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2017-09-30

歴史小説「除目と恩賞1」

大内裏にいる者だけで、ひとまず除目を行った。
信頼は花山院大納言藤原忠雅に議事進行役を頼んだ。
この除目において、信西入道の子息五人は、みな官職を解かれた。
清盛の婿播磨中将成範は六波羅の邸に逃げていたところを引き渡された。
「清盛殿が熊野詣に行っていて留守でなければ、捕まったりはしなかっただろうに。平家の人々の熊野詣こそが、この成範の不運だということだ」
と肩をがっくり落としたということである。

京中においては、様々なうわさが飛び交った。
「右衛門督(信頼)が左馬頭(義朝)を抱き込み、院御所の東三条殿を夜討ちにして放火したため、上皇も天皇も煙の中からお出になってない」
「大内裏へ、ご両人とも御幸・行幸なされた」

そのうわさを聞き付けたものか、それともひとまず大内裏へ行ってみようということなのか、公卿たちは大内裏へと向かった。
その中には摂関家の大殿忠通と、その子息基実もいた。
太政大臣藤原宗輔、大宮の左大臣藤原伊通以下の公卿・殿上人、さらに院御所の北面に詰めている連中に至るまで、我先にと馳せ参じる。

論功行賞も行われた。
この時点ではまだ信西の身元は不明だった。
信頼と義朝がやったことは上皇などの身を確保し申し上げ、一本御書所押し籠めたことぐらいである。
そのため、この論功行賞は武士たちを労う目的があったと、世間の人は考えたようである。
義朝は播磨守、その嫡子頼朝は右兵衛佐といった具合に、それぞれに官位が与えられる。

この様子を見ていた左大臣藤原伊通は、
「人を殺して恩賞がもらえるというのなら、どうして井戸には官職が与えられないのか。井戸こそ、多くの人を殺したというのに」
と皮肉った。
人々は笑うに笑えず、沈黙した。
気まずい空気が辺りを漂う。

だが、図太い神経の持ち主である信頼はおかまいなしである。
やがて源光保が信西の亡骸を見つけたといってきて、その首を信頼に献上した。
信頼はその首を見て、溜飲を下げたという。
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2017-09-29

歴史小説「院御所襲撃2」

強大な武力の持ち主である平清盛は、熊野詣に行っていて京にはいなかった。
信頼はそれを見越して義朝に話を持ち掛けたのである。

その日の深更丑の刻(午前二時頃)に、信頼と義朝は院御所東三条殿を襲撃した。
四方の門を打ち囲む。
その勢力、五百騎。
先頭に立っていた信頼は、院御所の前に進み出て大声でこう言った。
「この数年、格別のお取り立てをいただいておりましたところ、信西の讒言(ざんげん)により殺される羽目になったと聞き及びました。我がかいなき命をお助けいただくためにも、どうか東国の方へお出かけください」
上皇にとっては、寝耳に水の発言である。
「信頼、おまえは何を言っておるのだ?」
上皇はこう言うが、それは周囲の喧噪に紛れて聞こえない。
「誰が、おまえを殺そうというのだ」
上皇は再び語りかける。
それが聞こえなかったのか、あるいは聞こえないふりをしたのか、信頼はすぐに御車(おくるま)を兵たちに手配させた。
「急いでこちらにお乗りください」
兵たちはしきりに上皇を急かす。
上皇はわけもわからぬまま牛車に乗る。
この御所には上皇の姉、上西門院統子内親王も住んでいたので、同じく牛車に乗った。
信頼・義朝・光保・光基・重成・季実が御車の前後左右を囲んで、内裏の一本御書所へと押し籠め奉る。

一方、東三条殿はたいへんな騒ぎであった。
信西や、その一族が変装しているかもしれないと、兵たちは出てくる者たちを無分別に殺傷した。
この騒ぎで失火が起こり、それが暴風に巻き込まれて、所々に火が点った(ともった)。
焼き殺されないまいと外に出ようとすると矢にあたり、射殺されまいと籠もったままだと焼け死んでしまう。
矢を恐れ、火を避けようとするものは、井戸の中へ飛び込んだ。
しかし、井戸の底の水に溺れて助かるものとてない。
井戸の上方にいる者は、あいにく井戸は木材を造り重ねた作りゆえ、激しい風に焼けてしまい、灰や焼けた杭の山に埋もれて、助かる者は全くいない。
まさしく、地獄のような有様である。

