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2018-03-10

婚約指輪ができましたv

婚約指輪のリフォームが終わりました。






婚約指輪は「つける機会があまりないからいらないよ」と彼に言っていまして。

その話を母にしたら「貴金属はもうつけないからアンタにあげるわ」と、ジュエリーをいくつかくれました。

「デザインは少し古いけれど、品物自体は良さそう。なんか『CAMELLIA』って書いてあるし」と、ありがたく頂戴しました(私ったらちゃっかり者w)。

サイズだけを直し、そのサイズ直し代を彼に払ってもらうことで「婚約指輪」の体が保てるかなあと考えて、宝石店さんに行きました。

そしたらお店の人に「これはデザインが古いから、つけないかな……。リフォームした方が……」と言われてその場でリフォームすることに。

彼と母には事後報告だったのですが、二人とも「リフォームはした方が良いと思っていた」と言ってました(^0^;)

で、一ヶ月ぐらいでリフォームが終了し、完成したのがこちらです

すごく可愛くなりました

キラキラしてて、見違えるよう。

リフォーム前の写真を撮っていなくて、ビフォー&アフターが出来ないのが残念です。

失敗、失敗

隣のベルベットのケースは元のケースです。

昔の指輪はケースもでかい(笑)!

こんな指輪を贈れるなんて、父頑張ったんだなあ、甲斐性持ちだったんだなあ、みたいにも思いました。

いつか自分に娘が生まれたら、同じようにその子にも受け継がせたいですね。

そのたびに加工してたら、石はだんだん小っちゃくなっちゃいますけど(笑)

代々受け継がせたりとか、そういうの、いいかなって
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2018-03-06

歴史小説「君もろともに」

黒嵜さんにささぐ


鎌倉勢は奥州を制圧するために、彼の地へと向かっていた。
奥州には異母弟義経が匿われている。

冷徹な政治家として名高い頼朝とはいえ、血を分けた弟を討つのには些か抵抗があった。

名取川(今の宮城県を流れる川)に差しかかったとき、頼朝は和歌の上句を詠んだ。

「我独り今日の軍に名取川」

お世辞にも和歌に造詣が深いとはいえない鎌倉武士たちは、しきりに和歌の下の句を考えながら右往左往した。
その姿が頼朝には滑稽にうつり、ふっと笑みを洩らした。
ーー我ながら性格が悪いなーー

そんな中、頼朝の腹心梶原景時は、涼しい顔をして下の句を次いだ。
「君もろともにかちわたりせん」

「名取り」という川の名に「名を挙げる」の意味を掛けた頼朝に対し、景時は徒歩(かち)に「勝ち」を掛けたのだ。
祝言、と言って差し支えないであろう。
加えて「我独り」という頼朝に対し、景時は「君もろともに」という言葉で返した。
「貴方は一人ではありません。この景時、いえ鎌倉勢の皆がついています」と、暗に込めたのである。
和歌をはじめとする教養ということに関しては、景時は鎌倉勢の中では随一であった。

頼朝は景時の下の句を聞き、満足げに何度も頷いた。
荒んでいた心の波が、一瞬だけ凪いだ気がした。
そして、郎党に八つ当たりをしてしまった自分を恥じた。
それをごまかすように、頼朝は右手を挙げた。
「いざ、奥州へ」
郎等たちがそれに呼応する。
頼朝は、もう迷わなかった。
私はこの鎌倉の者たちのためにも、義経を討つ。
私には、守るべきものがたくさんあるのだ。
それは悲壮な決意ではなく、希望に満ちた決心であった。


   参考文献
山本幸司 1998 頼朝の精神史 講談社
滑川敦子 「和田義盛と梶原景時」治承~文治の内乱と鎌倉幕府の成立 所収 2014 清文堂出版
プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
よろしければおつきあいくださいませ☆

2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
note、「小説家になろう」サイトにも投稿しています。

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