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2017-10-17

「贈り物競い合わせ」

ほげさんに捧ぐ

藤原璋子が、鳥羽天皇のもとに入内したばかりのころ。

今日も帝は中宮璋子の局に来ていた。

局の一角に、柔らかな日差しが差し込んでいた。
昼下がりの陽光は人々の眠気を誘うものである。
帝もその例に埋もれず、眠そうであった。
脇息にもたれて、うとうととしている。
「主上、お眠りになっても良いのですよ」
璋子がそう言って笑いかける。
小さな花が、ゆったりと花弁を広げるような、そんな笑み。
璋子は十七歳という若さであった。
「いや、眠くなんてないよ」
まだ幼さの残る御年十五歳の帝は、そう言って首を振る。
「でも、確かに何かしないと寝てしまいそうだ。そうだ、贈り物の競い合わせをしないか」
「競い合わせですか?」
璋子が小首を傾げながら帝に問う。
「そうだ。一刻(今でいう二時間)ほど後に、それぞれ贈り物を用意しよう」
帝がはつらつとした様子で言う。
「お題は何になさいますか?」
「春らしいもの、で」
「わかりました。では後ほど」
そう言って璋子は何やら女房に指図をし始めた。
「主上は退出なさってくださいな。作戦会議を聞かれては、元も子もありませんわ」
璋子は笑いながらそういうと帝の背を押し、局から追い出すような仕草をした。
「わかった、わかった」
帝が慌てて局を出て行く。

一刻後。
帝は桜の枝を一房、背に隠して局に入って来た。
「勝負!」
意気揚々といった体で桜を前に持ってくる。
それは見事な桜だった。
匂いやかで、軽やかな微香が鼻をくすぐる。
色は淡い薄紅色。
帝のほんのりと上気した頬と、同じ色だった。
ところが帝が視線を下に向けると、そこには桜の枝の束があった。
今が盛り、といえよう、いかにも散る寸前の美しい桜だ。
ほの紅く、馨しい(かぐわしい)芳香がする。
「こんな見事な桜を、一体どこで?」
帝が問う。
「内裏の奥の井戸の近くに、咲いているということでございます。足の速い女房を呼んで、持ってこさせましたわ。間に合わないかとひやひやしました」
璋子はほっとしたような表情をしている。
「この勝負、私の勝ちですわね」
璋子が帝の目を見やる。
「そ、そうだな。だが次は負けないぞ」
「次もあるのですか?」
「そうだ。次は十日後。今度は調度品を競い合わせよう」
帝はそう言って局を出て行った。
意気消沈しながら。

十日後。
「中宮、入るよ」
そう言って帝は中宮の局に入って来た。
童を引き連れて。
童は螺鈿の細工の施された玉手箱を持っていた。
「さる公卿から献上された、名品だ。今度は負けないぞ」
見れば金銀の飾りのついた、豪奢な品である。
ただ、豪華過ぎて少し品にかけるような気はしたが。
「まあ、なんと素晴らしい」
そうは言うものの、璋子の声は涼やかで落ち着いている。
慌てるようすもない。
檜扇を手にして、それを扇いでいる。
白い、細い指先。
その手があまりにも美しくて、帝はその指先に見惚れた。
が、それも束の間であった。
中宮が持っている扇が、見事な一品だったからである。
「中宮、その扇は?」
「彩絵檜扇(さいえひおうぎ)と言いますの。お養父さまから贈られた品ですわ」
檜扇には金銀の飾りの他にも金箔、砂子、野毛が散らされている。
男性のそばには幼子が二人いて、松も描かれている。
人麻呂だろうか。
「どちらも甲乙つけがたいですけれど、上品さでいったらこちらの方が優るような気がします」
璋子付きの女房が言う。
すると他の女房たちもそれに同意した。
「むむ。確かに……。今回は私の負けだ。だが次こそは負けないぞ」
「今度は何ですの?」
璋子が問い返す。
余裕のある表情で。
「次は仏具だ。もう負けないからな!」
主上は怒ったような顔をして局を出て行った。
気落ちを悟られぬように。