寅の刻(午前四時頃)になって、姉小路西洞院にある信西の宿所が焼き払われた。
ただし、宿所内に人はいなかったということである。
信西と信西の一族は、事前に危険を察知し、逃げていたのだ。
2017-09-29

歴史小説「院御所襲撃1」

信頼は信西入道を亡き者とするために、自邸に義朝を呼んだ。
「信西は上皇の乳母父という立場を利用して天下の政治のあれこれを心のままにしている。我が子には朝廷の官加階を勝手に与えていながら、私の官位昇進はあれこれ邪魔立てをする讒佞至極(ざんねいしごく)の入道である。こやつをこのままにしておくのは国家破滅の基だ。我が君もそのようにお考えでありながら、機会がなくてお戒めすることも出来ない」
信頼は少し視線を落としながら語った後、こう続けた。
「貴殿はどう思う?」
信頼の視線が上向く。
燦々(さんさん)とした瞳。
その目を見れば、決意が決まっているのは明らかである。
義朝は返事をした。
「私は先年の保元の乱で、一族の死刑を信西入道に言い渡されました。恨んでも恨みきれません。あなた様が、信西入道を誅すことをお望みであるならば、いくらでも協力いたす所存にございます」
二人の視線の、力強い絡み合い。
それには言葉以上の意味があるように感じられた。
信頼は義朝の返事に満足し、
「喜びの幸先に」
と言っていかめしく見えるよう作った刀を一太刀義朝に与えた。
義朝は遠慮するが、信頼は譲らない。
とうとう義朝は観念して太刀を受け取った。
また、退出しようとしていたところに、今度は馬を二疋(にひき)与えられた。
白と黒の馬が一匹ずつである。
信頼は従者に松明を持って来させ、馬が見えるようにした。
「これは……!」
思わず感嘆した声が出てしまう。
それを聞いて信頼はにやり、と笑った。
「奥州から取り寄せた、特別な馬である。これをそちに与える。だから、上手くやってくれ。たのんだぞ」
それを聞いた義朝は、こう語り始めた。
「合戦において馬ほど大事なものはない。この竜蹄(りゅうてい・優れた馬の意)をもって、破れない陣などあろうか。かかる上は、出雲守光保の他にも周防判官季実、佐渡式部大夫重成などにもご相談ください。これらの者も信西入道に含むところのあると聞いております」
そう言って義朝は去って行った。
「そうか、そうか。わかった」
信頼が満足げにうなずいて義朝を送り出す。
さらに信頼は鎧五十両を後追いさせて義朝に与えた。
義朝が宿所に帰り着いた頃にそれを受け取ったということである。
2017-09-28

歴史小説「長恨歌絵巻3」

それから、数日後。
上皇は信頼を自居に呼び寄せ、談笑していた。
その折に、「ああ、そういえば……」と信頼に先日の一件を話した。
「信西が見事な絵巻を作成してくれて。私はそれを褒め称えたのだが、信西はなぜか怒って出て行ってな。あれはなんだったのかなあ」
「絵巻、ですか。 それはどのような?」
信頼が笑みを絶やさない様子で聞く。
そうしているだけで場が華やぐような、美しい顔立ちの男である。
「皇帝と美女の絵で、それが落人となって都を追われて。異国の者風の男が武器を手に取っていて、みたいな感じだったかな。信西は長恨歌がどうとかいってたなあ」
そこで信頼の顔色が変わった。
「長恨歌、ですか」
信頼は父の言いつけを守って、若い頃は学問に励んでいた。
だから長恨歌の内容は知っている。
ーー信西入道め、私を安禄山に例えようというのか。
信頼はそう思ったが、努めて顔には出さずにこう言った。
「自身の治世を開元の治に例えるとは、信西入道の自信家ぶりには驚いてしまいますな。玄宗皇帝ではなく、楊国忠の間違いではありませんかな?」
冗談めかしていう。
「楊国忠? なんの話だ? 私は唐のことには疎いのだ。興味もないしな。そんなことより、新しい今様が出来たのだ。聞いてくれぬか」
そう言って上皇は歌い始めた。
信頼は相づちを打っていたが、今様は全く耳に入ってこなかった。
ーー上皇が、阿呆で良かった。
不敬ながら信頼はそう感じた。
だが信西は私を警戒している。
これは先手を打たねば。
それにしても……。
信頼は上機嫌で今様を歌っている上皇の顔をまじまじと見た。
ずいぶんと無教養な御方である。
加えて思慮も浅い。
とても治天の君が務まるとは思えない。
元々中継ぎの帝ではあるが、それにしたってあまりにもひどい。
だが、この御方なら私にも操れるのではないか。
私が、信西入道の代わりとなるのだ。
この際、信西には消えてもらおう。
信頼は上皇の相手をそこそこに切り上げてその場を後にした。

