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2020-03-10

今鏡マンスリー「藤原延子」「正子内親王」 

ある秋の麗景殿。

「あなたの箏の琴には、人の心を和ませる力があるね」
脇息に肘をついて、主上はそう仰せになられた。
愛おしげに、目を細めながら。
柔らかくも熱のこもったまなざし。
心臓が早がけするのを感じながらも、私は心を落ち着けて答える。
「養母(はは)が熱心に教えてくれましたの」
「異母姉上(あねうえ)が?」
主上はそのままの姿勢で、目線だけを私に合わせた。
「ええ、それはもう熱心に。養母上は、私があなたさまの前で箏の琴を弾く未来を、予見していたのかもしれませんね」
私はにっこりと、意味ありげに微笑した。
主上は眉を上げて、驚いたような顔をしていた。
興味を持っていただくことに、成功したようだ。
私はそっと胸をなで下ろした。
だが次の瞬間、それは打ち砕かれた。
「女御」
「なんですか?」
私は悠然と微笑んだ。
「そんなに、肩肘をはらないで」
「えっ……?」
私は言葉を失った。
「そんな、手練手管を弄すようなこと、やらなくていい」
私は青ざめた。
失敗した、と思った。
「誰かに言い含められたのだろうが、そんな恋の上手のような真似事をしなくても、私は貴方を見限ったりはしないよ」
「あっ……」
思わず声が漏れてしまった。
すべてお見通し、ということだろうか。
私はたじろいだ。

主上の元に上がるとき、私は確かに女房たちから言い含められたのだ。
「主上はすでに四人の妃を持った身。並大抵の女には興味を惹かれないでしょう。ここは一つ、恋の上手を気取って主上の御心をなんとしても掴み取るのです」と。
私はそれになんの抵抗もなかった。
主上の寵を得ること。
それが養母上の意に沿うことなら、なんとしても叶えたいと思った。
けれど、主上の元に入侍して、私は戸惑った。
主上に、心を奪われてしまったのだ。
朗らかで優しく、聡明なこのお方に。


私が一言も発せずにいると、主上はこう呟いた。
「本当の貴方は、可憐な少女のような人だと思うよ。違うかい?」
優しく主上に尋ねられると、私は泣きそうになった。
「あの……。私はずっと養母上に憧れていたんです。あのような凛とした女性になりたいとも思っていた。それに、養母上を喜ばせたい気持ちもあって……」
たどたどしい声になってしまった。
これでは子どものようだ。
私は自分が恥ずかしくなった。
「異母姉上と貴方は、別の人間だよ」
頬にあたたかいものが触れた。
主上の手だった。
「私の前では強がらなくていい。本当の、あなたを見せて。ね?」
私はこくん、とうなずいた。


私は先々帝一条天皇の娘、脩子内親王の養女として育った。
私の母方の祖父が、お養母さま(おかあさま)の叔父だった縁で。
お養母上さまは聡明で、誰に対しても物怖じしない、芯のある女性だった。
そのお養母さまに、私はずっとこう言われてきた。
「強くありなさい。誰かの庇護をうけずとも、生きていけるように」
じっと目を見つめて厳かに言われると、必ずそうしなければならない気がした。
けれど心のどこかで、それはお養母さまの立場だからこそ言えることのような気もしていた。
准三宮の内親王。
今上帝からもただ一人の姉として一目置かれる、唯一無二の女性の言葉だとも。
それでも、私はお養母さまに反発することはなかった。
お養母さまは天女のように美しく、賢く、私の憧れそのものだったから。


私は主上のお言葉に甘えた。
一品宮内親王養女でも、麗景殿女御でもないただの女として、主上のお側に侍った。
それは本当に、夢のような時間だった。
主上が、病に倒れられるまでは。


主上が病に臥してから、私は見舞いに行くことが出来なかった。
愛する人の苦しむさまを直視する勇気がなかったのだ。
けれど、「もう長くないのでどうか来てほしい」という手紙をもらったとき、私は覚悟を決めた。
お腹の子供のためにも。
私は身籠っていた。

「女御」
か細く呟いたその人は、見る影もなくやせ衰えていた。
涙がとうとうと流れた。
差し出された手を握る。
「私がいなくても、あなたは強く生きなさい。お腹の子を、頼んだよ」
とぎれとぎれに言って、手を握りかえされた。
「はい……」
なんとかそう返事をした。
「主上はお疲れです。そろそろお引き取り下さい」
医師(くすし)にそう言われて、私は退出した。
それから一月も経たずに、主上は崩御した。

その後失意の日々を過ごしながらも、やがて私は子を産んだ。
生まれた子が皇子でなかったことを父は残念がったが、私はむしろほっとしていた。
女の子なら、自分の手元における。
あの方の忘れ形見を遠くにやることは、どうしてもできない。


幼い我が子に、私はある日こう聞かれた。
「私が皇子だった方が、お母さまは幸せだった?」
心ない人間に何か言われたのだろう。
私は思わず娘を抱きしめた。
「あなたが男であったとしても、女であったとしても、なにも変わりません。あなたは私の、愛しいお子ですよ」
「よかった」
腕の中から、安堵の声が聞こえた。
それを聞いて私は思った。
私は強い妻にはなれなかった。
けれど、強い母になることはまだ手遅れではないはずだ、と。


娘・正子内親王は健やかに成長し、賀茂斎院に選ばれた。
旅立つ娘を、私はお養母上さまの言葉で見送った。
「強くありなさい。誰にも歪められず、ただ真っすぐに」
「はい」
力強い声が返ってきた。
私の目を、まっすぐにも見つめてくる。
お養母様のような目だと、私は思った。



******
副題は「宮家の女三代」です。
脩子内親王はほとんど登場させられなかったけど(^^;)

主上→後朱雀天皇です
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ゆきめ

Author:ゆきめ
ブログタイトル:しおんのいだしぎぬ。

日々のこと、趣味について語りたいと思います。
心理学、西洋占星術、歴史(主に院政期)など。
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2012年11月6日ウェブリブログから移行しました。記事の上にある参照数とブログ気持ち玉はウェブリブログのときのものをそのまま載せたものです。

公募小説の投稿などは「遠野紗雪」という名前を使っています。
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