十五日後。
「中宮、手を出して」
帝が璋子に向かって言う。
「なんですの?」
「いいから早く」
璋子が手を出すと、その腕に数珠がはめられた。
薄緑色の、透明な数珠だ。
石の形もそろっているし、細工も見事である。
「仏具比べの逸品だよ。どうだい? 見事だろう」
帝は得意げである。
「綺麗……」
璋子はうっとりと手首にはめられた数珠を見ていた。
「今度こそ、私の勝ちだろう」
「主上」
「なんだ?」
「あれをご覧になって」
中宮が局の一角を指し示す。
そこには立派な仏像が置いてあった。
「空海が唐から持ち出した、如来像ですって」
「えっ……」
帝が青ざめる。
「これもお祖父さまから?」
「これはお養母さま(祇園女御)がさる受領からいただいた品です」
「これはまた、見事な……」
帝が息をのむ。
如来像は神々しく、輝くばかり。
帝はしょんぼりとした様子でこう言った。
「今回も私の負けだな」
「そんなことありませんわ」
「いやだって、こんなのを持ってこられたら……」
「この数珠も美しゅうございます。それに、帝には他にも素晴らしいものをいただいていますもの」
「素晴らしいもの?」
「贈り物を見せてくれるときの、とびきりの笑顔ですわ」
そう言って璋子が微笑む。
少し照れた様子で。
帝はきょとんとした顔をしていたが、直に複雑そうな表情をした。
そして怒った顔で、
「あのねえ、そういう台詞は普通男が言うものだよ」
と言った。
「そうですか?」
「そうだよ。全くもう!」
すると璋子はぷっと吹きだした。
「主上ったらまるで、子どものよう」
「うるさいな」
そう言って横を向く。
それがまたおかしくて、璋子は笑い転げた。
帝はむすっとしている。
「主上」
「なんだい?」
「怒らないでくださいな。まあ、そういうところも私は好きですけれどね」
「だからそういうことは男が言うものであって!」
帝が璋子の方を見る。
璋子はもう笑っていなかった。
長いまつ毛が、ちかちかと揺れていた。
じっと一点を、自分を、見つめている。
衣擦れの音は、衣装に埋もれるばかりの小作りで柔らかな身体つきを想起させる。
薫衣香(くのえこう)が、ふわりと立ち上った。
主上はどぎまぎしてしまい、咄嗟に璋子の手を握って引き寄せた。
「まあ、主上の大胆なこと!」
女房の一人が言う。
「これ」
別の女房がそれをたしなめる。
璋子は目で女房たちに「下がりなさい」と合図をした。
帝はそれに気づかない。
これからどうするかで頭がいっぱいのようだ。


つまるところ、中宮の方が帝より一枚も二枚も上手だということである。


   参考文献
村井康彦(編) 1979 図説日本文化の歴史4⃣平安 小学館
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2017-10-17

「桜少将と牡丹中将2」

※平家物語を知っている人向けです。


維盛の重衡に対する苦手意識をよそに、二人は先輩と後輩という間柄になることが多かった。
中宮亮(すけ)と権亮(ごんのすけ)、東宮亮と権亮、というように。

女房たちは言う。
「本当に、目の保養ですわ」
「維盛さまが儚げで幽玄な桜なら、重衡さまはいるだけでぱっとその場が華やぐような、牡丹ですわね」
女房の一人はしたり顔だ。
「いいわね、その例え。ぴったりだわ」
うっとりとした顔で言う。
「桜の君に、牡丹の君。相並ぶように、どなたが采配しているのかしら。采配しているのはきっと、とても美的感覚に優れた人ね」
「お前たち、公達の品定めしている暇があるなら、少しは自分磨きをなさい。そんな間抜けな顔をしていては、とても殿方からは声をかけられませんよ。大体、殿上人の役職を見た目で決めているわけがないでしょう」
局の主(あるじ)、健春門院滋子が言う。
「もっ、申し訳ございません」
女房たちは慌てて仕事に取り掛かる。
「全くもう、近頃の女房ときたら」
滋子は女房出身とあって、女房の振る舞いには手厳しいものがあった。
ーーまあ、気持ちはわからなくはないけれどね。
そう言って維盛と重衡の方をちらりと見る。