信頼は信西打倒の計画を練り、主上の叔父藤原経宗、主上の乳母子藤原惟方、越後守藤原成親、そして伏見の源中納言師仲に協力を求め、武士としては源義朝、源光保を動員することにした。
2017-09-27

歴史小説「長恨歌絵巻2」

「最近、信頼に対する寵遇が、いき過ぎてはおりませんかな」
信西が、それとなく上皇を諫める。
保元三年(1158年)八月四日に、主上は第一皇子守仁親王に譲位していた。
「そうか? お主の気のせいであろう」
上皇は取り合わない。
「そこそこ有能な男ゆえ、私も信頼の取り立てには異を唱えずにきましたが・・・・・・。これ以上寵遇が過ぎると、他の者から反感を買います。それに、最近彼(か)の朝臣は増長しています。つい最近も、関白殿(藤原忠通)に無礼をはたらいたというではありませんか。朝廷の権威を、上皇を、蔑ろにしているといっても過言ではない。野放しにしておくと、今に痛い目に遭いますぞ」
「信頼がそんなことをするわけがない」
上皇は信西の発言を一笑にふした。
信西はそこで考えこんだ。
言っても分からぬか・・・・・・。
「ひとまず今日は下がります。ですがくれぐれも、私の言ったことはお忘れなきよう」
「あい、わかった、わかった」
上皇は言い終わらぬうちに後ろを向いていた。

信西はそれからしてすぐ、長恨歌を題材にした絵巻を作成した。
長恨歌をいうのは、唐の白楽天が玄宗皇帝とその后である楊貴妃を題材にして作った詩歌である。
玄宗皇帝は、その治世の前半こそは開元の治とよばれる善政を執いたものの、後半は徐々に政治への興味をなくしていき、最後には安史の乱を惹起して唐を衰退させた人物である。
政治への興味を失った玄宗皇帝の目にとまったのが、息子の妃であった楊玉環であった。
玄宗は三まわりほど年下で才芸にあふれた美女楊玉環にのめり込み、そのまたいとこ楊釗(しょう)を重用した。
玄宗は楊釗に楊国忠という名さえ与えたが、楊国忠は政治の才には乏しく、また強欲な人間で私利私欲をむさぼった。
その楊国忠と鋭く対立したのが、辺境の守護を司る節度使安禄山である。
安禄山は楊貴妃とよばれるようになっていた楊玉環に取り入り、玄宗にも目をかけられるようになるが、安史の乱を起こす。
安史の乱によって玄宗と楊貴妃は都を追われる。
そして逃亡中、この反乱は楊貴妃と楊国忠のせいだ、と声高にいう兵士をなだめるために、玄宗は楊貴妃と楊国忠に死を賜る。
以上が安史の乱のあらましである。

信西はこの絵巻に、「謀臣にはくれぐれも注意せよ」という想いを込めた。
信頼は武力を持つ安禄山であり、政治の才に欠けた楊国忠であり、また権力者の寵愛を恣(ほしいまま)にする楊貴妃なのだ。

