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2018-07-26

「行成と敦康」

咲耶子さんに捧ぐ

寛仁元年(1017年)八月――。

「敦明親王が、東宮を辞退するらしいな」
「もう、お耳に入られていましたか」
「当たり前だろう」
式部卿宮(しきぶきょうのみや)敦康親王の声は朗々としていて、澱みがない。
けれどそこに浮かれた調子は一切なかった。
いついかなるときも冷静さを失わない、宮さまらしい。
行成の思案を、敦康親王は見透かしていたようである。
「私が浮かれているとでも思ったか?」
そこには戯言、のような響きがあった。
決して「詰問」ではなかった。
それが行成には堪える。
「いえ、そんなことは。全くもって、ありません」
冷や汗をかきながらも、行成は返答する。
「邸の人間は、気もそぞろだ。私が次の東宮になるのではないか、と浮かれている者も多い。そんなこと、あるはずがないのにな」
(宮さまは、わかっておられる。何もかも。居てもたってもいられず、駆けつけてしまったが、私はいったい何をしに来たのだろう)
「そなたがここに来た理由はわかっている。私がおかしな真似をしないか、偵察しに来たのだろう」
「いえ、そんなつもりでこちらに参上したわけではありません」
「そうか?」
「わたしはただ、宮さまのことが心配で……」
「心配、か。それは果たして『私の』心配なのかな。中納言殿」
朝廷の、いや道長の犬だということを強調したいのだろうか。
敦康親王は言(こと)の葉(は)の最後に「中納言殿」をつけた。
敦康親王が行成の目をじっと見つめる。
行成は、目を逸らさない。
自分の誠意を示すために。
その思いが通じたのだろうか。
「家司殿。意地悪を言って悪かった。少し気が立っていたのだ」
敦康親王の表情が和らいだものになる。
行成はほっとする。
「気が立ってしまわれるのも無理はありません。口さがない輩もたくさんいることですし」
「本当にそうなのだ。あることないこと触れまわる者ばかりで、な」
敦康親王が衣装の首元をゆるめてくつろぎ始める。
「家司殿は、よくやってくれているよ。いつも感謝している」
「御言葉勿体(もったい)のうございます」
行成は深々と礼をする。
「つい、甘えてしまうんだな。私の悪い癖だ」
「そんな……。悪い癖だなんて。私は嬉しいですよ。宮さまのような立派な方に頼りにされて」
「いやいや、そんなことはない。私は周囲の人間に甘えてばかり。家司殿にも、養母上にも。それに……」
敦康親王は何かを言いかけてやめた。
行成は「道長殿」と言いかけたのだろう、と思った。
「世の中にはもっと甘えておられる方がたくさんいます。そう、例えば……」
「敦明親王、か」
行成は言葉に詰まった。
敦康親王の表情は真顔に戻っている。
「あの御方は、どうしていつもああなのだろうな。せっかく父帝(三条天皇)が帝位への道すじを用意したというのに、それをご自分で放棄されて。周囲の人間の配慮も、気にも留めない。ご自由なことで、全く羨ましいよ」
「はい……」
「家司殿」
「なんでしょうか?」
「そなたはいつか言っていたな。敦明親王の御顔を拝謁したとき、そこに竜顔はなかった、と」
「そんなこと、申しましたでしょうか……」
行成の声がか細いものになる。
「そなたに聞きたい。私の顔には、竜顔が見えるか?」
行成は言葉に詰まった。
なんと声をかけてよいのかわからない。
行成は沈黙するばかりだった。
「私には、人相を見る力はありませんので」
絞り出すようにそう言って、行成はこの場を去ろうとした。
「そうか……。困らせるようなことを言って悪かった」
(あなたさまは父天皇に似て、竜顔の相をお持ちです。それが帝位につけないのは、周囲の人間の不徳の致すところ。
そう言えたなら、どんなにいいだろう。
だがそれを言って、なんになる。
その場しのぎのなぐさめの言葉をかけて、同情をして、それで宮さまは何を得るというのだ)
行成は狡さを持ち合わせてはいなかった。
それは敦康親王も同じだった。
そんな二人だからここまでやってこれたこともあるし、やってこれなかったこともあった。

このやりとりから約二年後、敦康親王はこの世を去った。
世人は才にあふれ、人徳があり、その上謙虚でもあったこの不遇の皇子の死を悼んだ。


行成の胸には、この日のことが去来したかもしれない。


*****
リクエストは四納言だったのですが、学術文庫の「権記」のあとがきを読んでいたらこのお話が書きたくなって書きました。
「敦明の皇太子辞退に際して、行成は何度も敦康の許を訪れているが、これは何を相談するために行ったのであろうか」という一文です。
ちょっと急ごしらえで作ったので、書き込み不足ですね。
説明不足でわかりにくいかもしれません。
すみません。
歴史を知っている人向け、かな。
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2018-07-15

今鏡マンスリー「藤原師長」

年下の兄は、出来た人だった。

ーーなぜ兄なのに年下なのか。
それは兄が、嫡子だったためだ。
兄兼長は、父の第二の妻とでもいうべき女(ひと)の腹から生まれた。
父親の身分も権中納言だ。
だからであろう。
父は兄を正妻に預けて、私のことは祖父の養子にした。
私の母は受領の娘だった。
父は私と兄と、兄と同腹の弟を競い合わせて後継者を決めようとしていたようだった。
だが周囲の人間は、どう見ても兄を嫡男として扱っていた。

年下といっても三ヶ月私の方が早く生まれただけだから、厳密に言えば年は変わらない。
だが、いくら三ヶ月といえど先に生まれたのは私の方。
そのことにずっとこだわっていた時期もあった。
私のその子供じみたこだわりを異母兄がどこまでわかっていたのかは、今となっては知るすべはない。
あの兄のことだから、きっとわかっていたのだろう。
全てとはいかないまでも。
曖昧でも、おぼろげではあっても、気づいていた、ような気がする。

*****

もうずいぶんと昔。
「父上、聴いてください。新しい曲を習得したのです」
幼い師長、いや二千君が父親である頼長のもとに進み出る。
頼長の足元にいる綾麻呂(のちの兼長)の方を睨みながら。
どうです、すごいでしょう、とでも言わんばかりに、二千君はその曲を立派に弾いてみせた。
「わあ、すごいなあ。僕なんて弦の種類も覚えていないのに」
綾麻呂が感嘆する。
「こら、そんなことではだめだぞ。詩歌管絃に励むことも、公卿のつとめの一つだ」
「はい、すみません」
頼長が綾麻呂を軽く叱ると、綾麻呂は少しはにかんで謝った。
「今度僕に教えてよ」
屈託なく笑顔を向けてくる綾麻呂に、二千君は戸惑ってしまう。
(誰が、お前なんかに!)
そう言うわけにもいかない。
「あにうえには、立派な師がついているそうですから、私などは、とても」
「そう?」
綾麻呂はきょとんとした顔をしている。
(アホっぽいツラだな。こんなのが父のあととりなのか)
二千君は、跡取りの意味の理解もあやふやだった。
だが、それが「せいぎ」なのだと感じてはいた。
正義。
これ以上なく、正しいこと、真っ当なこと、曲げられないこと。
わたしはそれにあらがわなければならない。
だが、この異腹の兄にとってはそうではない。
二千君にはそれがどうしても許せなかった。

二千君はことあるごとに綾麻呂と自分との違いをひけらかした。
人一倍努力もした。
頼長の邸の人間は、可愛げがない、生意気だ、と陰口をたたいていた。
二千君はそれに気づいていながら、いや気づいていたから余計に、綾麻呂を見下す態度をとった。
頼長はそんな息子の態度に戸惑った。

ある日、綾麻呂が二千君を呼び出した。
「君が僕より優れているというのはわかった。だが、あまりそうひけらかすのは良くないと思うよ」
「……別に私はひけらかしてなんか、」
綾麻呂が二千君の言葉を遮る。
「なんていうのかな。父も、祖父も、困惑してしまっているんだ」
「……」
「それに、君自身のためにも良くないと思うんだ」
(おまえに、私の何がわかる)
「能ある鷹は爪を隠す、っていうだろ? あと、なんていうか男のたしなみ、というか」
「うるさい」
小声で二千君が呟く。
「えっ? なんだって」
「うるさいうるさい。なんだ年下のくせに兄貴ぶって。私の方が生まれたのは早いのに!」
思わず手が出る。
気が付くと、二人は殴り合いのけんかをしていた。
けんかが終わった後で、二人は大人たちに叱られた。
「で、誰が先に手を出したんだ?」
「わ」
二千君が、私です、と口に出そうとしたのを、綾麻呂が遮った。
「私が先に口を出しました」
二千君は驚いた。
「私が先に手を出しました」
二千君が綾麻呂に習って言葉を発する。
その口調はきょうだいだからか、とてもよく似ていた。
「そうか。なら、今日は喧嘩両成敗ということにしておこうか」
頼長がコホンと咳払いをする。
頼長が出て行ったあとで、綾麻呂が二千君の方をちらり、と見た。
そこにはいつものあどけない、二千君の思うところのアホっぽい顔ではなく、年相応の少年の表情があった。
(ああそうか、この異母兄もまた、どこか無理をしていたのかもしれない)
「お互い、苦労するね」
顔も見ずにそう言って、綾麻呂は二千君から離れた。
その日から、二千君は過剰に綾麻呂を意識した態度をとるのをやめた。

かといって、二人は親しくなったわけでもない。
そこはやはり同腹のきょうだいや、ただの友達というわけにはいかないのだ。

*****

父に問い詰められたとき、「自分が先に手を出した」と言われていたら、私は反発していただろう。
あの当時幼かった兄がどこまで理解していたかはわかりかねるが。
あの日、兄の本当の顔を見ることが出来なかったら。
私は大人になるのが、きっともっと遅かっただろう。

私たちはそれぞれ大人になり、兄は気遣いの人として生き、私は才の人として生きた。
「棲み分け」のようなものがあった気もする。
面と向かって言うことはなかったが。
そもそも私たちは、本音をぶつけあうことさえついぞなかった。


やがて保元の乱がおこり、私たちは、きょうだいたちは離れ離れになった。
それぞれ遠地に配流され、いつ亡くなったのかさえわからない。

だから私は配流された日を、きょうだいたちと生き別れた日ということで皆の命日にした。
今年もまた、あの日が来る。
弔うことしかできないが、どうか成仏してほしい。
墓石を前にして、私は静かに手を合わせた。
2018-07-15

今鏡マンスリー「藤原兼長」

続・花の1138年組

「花の1138年組」→http://shionnoidashiginu.blog.fc2.com/blog-entry-50.html

兼長 「私も1138年生まれなんだけどなあ」
唐菓子をボリボリ食べながら。

一同 「……」

兼長 「どうして選ばれなかったのだろう」

成親 「それはお前がデ」

実定 「わーわーわー」

兼長 「何か言ったかい?」

重盛 「なにも、なにも」
不器用な重盛は、上手く言い繕うことが出来ない。

見かねた師長が、口を挟む。
師長 「今のアイドルの流行りはスレンダーなんだ。だからその、卿のようなふくよかなタイプはちょっとお呼びでないんだ。だから、そうだな、、別のグループを結成してみては?」

兼長 「ははは、私はいいよ。君たちが楽しそうだからちょっと羨ましかっただけで、自分でグループを結成しようとまでは思わない」

成親 「ならはじめから言うなよ」

重盛 「こら」
重盛が成親をたしなめる。

成親と重盛と実定が席を外したとき、兼長は師長に声をかけた。

兼長 「悪かったね。気を遣わせてしまって」
そう言いつつも特に悪びれたようすはない。晴れやかな表情で、余裕が感じられる。

師長 「いやいや、私は何も」

兼長 「私はぽっちゃり体型だからね。アイドルなんてがらじゃないのに、駄々をこねたような形になってしまって。すまなかった」
兼長はぺこりと頭を下げる。

師長 「……」

兼長 「どうかしたか?」

師長 「いえ、なにも」
(この年下の兄にはやはりかなわないなあ。でも、ぽっちゃり、ってレベルじゃないんだけどなあ。なんていうか、関取レベル?)

兼長 「さて、家に帰って相撲でも見ようかな」

師長 「……! えっ、まさか、本気で横綱になるおつもりですか?」

兼長 「いや、別に。というか、失礼だな、オイ」


二人のあいだに不穏な空気が流れたとか、流れなかったとか。


おしまい♪
プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
よろしければおつきあいくださいませ☆

2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
note、「小説家になろう」サイトにも投稿しています。

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お手数おかけしますm(_ _)m

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