美しいものは、誰が見ても美しいのである。


その夜。
清盛の妻で滋子の異母姉である時子は、絵草子を眺めていた。
「やっぱり、異なる輝きを持つ美しいもの同士を並べると、それぞれの素晴らしさが引き立つわね」
采配しているのは、重衡の母であり、維盛の祖母である時子であったのである。

まあ、もちろんこれには幼い天皇(安徳)の側近として二人を印象付けよう、一族の中で浮きがちな維盛を守ろう、という清盛と上皇(高倉)の思惑もあってのことだったのだが。
維盛の妻は成親の娘であり、この頃には父重盛も亡くなっていたから、それで維盛を含む小松家は平家の中心的存在とは少し距離があったのだ。



時は過ぎて。
平家は落ちぶれ、追われるようにして都を出た。
維盛たち兄弟は一門に少し遅れて合流した。
「今まで何をしていたのだ!」
宗盛の怒号が飛ぶ。
「幼い子供たちが、咽び泣いて私を離さないものですから」
維盛が言うと、宗盛は疑うような目で
「本当か? 二心があるのではあるまいな?」
と維盛をなじった。
維盛はひどく悲しい気持ちになったが、それを悟られぬよう努めて笑顔を作ろうとした。
だが、上手く笑えない。
そこへ重衡がやって来た。
「兄上、維盛はそんなやつではありません」
「重衡叔父上……!」
維盛は嬉しくて涙ぐみそうになった。
「こやつは莫迦(ばか)正直なので、嘘をついたらすぐにわかります」
「ば、莫迦とはなんですか……! せめて正直者にとどめるか、素直と言って下さいよ」
維盛が言う。
「うるさい。莫迦は莫迦だ」
重衡も言い返す。
「ああ、もうわかったわ。そんな言い争いをしている場合ではない。早く行くぞ」
宗盛が呆れたように言って後ろを向いた。



   参考文献
平家物語
五味文彦・櫻井陽子(編) 2005 平家物語図典 小学館
高橋昌明 2009 平家の群像ー物語から史実へ―

「平家の群像」では維盛と重衡にスポットが当たっていて、この二人がペアになっていたみたいに書かれていたのが興味深かったので書きました。
コンビを組まされている感じなのですが、実はあまり仲が良くなかったとかだったら面白いかなあと。
いや、もちろん実際はわかりませんけどね(汗)。
二人とも桜と牡丹にたとえられる美貌の公達なので、平家の広告塔だったのかなあとふと思いました。
だとしたら、千年前も人の考えることは同じだったということで、そう思うとなんだか楽しいですw
2017-10-17

「桜少将と牡丹中将1」

まみころさんに捧ぐ


安元二年(1176年)、三月。
法皇の五十の賀が、法住寺の南殿において催された。
前年から入念な準備が積み重ねられ、試楽(予行練習)も行われた。

盛大に行われた賀宴であったが、ひときわ素晴らしかったのは、権亮少将平維盛の青海波である。

桜萌葱の衣(きぬ)、山吹の下襲(したがさね)といった春らしい衣装をまとっている、その姿だけでも匂いやかな色気がある。
右の袖の肩脱ぎをすれば芳香(ほうこう)が立ち上がり、左足を上にあげれば風がこちらに来る気さえする。
腕の使い方も、足の踏み方も、さわやかでいながら艶があって、人々はその一挙手一投足から目が離せない。
烏帽子に差した花の枝から花弁(はなびら)が落ちてきて、それもまた素晴らしい演出となっている。
腰に差した螺鈿(らでん)の細刀に入り日の光があたり、輝くさまはまさしく「光源氏」であった。