信西は天皇に徳など不要、という考えの持ち主であった。
天皇や上皇は、皇家の頂(いただき)として推戴されるだけの存在であれば良いのだ。
そのように、私が演出をする。
根っからの遊び人である上皇。
それを、私が為政者として、これ以上ないくらいに、盛り立ててやる。
だから、上皇はこのまま、傀儡(かいらい)のままで。
そして傀儡に取り入る輩は朝廷には不要。

信西は長恨歌絵巻が完成すると、上皇にそれを見せた。
上皇は感嘆とした様子でこう言った。
「美しい。この上なく素晴らしい一品だ。私の宝物庫に加えたい」
「それだけ、ですか?」
「? おかしなことをいう。優れた一品だということ以上に、何か意味があるのか?」
「ー比翼の鳥、連理の枝ー。これは、長恨歌絵巻の一節です。これでも、まだ分かりませんか」
「ああ、源氏物語か! この絵は唐が舞台のようだが、何か関係があるのか?」
上皇がきょとんとした顔で信西に問う。
「もう良いです! なんといいますか、もう・・・・・・。私が馬鹿でした」
信西はそう言い、怒ったような足取りでその場を去った。
「和漢において比類なき暗愚の帝王である。謀反の臣が傍らにありながら、全くそれに気づかない。私がそれとなく悟らせようとしているというのに・・・・・・」
と呟きながら。
2017-09-26

歴史小説「長恨歌絵巻1」

信西が執政者として辣腕を振るっていた頃、目覚ましい出世を遂げた人物がいる。
名を藤原信頼。
故従三位藤原忠隆の子息である。

主上の男色相手ではあるが、それだけの男ではなかった。

信頼の兄基成は、陸奥守及び鎮守府将軍であった。
駿馬(しゅんめ)の産地である陸奥に強いつながりを持っていたのである。

加えて源氏の棟梁源義朝とも密接な関係があった。
義朝は保元の乱の前年に異母弟義賢と諍いを起こしているが、それをもみ消したのが信頼である。

また自身も優れた体躯をしていて、喧嘩っ早いところがあった。
なかなかの武闘派であったのだ。

信頼の先祖は刀伊の入寇(といのにゅうこう)を阻止した藤原隆家だったから、血は争えない、ということなのかもしれない。

信頼は父と同じように、鷹狩や闘犬を好んだ。
幼い頃に、父に連れられて行った鷹狩に、信頼は魅せられた。

十年近く前のことになろうか。
「四朗君、あれを見なさい」
忠隆が、幼い信頼の耳元で囁く。
信頼は目を輝かせて、父の指差す方向を見る。
そこには立派な鷹がいた。
「見ていてごらん」
そういうと忠隆は弓を引いて鷹を射抜いた。
鷹はばさっと音を立てて木の下に落ちた。
二人は木の下のそばに行った。
鷹は立派で、信頼の顔よりも大きかった。
「父上はすごいですね!」
信頼が言う。
舌足らずなようすで。
「なに、こんなもの私にとっては朝飯前だよ」
忠隆は微笑する。
「いえ、本当にすごいです」
「そういってくれるのはお前ぐらいだよ。今は、文の時代だからね」
「文の時代?」
「そう、武力よりも、机上での執務能力だとか、文化が好まれるんだ」
「そう、なのですか」
信頼の声の調子が少し暗くなる。
「私の先祖の隆家殿の時でさえ、そうだった。刀伊の入寇の阻止という大仕事をやってのけたにもかかわらず、朝廷の反応は冷淡だったというからね。まあ、それだけこの国が平和だということさ。もし武の時代に私が生まれていたら、もっと活躍できたのになあと思うことはあるが、まあ仕方がない」
「武の、時代に……」
信頼はそこで考え込む顔を見せた。
「まあなんだ、私が言うのもなんだが、お前は勉学に勤めなさい。それが立身出世する一番いい方法だからね」
「わかりました」
信頼はそう言って素直にうなずく。

信頼の父忠隆は、それから十年と経たないうちに亡くなってしまった。
それから十年足らず。
信頼が二十四歳の時に遭遇した保元の乱は、信頼の意識を一変させた。
わずか一日で世の中が変わってしまったのだ。
今になってやっと、武の時代が到来したのかもしれない。
信頼は幼少の頃の父の言葉を思い出していた。
それからは勉学はそこそこにして、武芸に励んだ。
力こそ、正義。
信頼は、そう考えるようになっていった。

