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2018-12-28

破戒僧の悔恨

葉つきみかんさんにささぐ

先にこちらをお読みくださいませ。
「破戒僧と一輪の菫」
http://shionnoidashiginu.blog.fc2.com/blog-entry-267.html


木漏れ日が降り注ぐ、春の日。
澄憲は邸の裏手で、菫が咲いているのを見つけた。
菫はあの女性を思い起こさせる。
澄憲は一本一本丁寧に菫を摘んだ。

「菫が満開でした。どうです? 綺麗でしょう」
澄憲が高松女院に菫の花束を差し出す。
「可憐なあなたさまに、ぴったりの花だと思いましてね」
澄憲が少年のような顔をして、屈託なく笑う。
「まあ、そんな小さい花を持ってきて。花といえば桜か牡丹でしょうに」
側近の女房である丹波が口を挟む。
「おやめなさい」
女院がとがめる。
「私のためにとってきてくれたのですね。うれしい」
目に涙をためて女院は呟く。
澄憲は満面で笑みを浮かべた。
(こんな花で喜ぶのか。随分とちょろいものだなあ)
内心ではこう思っていたのだが。
女院を落とすからには、螺鈿細工の筥や、金銀の扇が必要にもなるかもしれないと覚悟していたが、どうもそうではないらしい。
澄憲は拍子抜けしていた。
それでも気を取り直して、こんなことを言う。
「菫の根の方には甘い蜜が隠れているのですよ。なめてみてください」
「こうですか?」
女院が菫の根を吸い始める。
「そうです、そうです」
澄憲も女院と同じように花の蜜を吸い始める。
「甘いですね」
澄憲が熱っぽい目で女院を見つめる。
「まるであなたのようだ」
「まあ、そんな」
女院は視線を斜めに落とした。
照れているようだ。
澄憲が女院の頬に手をやる。
唇をなぞった後で指を口の中に差し入れる。
女院は指を甘噛みして、ささやかな抵抗をする。
二人は見つめ合い、やがて女院は前方に崩れ落ちた。
澄憲がその身をかき抱く。
丹波は澄憲の大胆さに呆れながらも、他の女房たちに下がるように指示した。
(女院さまが幸せならば、私は何も言えない)
丹波の胸中は複雑だった。
僧でありながら妻妾のたくさんいる澄憲が、女院に本気だとはとても思えなかったのだ。
(でも、偽りの心であってもそれで女院さまが幸せを感じることが出来るのなら、それでいいのかもしれない
今までが不幸すぎたのだもの)

高松女院は帝の中宮でありながら、夫である二条天皇にほとんど顧みられることのなかった女性であった。
二条天皇にしてみれば、敵意を抱いていた二代前の帝・近衛天皇の妹である高松女院には、どうしても愛情が向かなかったのかもしれない。
だが、だからといって前の天皇の后を再入内までさせて自分のそばに置くというのは、酷であろう。
しかもその天皇が他でもない近衛天皇、ともなれば、女院が煩悶するのも無理はない。
丹波は女院の側にありながら、何も出来ない自分が歯がゆかった。
そこに現れたのが女院の護持僧である澄憲だった。
いけ好かない男ではあるが、説法には目を見張るものがある。
女の扱いにも。
丹波は二人のことを黙認していたが、澄憲と女院の逢引きを止めるべきだったのでは、と後悔することもあった。
(露見することがないといいのだけれど。いいえ、私が露見させないわ)
丹波は一人気を引き締めるのだった。

二人の間は露見することはなかった。
いや、事実を言えば、露見する前に終わった。
二人の関係が絶えたのではない。
高松女院が亡くなったのだ。

女院は澄憲との間の二人目の子を身ごもっていたが、病をえて床についていた。
澄憲は女院の死に立ち会った。
しどろもどろしている澄憲を丹波が叱責し、立ち会わせた。
女院の死に様は、澄憲の魂を揺すぶった。
澄憲は女を「個」としてみない男だった。
女を等しく愛するが、その実誰も愛していないような、女の目に映った自分を愛するような、そんな男だった。
それを、女院が変えた。
自らの死と引き換えにして。

澄憲は女院との約束を守り、女院との間に生まれた子を寺で拾ったと偽って自分のそばに置いた。
海恵と名付けたその子供が物心つく頃に、隠し通すのが辛くなり、自分は本当の父親だ、と打ち明けた。
海恵は屈託のない顔で、「そうだと思っていました」と澄憲に笑いかけた。
口元に、高松女院の面影があった。
澄憲は涙した。
その日以来、二人きりのときだけは澄憲と海恵は親子でいることが出来た。

「父上。私の母上は、どんな人だったのですか?」
海恵が尋ねる。
「可憐で、愛らしくて、とても純粋なひとだった」
「じゅんすい?」
「お前にはまだ難しいか。そうだな、菫の花に感動できるひと、のことかな」
澄憲は菫の花束を持って行ったことを思いだしていた。
(僧侶であった私より、あの御方の方がよっぽど真摯に生きていた。あのひとは、真水のような純粋な魂の持ち主だった。私のような濁り水が合わさってしまって誠に申し訳が立たない)
澄憲の頬に、水が一滴流れた。
それを海恵が小さな手で拭おうとする。
それが愛らしくて、澄憲はまた涙を流す。
(いつか償えるだろうか。邪な気持ちであの御方に接してしまったことを。
いつか許せるだろうか。あの御方を救った気持ちになっていた、浅はかな自分を)
「父上?」
海恵が心配そうに澄憲を見ていた。
「ごめんよ。なんでもないんだ」
(それでも、今はこの小さな存在を守り、慈しみ育てることが、私の役目なのだ。償いや謝罪は、後回しだ。たとえそれに何年、何十年かかろうとも、私はあきらめない)

日が陰ろうという頃、粗末な寺の裏手に二つの小さな影があった。
その影は寄り添うように重なって一つになり、やがて消えた。
夜は全てを隠してくれる。
男の思い出も、涙も、子の苦しみも。
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プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
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2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
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