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2017-01-01

源氏物語深夜の真剣創作60分一本勝負「桜人」

源氏は宴からの帰宅途中、何とも風情のある邸の前を通りかかった。
あふれんばかりの桜の花が、土塀の上からはみ出ている。
その芳香に惹きつけられて、思わず足を止める。
従者である惟光に、
「ここはどなたの邸宅なのだ」
と尋ねる。
惟光は
「私のような下々の者は存じ上げません。屋敷の女童にでも聞いてみましょうか」
「そうしてくれ」

しばらくすると、惟光が邸から出てきた。
女童がいなかったので女房に尋ねたところ、
「我が主は、誰とも知れぬ人間に名をあかすような御方ではありません」
と突っぱねられました。
惟光は肩を落としている。
「何とも気位の高い御方のようだ。みれば庭の様子といい、邸のたたずまいといい、並大抵の人とは思えない。なんとかして、住人の素性を知りたいところだ」
源氏は扇を口元にあて、なにやら思案を始めた。

源氏は庭の入り口にどかっと座り、直衣の首元をゆるませながら、「いやあ、酔ってしまった。ここで少し休ませてもらおう」などと言い出す。
「なんと見事な桜だろう。『*花間一壼酒 獨酌無相親』というではないか。いやあ、ひとりで飲むのはわびしいものだ。誰か、酒に付き合ってくれるものはいないものか」

*読み方は(花間(かかん) 一壷(いっこ)の酒、独り酌(く)んで相(あい)親しむもの無し)
現代語訳は「花の咲き乱れるところに徳利の酒を持ち出したが、相伴してくれる者もいない」というもの


これを聞いて、邸の中の女房たちは困り果てた。
みれば身なりのいい、きちんとした身分の人のようである。
下男に頼んで追い払うのは簡単だが、それをしてあの貴人(あてびと)に恨まれたり、世間から悪評を立てられたりしてはなんともおもしろくないはなしである。
女房たちがいくら知恵を振り絞っても解決策は見つからなかった。
それを見かねた女主人は女房たちの群れにそっとにじり寄り、
「そなたたちは黙って見ていなさい」
と言って庭の方へと向かった。

その姿を認めた源氏が、大仰に声を立てる。
「おやおや、桜の精のお出ましですか」
女主人は庭には出ずに、半蔀を隔てて源氏と会話をした。
「*……舉杯邀明月
對影成三人
月既不解飮
影徒隨我身
暫伴月將影
行樂須及春
我歌月徘徊
我舞影零亂
醒時同交歡
醉後各分散
永結無情遊
相期遥雲漢」
とさっき源氏の口ずさんだ漢詩の続きを詠唱する。

*読み方は、杯(さかずき)を挙げて名月を迎え、影に対して三人と成る。
月既に飲(いん)を解(かい)せず、影徒(いたづらに我が身に随う。
暫(しばら)く月と影とを伴い、行楽(こうらく)須(すべか)らく春に及ぶべし。
我歌えば月徘徊(はいかい)し、我舞えば影零乱(りょうらん)す。
醒(さ)むる時ともに交歓(こうかん)し、酔うて後は各々(おのおの)分散(ぶんさん)す。
永く無情(むじょう)の遊(ゆう)を結び、相期(あいき)す遥かなる雲漢(うんかん)に。


現代語訳は、そこで杯を挙げて名月を酒の相手として招き、月と私と私の影、これで仲間が三人となった。
だが月は何しろ酒を飲むことを理解できないし、影はひたすら私の身に随うばかりだ。まあともかくこの春の間、
しばらく月と影と一緒に楽しもう。
私が歌えば月は歩きまわり、私が舞えば影はゆらめく。
しらふの時は一緒に楽しみ、酔った後はそれぞれ別れていく。
月と影という、この無情の者と永く親しい交わりをして、遥かな天の川で再会しようと約束するのだ。
です


「李白の月下独酌(げっかどくしゃく)をご存知なのですか?」
源氏が驚いた声を出す。
目を爛々と輝かせながら。

源氏の態度をよそに、女主人の態度は冷たい。
「あなたさまも李白のように、月と影とともに酒をあおればよろしいでしょう。この邸は、あなたのような御方が気軽に立ち寄っていい場所ではありませんよ」
「月は天頂にあって酒を飲むことは出来ないし、影は私の真似をするだけ。半蔀を隔ててでも構いませんから、私と一緒に飲んではいただけませんか。桜の精霊さん?」
女主人の高慢な態度に少し腹を立てた源氏は、わざと馴れ馴れしいような言い方をする。
「それに、私は桜の精霊などではありません。ただの桜の守り人です」
「桜の、守り人? あなたは誰からこの桜を守っているのですか」
「あなたさまには関係のないことですわ」
女主人はぴしゃりと言い放つ。
「そうですか。では私はここで一杯、いや一杯と言わず何杯でもやらせていただきますよ。あなたが誰か、教えてくれるまでは、ね」
そう言って源氏は懐の中から徳利(とっくり)とお猪口(おちょこ)を取り出してちびちびと飲み始めた。
女主人は困り果てたが、半刻経ってもそこを動こうとしない源氏に観念し、身の上を語り始めた。
「私は亡き前坊(今でいう東宮)の御息所だった者です」
源氏は内心ひやり、とした。
まさかそれほど身分の高い人だったとは、と。
「それで、あなたさまは?」
女主人が源氏の方を見て言う。
「二十年程前に亡くなった、帝(桐壺帝)の更衣を覚えていますか?」
「ええ、帝から並々ならぬ寵愛を受けたという、あの更衣のことでしょう」
「私はその更衣の息子です」
にっこり笑って源氏が言う。
すると女主人は狼狽して、
「まあ、私ったら、帝の皇子になんて無礼を」
「いえ、無礼なのは私の方です。お許しください。それに私は皇子ではありません。臣籍降下して、今はただの臣下です」
源氏は半蔀越しに女主人をしげしげと見つめた。
教養にあふれ、態度も立派だ。
声音も美しい。
御目もきっと麗しいに違いない。
「近々、また寄らせていただきますよ。今度は詫びを入れに」
「いいえ、そんなこと……」
「でしたらこう言い変えましょう。あなたに会いに、ここ六条まで参ります」
「そんなことをいわれても、困りますわ……」
「男手がないと何かと不便でしょう。前坊の妃と言えど、財産の乗っ取りなど、良からぬことを考える者はおそらくたくさんいる。あなたは大変しっかりした方だとお見受けしましたが」
「いいえ、ご心配には及びません。私は私一人の力で、前坊の残してくれたものを守りますわ」
「そうですか……」
源氏はなにかを考える顔をした。
その横顔を見て、なんと美しい御方だろう、と女主人はほうっとため息をつきたくなった。
「なにかあればなんでもお申し付けください。美しい、桜の守り人」
源氏はそういうと優雅な身のこなしで邸を後にした。


参考サイト
「漢詩の朗読」
http://kanshi.roudokus.com/gekkadokusyaku.html


お題は「フリー」とのことだったので、源氏物語の失われた巻「桜人」をテーマに書いてみました。
源氏物語では、六条御息所との馴れ初めの部分が欠けているらしく、もしかしたらこんな感じかも……、と想像を膨らませて書いてみました。
前坊の御息所ですから、「正体を知らずに逢って」は無理があるかなあとも考えましたが、お題を「桜人」にしたかったので、ない頭を振り絞って考えました。
酔ったふりをして庭先に居座る源氏はわりと気に入ってるんですけれど(笑)。

あと、月下独酌は素敵な漢詩ですね(*^^*)


それでは、新年もよろしくお願いいたします!
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プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
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2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

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