他の公卿とは違う、その逞しい身体つきが、主上の目にとまったのもそのころであった。
中継ぎの天皇という立場をいいことに、万年遊びほうけている異色の帝。
信頼はこの帝に取り入って、昇進に昇進を重ねた。

保元二年(1157年)三月に武蔵守と近衛中将を兼任。
十月には蔵人頭。
翌年二月には参議。
八月には権中納言。
十一月には検非違使別当を兼ねるにまで至った。

だが、信頼本人はそれに満足することはなかった。
もっと、もっと上へ。
若さゆえ、ということもあろう。
この男には自分の度量を弁えないところがあった。
加えて浅はかで、欲しいものを欲しいと、はっきり口に出していうようなところもあった。
まずいことに、そこが同じく破天荒な主上に気にいられてもいた。
信頼は、完全に調子に乗っていた。
2017-09-21

歴史小説「仏と仏の評定」

保元の乱から二年。
季節は初夏ながら、うだるような暑さの日であった。

信西は亡き鳥羽院の后で東宮の養母、美福門院に謁見していた。
「守仁への譲位はまだか?」
挨拶の言葉もないままに、単刀直入に美福門院が問う。
糾弾するような口調で。
「それはおいおい考えております。今は国政を立て直すとき。ですから今しばらくお待ちください」
「そなたのその言葉、聞き飽きたわ」
信西は美福門院が御簾の内から、信西の方ににじり寄るのを感じた。
扇で顔を仰がせていた女房が、慌ててそれを止める。
「女院さま、これ以上お近づきになっては・・・・・・。それに、着物の御前がはだけてしまいます」
「うるさい!そなたは扇だけ仰いでれば良い」
居丈高な様子の美福門院に、信西は亡き鳥羽院はこの女性(にょしょう)のどこに惚れ込んだのであろうか、と首をかしげたくなった。
美福門院は京の外れの八条のあたりの出身で、少し鄙びいているところがあった。
都育ちの女ばかりを相手にしていた鳥羽院には、庶民っぽさが新鮮に映ったと言うことなのかもしれない。
身のこなしこそ長い宮中生活の中で洗練されてはいるが、着物がはだけても気にしないところといい、自分の本心をあけすけに語るところといい、このあたりにはやはり地が出るようである。

まあ、私は雲上の人の色恋沙汰などどうでも良いが、な。
私にとって重要なのは、利用できるかどうかだけだ。
そしてこの美福門院こそ政治利用にうってつけの人物はいない。
権力と財力を持ち合わせながら、御しやすく、たいして人望も持ち合わせていないのだから。
「わかりました。主上には即刻譲位していただきましょう。ですが少し時間をください。根回しや公卿の了解の取り付けなど、やることはたくさんあります」
「わかった。話はそれだけじゃ。もう下がれ」
「承知いたしました」
信西は恭しく礼をしてその場を後にした。

かくしてそれから数ヶ月後の保元三年(1158年)八月四日、主上は東宮守仁親王に俄かに譲位した。

この沙汰は信西と美福門院によってのみで取り決められ、ときの関白・藤原忠通は完全に蚊帳の外であった。
世人はこれを「仏と仏の評定」といい、実権を持ち得ぬ関白忠通を嘲笑したという。
2017-09-20

「天上の謫仙人ー安史の乱前夜ー②」

740年代の、唐での出来事である。

その日、李白は玄宗皇帝に呼ばれて執務室にいた。
そこへ宰相である李林甫と、その部下楊釗(ようしょう)がやって来て、入室しようとした。
楊釗楊は楊貴妃の又従兄弟で、その縁を足がかりにここまで出世したような人物である。
「なんだい? 私は翰林供奉と話をしているところなのだが」
「恐れ入ります。政治のことで相談がございまして」
李林甫が言う。
「政治のことはそちらに任せておるであろう。帰った、帰った」
「そう言われましても・・・・・・」
李林甫は困惑顔だ。
そのとき、後宮を取り仕切る宦官が執務室に入ろうとしてきた。
「取り込み中でしたか」
「こんどはなんだ?」
玄宗皇帝が宦官に聞く。
「楊貴妃さまが、新しい衣装を仕立てたからぜひとも玄宗さまに見てほしいと、そう仰せでございます」
それを聞いた玄宗皇帝は顔をほころばせ、
「そうかそうか、とうとうできたか。私も楽しみであったのだ。すぐに行くと使いを出せ」
「かしこまりました」
玄宗皇帝は喜々とした様子で準備を始めている。