舞を終えると、維盛は一呼吸し、落としていた視線を上にあげた。
まっすぐな視線。
尊大なわけでも、むやみに謙遜するでもない。
常日ごろと同じ、涼しい顔をしている。
一瞬間があった後、場内は盛大な拍手に包まれた。
そのようすを見て取った維盛が、少し照れた表情をした。
それがまた好ましくて、女たちはうっとりとため息をついた。
いや、女ばかりではない。
男たちも同様に、まばゆそうに維盛を見つめた。

余韻はなかなか醒めなかった。


数日後。
「ご覧になりまして? 右権亮少将さまの華麗な舞。私もう、見ていて息がとまりそうでしたわ」
中宮(平徳子)の女房の局は維盛の話題でもちきりだった。
そこへ中宮亮平重衡がやって来た。
「おやおや、ここの女房は随分と惟盛びいきだねえ。私のことは忘れてしまったのかな?」
からかうような口調で重衡が言うと、
「きゃっ」
と言って下臈の女房たちは几帳の奥に隠れてしまった。
「姉上、女房の教育が少しなっていないのではないですかね」
やれやれ、といった調子で重衡が言う。
「まあそう言わずに。あなたが下臈の女房と話をすると、上臈の女房たちから意地悪をされるからですわ」
徳子が庇うように答える。
「そういうものですか?」
「そういうものですよ」
今度は徳子はやれやれといった調子で息を吐く。
「今日は今話題の貴公子を連れてきましたよ」
そう言って重衡は後ろに視線をやる。
重衡の後ろに、維盛が隠れるようについてきていた。
「中宮さまにおかれましては、ご機嫌麗しゅうように思われます」
そう言って維盛が軽く頭を下げる。
「まあ、そんなに畏まらないで。私はあなたの叔母なのですから」
徳子が優しく声をかける。
「いえ、そういうわけには」
維盛が手を横に振る。
「なんだ、維盛。お前見かけによらずに堅物だな」
重衡が茶化す。
「なんですか、見かけによらずって」
徳子は二人の様子を見てくすくす笑っている。
「維盛さま?」
「あの維盛さまなの?」
何処からともなく女房たちがぞろぞろやってくる。
「あの、私はそろそろ帰ります」
「なんだ、来たばっかりじゃないか」
重衡が咎める。
「すみません」
維盛が頭を下げて退出する。
重衡がその後を追う。
「お前、ちょっと失礼だぞ」
「すみません、どうもああいうのは苦手で」
「ああいうの?」
「女たちの群れ、というか……」
「ぜいたくなやつだな。大体宮中の女房と上手くやることもおれたちの仕事の一つだろうが」
「それはそうですが、どうも……」
ーーなんだか中身を見てもらっていないような気がして。
維盛はこう続けようとしたが、やめた。
それではよっぽど自分の外見に自信があるようではないか。
重衡は黙って少し考え込むような顔をしている。
「わかったぞ。お前はあれか」
維盛は、私の気持ちがわかるのだろうか、と少し嬉しくなる。
が、それも束の間であった。
重衡は次にこんな言葉を発した。
「男が好きなんだな!」
「……!」
思わぬ発言に、維盛は驚いた。
「違います!」
全力で否定する。
「じゃあ、なんでだ?」
重衡が問うても、維盛は答えない。
ーー言っても伝わらないだろうなあ。どうも、この叔父の率直な気質は苦手だ。
そう思う維盛をよそに、重衡は首をひねっている。

平重衡。
彼の辞書に、「さっする」の四文字はないのだった。


*****
続きます!
2017-10-09

歴史小説「三条の家の子2」

使いの者はこう言った。
「熊野に詣でていた平清盛さまご一行が、京に戻ったとのことです」
「なに、清盛殿が!」
「はい」
「そうか、清盛殿が……」
公教は少し考え込むような顔をする。
使いの男は何か言いたげであったが、言葉は発さずにその場を立ち去った。

