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2018-11-16

本元(ほんもと)長谷雄草子

ツイッターの紀長谷雄さんにささぐ

平安時代初期。
ある日の朱雀門の一角。

「長谷雄ー」
大江千里は紀長谷雄の姿をみとめると、手をぶんぶん振り回す動作をした。
ここにいるぞ、ということであろう。
「そんなに大仰にしなくてもわかるよ。恥ずかしいな」
長谷雄は困り顔だ。
「そんなこと言ったって、君は本を読みながら歩くから、私に気づかないことも多いじゃないか」
「今日は読んでないだろ」
「それもそうか。ついいつものくせで」
千里は頭をかいた。
「やれやれ」
長谷雄は小さくため息をつく。
「しっ」
千里が口元で人差し指を立てて囁く。
「なんだ?」
「また来てるぞ」
千里の視線の先には、門の柱の下で佇む女の姿があった。
「誰かを待っているのかな」
千里が小声で話す。
「こんな早朝にいつもいるなんて、幽霊なんじゃないのか」
長谷雄の返事はつれない。
「そうかな。確かに幽霊みたいに肌は白いけれど。綺麗な人だよな」
「そうか?」
長谷雄がそっと目を凝らすと、女はかすかにほほ笑んだ、かのように見えた。
「あれ、私に微笑みかけてくれたのかな」
千里の声は弾んでいる。
「気のせいだろ?」
長谷雄は動揺を隠しながら、努めて冷静に言う。
「いや、あれは絶対私に微笑みかけてくれたんだって」
「いやいや、お前の勘違いだよ」
「なにをーー? はっ、さては君もあの女の人のことが気になるんだな」
「そっ、そそんなことないよ」
「狼狽してるーー」
千里がにやつく。
「よし、なら勝負をしないか。勝負に勝った方があの女性をものにする権利が与えられる」
「勝負?」
千里の思わぬ発言に、長谷雄が聞き返す。
「あの女性に話しかけるのを、何日我慢できるか、だ」
「そんなことしたら、二人していつまでも話しかけられないじゃないか」
「上限を設定するんだよ。そうだな、百日間にしよう。百日二人とも我慢出来たら、そのときは今度の試験の結果で勝敗を決めるんだ」
「なるほど。それはいいかもしれないな」
長谷雄がうなずく。
「さて、もうこんな時間だ。朝日が昇ろうとしてしまっている。走るよ」
「お、おう」
二人は駆け始めた。

長谷雄と千里は文章生である。
家が近いこともあり、毎朝一緒に大学寮に通っていた。
朱雀門は、その途中にある門であった。

長谷雄はその日、朝の女のことをずっと考えていた。
(あれは絶対に私に微笑みかけてくれたんだ。
きっとあの女性は私に気があるんだ。
艶やかな黒髪の、美しい女性だった。
なぜ、あんなところに毎日立っているんだろう)
長谷尾は悶々とした。
それは一か月、二か月が過ぎても変わらなかった。
そしてとうとう二か月半ほど、八十日が過ぎて長谷雄は女に話しかけた。
我慢が出来なくなったのだ。
「どうして、こんなところに佇んでいるのですか?」
「人を、探しているのです」
「人を? どんな人です?」
「優しくて、頼りがいがありそうで、上背(うわぜい)の高い、そうあなたさまのような」
そう言って女は上目遣いで長谷雄を見た。
そしてそのままにっこりと微笑んだ。
まだ若い長谷雄は気恥ずかしくなってしまい、顔をそむける。
「そんな人は、どこにでもいます」
「そうかもしれません。でも私に話しかけてくれたのは、あなただけです」
一瞬千里の顔が頭をよぎった。
今日は早くに行くから、と昨日伝えておいた。
「ここではなんですから、私の家へ行きませんか?」
「えっ……」
「おいしい唐菓子があるのです。ねっ?」
長谷雄は大学寮のことも忘れて女についていった。

女に案内されて着いたのは、あばら家だった。
家は傾いていて、庭は荒れ放題である。
あばら家の中に入ると、長谷雄は女を抱き寄せ、押し倒した。
「あら、私そんなつもりじゃ……」
女はそう言いかけたが、長谷雄の耳には入ってこなかった。
長谷雄は夢のようだ、と思った。

長谷雄はしばらくのあいだ女のもとに足しげく通っていたが、次第に足が遠のき始めた。
女体に溺れていたのが冷めてきた、というのもあるが、女が結婚の話を持ち出すようにもなってきたのだ。
「私は文章生の身。結婚なんてとても」
と言っても女は聞かない。
はじめはそれとなくだったが、この頃でははっきりと口に出して言うようになってきた。
長谷雄は次第にうっとうしくなってしまい、女のもとに通うのをやめた。

しばらくしてから、長谷雄は千里に怒られた。
どこからか、女と長谷雄のことを聞いたらしい。
「悪かったよ」
「勝負に負けたのに、褒美だけもらうような真似をして。ずるいにもほどがあるぞ」
千里は眉をつり上げている。
「悪かったって。しかしあれだな。抱く前はこんなに尊い女はいない、と思えたのに、抱いてしまったらそんな思いは徐々に薄れていってしまった。生身の女ってのは、そんなもんなのかな。なんだか空しいよ」
「百日間我慢すれば、また違ったんじゃないか? 神聖な気持ちをずっと保つことが出来たかもしれんよ」
「そこまで計算していたのか?」
「まさか! 区切りの良い数字だから百日と言っただけだよ」
「そうだよな」
長谷雄が笑った。


数年後。
長谷雄は同年ながら素晴らしい才を持つ菅原道真の門下に入り、学問を究めていた。
和歌に精を出すようになった千里とは、次第に疎遠になった。

ある日、長谷雄は師匠の道真にこの一件を話した。
「それは良い体験をしましたね」
「良い体験?」
「そうです。人生経験に勝る学問の材料はありません」
「そうですか。そういう考え方もありますね」
「朱雀門の下に佇んでいた女性は、きっとお金に困っていたのでしょう。自分を養ってくれる人間を探していた」
「それならもっとお金のありそうな人間を探せばよいのに」
「お金のある人間というのは、たいてい用心深いですからね。それなら世間知らずの君のような文章生の方が都合が良いと考えたのでしょう」
「そうだったのですか」
「今まで気づかなかったのですか?」
道真は少し笑って言う。
「はい、恥ずかしながら」
「あなたはまだまだですね」
そのとき、勝手口の方から声がした。
「あなた、お話はそれぐらいにして手伝って下さい」
道真の北の方の宣来子だ。
「はいはい」
道真が立ち上がり始める。
「あれは私の師の娘でね、それもあってどうにも頭が上がらないのですよ。でも意外と楽ですよ。女の尻に敷かれるというのも。あなたも枯れそうな大輪の花よりも、力強く咲く野花を。非日常よりもありふれた毎日を提供してくれる、堅実な妻を娶りなさい。それがきっと、あなたの学問の援け(たすけ)ともなる」
「はい、わかりました」
長谷雄は道真の邸を後にした。

数か月後、長谷雄は正妻を娶った。

また長谷雄は後年、この若い頃の体験から長谷雄草子のもととなる物語を作成したという。


*****

長谷雄草子の内容は、ご自分で調べてくださいませ♪
面白いお話ですよ(^_^)

長谷雄の相方?役は大江千里さんでなくてもよかったのですが、この時代の人の名前が上手くつけられなくて名前をお借りしました。千里さんの生没年が不詳なのをいいことに(^^;)
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プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
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2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

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