それを苦み潰したような顔で見つめる李林甫。
口元をゆるませて、玄宗皇帝を小馬鹿にしているような表情の楊釗。
二人のそれぞれの表情を見たそのときに、李白は唐王朝の未来を垣間見た。
唐王朝の衰退を直感したのだ。
李白の頭には、逃げ惑う民たちの姿が、焦土と化す大地が、玄宗皇帝と楊貴妃の別れが、まるで現実かと思わされるほどの真実味で迫ってきた。
これは呪(まじな)い師や、占いを生業とする者の持つ力ではない。
詩人特有の、人並み外れた洞察力のなせる技である。
だが李白にその自覚はない。
未来を垣間見たと同時に呼び起こされた詩の欠片たちを形にするために、李白はそれらを忘れてしまった。
李白は生来の詩人であったから、それも当然であろう。


やがて李白は宮廷を追放される。
楊貴妃に誤解されたのだ。
そして安史の乱が起こる。

楊貴妃という女性は、決して欲が深いわけではない。
だがその欲のなさが裏目に出た。
彼女が多くを望まないために玄宗皇帝は彼女の周りの者を取り立てるようになった。
皇帝から楊国忠という名を賜った楊釗がその筆頭である。
楊国忠は国中の権力を恣(ほしいまま)にし、富をむさぼった。
そして楊国忠と安禄山は衝突し、乱が起こった。

安史の乱では、李白は賊軍として捕らえられるものの死罪は免れ、流罪に処された。
その後赦免され、最後は一族の元に身を寄せた。

ある晴れた日に、李白は林に詩を読みに行った。
すると、先客があった。
女が菊を摘んでいる。
女は李白の視線に気づき、こう言った。
「天上の謫仙人さまが、何用ですか?」
「懐かしいな、その響きは」
「私のことなど、覚えてはおられないでしょうね」
「はて、どなたであったかな?」
「鈴蘭が桃酒で汚された日、楊貴妃さまに詩を取り次ごうとした者です」
そういって女は眉を覆っていた髪をはらった。
三つのほくろがあった。
「ああ、そなたか。名前は確か・・・・・・」
「白雛」
「そうそう、白雛だ」
「あなたの古里はここであったのか」
「そうです。あなた様にからかわれて後、すぐにこの地に戻って参りました」
「そうかね。私の言ったことは、やはり正しかったようだな」
「どういう意味ですか?」
白雛は訝しげな顔をする。
「幸せそうに暮らしているように見受けられたが。違うのかね?」
「いえ・・・・・・。父母も健在ですし、夫はとても誠実な人です」
「なら、よかったではないか」
「・・・・・・。ですがあなたさまに『邑におかえり』と言われたときは私、本当に辛くて・・・・・・」
「そうか。私を恨んでいるのか?」
「いいえ。本当のことを言うと、ついさっきまでは少し恨んでいました。あの一言がなければ、私はもっと華やかな生活を送っていたのに、と」
「そなたも知っておろう。都は蹂躙され、多くの者の命が奪われた。その中の一人にそなたがいなかったと、どうして断言できる? 私は感謝されても、恨まれる筋合いはないよ」
「はい・・・・・・。私が浅はかでした。李白さまお礼を言います」
少し間をおいて、白雛がこう続けた。
「李白さまには、未来がお見えになるのですか?」
李白は少し考え込む。
「わからぬ。ただ、なんとなく未来を『感じる』ことならある。それが役に立ったことはおそらくないがな。未来が見えたとて、それが何になるというのだ。昨日という日は引き留めることはできないし、今日という日は煩わしい心配ばかりだ。例えば剣を使って川の流れを変えようとしてみても、流れを逆にすることはできないし、流れを止めることもできない。未来など、取るに足りないものだよ。未来はいつかやってくるのだから、そのときに上手いことやれば良い。そんなことよりも、私は詩を読むことを考えていたい」
「そうですか。李白さまらしいですね。ここで会えたのも何かの縁でしょう。李白さまから教わったことを胸に、私はこれからの日々を大切にして生きていきたいと思います。さすがは謫仙人さまですね。ご教示、ありがとうございました」
そういって白雛は去って行った。
摘んでいた菊の花を、李白の胸に押しつけるようにして。