公教は思案する。
院御所襲撃以来、信頼が朝廷の政治運営の舵(かじ)をとっている。
だが信頼にも、それに付き従っている義朝・師仲にも、世を取りまとめる力があるとは思えない。
それでも天皇・上皇が幽閉されている以上、信頼らを敵に回すことは出来ない。
そんなことをしたら、朝敵の汚名を着せられる。
それに、信頼らは武力を保持している。
強大な武力の前では、口先だけの政治は何の役にも立たない。
それが保元の乱を経験して、身にしみてわかったことだ。

だが。
公教はそこで深呼吸をした。
だが清盛殿がいるなら、話は別だ。
強力な武力を持つ清盛殿の協力があれば、信頼を圧倒することが出来るのではないか。

まずは清盛殿を味方に引き入れよう。
そして、信頼に反感を抱いている者を自分の陣営に引き入れるのだ。
例えば惟方。
先日の除目で信頼をやり込めた光頼の弟惟方なら、味方に引き入れることが可能なのではないか。
公教は一通り考えを巡らせると、清盛・惟方双方に接触を試みた。


まずは清盛殿に信頼らを制圧してくれないか、と話を持ち掛けた。
清盛殿は喜んで話に乗ってきた。
清盛殿は先に娘の婿に迎えていた信頼の子息信親(のぶちか)を、丁重に六波羅から信頼のもとに送り返したという。
そして自身の名を記した名簿(みょうぶ)を信頼に提出し、恭順の意を示したそうだ。
信頼はあっさりそれを信じたということである。
全くもって間抜けな男だ。
公教は呆れるやら、情けないやら、であった。

惟方の方は、渋面を作っていたが、やはり思うところがあったのだろう。
協力させてほしい、と言ってきた。
そして天皇と上皇の居場所を私に教えた。
天皇と上皇さえこちら側に引き込めれば、あとは何も問題がない。
もちろん計画通りに行けば、の話ではあるが。
公教は天皇と上皇の救出計画を練った。

これが上手くいけば、我が一家の朝廷における存在感はゆるぎないものになるだろう、と信じながら。
2017-10-06

歴史小説「平氏の棟梁、帰還」

平清盛は、熊野詣の途中であった。

「父上―、宿はまだにございますか」
あどけない顔をした少年が清盛に尋ねる。
「宗盛、ついさっきも同じことを言っていただろう。もっと辛抱しないか」
「だってえ」
宗盛と呼ばれた少年は口を尖らせて拗ねたような顔をする。
先年元服したばかり。
まだ十三歳の少年だ。
「まあまあ基盛、そう目くじらを立てるでない」
清盛は基盛に向かって言葉をかける。
こちら二十歳ぐらいの青年である。
「父上はそうやってすぐに宗盛を甘やかす! 宗盛の今後のためにもよくないと思いますよ」
基盛が咎める。
「宗盛に無理をさせると、私が時子に怒られるのだ」
「父上は何かというとすぐそれだ。義母上(ははうえ)が怖いのは確かに私にもわかりますが」
「そうだろう、そうだろう」
清盛がうんうんと首を縦に振る。
「清盛さま、あまり口が過ぎると、私が奥方様に言いつけますぞ」
「家貞、お前は私の味方ではないのか」
清盛が累代の家人家貞に向かって、懇願するように言う。
そのようすはとても一族の長とは思われない。
だが、子息と家臣たちは笑っているばかり。
清盛のことを棟梁として、信頼しているのだ。
家貞は言う。
「私は奥方様に言いつけられていますので。殿が無理をしないように、とも」
「これは一本取られたな」
清盛が言うと、一行からはまた笑いが出た。

