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2017-02-11

今鏡マンスリー「師実」

師実はその日、修理大夫橘俊綱が主催する宴に遅れて参上した。
俊綱はすでに酔っているらしく、鼻のあたりが真っ赤であった。

橘俊綱。
橘姓ではあるが、彼は師実の同母の兄である。
師実・俊綱の母祇子は身分が低かったため、俊綱は他家に養子に出された。
俊綱が生まれたころには隆姫や、他の妾妻から別の男児が生まれる可能性が十分にあったので、卑賎の母を持つ俊綱をあえて引き取る必要はないと頼通は判断したのだ。
だが結局頼通は子供に恵まれなかった。
祇子以外の女性から生まれた子供は皆早世してしまったのだ。
祇子から唯一の実娘寛子を得て、ようやく頼通は祇子腹の子を日の目に出そうという決心にいたる。
寛子の前に祇子は男児を四人産んでいたが、全て寺に入れたり、他家に養子に出したりしていた。
師実は寛子の弟であったために、それらの処遇を受けずに済んだのである。
俊綱と師実には二十六歳の年齢差があった。

生まれた順番が違ったという、それだけのことだ。
もしかしたら、自分はここにいる同母兄の立場だったかもしれないのだ。
師実は、皆の前で嬉々として挨拶をしている俊綱を見た。
裕福ではあるが、所詮は修理大夫だ。
あの同母兄はひねくれているに違いない。
もしかしたら、私のことを憎んでいるのかもしれない。
自分と私の身分上の差を思って。

一刻ほど過ぎたあたりだろうか。
身分の高そうな男が俊綱に向かって、
「そなたの裸踊りが見たいものよのう」
と言い出した。
俊綱は嫌がるふうでもなく、
「良いでしょう、とくとご覧あれ」
などと言って着物を脱ぎ始めた。
師実はそれを見ていて苛立ちを抑えきれなくなり、
「失礼する!」
と言って宴の会場を後にした。
私の同母兄が、あんな考えなしの道化だったとは。
全くもって馬鹿馬鹿しい。

帰り仕度をしていた師実に、下仕えの男がそっと耳打ちする。
「中将さま、主が土産物を渡したいので後で自分の局に来てほしい、とのことでございます」
この期に及んでご機嫌取りか。
私が摂関家の嫡子だからか。
師実は苛立ちを覚えながらも、案内されて俊綱の自室に向かった。

「修理大夫殿、入りますぞ」
師実が局に入ると、俊綱がしゃっくりを上げながら師実を待っていた。
だいぶ酔っているようである。
「中将殿。何か気に障りましたか?」
「いいえ。私は何も」
まだ年若い師実は、仏頂面で応える。
「本当にそうですか?」
師実は黙り込んでいたが、やがて口を開いた。
「今は修理大夫とはいえ、元は私の同母の兄だった者が、人前であんな醜態を見せて。ただ恥ずかしくなっただけですよ」
吐き捨てるように、師実は言う。
「そうですか」
俊綱は気分を害した様子もなく、ひょうきんそうな顔をしてただ聞いていた。
だが、師実の目を覗き込むように見た後、不意に大声を出した。
「いつまでもいじけた顔をしてんじゃねえぞ、小僧」
「なっ……! 誰に向かってそんな口を叩いていると思っているのか。大体、私はいじけてなど……」
「いじけてるじゃねえか。大方拗ねてやがるんだろう。孤独ぶって、自分を憐れんで。全く、摂関家の跡取りになろうって人が、これでは先が思いやられるってもんだ」
「あ、あなたはどうなんですか? 父に捨てられて、自分を憐れんだことがなかったというのですか?」
突然の怒鳴り声にびっくりして、師実は及び腰になる。
「もちろんあったさ。泣いて夜を明かしたことも一度や二度じゃない。明るい場所にいる皇后(寛子)や、お前を羨ましく思ったこともある。だが、私はそこから立ち直った。私には養父(ちち)がいた」
「お養父上が?」
「ああ。養父は宇治殿の息子だというのに私に傅く(かしずく)わけでもなく、私を厳しく育てた。それが養父の愛情だと知ったときに、私はすべてを許すことが出来た」
「そう、ですか。そんなお養父上がいて、私は羨ましい」
「お前にもいるじゃねえか。立派な父親が」
「父など……。自分の保身のために私を引き取っただけの人を、父と思ったことなどありません」
「宇治殿は小狡いところもあるが、別に不誠実なわけじゃない」
「あなたにはわからないでしょうが……」
「わかるとも。あの人は私と対面するとき、優しい言葉をかけたりはしない。ひいきをしたら私のためにならないと、分かっているからだ。だが、その目の奥にはすまなそうなものが浮かんでいる。内心では、悪いことをしたと思っているのだろうよ」
「そう、ですか……。だからといって、私はこれからどうしたら」
「父親のことは許さなくてもいい。ただ、自分を思ってくれている人のことを無碍(むげ)にはするな。自分のことも大切にしろ。自分を大切にできて初めて、周囲を幸せにすることが出来るんだ。わかったか?」
「……はい」
師実は深々と頭を下げて俊綱の居室を後にした。