〈完〉

李白の「宣州謝脁楼にて校書叙雲に餞別す」から着想を得ました。

   参考文献
青木正兒 1965 漢詩大系⑧李白 集英社
西島和夫他(編) 1994 新国語便覧 東京書籍
田中克己1964年 漢詩大系⑫白楽天 集英社
2017-09-20

「天上の謫仙人ー安史の乱前夜ー①」

みさかいさんの「はじめての盛唐詩人」という同人誌を読み、触発されて書いてみました。
https://twitter.com/yukime0128/status/910342882128785408

宮廷の庭に植えられた鈴蘭(リンラン)の上に、雫が降りていた。
その雫の正体は、桃酒である。
蘭とはいえど、白くて可憐なこの花に、誰がこんなひどいことを。
犯人はわかっている。
李白だ。

飄逸な人柄の翰林供奉(読みは「かんりんぐぶ」。詔勅を司る官)である。
李白の詩の才に魅入られた玄宗皇帝。
彼は客分の宮廷詩人のようであった李白を宮中にとどめおくために、彼に官位を与えた。
ほうっておくと、天上に帰ってしまいそうだったから。
これが玄宗皇帝の言い分である。
李白の方は、官位を与えられたことを窮屈に感じているふしがあったようだ。
が、さしもの李白もそれを表には出さない。
ただ、自由奔放なさまは官位を得てからもかわらずで、昼間から酒を飲み、後宮に戯れを言いに来るしまつ。
だが、不思議と誰も彼を憎めない。
人懐っこくて、自由気ままで、来るものを拒むこともない。
冗談の中には知性があり、泥酔はしても不思議と醜くはうつらない。
「天上の謫仙人(天上界で罪を犯し、一時人間界に流された仙人)」。
そうささやかれるのも、むべなるかな、である。

ある日、李白は楊貴妃の美しさをたたえた詩を作った。
そしてそれを、楊貴妃の侍女に渡した。
出仕して日の浅いその侍女は、それが自分に送られた詩だと思い違いをして、詩の書かれた紙を開いた。
それを見た李白は、笑ってこう言った。
「純朴そうな見た目に似合わず、なかなかの自信家と見える。その詩はお前のために書いたのではないよ。悪いことは言わないから、邑(くに)にお帰り。お前のように素直な気性の者には、きっと宮仕えは務まらない」
そこに非難の色はなかった。
冗談めかして言っているようだったが、声の調子は少し真剣なようにも感じられた。
侍女は、真っ赤な顔をしてその紙を別の侍女に押しつけた。
そしてすぐ、慌てた様子で奥に下がった。
「白雛(パイシャオジー)」
紙を渡された侍女が声をかける。
少ししてから、喧噪を聞きつけた楊貴妃が李白を自分の部屋に呼んだ。
「いたいけな侍女をいじめないでください。まして邑へ帰れ、などと。あの子、白雛は、つい最近奉公に来たばかりなのです。一族の期待を一身に背負って、ね。今からここに呼んできます。謝罪しろとは言いません。ただ、優しい言葉をかけてあげてください」
「はい、仰せのままに」
李白が恭しく頭を下げる。
だが、白雛が連れてこられると、彼は開口一番にこう言った。
「やはり間違いない。きみは邑に帰るべきだ。故郷に戻って、親孝行なさい。それがきっと、一番良いと思うよ」
「李白!」
楊貴妃が大きな声を上げる。
白雛は泣き出してしまった。
見れば眉の上にある三つのほくろが印象的な、なかなかの美少女である。
「さて、私はもうお暇(いとま)しますよ。しめっぽいのはどうも苦手だ」
李白は背を向け、片手を上げて去って行った。
白雛は、それから間もなくして邑へ帰ったと言うことである。
2017-09-03

