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2019-03-17

昔と、今と

Ryuさんにささぐ

寛弘二年(1005年)十一月十三日。

今上の第一皇子敦康親王の読書始が行われた。
場所は中宮彰子の御在所である飛香舎(ひぎょうしゃ)だ。

侍読の式部権大夫大江匡衝が「御注孝経(ぎょちゅうこうきょう)」を読み、尚復(しょうふく、助手のようなもの)がそれを復唱する。
敦康親王は、背筋を伸ばしてじっと聞き入っていた。
そのようすは六歳とは思えないほど立派であった。
今上の子供時代を彷彿とさせると、行成は感じた。
儀式が始まってしばらくした頃、どこからか音が聞こえた。
左大臣(道長)以下、集まっていた殿上人たちが皆一斉にその方向を見る。
なんと、今上が几帳の端からこの儀式をご覧になっていたのだ。
音は几帳が少し動いた音だったらしい。
見つかった今上はばつの悪そうな顔をしていた。
そして何かをごまかすかのように、コホンと咳払いをした。
「いや、その……。うまくやれているか気になってしまってね」
今上はこう弁明する。
「父子の道は自然にして来たるところであり、その関わりは君臣の義に同じ。孔子もこう言っていただろう。だから親が子を心配するのはどうしようもないことなのだ」
するとそれを聞いていた敦康親王が、こう言った。
「孝子の親に事(つか)えるや、父母居らばこれを敬し、父母を養えばその心に叶い、父母病めばこれを憂い、父母死さばこれを哀しみ、父母を祭祀せば厳にして安んず。 故にこの五者を備えてはじめて、その親に事えるという。これも孝経の一説です。私はこのような気持ちで父に報いたいと思います」
そのさまは溌剌としていて、実に堂々たるものだった。
並み居る殿上人たちは、皆感心していた。
「なんて末頼もしい」
「さすが今上の皇子」
皆が口々にささやく。
今上はその言葉に満足し、几帳を取り払わさせた。

その後、詩の献上や管弦の興があった。
人々は口々に敦康親王を褒め称えた。
左大臣だけが、少し複雑そうな顔をしていた。


寛弘七年(1010年)七月十七日。
この日は敦康親王の元服の議が行われる日だった。
親王は十一歳。
顔はまだあどけないが、背がだいぶ高い。
やはり今上の若い頃に似ている、と行成は再認識した。
儀式のようすは、本当に立派なものだった。
数年前の読書始を思い起こさせるが、あの時と今とで、大きく変わったことがある。
中宮に皇子が生まれたのだ。
それも男皇子が二人。
そのためか、あのころに比べると殿上人たちの熱心さが違う、と感じられる。
私の気のせいかもしれないし、そうであってもほしいのだが。
儀式が終わると、敦康親王は真っ先に中宮のもとへと向かったらしい。
他の殿上人の思惑がどうであれ、二人の関係は変わらなさそうだ。
行成はほっと胸をなでおろす。
そのとき、今上に声をかけられた。
「左大弁」
行成は突然声をかけられてびっくりする。
「驚かせて悪かったね」
今上が笑う。
親子なだけあって敦康親王とそっくりだ、と行成は思った。
「昔と今とで、変わらないのはそなたと中宮だけだな」
「……」
今上ははっきりとは言わなかったが、行成にはすぐにわかった。
敦康親王に対する態度、だ。
「とはいえ、無事儀式が終えられてよかった」
「そうですね。中宮さまにおかれましては、本当にご立派なことです。生さぬ仲の子供を、ここまで慈しむことが出来るだなんて」
「これ、誰が聞いているかもわからないのだぞ」
今上が辺りを見回す。
だが、行成はさらに続けてこう言った。
「中宮さまに、先ほどおっしゃったことを直に伝えられてはいかがですか」
「ふむ」
今上は考え込む表情をした。
「出過ぎたことを言いました。申し訳ありません」
「いや、そうだな。ありがとう。中宮には感謝しないとな」
今上はそう言って行成から離れ、中宮の御在所に向かった。

「中宮と敦康はいるか」
今上が御在所の御簾を上げる。
「今上! そんな先払いもなしに」
女房たちは慌てふためく。
「気にしなくてよい。少し二人の顔を見たくなっただけだ。すぐに行くよ」
見れば、彰子が敦康に何やら贈り物をしている。
「それはなんだね?」
「野太刀と、横笛ですわ」
彰子が答える。
今上の表情は満足そうだ。
「立派な帝になってほしいという気持ちを込めて贈りましたの。あなたさまのような、立派な帝に」
「そうかね」
今上の表情が少し曇る。
それが実現できるかは、まだ不透明だからだ。
敦康は、儀式の疲れが出たのか、少し眠そうにしていた。
「疲れたの? 休んで来たら」
彰子が敦康に声をかける。
「はい、そうします」
敦康は彰子には心を許しているらしい。
素直に応じた。
どこからみても、そのようすは親子だった。
敦康が出て行くと、今上は開口一番こういった。
「中宮。ありがとう」
「なんですか? 突然」
彰子が笑う。
「敦康を実の息子のように慈しんでくれて。私は果報者だ」
「そんなの、当り前ですわ」
「当たり前?」
「だって敦康は、私にとっても息子ですもの」
彰子は一呼吸置き、今上の目を見る。
「あなたが私を見てくれなかったとき、支えてくれたのが敦康でした。あの子の無垢な愛情が、私をここにとどまらせてくれたのです」
「とどまらせた?」
「私は最高権力者である父の娘であり、あなたさまの中宮です。でも、それでも私は心細かった。自分がここにいてもいいのか、ずっと不安だった。それを慰めてくれたのが、幼い敦康だったのです」
「それは申し訳なかった。だが私は……」
今上の言葉を、彰子は遮る。
「いいんです。今は違いますから」
彰子が微笑む。
一点の曇りもない笑顔だ。
「あなたには、かなわないね」
今上がそういうと、彰子はふふっと笑った。

行成はその日の翌日に今上から御礼と、昨日の出来事を伝えられたのであった。

 
参考文献
倉本一宏 藤原行成「権記」(上)(中)(下) 講談社 2011~2012
倉本一宏 藤原道長「御堂関白記」(上)(中)(下) 講談社 2009
倉本一宏 現代語訳「小右記」1~7 吉川弘文館 2015~2018
角田文衛(監)平安時代史事典(上)(下) 角川学芸出版 2012
保坂弘司  「大鏡」全現代語訳 講談社 1981
山中裕・秋山虔・池田尚隆・福長進(校注・訳) 栄花物語 小学館  1998
山本淳子 源氏物語の時代ー一条天皇と后たちの物語ー 朝日新聞出版 2007

   参考サイト
古記録データベース
https://t.co/ZPo9g9DG0G

孝経については「ぷらっとさんぽ」さまのを引用しました。

古記録データベースがとても役に立ちました。
ただ、「敦康」で検索すると、思ったより記事が少なくてびっくりしました。
式部卿などでも検索したのですが、それでも少なく感じられました。
何か別の呼び方があるんでしょうかね?
私はとても使いこなせませんが、使いこなせる人ならいろんなやり方、遊び方、があると思います。
この時代の創作をしている人なら、使わないのは損ですよ!
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プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
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2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

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