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2019-04-19

花のかんむり

抹茶白玉さんにささぐ

ときどき、脳裏に浮かぶ光景がある。

あれはきっと、お姉さまの入内の日の前日のことだ。
帝への輿入れの準備で、邸内は大わらわだった。
まだ六歳だった私がいなくなったことに、誰も気づかなかったくらい。
私がいなくなったことに気づいた邸の女房たちは大慌てで私を探していたらしい。
そんなことになっているとはつゆ知らず、夕暮れどきになって私は自邸に戻った。
お姉さまの姿を見つけて、一心不乱に駆け出す。
一番上の姉である定子お姉さまは、湯浴みを済ませ、翌日に着る衣裳に身を包んでいた。
予行練習のようなものをしていたのだろう。
「お姉さま!」
「四の君、どうしたの、そんなに泥だらけになって」
私は近くの山林で、花を摘んでいた。
お姉さまに花で作ったかんむりを渡したくて。
私の手の中にある花かんむりを見たお姉さまは、こう言った。
「私のために作ってくれたの?」
少し小首を傾げて。
そのさまは本当に可憐で、ため息が出るくらい美しかった。
「うん。だってお姉さまは、帝のお后になるのでしょう?」
そのようすを聞いていた父が、豪快に笑う。
「そうだとも。お前のお姉さんは、帝のお后になるんだ。だからお前は、帝の義理の妹にもなるんだよ」
私は目を輝かせた。
「あなた、そんな気の早い……」
母は少し困ったような顔をして父をたしなめる。
それをかわして、父は私にこう言った。
「そうと決まったら、お前にはお仕置きをしないとな。帝の義妹が、そんなにお転婆ではいけない。黙って邸を抜け出すなんて、もってのほかだ」
父が私のお尻を撲とうとする。
それを母と姉が慌てて止める。
「あなた!」
「お父さま」
気を取り直すかのように、姉は私に向かってこう言った。
「その花かんむり、私にかぶせてくれる?」
お姉さまが身体を少しかがませる。
「一の君様、髪が汚れてしまいます!」
古参の女房が大きな声を出す。
「いいのよ」
私はお姉さまの言葉がうれしくて、自分の作った花かんむりを、お姉さまの頭にかぶせた。
お姉さまは満足げな表情をした後で、私ににっこりと微笑みかけた。
そして花かんむりを外して、私の頭にかぶせた。
「私よりも、あなたの方がこのかんむりは似合うわ」
私は不思議な顔をしていた、と思う。
「あなたがもっと大きくなったら、いつでも後宮にいらっしゃい。一緒に花遊びをしましょう」
私は首を縦に振ってこくこくと頷いた。
「こうきゅう」がどんなところかもわからないのに。

次の日のお姉さまは、この上なく美しくて、この世のものだとも思われなかった。


あれから、何年、何十年という月日が流れただろう。
お姉さまは帝に愛され、兄弟たちもまた引き立てられた。
全てが一転したのは、父の死だった。
飲水病で、お姉さまが皇子を産むのを見届ける前に逝ってしまった。
残された兄たちは、長徳の変を起こして貴族社会の秩序を乱した。
検非違使から逃げ回り、あろうことかお姉さまの御所に匿ってもらったという。
お姉さまは必死で兄たちを守ろうとしたけれど、その甲斐なく検非違使たちはお姉さまの御所に突入した。
そのどさくさの中で、お姉さまは自ら髪を切ったのだという。
兄たちを守るためだったのか、衝動に駆られてのことだったのか、今となってはわからない。
お姉さまは、身ごもっていたというのに。
私は今も兄たちの浅慮が許せないでいる。
たとえお姉さまが許すとしても。

父という後見を失い、兄弟が不始末を起こした結果、お姉さまは帝の愛だけに縋って生きなければならなくなった。
帝はお姉さまのことをこの上なく慈しんでくれたけれど、帝であるがゆえにままならないことも多くあった。
政治のことなどまるでわからない私は、正直にいって歯がゆくて仕方なかった。

やがてお姉さまは三人目の子を産んだ後に、この世から儚く去ってしまった。
当時私はお姉さま付きの女官だった。
それもあって、お姉さまの子どもたちのことを託された。
お姉さまからそう言われなくても、私はもちろん面倒を見るつもりだった。

今でも思い出す。
お姉さまが私にかけてくれた言葉を。
「道子。あなたには本当に苦労をかけてしまってごめんなさい。世が世なら、あなただって高貴な人の妻となっていたでしょうに」
「そんなことを仰らないでください。お姉さまのお傍にいることが、私の幸せなのですから」
お姉さまが涙ぐむ。
妹を不憫に思って、だろうか。

別に私は自分のことを不幸だとは思っていなかった。
ただ、お姉さまが不幸になっていくのを見るのだけは辛かった。

子どもたちの世話をしているうちに、私は帝の目にとまったようだった。
帝はきっと、私にお姉さまの姿を重ねておられるのだろう。
誰が見ても、そうだと思う。

帝の愛を拒むことは、許されない。
それがこの世の理(ことわり)だ。
けれど私は、お姉さまのことを思うと帝の愛を受け入れる気にはなれなかった。
だから、言葉を尽くして帝の求愛を拒もうとした。
けれど悲痛な面持ちで、懇願するように私の手を取る帝を、突き放すことはどうしても出来なかった。
これは愛ではない、同情だ。
帝のためではない、お姉さまのためだ。
だってお姉さまの愛した人を、これ以上悲しませるわけにはいかないから。
そう自分自身に言い訳をして、私は帝の愛を受け入れた。
やがて私は身ごもり、守り刀に、と剣をいただいた。
そのとき、胸の内にほんの少しだけ暖かいものが灯った。
横になりながら、いただいた剣をじっと見つめる。

あの世にいるお姉さまは、今の私をどんな風に見ているのだろう。
愛する人の心を慰めてくれたと、喜んでくれているだろうか。
それとも、愛を誓った人の心変わりを悲しんでいるだろうか。

お姉さまのことはさておき、私自身はどうなのだろう。
兄たちは、私が皇子を産むことを期待して、帝の寵愛を喜ばしいものと受け止めているようだけれど。

帝の温かな手。
優しいまなざし。
でもそれはきっと、私に向けられたものではない。
そう思うと、なんだか悔しいような、切ないような気持ちになってしまう。
少しばかりではあっても、私自身もまた帝を愛しんでいると言うことなのだろうか。
わからない。

そのうちに私は、病がちになった。
帝からはしきりにお手紙が届けられた。
「気をしっかり持って」
「身体を大事に」
急いで書いたと思われる、走り書きの文字。
形式ばっていないその文(ふみ)が、私にはうれしかった。
これが、人を愛しく思う気持ちなのだろうか。
やはりわからない。
もしかしたら、わかろうとすることを拒んでいるのかもしれない。

病が重くなり、これが最期というとき、私の頬に涙がひとしずく流れた。


お姉さま、ごめんなさい。
あなたの愛する人を、わたしはきっとまた哀しませてしまう。

非力な妹を、どうか許して。



藤原道子。
世間でいうところの御匣殿は、子を産まぬまま息絶えた。
帝や伊周・隆家たち兄弟の悲嘆はすさまじかった。


*****

御匣殿の名前は不明なのですが、小説にする上で「道子」という名前をつけました。

*****

   参考文献
倉本一宏 藤原行成「権記」(中) 講談社 2012
山中裕・秋山虔・池田尚隆・福長進(校注・訳) 栄花物語 小学館  1998
山本淳子 源氏物語の時代ー一条天皇と后たちの物語ー 朝日新聞出版 2007
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プロフィール

ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
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2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

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