今鏡マンスリー「忠教」

藤原忠教は、笛の名手だった。
そのおかげで、笛を好んだ堀河帝にも目をかけられていた。
同年代、ということもあったのかもしれない。
忠教は堀河帝よりも三歳齢下なだけだった。

ある日、宴会が終わったときに、忠教は帝から声をかけられた。
忠教は帝の側近から、
「主上が『忠教をこの場に残せ』と仰せでございます」
忠教は、なにか失敗でもしただろうかと、内心慌てた。
帝の側近には、
「かしこまりました」
と言うのがやっとであった。
忠教がその場に残ると、堀河天皇はこう切り出された。

「そなたの笛の音はとても軽やかだな。明朗で、聞いていてとても気持ちが良い」
「ありがたきお言葉。恐れ多うございます」
忠教は、ひれ伏さんばかりに深く頭を下げる。
「笛ではそなたと、宗輔が双璧をなすだろうな」
「あのような笛の得手(えて)と双璧などと。私はかの御仁にとてもかないません。それも恐れ多うございます」
「忠教」
堀河帝が忠教に声をかける。
「なんでございましょうか」
忠教が顔を上げる。
「音楽の世界には、得手不得手はあっても、上や下だとか、優劣はないと、私は考えているのだ」
「そうでしょうか。例えば和歌などは優劣を競う会が昔からありますが」
「私はそれもあまり好きではないんだ。題意に沿うような和歌かどうかで優劣をつけるのはわかるけれど、和歌自体に優劣をつけるのはあまり好きじゃない。和歌は、それだけで十分に素晴らしいものだろう?」
「それは、そうですが……」
和歌も得意としている忠教は、勝気な性格から歌合せなども好んでいた。
そのために返事は歯切れの悪いものになる。
「音楽だってそうだ。皆で一つの演目を合奏する。それはそれだけで十分に素晴らしいと、私は思う。だからお前も、自分と誰かを比べて上だとか下だとか、そういう考えはやめるんだ。それは、意味のないことだから」
帝は優しく、笑いかけるように言う。
忠教は顔を赤くして俯く。
自分の底の浅さに恥じ入ったのだ。
「私は宗輔のたおやかで優しい、川のせせらぎのような笛の音も、そなたの大胆で雄々しい笛の音も、どちらも同じぐらい好きだ。それだけで充分だとは思わないか?」
「はい、まことに」
「話はそれだけだ。たいしたことでもないのに、残して悪かったね」
「いえ、そんなことは」
「そうかな? 緊張しただろう。顔に、出ていたよ」
堀河帝がはにかむ。
「主上、そんな言い方、人が悪うございます!」
怒ったように忠教が言うと、堀河天皇の側近がこほんと咳払いをした。
忠教は、恐縮して再度俯く。
「まあ、今夜は下がりなさい」
堀河天皇が言う。
「は、はい! 今日は本当に、ありがとうございました」
忠教は深々と頭を下げて、その場を後にした。


堀河帝は優しくて、臣下のことを心から大事にされていて、そうかと思えば茶目っ気もあって。
お慕いする公卿や女官が、本当に大勢いた。
全くもって、素晴らしい御方だった。
あの御方が亡くなって、何年経っただろうか。

忠教は、堀河帝のことを偲びながら端近(はしぢか)に出てそっと笛を吹いた。
この日は、堀河帝が崩御された日だった。
その笛に合わせて、どこからともなく筝の音が聞こえた。
お世辞にも上手とは言えない音色だったが、忠教は咎めなかった。
筝の音が合わさってしばらくしてから、篳篥(ひちりき)の音が聞こえてきた。
こちらはまずまず、といった音色だ。
三つの音が合わさって、哀切な調べを奏でる。
私の他にも、あの御方を偲ぶ者がいるのだな。
忠教は思う。
目の裏に、在りし日の堀河帝の姿が浮かんだ。

演奏を終えると、忠教は邸の室内に入った。
涙を拭いながら。
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ゆきめ

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心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
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2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

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