼んで下さい」
言葉とは裏腹に、鞠子の表情は硬かった。
なんとなく気後れして、頼経は手を引っ込める。
それでも、夫婦の「儀式」をしないわけにはいかない。
頼経と鞠子はぎこちないながらも身体を重ね合わせた。

頼経は、自分の御台所が、あの時の女性だったことがうれしかった。
「梔子の君」。そう名付けてひっそりと心にしまっていた彼女は、頼経の初恋の女性だったのだ。

だが、鞠子の方はそうではなかったらしい。
鞠子は15歳も年下の、公家出身の頼経を、見下しているようなところがあった。

うるさく口出しをし、主導権を握ろうとする。
頼経の可愛がっている家臣が不正をしたときもそうだった。
穏便に事を済ませようとする頼経に対し、鞠子はこう言い放った。
「不正は許せません。家臣の疵(きず)は、あなた様の疵となります。厳しい処罰を」
「そうは言っても……」
「問答無用です」
鞠子はぴしゃりと言い放つ。
頼経は高圧的な態度の鞠子に気圧され、結局その家臣を厳しく罰した。

「御所さまにおかれましては、さっそく御台所さまの尻に敷かれているご様子」
そう笑われているのを耳にもした。

それでも頼経がまだ若い頃は夫婦の仲は悪くはなかった。
頼経が鞠子の顔色を窺い、その意見を尊重することで、夫婦関係は上手くいっていたのである。

だが頼経が成長し、一人前の大人になると、頼経の方でも自我、とでもいうべきものが芽生えてくる。
鞠子に真っ向から対立し、自分の意見を述べるのだ。
口の立つ鞠子にはなかなか敵わなかったが。
二人の仲は、日に日に険悪になっていった。

あるとき、頼経は鞠子に対して、こう尋ねたことがある。
「お前はどうしてそんなに幕府のことに口出しをするんだ? 私が信じられないのかい?」
すると鞠子は少し呆れた顔をしてこう言った。
「だって私は将軍の娘ですもの」
鞠子の父親は、二代将軍頼家。
放蕩もの、と悪しざまにいわれる人物だが、鎌倉幕府の創設者たる頼朝の直系には違いない。
彼女の言い分はもっともだ。
そう思った矢先だった。
鞠子は続けてこういったのだ。
「それに私は、尼御台さまのようになりたいの」
目を輝かせて、鞠子は言う。

尼御台。
頼朝の妻、政子。
承久の乱を幕府方の勝利で終わらせた女傑を、私の妻は目指しているのか。
頼経は、歳月を経て、だんだんと鞠子に対しての自分の思いが冷めていくのを感じていた。
それは妻としての鞠子に対する失望というよりは、自分の思い描いていた「梔子の君」像と、実際の鞠子との剥離だった。
婚礼の儀において鞠子が「梔子の君」だということがわかったときには、たいそう喜んだというのに。
こんなことなら、御台所は別の女がよかった。
それなら、思い出は思い出のままで胸にしまっておけたのに。
頼経は、鞠子にわからぬよう、ひっそりと嘆息した。
2016-05-13

梔子の思い出1-頼経と竹御所ー

鎌倉の地に建つ、立派な邸。
少年三寅は、この邸の小さな主(あるじ)だった。
いずれは将軍になることが決まっているこの少年には、多くの者がかしずいていた。

その日は、朝から日が照って熱気のこもる、真夏日だった。
三寅は窓の内から、邸の庭を見ていた。
するとそこで、腰をかがめてごそごそと何かをしている女がいた。
「なにをしている?」
三寅が庭にやってきて、女に声をかける。
その声の調子には、傲岸な響きがあった。
女は悪びれもせず、
「梔子(くちなし)を探していたのです」
「梔子?」
「ええ、栞にしたくて」
「無礼な下女だな。どこの邸の下仕えの女だ」
詰問するような口調で言う。
「下女……?」
女は目を丸くする。
見た目は二十代中ごろだろうか。
それにしてはどこかあどけない印象がある。
よく見ると、女は上等な袿をまとっていた。
薄青の袿は、女の健康的で、のびやかそうな肌に良く映えている。
おかしいな、そう思っていた矢先のことだった。
役人風の男と、何人かの下仕えの女がやって来た。
「竹御所さま! 供も連れずに一人で外出など! 肝を冷やしましたぞ」
「だって、ここの邸の庭になら生えていると思って」
女はそう言ってふんわりと笑う。
やって来た役人を、三寅は見たことがなかった。
「お前は役人だろう。ならこの無礼な女を即刻追い出せ。ここは私の邸だ」
「何を言うか! 無礼な女だと? この方を誰だと思っている!」
「やめなさい」
女が役人をとりなす。
そこで、三寅に仕える女房が、邸から出てきた。
「三寅さま! 何をなさっておいでですか! その方は、もしや……?」
「先の将軍、源頼家殿が娘、竹御所さまだ」
軽く咳払いをして、役人が言う。
「ああ、なんと!」
出てきた女房はひれ伏さんばかりの勢いで、役人に平謝りをする。
「申し訳ございません。ご無礼を。うちの若さまには、後でよく言って聞かせますから」
「全くだ。しかと教育せよ」
役人は横柄な態度を崩さない。
三寅は、不思議な顔をしている。
「三寅さま、頭を下げてください」
女房が懇願するように言う。
そんなことを言われたことのない三寅は、頑として受け付けなかった。
「い、いやだ」
首を横に振り、そっぽを向く。
「三寅さま……」
女房は困り顔だ。
そこに女が口を挟む。
「まあ、女房どの。勝手に庭に入った私が悪いのですから、ね?」
そう言いながら、視線を三寅に向ける。
「そうだそうだ」
女房の後ろに隠れて、三寅はそう放言する。
「三寅さま……」
「お前たちも、今回は許しておやり。こんな幼子に、だいの大人が詰め寄るものではありませんよ」
女は役人たちに向かって言う。
子供扱いされたことは気に障ったが、自分が助けられたということは幼い三寅にも分かった。

女たちが帰った後で、三寅は庭の梔子をじっと眺めていた。
その後、またあの女がやって来るかもしれない、と考えた三寅は、ときどき梔子に水をやっていた。
だが、女たちがくることは二度となかった。
プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
よろしければおつきあいくださいませ☆

2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
note、「小説家になろう」サイトにも投稿しています。

このブログ内の文章の無断転載等はおやめ下さい。

コメント本文にURLを記載したい場合は、URLかメールアドレスのところにでも張って、その旨をお書きください(スパムコメント防止のため)。
お手数おかけしますm(_ _)m

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター