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2018-09-14

「背越しの君」

やっちさんにささぐ

蝉の鳴く音が絶え、夏が終わろういう頃。
飛鳥の都の一角で、こんな会話が聞かれた。

「私は筑紫太宰に下る」
自邸に帰って来た美努王(みぬおう)は、唐突に宣言した。
「あなた、本気なのですの?」
妻の三千代(みちよ)が心配そうに尋ねる。
「当たり前だ。私は今の朝廷のやり方にはついていけない。筑紫太宰に下れというのも、ようは左遷であろう」
「そうは言っても……」
「なに、心配することはない。そなたは後から子供たちを連れて私のもとに来てくれればいい。それまでの間、私は十分な仕送りをする」
「……はい」
(十分な仕送り、ね。邸の出納帳すら見ようとしないこの人に、その費用がはたして賄えるのかしら。今だって私が何とか切り盛りして家計をまわしているというのに。周囲の人たちからは『皇親政治の雄』などと祭りあげられているけれど、なんだか危なっかしいわ。私には、この人の門地の高さと人の良さに人々が付け入っているように思えてならない)
「どうしたんだ。黙り込んで」
「いいえ、なんでもありませんわ」
三千代は首をふって偽りの笑みを浮かべた。
「寂しい思いをさせるね」
美努王が三千代を抱き寄せる。
(本当に優しい人だけれど、それだけ、という気もしているわ)
三千代は呆れたような、疲れたような表情をしているが、美努王からは見えない。

美努王は敏達天皇の後裔で、皇族が中心となって政治を執り行うべきだ、という皇親派の中心人物であった。
そのため、律令を定めて君臣一体となって朝政を取り仕切ろうという考えには反対していた。
後宮で働く三千代には、それが時代遅れの考えに思えてならない。
(皇族である鵜野皇后(持統天皇)その人が律令を定めて君臣合体の政治を目指しているというのに。もどかしいったらありゃしない)
三千代は豪族の出身で、少女の頃に朝廷に出仕し、そこで美努王に見初められた。
皇族の妻が出仕するなどもってのほか、という美努王をなだめすかして、結婚後も朝廷に仕えている。
(高貴な人の妻、というのが私には性に合わないのかもしれない)
三千代はそんな思いを抱きつつも、どうすることも出来ずにいた。

美努王の、「こちらへ来てほしい」という催促の手紙を月に何度も受け取っていた頃、三千代にはある出会いがあった。
「ほう、あなたが三千代殿ですか」
偉丈夫の男は意味ありげな視線を三千代に送る。
「それが、なにか?」
(変な人。官人は私をだいたい『美努王の細君』とでも呼ぶのに。でも、そう呼ばれるのはいやじゃないわ。誰かの妻という肩書ではなく、私自身を見てもらっている気がするからかしら)
「いえ、噂で想像していたよりも、ずっと美しい人だと思いましてね」
そう言って男は少し照れたような表情をする。
三千代の方もまんざらでもない。
「噂、とは?」
「阿閉皇女(元明天皇)に仕えている美努王の妻は、なかなかのやり手だと。我が物顔で後宮を取り仕切っている、どうも可愛げがない、というものですよ」
「あら、失礼な方ね」
「失礼なのは噂の主ですよ」
「それをそのまま本人に伝えるのもどうかと思うわ」
「これは失礼。あなたにどうしても私の味方になってほしいと思ったものですから」
「味方? あなたは何を企んでいるの?」
「企みとは、また失礼な」
「それはお互い様だわ」
男の手が三千代の肩にまわる。
三千代もまたほんの少しだけ男に近づく。
二人は言葉を交わすうちにどんどん近づいて行った。
「ねえ、あなたの企みを聞かせて」
「いいでしょう。あなたが、私を受け入れてくれるなら」
そう言って男は三千代を抱き寄せた。
「いいわ」
三千代が男の頭をなでる。
どちらからというでもなく、二人はくちづけを交わした。
「名前を、教えていませんでしたね」
顔を離した男が、三千代の耳元で囁く。
「私の名は……」
男を制して三千代が口を開く。
「藤原不比等さま、でしょう」
「そうです」
不比等は涼しい顔をしていた。
「なぜ私だと?」
「ここ後宮でこんな不埒な真似の出来る方を、私は他に知りません」
「また失礼な」
三千代はくすくす笑いながら、再度不比等の背に腕を回す。
「ねえ、あなたの野望を聞かせて?」
「いいでしょう。でも、ここではとても、ね」
不比等は辺りを見回した。
二人のようすにくぎ付けになっていた官女たちは、慌てて目をそらした。
三千代と不比等は、そろって笑い声をあげた。

不比等と三千代の関係は、一気に広まった。
その声は、三千代からの離縁してほしいという便りより早く美努王に届いたという。


*****
リクエストは藤原不比等でしたが、他者から見た「不比等」が書きたくて三千代目線になりました~。
奈良時代、難しかったですー(>_<)
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2018-09-07

左大臣家のお家事情

薑さんに捧ぐ

「源氏物語」より


その日左大臣は正妻腹の子供たちと邸で談笑していた。
そこに左大臣の北の方がやってくる。
「あなた、少しお話が」
「なんだい? 上。話ならここでも」
「いえ、ここではちょっと……」
北の方は子供たちの方に目をやる。
「わかった。そちらへ行こう」
二人は邸の一角の局に入った。
「それで、話というのは?」
「兄のことなのですの」
「兄。桐壺帝がどうかしたのか?」
北の方は今上帝の妹で、左大臣に臣籍降嫁した内親王だった。
「兄が先年一介の更衣になみなみならぬ愛情を注いでいたのは、あなたも覚えているでしょう」
「もちろん。周囲の人間が頭を悩ませていたからね。あなたも含めて」
「そうなのですの。その兄が、今あることで頭を抱えているのですの」
「あること、とは?」
「その更衣の生んだ皇子、光君の添い臥(そいぶし)の姫のことですわ」
「添い臥? 光君に添い臥の姫をやりたいと考えている者なら、いくらでもいそうじゃないか。帝に取り入る絶好の機会なのだから」
「それが……。兄は添い臥の姫を差し出してくれた公卿に、光君の後見も頼みたいと、そういう心づもりなのですの」
「帝がそう言ったのかい?」
「いえ、直接言われたわけではなくて。なんというか、遠回しに」
「あの御方は少し面倒くさいところがあるからなあ。と、これは口が滑った」
「いいのですよ。ここには私とあなたしかおりませんし」
「そうは言っても、私とあなたの間には葵しか娘はいないからなあ。葵は将来の帝の后に、と考えているから、私には他の者を推挙するぐらいしか出来そうもない」
「あなた、そんなこと仰らずに。葵には私からも言って聞かせますから」
「ううむ、そうは言っても……」
「お願いします」
北の方が床に指をつき始めた。
「あなたが、そこまで言うのなら」
左大臣は宮家から娶った北の方には弱いところがあった。

後日、娘の葵にこのことを伝えた。
「そなたを、今上帝の第二皇子の光君にやろうと思う」
言われた葵の上は、きょとんとした顔をしている。
(無理もない。この子には、物心ついたころから、そなたを帝の后にするのが私の夢だ、と語っていたのだから)
左大臣は少し気まずい思いをしながらも、一気にまくしたてる。
「光君は帝の秘蔵っ子でね。とても父宮に可愛がられているんだ。容姿端麗で、頭もよく、管絃の道にも優れているときている。夫君としては申し分のない御方だ。宮中は光君の噂で持ち切りだ」
「でも、その方が天皇になる望みは薄いのでしょう?」
「うぐ。いや、そうとも言い切れない。何かが起これば……」
「何かなんて、起こってほしくないわ。お父様が巻き込まれないはずがないもの」
(我が娘ながら、頭のいい子だ)
「ねえ、どうして東宮のもとではだめなの? 私は帝の后になるのではなかったの?」
「それが、今上帝のたっての頼みなのだ。ここで恩を売っておけば、我が家の繁栄は間違いなしだ」
半分やけになって左大臣は言ってのけた。
「お父様は私が妃になって皇子を生むより、お兄様が出世する方に賭けたのね」
「いや、それはその……」
左大臣はたじろぐ。
「それはそうよね。皇子を生めるかもわからない女の身の私より、自身の才覚で道を切り開ける男の身のお兄さまに賭けるほうが、ずっと安心よね。わかりました。私は光君の妻になります。でも、それならそれで私にも考えがありますので」
そう言って葵は目の前の簾を下ろした。
(我が子ながら、なんて気が強いんだ。こんなようすではこの先が心配だ)
その後、葵の母親でである北の方が宥めすかしても、葵の機嫌は治らなかった。


また数日後。
左大臣は今上帝に、正妻腹の娘を光君に差し上げたいと内々に申し上げた。
桐壺の帝が返事をする。
「お前にその気があるのなら、考えないこともないよ」
(立派な帝ではあるけれど、こういうところは本当に面倒くさいなあ。こっちは娘に何とか云って聞かせて、ようやっと手はずを整えたのに。やれやれ)
帝は左大臣の胸の内を読み取ろうとはせず、ただただ喜んでいた。

この左大臣の「願い出」は、左大臣家に途方もない繁栄をもたらすのだが、それはまだ先のはなし。


*****
リクエストは「源氏物語の左大臣家とか光源氏と葵の上とかその辺をお願いしたいです!」とのことでした。

ちょっと現代ナイズさせすぎちゃいました。葵上。
でも、要はそう言うことなのかなあともいます。
左大臣の思惑。
娘の葵上に完全に読まれてましたね(^^;)

続きっぽい終わり方にしましたが、特に続きません(笑)!
プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
よろしければおつきあいくださいませ☆

2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
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