そのとき、飛脚が駆けつけてこう言った。
「都で大事件が起こりました」
そう言って子細を話す。
これを聞いた清盛は、
「これはいったいどうしたらよかろうか」
と思い煩うばかりであった。
清盛に従っていたのは、子息の中では越後守基盛と、淡路守宗盛、その他は侍十五人であった。
ここからまっすぐに九州の方へでも落ちのびて軍勢を集めるのが良いだろうと評定していると、紀伊国(今の和歌山県)の湯浅権守宗重と称する武者が表れた。
三十七騎の精鋭を率いて、である。
宗重は言う。
「まっすぐに京都においでなさい。京都に入るのに妨げがあれば、お力になりましょう」
また、熊野の別当湛快は侍というわけではなかったが、鎧七組を弓矢その他に至るまでそろえて頼もし気に取り出し、ためらうことなく清盛に与えた。
また、宗重は宗盛を見つけると、
「私の息子と同じぐらいの年齢だ。その上、清盛殿の秘蔵っ子と見た。戦では何が起きるかわからない。念のために、これを差し上げましょう」
と言って自分の息子の着けていた紫色の革で嚇した(おどした)小腹巻(鎧の一種)を脱がせ、宗盛に着せてやった。
「宗重殿。それではあなたの御子息が……」
清盛が言いかけると、
「なんの! 私の息子はそんなにやわではありません。どうかお気をつけて。ご武運を祈っています」
宗重はそう言って去って行った。

清盛は熊野へは代理を立てた。
「皆の者、われわれはこれから京に戻る。左馬頭(さまのかみ、義朝のこと)風情にでかい顔がさせられるか!」
清盛が雄たけびを上げると、他の者も続いた。
皆の士気が上がる。
平清盛は、いざとなると頼りになる男であった。

かくして平清盛は十二月十七日に入京した。
院御所襲撃から八日が経っていた。
2017-10-05

歴史小説「除目と恩賞3」

光頼はこんなふうにふるまってはみたものの、気がかりで、急いで宮中から退出することはせず、殿上の間の小蔀(こじとみ)の前に立っていた。
清涼殿の東側の長い廊下の奥に置いてある昆明地(こんめいち)の衝立障子の北、遠く脇の戸の辺に弟の検非違使別当惟方が立っていたのを招き寄せて、こう言った。
「今日、公卿の会議があるという知らせがあったので急いで馳せ参じたけれども、たいして議案を決定するようなこともない。
本当かどうかはわからぬが、この光頼は死罪にされる人数に数えられていると、伝え聞いた。その人々の名前を聞けば、現代においては学問や儀礼に精通した、相応の賢い人たちだ。私がその数の中に入るということは、たいそうな面目になろう」
そこで光頼は一呼吸置いた。
物騒なことをいっているが、様子は冷静であった。
「それにつけても、そこもとが、右衛門督信頼の車の後ろに乗って、少納言入道の首を検分するために一緒になって出向いたことは、どれほどふさわしからぬ行動であることか。近衛大将や検非違使の別当は、他とは異なる重職だ。その職に就いていながら、他人の車の後ろに乗るなどとは、先例もない。また、その場にとっても恥だ。特に首実検は、非常に穏やかではない」
とも、続けて言う。
すると惟方は、
「それについては、天皇の御意向でもありましたので」
と苦し紛れに言って、赤面した。
光頼は驚いた顔をして返答する。
「これは、なんと。天皇の御意向だからとて、こちらの考えるところを、どうして一言、申さなくてよかろうか。
我々の祖先、勧修寺内大臣高藤、そのお子の三条右大臣定方が、醍醐天皇の御代にお仕えして以降、君(天皇の意)はすでに十九代、臣下の我が家はまた十一代、名をお受けして行ってきたことは、みな民を重んずる徳政だ。一度も悪事にまじわったことはない。我が家は、太政大臣にまで昇進できるほどの、それほどの名家ではないものの、正しい道をわきまえた臣下にひたすら連れ添って、おもねりへつらうような連中の仲間にならなかったゆえ、昔から今に至るまで、人から後ろ指をさされるほどのことはなかった。
お前が初めて逆臣に引っ張り込まれて、代々続いてきた我が家の名声を失うことになるのが口惜しいことだ」
そこで光頼はちらり、と惟方を見る。
惟方は俯いていて、顔を上げようとしなかった。
光頼は続ける。
「もしまた、皇居に放火でもしたなら、君もどうして安心できる状態でいらっしゃれようか。大内裏が燃えかすの地になってしまうのですら、皇室にとってはお嘆きのもととなるであろう。まして、君や臣下の身に、万一のことがあったなら、徳を基本とする王の政治の滅亡が、今この時に現実となってしまうであろう。
右衛門督信頼は、お前にあらゆることを相談していると聞く。充分に気配り、心配りをして、機会をうかがって、天皇や上皇のお身体に災難が及ばないようにするべきだ」
光頼の発言を聞いて、惟方はうなだれていた。
自分の思慮の浅さに、恥じ入ったのであろう。