師実は帰り道で、下仕えの男に向かって呟いた。
「修理大夫殿はいつもああなのですか?」
「ああ、とは?」
「ひどく酔っていらっしゃったではありませんか」
「そんなことはありませんよ。あれしきの酒の量で酔っ払ったりはしません。普段から蟒蛇(うわばみ)のように飲みますよ」
師実は驚いて、
「でもあんなに鼻を赤くしていたではありませんか」
と言った。
男は笑って、
「あれは元からです。私の赤い鼻は祖父の御堂殿(道長)譲りなのだと、内々でいつも言い張っていますよ」
と答えた。
師実は狐につままれたような心地がした。
あれは、演技だったということなのだろうか。
「うちの殿が、何か失礼なことをしましたか?」
男が不安そうに言う。
「いいえ」
「そうですか」
男はほっとした表情になった。
「ただ、素敵なものをいただきました。大切にしようと思います」
大事にしまって、宝物にしよう。
俊綱から言われた言葉を胸に、師実は新しい人生の第一歩を踏み出した。


   参考文献
角田文衛(監) 2012 平安時代史事典 角川学芸出版

橘俊綱については「今鏡」にも素敵な逸話があるので、良かったら読んで下さいね(*^^*)
藤波の上 第四 伏見の雪のあした 所収です。
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2017-02-08

長和の賢后藤原彰子「受け継がれるもの」

藤原彰子を大河ドラマの主役にするなら、ということでなえのきさめさんが考えてくださったサブタイをもとに創作しました。
どのサブタイを作品にするか迷いました。
どのタイトルも秀逸なので。
↓よければこちらもご覧ください。
https://twitter.com/_naeno/status/819885455042711552


静けさをたたえた廟の中で、彰子は頼通と二人きりだった。
女房さえも、近づけさせなかった。

「……このたびは、息子師実のかかる不始末を処理して下さり、誠にありがとうございます」
彰子は無言である。
それが姉の「怒り」のあらわれであることを知っている頼通は、何とか言葉を繕おうとする。
だが、言葉は口をついてこない。
「色好み、というのでは済まされませんよ。無節操に私の女房に手を出して、飽きたら捨てて。ほとぼりが冷めたらまた手を出しに来て、子供をつくらせたと思ったらまた逃げ出して。無責任にもほどがあります」
「申し訳ございません」
頼通は深く頭(こうべ)を垂れる。
「あなたがあの子に遠慮する気持ちはわかります。同母の兄を次々と寺に入れられたあの子が、あなたを恨めしく思う気持ちもね。でも、あなたは親でしょう? どうしてもっと強く言えないの」
頼通を叱咤する彰子、叱咤されて不甲斐なさそうにしている頼通は、国母と前関白(さきのかんぱく)というよりは、その辺にいる一介の姉と弟のようだった。
「はい……。申し訳、ございません」
頼通は謝罪するが、とうとう「私からも言っておきますので」というような発言はなかった。
時間だけが過ぎていく。
彰子はその間無言だった。
夕日が廟の中に差し込む。
「失礼、致します」
そう言って頼通はとぼとぼと、歩いて帰っていく。
その背に向かって彰子は声をかける。
「頼通」
子ども時代と同じ呼び名で、彰子は頼通を呼んだ。
「真心を込めて向き合わなければ、伝わるものも伝わりませんよ」
頼通はわかっているのかいないのか、力なく頷いた。

頼通の遅くに授かった嫡子、師実。
卑賎の母を持つあの子が、なにを思って女色をむさぼるのか。
それを想像するのは容易だけれど。
そう同情ばかりもしていられない。
私には自分に仕える女房を守る、義務がある。