「ところで、天皇の食事どころの朝餉(あさがれい)の方に人音がして、殿上の間をのぞく櫛形の窓に人影があるのだが、あれはなんなのだ?」
光頼が問うと、惟方が答える。
「それは、そこに右衛門督信頼が住んでいるので、その世話をする女房などの姿が横切ったのでしょう」
光頼は聞くに耐えられず、
「世の中、今はこんな有様だ。天皇のいらっしゃる朝餉には、右衛門督が住み着き、君を黒戸の御所にお移し申し上げたようだ。世の末ではあるが、太陽も月も、まだ地には落ちておられない。とはいえ、私はどのような前世からの宿業で、このような世に生を受け、嘆かわしいことばかり聞くのだろう。
臣下の者が王位を奪うこと、中国にはその例が多くあるとはいえども、わが国にはいまだ、このような先例を聞いたことがない。皇室の神たる天照大神(あまてらすおおかみ)・石清水八幡宮の神は、国王の正しい政治を、どのようにしてお守りになるつもりなのか」
と遠慮なく繰り言をいう。

惟方は、人が聞いていやしないかと、背筋の凍る思いであった。
「まったく、今の内裏のありさまを聞いては、目も耳も洗ってしまいたくなることよ」
と最後に言って光頼は退出した。

残された惟方は、朝餉の間にいる信頼の方を見た。
小袖に赤い大口袴(おおぐちはかま)を着、冠には巾子紙(こじかみ)を入れていた。まるで天皇にでもなろうかというありさまである。

このような男に付き従い、あまつさえ大将として祭り上げてしまったとは。
惟方は、大変なことをしでかしてしまったと、後悔しはじめていた。
2017-10-04

歴史小説「除目と恩賞2」

そのまた数日後、内裏では殿上の間で公卿の会議を開催するということで招集がかかった。
藤原惟方の同母兄の藤原光頼は、ことさらに華やかな装束を着、鞘に蒔絵(まきえ)を施した儀式用の細い太刀を腰に帯びて内裏に参入した。
身近に使える侍は一人も連れず、身だしなみを整えた雑色四、五人、そこに侍の右馬允(うまのじょう)範義に雑色の着物を着せ、細太刀を懐に差させて紛れ込ませ、「もしものことがあったら、私をお前の手で討て」と言いおいておいたということである。
内裏では、大勢の軍が陣を張り、隊列を整えて厳戒態勢をとっていた。
そのためにたまたま参内する公卿・殿上人も恐れをなし、身を低くして入っていった。
ところがこの光頼という男は武士連中に遠慮することなく堂々と入っていく。
武士は威圧されて、弓を寝かし、矢を脇に控えて通す。

紫宸殿の北側の通路を沓(くつ)を履いたまま通り、清涼殿の殿上の間の小庭を巡って室内を見ると、右衛門督藤原信頼が最上席について、その場にいる本来であれば信頼よりも上位の者たちはみな下座に着いていた。
光頼はこれは納得しがたい奇妙なことだ、と思った。
そこで殿上の間に上がって左代弁宰相藤原顕時が末席の宰相として着座していたのに向かって、笏をきちんと持ち直してあらたまってあいさつをした。
「お座敷のようす、たいそう、だらしのうございます」
そう言ってしずしずと上席に歩み寄り、信頼の着いている上座にむずと乗りかかるように座ると、信頼はたちまち顔色を失い、うつむき加減になった。
着座していた公卿たちは、それをなんとあきれたことだと驚いて、目を見開く。
左衛門督である光頼は言う。
「今日の会議は衛府の督が主催するものと拝見しました」
左衛門督である自分ではなく、なぜそれより下の地位の右衛門督たる信頼が場を仕切っているのかと、暗に咎めたのである。
そして束帯装束の下襲の長い裾をたたんで引き直し、着衣の襟元や折り目を整え、笏を取って居ずまいを正した。
「そもそも今日はどういう案件を決定いたすべきなのでありますか」
光頼は問うが、着座していた公卿・殿上人は、一人も言葉を発しない。
まして、下座からの発議など、全くない。

光頼は、やや時が経ってから、さっと立って静かに歩いて外に出た。
これを見ていた武士たちは、
「なんと肝のすわった強靱な人よ。ここのところ、人は多く出仕なさったが、信頼の上座に着きなさった人はいなかった。この人が初めてだ。門をお入りになった時から、少しも怖じ気づく様子もおありでなかったが、とうとう、しでかしなさったことよ」
「ああ、この人を大将にして合戦をしたいものだ。どれほど頼もしかろう。昔の武人、源頼光をひっくり返して光頼とお名乗りになるから、こんなふうでいらっしゃるのか」
などと言った。
するとそばにいた右代弁藤原資長に仕える雑色が、
「どうしてそれなら、頼光の弟の頼信の名をひっくり返して信頼と名乗りなさる信頼卿は、あれほど臆病なのか」
と言った。
「壁に耳あり、石に口あり、ということわざがある。そのこと、聞いても聞かなかったことにしよう」
一人がこう言うと、そばにいたものは忍び笑いに笑っていたということである。
2017-10-01

小布施に行って来ました☆

最初に「栗の木テラス」というお店に行ったのですが、すごく混んでいて。
名前を書いて少し散策してから入り直しました。
10時開店で10時半ごろに行ったのですが、なかなかの待ち人数でしたよ。
行くなら開店と同時でも良いかもしれません。

お腹が空いたのでその前にそば粉のクレープを食べちゃってました。
私はマロン&マロンクリーム。
450円とは思えないくらい栗が美味しかったですv

「栗の木テラス」
http://www.kanseido.co.jp/shop/obuse/




「オートンヌ」というチョコレートのケーキを食べました。
奥のは確か「季節のチーズケーキ」。
紅茶も二杯分出てきますし、ケーキは本当に濃厚でした。
バラの飾りチョコレートが可愛くて写真を撮っちゃいました。
外装も内装もとても素敵なお店です。

北斎館にも行ってきました。
写真は写真OKのところで撮りました。
タイトルは忘れちゃいました。
西行法師が山部赤人と一緒に描かれています。

北斎館
http://hokusai-kan.com/







このあたりの路地の奥にパワーストーンのお店がありまして。
名前を見てなかったのですが(レシートにも店名がない!)、多分ここだと思います。
千幸~Sencia~センシア 小布施本店
http://www.obusekanko.jp/enjoys/buy/obuse501.php



こちらはこのお店で買ったものです。
660円でした。
自分の好きな石でも作れるということでしたが、なにが良いか迷ってしまって、結局すでに出来ているものを購入しました。
石は何だったかな。
忘れちゃいました(←ダメじゃん!)。
色的にはアメジストとパールですが。
全体的に良心的なお値段だと感じました。
石の配色や組み合わせのセンスも私は良いと思いましたよ。
このあたりは好みもあるので何とも言えませんが。

追記:お店で渡された誕生石・干支石・星座石及び石の意味合いの紙に店名が書いてありました。
他の地域にも店舗があるようですよ~。

お腹が空いてきたし、そろそろ食事を、と思ったときにはもう二時半ぐらいでした。
が、入りたいと思ったところはランチは14時まで、や秋期間はカフェだけ、というお店ばかりでして。
結局車で少し走ってファミレスでご飯を食べました。
15時くらいになってました。

なかなか難しいです(笑)。
でも栗の木テラスは行って良かったですよ♪

一日楽しかった~(´▽`*)
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ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
よろしければおつきあいくださいませ☆

2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

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