女色に関しては、聡明と名高いあの東宮尊仁親王もなかなか、という話だ。
色好みであっても、そこに真心がこもっているのなら、私は何も言わないのだけれど。
彰子はそう考える。

彰子の亡き夫、一条天皇は、真心にあふれた人だった。
だが、その真心が最初から彰子の方に向いていたわけではなかった。
一条帝は最初の后である定子をこよなく愛していて、そこに彰子が入る隙はなかったのである。
そしてそれは、定子が亡くなってからも変わらなかった。

真心をもって人に接する。
それ自体は確かに美徳ではあるけれど、残酷な面もある。
こと愛情という点に関しては。
真心を持っているからこそ、偽りの愛を囁くことが出来ないのだ。

最高権力者道長の娘。
中宮。
帝の正妻。

愛さなければならない。
子どもを産ませなければならない。
けれど、亡くなった愛しい人を忘れることも出来ない。

彰子には、一条天皇の苦しい気持ちが、痛いほど伝わっていた。
彰子もまた、苦しい気持ちで一条天皇を慕っていたからである。


彰子が入内したのは十二歳の時だった。
当初は自分が、どのような立場におかれているのか気づきもしなかった。
けれど、夫の心の中に別の女性がいることだけはわかった。
誰に言われるまでもなく、気づいた。

優しい言葉をかけてくれる青年帝一条。
頑なだった少女時代を経て、彰子はいつしか彼を慕うようになった。
自分の女房である紫式部から、漢文を学ぶようにもなった。
ほんの少しでも、一条天皇に近づくために。
彼の世界を、知るために。

局に置いてあった漢詩文を見て、一条天皇が少し興奮した様子で尋ねてきたことがあった。
「あなたも漢詩を読むの?」
あなた「も」。
誰を想定していたのかは容易にわかった。
亡き皇后は漢詩を読むことのできる人だった。
「その……」
一条天皇は、ばつが悪そうな顔をして口ごもった。
「亡き皇后は、どのような漢詩がお好きだったのですか?」
彰子がふっと笑って尋ねる。
「えっ?」
「知りたいのです」
「なぜ?」
一条天皇は心底不思議そうな顔をしていた。
「あなたさまを、知るために」
「妙なことを仰るのですね。『笛は聴くもの、見るものではございませぬ』と言って私をやり込めたあなたらしいといえば、あなたらしいですが。これもあのときの機知(きち)と同じたぐいなのですか?」
何年前の話をしているのだろう。
確かに彰子は以前、笛を吹きながら「こっちをみてごらん」と言った一条帝に対し、
「笛は音を聴くもの。見るすべはございませぬ」と返したことがある。
でもあれは、稚い少女だったころのことだ。
「違います」
静かに、彰子は答える。
内心では、少し不愉快だったのだが。
「あなたさまは、亡き皇后をどうしても忘れられない。あなたさまをお慕いしているからこそ、私にはそれが苦しかった。でも、亡き皇后はあなたさまの一部なのだと、そう考えたら楽になって。だって、誰にも体の一部を引きはがすことなどできないでしょう?」
彰子は自分の口から発せられる言葉を、他人事のように聞いていた。
そうだ、私はそう考えるようにしたんだ、と思いながら。
「中宮……」
彰子はうっすら微笑む。
だいぶ大人ぶって。
背伸びをして。
「だから教えてください。亡き皇后のことを」
「すまない」
一条帝の目に、涙が浮かんだ。

それからだったような気がする。
夫が自分のことも見てくれるようになったのは。

私だけを見てほしいなんて、とても言えない。
それぐらい、亡き皇后を思う夫の心は一本気だった。

彰子は軽く目を閉じた。
皆、私のことをこれ以上なく幸福、のように言うけれど、私にはとてもそうは思えないわ。
けれど私は、幸福者のようであり続けなければならない。
摂関家のために。
帝であった子どもたちのために。
そして一番に、夫である一条天皇のために。


   参考文献
山中裕・秋山虔・池田尚隆・福長進(校注・訳) 1998 栄花物語 小学館
山本淳子 2007 源氏物語の時代ー一条天皇と后たちの物語ー 朝日新聞出版
プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
よろしければおつきあいくださいませ☆

2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
note、「小説家になろう」サイトにも投稿しています。

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